ミックス・ブラッド   作:夜草

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高神の社ルートⅤ

 ―――<ナラクヴェーラ>

 それが『黒死皇派(テロリスト)』が持ち込んだ、遥か昔に、数多の文明を滅ぼした神々の兵器。

 機動すれば、魔族特区に壊滅的なダメージを与えうるかもしれない脅威。

 この唯一制御コマンドを解読できた<電子の女帝>は、その石板に触れる機会がなかった。

 彩海学園へ襲撃を仕掛けたクリストフ=ガルドシュたちは、藍羽浅葱を誘拐しようとしたが、獅子王機関から派遣された<犬夜叉>がこれを撃退したからだ。

 そして追い詰められたテロリストは、起動コマンドしか解析できていない、制御不能の古代兵器を動かした―――

 

 だが、

 

 

「“停止の言葉(コマンド)”なんて、いらない。―――オレがいる」

 

 

 『黒死皇派(ガルドシュ)』は見る。『獣王』の力を

 <蛇遣い(ヴァトラー)>は見る。『百王』の力を。

 <第四真祖(こじょう)>は見る。この後続機(コウハイ)の力を。

 

 

「―――オレは、殺神兵器を終わらせる殺神兵器だ」

 

 

獅子王機関絃神島出張所

 

 

 世界最強の吸血鬼<第四真祖>―――

 の監視役に送り込まれた獅子王機関の剣巫―――

 の補佐として派遣された縁堂クロウ。

 

 剣巫・姫柊雪菜は、監視対象である暁古城の隣室に拠点を敷いているのだが、その補佐役のクロウは、出張所である骨董店で寝泊まりしている。

 一応、経営はしているのだが、人払いの結界を敷いているということもあって余人が寄り付かない――あと周りは歓楽(ホテル)街――この立地条件最低な店に、売り上げなど期待できようもない。辺鄙なところにもアンティークを買いに来る物好きな好事家がそうそういるわけがないのだから。対テロ国防組織の隠れ家のひとつであるので、あまり人が来ないのはむしろ都合が良くて、骨董店の方はあくまでもオマケだ。期待はできないし、する必要もない。縁堂クロウは、ちゃんと資格を持った攻魔師として働いているのだから―――

 

 

『―――では、今月の査定を行います』

 

 

 師家に躾けられたピシッとした正座をする少年の前に、ちょこんと置かれたきつねのぬいぐるみ。“キューちゃん”とその持ち主が呼んでいるそれは依代、遠隔通信を繋げるための式神である。そして、繋がっている先の相手は、組織のトップ。

 同棲している師家から預かってる使い魔の猫すら交えぬ対談。

 これから行われるのは、トップダウンで言い渡される任務(しごと)命令(はなし)ではないが、クロウにとっては、死活問題とも言えるくらいに大変重要なお話である。

 

「う。来月のお小遣いがこれで決まるんだな」

 

 そう、給料(おかね)の話。

 それで縁堂クロウは『三聖』から直々に振り込まれるという方式であったりする。

 

(いっぱいもらえるといいなー)

 

 クロウは人間社会、何かとお金が入りようなのを学んでいる。

 森では獲物を狩る術があれば十分だったが、ここでは資金がないと腹を満たすこともままならないのだ。

 早い話が、大食漢であるクロウは、よく働くがその分だけよく食うのだ。今月はたくさん働いた。だからたくさん食べたいというのは間違っていないはずだとクロウは思う。

 もう早速、お給金の使い道を決めているのもあったりする。

 クラスメイトの暁凪沙より『黒死皇派(こんかい)』のお礼として、今度の休日にるる屋のアイスをご馳走してくれることになっているのだ。

 けれども、クロウの中で女性の手本にして基本となっている羽波唯里より、『女の子にお金を払わせるのは男児らしくない』と少女漫画を片手に示唆されている。全額負担で奢らされるのではなく、最低限半額くらいは自腹で支払うのがマナーだと認識している。クロウは洒落ではなく山ほどの食事が基本であるのだから、遠慮するのは当然の配慮だ。

 

 兎にも角にも、ボーナスで美味しい食べ物!

 冷たくて甘い、それに味の種類もたくさんのるる屋のアイス。これは是非とも全制覇したい!

