ミックス・ブラッド   作:夜草

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高神の社ルートⅣ

港湾地区 倉庫街

 

 

「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ……やってくれたな人間ども! 許さんぞ、必ずや後悔させてやる!」

 

 完全武装の特区警備隊強襲班に拠点を制圧され、ひとり逃げる獣人。彼はテロリスト。“少佐”より使命を受け、この魔族特区に先行していたが、その企ても暴かれてしまった。これで捕まれば、面目の立ちようがない。

 しかし、こうなることも予期して、この拠点のある港湾地区には爆弾を仕掛けている。筋書きにはない路線だが、これを使って盛大な花火を地上で炸裂させてやれば、我らの計画の狼煙となりえるかもしれない。魔族の地位を貶めた呪わしき僭王への反逆の狼煙へと―――

 

「見っけ」

 

 ただしそれはこの緋衣の少年に仕掛けた爆弾を回収されてこうして先回りされていなければの話。

 信管を潰された爆弾を狩った獲物のように持った彼に、最初は呆然としたテロリストであったがすぐさま身構えた。

 

「貴様、何者だ……!」

 

「オレは、縁堂クロウ。獅子王機関の、んー、っと、攻魔士資格(Cカード)はあるけど剣巫でも舞威媛でもないし……う、師家見習いといったところだな」

 

 獣化した豹頭のテロリストの前に立ちはだかる小柄な少年は、血走った目を向けられ手も落ち着いていた。恐怖の感情が一切窺われない。魔族特区で馴れているのだとしても、好戦的な魔族を前にしてその態度はあまりに不可解だ。

 そして、一息をついてから、それを構える。

 木の棒。

 どこかで見たことがあるような……そう人間どもの遊戯(スポーツ)などで用いてる……そう、バットという道具だ。

 

 なんだ、こいつは……? あんな玩具(バット)獣人(おれ)を相手取ろうっていうのか? 舐めやがって……!

 獣化で肥大しているのもあるが両者の体格差は大人と子供。こちらが190cmは超えているのに対し、向こうは150か160cmくらいの背丈だ。さらに言えば獣人は、筋肉量も見た目相応以上に詰まっている。量だけでなく質でも圧倒的。あんなちっこい小僧がバットで叩きつけたところで小動(こゆるぎ)もしない自信がテロリストにはある。

 なのに、鋭い爪も牙もない小童は、

 

「手加減はちょっと苦手だが、安心しろ。お前には武器(こいつ)を使ってやる」

 

 ヒィウン、ヒィウン、と風を切る音。その棒切れを、手慰みに回してる音。軽い素振りは、本気でこれで相手すると態度で示す。挑発も同然。コケにされたと思った獣人の堪忍袋は決壊した。

 あの少年は直ちに殺す。

 この獣人の腕力で頼みのバットをあっさりとへし折ってやってから、泣き喚いたところを無慈悲に縊り殺す!

 

()けろ、『甲式葬無嵐罰土(ホームランバット)』」

 

 人の目にも止まらぬ速さで振るわれる豹爪の一撃は、その木端な得物(バット)ごと刺し穿たんとする直前の出来事だった。

 力を注ぎ込まれた武神具が、大いなる獣の爪牙の如き大太刀に化ける。まるで、武器そのものが獣化したかのように―――

 

 豹頭の獣人の全体重を乗せた一突きが、刀身の腹に受け止められた。ぐしゃあ、と鋭利な爪が砕け、五指が突き指。あらぬ方向に曲がる。

 

 そして、こちらの攻撃を受け止めて、小動もしない。見掛け倒しの真逆、見掛けを裏切る強靭さを備えているのだ。

 この時になって、テロリストはこれが人の皮を被った怪物だと悟ったが、時すでに遅し。

 

「―――かっきーんっ!」

 

 勢いを殺したところで容赦なく顔面に迫る、大太刀。刃ではなく峰を向けて振るわれているが、即死できないことが逆に無慈悲なその一撃を、果たして獣人の男には視認することができたか。

 ゴッッッ!!!!!! と。

 鼻っ柱が潰れた豹人の身柄が、真夏の月を掲げる夜空へとホームランアーチを描いた。

 

 

「ん。一丁上がりだぞ」

 

 縁堂クロウは、この絃神島に派遣された剣巫の補佐するのがお仕事。監視役が楽できるようにと事件性があると判断すれば、それを取り除く。庭師のような役割である。

 <第四真祖>という世界を滅ぼしかねない爆弾――もうすでに倉庫街を眷獣の暴走で壊滅させて被害総額500億円の前科持ち――を爆発させないようにする。そのために周りに余計な刺激を与えそうな危険物を率先して排除することで、姫柊雪菜が監視に専念できるようにするのだ。

 そんなわけで、クロウはテロリストを捕縛し、それを警備隊に送り届けようと―――したその時、どこからともなく銀色の鎖が伸びてきた。こちらの四肢を縛りあげようと絡み付いてくるそれを、咄嗟に掴まえていた豹の獣人を身代わりにして跳び退るクロウ。

