即興短編集   作:遠名 彬

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お題:やわらかい何か
制限時間:一時間


白いアレ

今日も疲れた。まったくなんだってこんなに世の中は生き辛いのだろうか。待っている人のいないアパートの部屋に帰ってきた私は、倒れるようにベッドに寝そべる。

そこまで柔らかくもないスプリングが私を迎え入れる。やはりベッドにはもっとお金をかけるべきだろうか、とぼんやり考える。私の安らぎの場所は家しかないのだから、家具への投資を戸惑ってはいられないだろう。次の休みにベッドを買い換えることを心に決めた。

私は妙に強張った服の感覚で、自分がスーツ姿のままなことに気付く。このままでは皺になってしまうので、ベッドから起き上がる。そうして適当に脱ぎ、ハンガーにスーツをかける。女っ気の失われた姿の私は、誰が見ても死んだような目をしているであろう顔のまま浴室に向かう。便利になった給湯器のスイッチを入れ、軽快な電子音を聞きながら買い置きのコンビニ弁当を電子レンジに突っ込む。

文明の利器のお陰で、疲れきった状態でも最低限文化的な生活が実現できる現代に最高の感謝を送りながら、私は冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、テレビの前の卓袱台に陣取る。

リモコンで適当に番組を回す。最近はデモだの春闘だの、労働者の権利がどうだのと煩く騒ぎ立てている。労働者など上の言い分を適当に聞き流しながら働いていればいいではないか、と楽観的に考えながら、私はニュースを離れる。

バラエティにチャンネルを変える。芸人とかがわいわいと、何が面白いのか分からないネタを散々披露している。最近はまともにバラエティを見ていないから、誰が人気で誰がノッているのかはまったく分からない。なので、正直バラエティを見ていても何も面白くない。私はまたチャンネルを回す。

チン、と間の抜けた音で、電子レンジが仕事の終わりを告げる。私は立ち上がり、弁当を取り出す。テレビではニュースキャスターが黙々とニュースを告げていた。面白い番組は何もやっていなかったので、私はニュースのまま放置し弁当を食べ始める。人工的な味が人工的な暖かさでもって口の中に広がる。

冷たいビールを流し込み、ちょうど食べ終えた頃に、ピロピロと電子音が鳴る。給湯器が仕事を終えた音だ。適当に服を脱ぎ捨て洗濯機に突っ込み、私は風呂に入った。

 

しばらく狭っ苦しい風呂で温まった後、私はバスタオル一枚のままでリビングに戻ってきた。そうして慣れた手つきで無意識のうちに台所のお菓子入れに手を伸ばして……重大な事に気付く。

どうして忘れていたのだろうか。朝から今日は気分が悪かった。昼休みを経ても優れず、帰ってきてもこんなに疲れている。それはどうしてだったか。

やわらかい何か……私の中で柔らかい何かが足りないのだ。いつもいつも頼りにしていたものが。通りで死にそうな筈だ。

 

私は全速力で服を着て、夜の街に駆け出した。目指したのは二十四時間営業のコンビニ。そこに売っている事は知っている。

自動ドアに飛び込んだ私を、若干引き気味の夜勤のバイトが出迎える。私はお菓子コーナーに真っ直ぐ進み、袋詰めの商品を引っつかむ。そうしてそれをレジに突き出した。

 

「これ下さい!」

 

部屋に帰った私は袋を破り、中の白いものをつまんで口に入れる。それは甘く解けて私の疲れを一気に流していった。

 

ああ、やっぱりマシュマロは美味しい。

 

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