 甘露な氷菓子に囲まれながら、それに舌鼓を打つ……そんな未来想像図をほわんほわんと思い描いて、楽しみに表情を綻ばせる。や、

 

『……縁堂九郎義経』

 

 ボソリと呼ばれる。それも普段は滅多に使われることのないフルネームで。

 おっとしまった。

 『三聖(しろな)』との面談中であった

 個人的には親しいとは思っているが、組織の役職では平のぺーぺーであるところのクロウに対し、向こうはトップスリー。ちゃんとした席を設けている場では、きちんと畏まるようにと師家の縁堂縁より言いつけられている。

 慌ててクロウが背筋を伸ばし、居住まいを正して静聴の姿勢を引き締め直すと、仕切り直すように空咳を打って、

 

『此度の任務、絃神島へ派遣して早々に『黒死皇派』なるテロリストの企てを鎮圧し、<第四真祖>と監視役の姫柊雪菜を補佐したこと、十二分の働きでした。

 ―――ただ、ひとつ問題のある査定があります」

 

「む。それは何なのだ?」

 

 クロウは少し首を捻って、今回の事件を思い返す、

 

 『この程度の棒振りで我らを倒そうとは甘いわ! <黒死皇>の血筋でありながら、武具に頼るのが間違いであったな、<犬夜叉>!』と学園を襲撃してきた『黒死皇派』の首謀者(リーダー)クリストフ=ガルドシュの猛烈な獣人拳法を捌き切れず、こちらの武神具である『甲式葬無嵐罰土』を手元から弾かれてしまい、背に庇う凪沙達に心配されてしまったが、

 

『問題ない。武器(どうぐ)を使うより、無手(ステゴロ)の方が強かったりする』

 

 古強者ガルドシュは中々に手強い相手であったが、これでも師家様より白兵戦術は免許皆伝を言い渡されている。一対一(タイマン)の殴り合いで苦戦を強いられたが、真っ向から捻じ伏せて圧倒した。とはいえ、最後は自爆を敢行する部下たちに邪魔をされて、逃がしてしまう。

 学園から逃げたガルドシュを追いかけるも、道中で<蛇遣い>に邪魔をされて、古代兵器<ナラクヴェーラ>の起動を許す。これを街に被害が出る前に、同じ組織の仲間である舞威媛と剣巫、そして特区警備隊を指揮する<空隙の魔女>と、それから魔族恐怖症の妹を怯えさせてくれてテロリストたちにカンカンな<第四真祖(おにいちゃん)>と協力して事態を収めた。

 以上が、ざっくりとまとめた今回の事件の顛末。

 被害こそ最小限に抑えようと努めたが、獅子王機関の監視対象である暁古城先輩を介入させてしまったのは大目玉だったか……と考察するクロウだったが、違った。

 

『好感度の査定です』

 

 好感度? と首を傾げる角度をより大きくするクロウ。

 しかし、ぬいぐるみの目が光り出して、そこからの視線の圧力が増したような錯覚に襲われた。

 条件反射的に体が仰け反ろうとしかけたが、クロウは腹の底に力を入れてそれを堪えた。

 よくわからないが、唯お姉ちゃんの言う“不良”はやっていないはず……と若干萎みがちながらもクロウは沙汰を待つ。

 

『獅子王機関の攻魔師であるのならば、品行方正であるように努めるべきです。異性関係にふしだらなのは以ての外。組織に恥ずべきものです。……そこで個人的な調査となりますが、絃神島におけるクロウ君に関する評価を探らせていただきました』

 

「大丈夫。オレ、女の子を泣かせるような真似はしてない」

 

『へぇ、そうですか……』

 

 あれ? なんか声が冷たい。

 胸を張るクロウに、狐のぬいぐるみは淡々と、

 

『手が早いんですね、クロウ君。ひと月も経たず、女子生徒と逢引きの約束を取り付けるなんて』

 

「うん? 逢引き、って?」

 

『“お散歩”のことです』

 

 “お散歩”、それはこのワンコ系男子を連れ回すことを指す高神の社の中での業界用語である。かつて百人組手をする際に、それに付き合う攻魔師候補生らを発奮させる材料として、『クロウ(この子)から一本取ったら近くの街を好きに連れ回しても構わないよ』と縁堂縁がそのような提示をした事から始まった。

 世間一般的には、“デート”とも言う。

 高神の社にて、“式神にしたい男子第一位”を密やかに確立している通り、縁堂クロウは女性からの人気が高い。しかしそれは総じてマスコット的なものだ。

 これまでの意識調査から、特に親しい四人――羽波唯里はとにかくとして――姫柊雪菜、煌坂紗矢華、斐川志緒はときめき度というよりも友好度が高い。警戒度は極めて小だ。当人の毒気のなさに加えて、普段身近にあり過ぎるせいでかえって男女の仲へは発展しないのだ。そして、それは他の訓練生達にも言える。

 決して、後ろで誰かが目を光らせているせいではなく。

 