 

「ちっ、<戒めの鎖(レーシング)>を避けるな馬鹿犬」

 

「むむ、やっぱ今のオレを狙ってたのか!?」

 

 舌打ちをしたのは、ビル屋上の給水塔に立つ見かけ幼い女性。この魔族特区を任せられている国家攻魔官である。

 相手にするのはマズいと重々に承知するクロウはすぐさま弁明を試みた。

 

「オレ、ちゃんと資格(カード)持ってるし、今回は特区警備隊にも話はつけてあるはずだぞ!」

 

「知らないのか。学生の夜遊びは処罰の対象だ」

 

 しかし残念ながら初対面で“獲物を横取りした無礼な商売敵”と印象付けられており、欧州の魔族を震え上がらせる<空隙の魔女>南宮那月にクロウは何かと目をつけられていた。

 

 

洋上の墓場

 

 

 常夏の人工島――魔族特区・絃神島に、欧州の真祖<忘却の戦王>の使者ディミトリエ=ヴァトラーが来訪。

 聖域条約に基づく、正式な『戦王領域』からの外交大使である。

 アルデアル公は早速、パーティを開催することを宣言。絃神港に停泊させたクルーズ船で、世界最強の吸血鬼とされる<第四真祖>を招いての大々的な催しである。

 

 それで、日本政府が、魔導テロ対策を担当する特務機関・獅子王機関に要請し、派遣されたディミトリエ=ヴァトラーの監視者は、煌坂紗矢華。『六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)』の所有を許された舞威媛。

 当然、監視対象(ヴァトラー)が主催する――天使のように可愛い後輩(ゆきな)に不埒な真似をしているに違いない変態真祖も誘われた――パーティに煌坂は出席する。

 

 ただ、欧州のパーティは、パートナーを同伴するのが常識だ。

 ので、矢文を届けた後で煌坂紗矢華は、自分よりも先にこの魔族特区に派遣されているもうひとりの後輩(クロウ)を頼ることにした。

 

「………そういうわけで、クロウ。私と一緒に出てくれるかしら」

 

「ん。いいぞ、紗矢お姉ちゃん」

 

 こちらの依頼に二つ返事で頷いてくれたクロウ。これに少しホッとする。もし彼が断わるのなら、多少浮くことになろうが独りでパーティに出席しただろう。

 

「ありがと、助かったわ」

 

 煌坂紗矢華は男性が苦手というか嫌悪しているが、全寮制の女子校である『高神の社』に特例として通っていた男子は、女子にいやらしい目線は向けたことは一切なく、そういう衝動的な獣欲に過敏な煌坂が触れても平気なくらいに邪念がない。それにルームメイトによる英才教育(知識の大部分は少女漫画で補填)で、女性に紳士である。『高神の社』でお姉様たちに人気な、ワンコ系後輩男子なのだ。

 紗矢華も最初は敬遠していたのだが、ルームメイトに紹介されて、師家のしごきに共に付き合っていくうちに、例外的な存在となった。

 

「そういえば、クロウ。唯里が心配してたわよ。ちゃんとここでうまくやれてるかって」

 

「ユッキーのサポートしてるぞちゃんとオレ。勉強も……頑張ってるのだ」

 

 あ、目を逸らした。

 雪菜と違って、この後輩はおつむの方があまり優等生とは言えない。国家資格試験の際には、ルームメイト全員で家庭教師をしたおかげでどうにか記述面でギリギリ合格点に達することができたのだが、それでも獅子王機関の攻魔師としては高校卒業程度の学力は最低限欲しいところ。中等部の授業でつまずいているようでは心配になる。

 あとで、勉学の進捗具合をテストしてやるとして、

 

「何か、国家攻魔官に追い回されてるみたいじゃない」

 

「うー……それはそうなんだけど。でも、悪いことはやってないぞ! 昨日のも夜遊びじゃなくお仕事だし、ゲームセンターとかにも行ってない。唯お姉ちゃんの心配するような不良になってないのだ!」

 

「はあ。とにかく、何か問題があったら師家様に相談しなさい。それと唯里との連絡は欠かさないようにね。この前、『監視役の補佐の補佐に!』って獅子王機関執行部に志願しようとして斐川志緒に止められてたし。そんな事が許されるのなら、私だって、監視役(ゆきな)の補佐につきたいわよ」

 

 そんなこんなで、監視役の補佐についているクロウから、監視役の雪菜のことを訊きながら(あるいは変態真祖への呪詛じみた愚痴を漏らしながら)、クルーズ船<洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)>へ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「……なあ、紗矢お姉ちゃん」

 

「なにクロウ」

 

 クロウに応じながらも、目線はそちらに向けないように顔を背けている紗矢華。

 チャイナドレス風の衣装に身を包んだ煌坂に合わせて、クロウの服装は漢服……それにプラスして、首輪とリード。

 