「うー……でも、一緒に散歩するのは良いことなんだろ? 白奈も楽しそうだったし」

 

『ええ、そうですね。悪いものではありませんでした』

 

 未来の剣巫や舞威媛を相手に百人組手を達成し、宙ぶらりんとなった“お散歩権”が、巡り巡って何故か白奈が得ているが、それは“神の見えざる手”が働いたような“偶然”である。

 しかし、遠く離れた人工島では流石に影響力は薄い。そう、あの雌豹めいた太史局の六刃神官もこちらの預かり知らぬところで関係を深めていた。

 僅かな(フラグ)も立たせてはなるまい、とこれを深く反省し、新たなる中継式遠隔操作を編み出したという経緯があるがさておき。

 

『ですが、獅子王機関の一員であるのなら、付き合う人間は正しく見極めなくてはなりません。特にクロウ君は隙が多いですから、より厳しく目を光らせなければ』

 

「むぅ」

 

『クロウ君は、感性こそ鋭いのに、性格はぽけぽけしていますから。それに食べ物で釣れば簡単に誰にでも尻尾を振ってしまうのは問題があると思います』

 

「確かにオレおいしいものに弱いけど……凪沙ちゃんは悪い()じゃないぞ。すごくいい子なのだ!」

 

 下の名前でちゃん付け。……『暁凪沙』に★をひとつ増やしましょうか。

 実際探ってみたが、暁凪沙と、それにアスタルテなる人工生命体(ホムンクルス)の好感度が高い。

 学校に襲撃を仕掛けた黒死皇派(テロリスト)から庇ったのだ。またこういうところでポイントを稼ぐ。

 

『……まあ、いいでしょう』

 

 しかし、人命救助となれば責められない。

 その後の食事(デート)の約束はいただけないが……まあいい、この対処は大して問題にならない。後で、妹馬鹿(シスコン)だと報告に入っている<第四真祖>に匿名のタレコミが入ることになっている。

 それに、問題視されるのは、同学年の女子だけではなく……

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『えー、っと、つまらないものですが、お納めくださいなのだー』

 

『お前は人につまらない物をやるのか』

 

『こういうのがお約束? 日本人のマナーじゃないのか? むぅ、難しい。オレにとってはコレ、あんまり面白いと思えるもんじゃないし―――む、じゃあ、つまらない物をやっているのか? 正直、ウルトラスペシャルDX大盛りミノタウロスチャーシューメンの方がすっごく興味がそそられるけど……那月先生もそっちの方が良かったりするのか?』

 

『結構だ』

 

『むむむ、引っ越しソバとか言う日本の風習があるんじゃないのか? それとも魔族特区では別の食べ物があるのか?』

 

『……はぁ、アスタルテからの頼みだから付き合ってやったが、この馬鹿、馬鹿は馬鹿でもタダの馬鹿ではないようだ』

 

『え? なんかオレって馬鹿だと思われてるのかっ!?』

 

『まあ、馬鹿とハサミは使いよう、こんな底抜けの馬鹿でも捨てたものではないと思おう。そうでもしないとやってられん』

 

『ううん? それって褒められてないような……?』

 

『なにを言っている? この私が、使いようがあると認めたのだから、十分に褒めているぞ』

 

『そうなのかぁ。なんか釈然としないのだ……』

 

『―――しかし、このような真似をしても私が貴様の勝手を認めてやるかどうかは別問題だぞ』

 

『う、そうだろうな。しょうがない。これくらいで納得できない承知の上なのだ。でもそのうち、何かの気まぐれであっさり気が変わってくれるかもしれない。だからその時まで、那月先生は、商売敵ってやつでいいんだと思うのだ』

 

『―――』

 

 端から認めてもらおう、と間違った意気込みはしない。

 縁堂クロウは、人に認められることの難しさを知っている。人間と外れ、魔族とも外れた混血、どうあって自分は周りと違うのだから。

 そうなると、あと望めることは、相手に我慢してもらうしかなくて。

 

『とりあえず、今はオレ、那月先生のお仕事の邪魔はしないようにするし、できる限りお手伝いもするのだ。役に立つんだろ、オレも?』

 

 この文句を受けた国家攻魔官は、一本を取られたようであまり面白くなさそうな――だけど、反論は出ないという表情を見せて。

 でも、パチンと扇子を閉じた音を立てると、目を細め、

 

『私の仕事は、お前のような馬鹿に人並の教養を頭に叩き込んでやることだ。―――岬から聞いているぞ? 転入最初のテストで、英語の赤点を取ったそうだな』

 

『ぬぬっ!?』

 

『喜べ、馬鹿犬。英語の科目担当である私が、特別補習授業をつけてやろう。暁と一緒になるだろうが一人も二人も変わらんし、何、貴様は中等部だが問題はあるまい? 獅子王機関は高等部くらいの内容は問題ないだけの学力を有しているはずだからな』

 

『待ってほしいのだ! オレ、ユッキーとは違ってそういう頭を使う方は―――』

 

 ………

 ……

 …

 

「………って、那月先生には、この骨董屋に並んでた茶器を、袖の下?にお納めしたのだ。ここの縄張りを陣取ってるっていうからなー。遅くなったけどきちんと改めて引っ越し先の挨拶回りに行ったんだぞ」

 

 魔王と恐れられた戦国武将・織田信長も茶器を愛用していたと授業で習って、早速それを実行したのである。以前に古城先輩より、南宮那月はアンティークを集めているという話は聞かされていたので、店の中でも一番古臭いと感じたものを贈ったのだ。

 一応、贈り物は受け取ってもらえた。

 『お前の手元にあるようじゃ、猫に小判、犬に論語もいいところだ』と言って、渋々だが。

 

 これにより、商売敵のスタンスは変わってはいないが、少しばかり態度が軟化している。自腹を切ってしまったが、これは獅子王機関と現地を仕切る国家攻魔官との関係改善のきっかけになると思えば安い買い物であろう。

 

『………じぇら』

 

「? じぇら?」

 

『ん、んんっ―――へぇ、プレゼント、したんですか』

 

 と自慢げに戦果を語ったクロウだが、どこかトゲトゲしいお言葉を頂く。

 狐のぬいぐるみは、愛くるしくデフォルメされたマスコットであるはずなのに、陰影がかかっているように見えるのは目の錯覚か。

 思わずごしごしと目を擦って見直すクロウへ、冷ややかに、

 

『見た目通りにお子様な女ですね。物くらいで態度を変えるなんて』

 

 今日の白奈なんか怖い!! こう、背後にめらめらっと揺らめかせる黒い炎が幻視できてしまう感じ。

 『なんかこのキツネ、白奈に似てるなー』とクロウが昔、師家・縁堂縁に同行しての出張からの土産にキツネのぬいぐるみを贈った時には、それを神棚に飾るくらいに上機嫌だった。だから、このプレゼント作戦は間違いないと思ったのに、思いっきり不評である。

 

『―――決まりました。査定の結果、今月分のお小遣い(しおくり)は、予定日より一ヶ月ほど延期にさせてもらいます』

 

「ええっ!?」

 

 正座しながら座布団から跳び上がるクロウ。これに対し、ホッキョクギツネに似たマスコットは冷ややかに、

 

『なにをそこまで慌てるんですクロウ君? 今月分がなくても食費を賄えるだけの貯えはあるはずでしょう? 遊んだりしなければ問題はないかと思いますが』

 

「そ、それは、だな。今はピンチで……」

 

『はい?』

 

 クロウは右手の人差し指と左手の人差し指をツンツンとしながら、懐事情を赤裸々に白状する。

 

「後で縁お姉ちゃんが教えてくれたけど那月先生に贈ったのオレのお給金の三ヶ月分くらいするものだったみたいでな。ほら、こういう大事なプレゼントはお給金の三ヶ月分がいいって、唯お姉ちゃんから教えてくれたし! で、でも、オレ、今ブタさん貯金箱の中身はすっからかんで、できれば至急欲しいなぁ、って」

 

『一ヶ月ではなく三ヶ月に延長しましょうか』

 

 姫柊雪菜(ユッキー)だって、<第四真祖>の監視役の任を受けるときには凄い大金を支給されている話だったのに。どうしてこんなに厳しいのだろうかとクロウは思った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 縁堂縁が拾ってきたのは、殺神兵器を終わらせるための殺神兵器。

 『三聖』としても、一族の宿願を果たすためにも、是非とも手中に収めておきたい駒。

 しかし、それは金銭や名誉で靡くような性質ではなく、それどころか万人を道具扱いにしてしまえる『闇白奈』の<神は女王を護り給う(テオクラティア)>で動かせぬ相手だった。

 それでも兵器として、最大限活用するには、制御するのが望ましい。

 

 ―――『(くらき)』は囁く

 ならば、“情”で縛れ、と。

 

 そんな思惑で接しようと近づいたのがハジマリだった。

 

 ………

 ………

 ………

 

(ごめんなさい……)

 