「紗矢お姉ちゃん、周りを見てみてだけど、コレなんかおかしい気がする」

 

 言わ(ツッコま)ないで。わかってるから。でも、これは上司命令で逆らえないの。

 

 本人(クロウ)から許可は取れたのだが、一体どこからその話を聞き付けたのか、急遽『三聖』から注文が付けられた。

 しっかりと獅子王機関が幉を握っているのだとアピールするためにパーティへはリード付きで同伴させなさい、と。

 決して、一緒にパーティに同席して、煌坂紗矢華が恋人や夫婦(パートナー)などと勘違いされるのが個人的に気に食わないからではなくて。

 あくまでも<蛇遣い>がほぼ確実にちょっかいを出してくるであろう<黒死皇>の血を引く<犬夜叉>の所属を対外的に喧伝するための配慮である。

 などと説明がなされてしまえば、舞威媛は頷くしかなかった。

 

「うーん、そういえば、夜遊びするなって鎖を巻き付けられそうになったし……魔族特区の中学生はこうやってお縄(リード)をつけてないとダメだったりするのか?」

 

 何か首を捻りながら頓珍漢な方向に行き着いてしまいそうになっている後輩だが、そんな条例あるはずがない。でも、紗矢華は止めなかった。『ならなんでリードつけるんだ?』と質問される展開が霊視持ちでなくても予想できたし、そしてそれに対する穏当な返答を持ち合わせていない。勝手に納得してくれるんなら、もうそれでいいやと投げやりに考えるのを放棄した。

 

 まあ、これはこれで紗矢華にとって利点はある。

 パートナーの少年にリードをつけて連れ回す奇異な振る舞いは、男除けとなってくれている。男性以外にも避けられてる気がしなくもないが、まあいい。そこは目を瞑る。

 ……ただ、雪菜には見られた時のことを思うと頭が痛くなるけど。

 

「そこは用心しないといけないわね」

 

「紗矢お姉ちゃん」

 

「クロウ、雪菜が近づいて来たらすぐに報せてちょうだい。いいわね」

 

「う。そうか、じゃあちょうどよかった」

 

「え?」

 

「あっちにいるぞ」

 

 とクロウが指をさした方向。そちらへ首を傾ければ、視界に天使―――いや、いつもと違う装いに身を包んでお洒落した雪菜がいて、紗矢華は一瞬で目を奪われた。

 

 ああ、なんて可愛らしいの雪菜! 元気そうで良かった! パーティドレスもとてもよく似合ってるわ! オーダーメイドで発注する際に、事細かに注文を付けておいてよかった! それに私がプレゼントしたヘアクリップもつけてくれて嬉しいわ!

 

 内心――若干(おもて)に出てしまってるが――歓喜する紗矢華であったが、すぐ雪菜が顔を引くつかせていることに気付いた。

 

「紗矢華さん、クロウ君にリードなんてつけて何を……」

 

 あ―――そういえば、クロウのリードを握ったままだった。

 誤解しないで雪菜! これは違うの! これには私にはどうしようもない深い理由があって! と弁明しようとした紗矢華であったが、それよりもはやくクロウが答えた。

 一本指を立てて、至極真面目な顔で、

 

「ユッキー、魔族特区の中学生は夜遊びするときはこうしてお縄につかないとならないんだぞ」

 

「え、え? そうなん、ですか?」

 

 雪菜は目を丸くした。

 この魔族特区に来てまだ日も浅く、女子校の箱入り育ちで世間知らずなところのある少女は、同級生の話にすぐに否とは言えなかった。

 

「だから、ユッキーも高校生の古城君にお縄についてもらうのだ」

 

「ええええっ!!?」

 

「んな条例(ルール)があるわけねーだろ。あんた、クロウに一体何おかしなこと吹き込んでんだよ」

 

 そこで雪菜の隣で、半眼でこちらを見ていた<第四真祖>――暁古城が指摘した。これに紗矢華はキッと睨み、

 

「違うわよ! あなたと一緒にしないで変態真祖!」

 

「はあ!? 誰が変態だ!? いきなり失礼だなおい!」

 

「雪菜だけでなく、クロウにまで手を出してるって聴いてるんだから! 見境なしに下劣な性欲を剥き出しにするなんて、ド変態真祖じゃない!」

 

「ちょ、待て! 姫柊はとにかく男子(クロウ)にまで興奮したりはしねーよ!」

 

「雪菜にはとにかく、って! つまり雪菜に不埒な目を向けたのね! 滅びなさいよ変態!」

 

 して、激昂しながら睨み合う紗矢華と古城の先輩組へ、雪菜とクロウの後輩組が割って入り、その場を収めた。

 しかし、その後、暁古城はディミトリエ=ヴァトラーより熱烈に愛を囁かれることになりしかもここは各界の著名人が集うパーティ会場。この公の場での舞威媛との言い争いから噂話が立ってしまったのか、『<第四真祖>には、男色の気がある』と対外的にアピールする結果となった。

 

 

 

つづく


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