 消沈する彼を見て、つい感情的になってしまったとちくりと胸が痛む。

 殺神兵器(ナラクヴェーラ)を“破壊”したことを褒めようとしたのに。

 今のやりとりにまで『(くらき)』が口をはさんだりしないのに。

 うまくいかず、誰にも言い訳できず。

 彼のことになると思うように自制が効かなくなる、それこそ年頃の娘のように幼くなってしまうこの心性が、茨のようにいとわしい。

 

 それはそれとして、だ。

 

 最も頭を悩ませる問題。

 それは、暁凪沙や南宮那月のことではなく―――<第四真祖>の好感度が、かなり、高いこと。

 

 同姓で気軽に相談の出来る相手。補佐だけれど監視役(ゆきな)ほど怖くはないし、吸血鬼である裏の事情も知っている。暁古城には心許せる相手で、それだけに上昇が高い。特に暁凪沙(いもうと)を助けたのが好感触だったし、最近では同じ教室で補習を受けるようになったから仲間意識の連帯感が結びつきをより強くしている。

 それに今回送り込まれた舞威媛・煌坂紗矢華のツンツンな態度から、おおらかにフォローしてくれるクロウに、ほろりとほだされてしまうのが人情だ。

 

 おかげで今や姫柊雪菜よりも好感度が上だ。監視役(愛人)として送り出したわけじゃないのにポイントを稼いでいる。お守りに封じ込めた分体であるとはいえ『闇』が探ったのだから間違いない。そんな好感度メーターとなった古き意思はこの結果に大いに嘆いている。

 

 ―――何をしているのだ愛人候補よ。補佐役(おとこ)に負けてどうする。

 

 <第四真祖>が、<蛇遣い>の影響を受けて同性も守備範囲になったら、監視役と補佐役の立場が逆転しかねないと『三聖』は危惧している。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 なんやかんやと嘆願は聞き入れてもらえて、延期(おあずけ)が一週間にまで短縮したところで、クロウは、この匂いの嗅げぬ彼方へいる相手へと問いを投げた。

 

「なんか、今の白奈のご機嫌が気になるんだぞ。オレのこと嫌いなのか……?」

 

 これに、ぬいぐるみの耳の辺りが、細かく、忙しく左右に向きを変える。

 それから伝播した困惑を示すように、ホッキョクギツネのように真っ白な尻尾が、おろおろと左右に揺れた。

 ぬいぐるみの視線は部屋中を彷徨う――クロウ(こちら)を避けるように――そうして、一周くらい泳がせてから、ポツリと――しかしこれだけは誤解はさせてなるまいとしっかりと聴こえる声で――応えた。

 

『……気にしなくても、心配いりませんよ。クロウ君がどんな姿に成り果てても、私の好感度は揺るぎませんので』

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ずるいずるいずるいぞっ! どーしてオレが最初に見つけたのに、縁お姉ちゃんばっか食べるのだ!」

『使い魔のおまんま食いっぱぐれてるのは誰のせいだと思ってるんだい。だいたいこれはキャットフードだ馬鹿弟子。それにお前さんの食い扶持を賄うとなったら、ここにいる全員分のでも足りやしないよ。そうさね。これを機に断食でもさせて精神修養をさせてみようかね。そうすりゃ一言多いその性格もちょっとはましになるか』

「鬼!? 鬼なのだ! そんな恐ろしいことしたらオレ腹ペコで何もできないぞー!」

 

「……猫さんとお話ししているのでした?」

 

 金欠となった乞食少年が師家の使い魔である猫と共に辿り着いた廃教会で、ギャーギャーと騒いでいると、ふと気配。入口(とびら)のところでキョトンと不思議がる少女がいた。

 

「んん? 誰だお前? 髪の色とか白奈に似てるけど、匂いは全然違う。なんか真っ白奈って感じなのだ」

『そういうところだよ。闇白奈が色々と黒くなってるのは馬鹿弟子のせいでもあるからね』

 

「わわ! 猫さんが喋ってるのでした」

 

「う。このニャンコは師家の使い魔だからな。それで、その制服は彩海学園のだな」

「はい。それと、あなたのことも見たことありました。この前凪沙ちゃんのクラスに入った転校生でした」

「う、そうだぞ。オレは、縁堂クロウ。こっちは縁お姉ちゃんなのだ」

「私は、叶瀬夏音です」

 

 よろしくお願いします、と声を揃えて互いに深々と頭を下げる二人。

 そして、聖女と謳われるほどに心優しい少女は、ぐーぐーと口ほどにお腹が空腹を訴える少年に昼食にと購入したパンを与え、これに少年は一食の礼に彼女の手伝いをすると決めたのだった。

 

 

 

つづく


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