即興短編集   作:遠名 彬

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お題:うるさい豪雨
制限時間:一時間


雨の日、彼に

私には好きな人がいる。

いつから好きだったのかは分からない。この学生生活の中で……たったの数年の間に、一人の男を好きになった。気がついたら、彼の事を目で追う私がいた。彼の一挙手一投足をストーカーみたいに観察した。それくらい、彼のことが好きだった。

彼には彼女がいない。それは一番最初に調べた事だ。彼本人には聞けていないけれど、彼と仲のいい人は口を揃えて彼女がいないと言うのだから、きっと間違いない。

彼には親しい女友達はそう多くいない。他の女生徒と話すのは事務的な連絡のときくらいで、それ以外のときはいつも男友達のグループにいる。そんな彼とよく喋っている女子は一人だけいるが、その子は家が近所のいわゆる幼馴染と言う奴らしい。だから恋仲とかそういう関係ではない。

彼の人間関係は大体把握している。誕生日はハロウィンの日だ。部活には入っていない帰宅部で、いつも授業が終わると友人たちとさっさと帰ってしまう。よく帰り道にあるゲームセンターで道草を食っている。よく遊ぶゲームは最近流行りの音楽ゲームとレースゲームだ。UFOキャッチャーは苦手で、友人に乗せられて遊んだダンスゲームでははしゃぎ過ぎて足を滑らせた。たまに寄る本屋では週刊の漫画雑誌をチェックしているし、それで連載しているバトル漫画の単行本を集めている。そうして家に帰るころには日が傾いていたり、既に沈んでいたり。でも決まって19時までには家に帰っている。

登校時間は決まって8時。毎日遅れそうになりながら、幼馴染の子と喋りながら教室に入ってくる。学校での成績は中の下くらい、けれど赤点とは無縁。試験日には決まって目の下にクマを作っている。

そんな彼のことが、私は好きだ。好きで好きでたまらないくらいに。いつか彼の彼女になることを目標に学校に行っているくらいだ。

彼はいつだって、男友達との会話で彼女が欲しいって言っている。私は自分で言うのも何だがそれなりに容姿は整っているほうだし、性格も悪くは無い筈だ。告白すれば、彼が受けてくれる確率は低くは無い。

だから、私は彼を呼び出した。場所は体育館。今日は近頃少なかった豪雨で、彼は自分より少し大きい紺色の傘を差して来た。雨といっても靴も洋服もいつもと変わらない姿の彼は、私の手紙を読んで少しだけ機嫌が良さそうだった。私のことで喜んでくれる彼の姿を見て、私の胸も満たされる思いだった。

放課後。私は授業が終わるとすぐ荷物を纏めて、体育館に向かった。彼は私のほうを見ることは無かった。私と彼の秘密の逢瀬みたいで、密かな興奮を胸に渡り廊下を歩いた。外の豪雨がうるさく音を立てるお陰で、この辺りで私たちが話していることは誰にも聞こえないだろう。

私は体育館の入り口で、彼が来るのを待った。一分一秒ですら長く感じる中で、私は彼の姿を脳裏に思い浮かべた。彼はきっと、荷物を持ったままここにきて、なんでもないような顔で私に口を開くのだ。私はそれに答えて、彼に気持ちを伝える。彼は戸惑い恥ずかしがりながらもそれを受け入れてくれて、私と彼は彼女と彼氏になるのだ。

 

雨は止む気配を見せない。待ち始めてからどれくらいの時間が経っただろうか。彼は現れない。もしかしたら困っているのだろうか。どう反応すればいいのか分からずにいるのだろうか。来てくれればそれでいいのだ。なにを迷う必要があるのだろうか。

 

「彼は来ないわよ、ストーカーさん」

 

来たのは見覚えのある顔の女だった。幼馴染とかいう立場の女だ。彼女は私を真っ直ぐ見詰めていて、その右手には見覚えのある紙――手紙だ。私が彼にあげた手紙。

 

「……なんで貴方が来るのよ。彼は?」

「来ないって言ってるじゃない。なにを考えてるか知らないけど、あんたを彼に会わせる訳にはいかない」

 

この女は意味不明なことをのたまって、私に手紙を投げつけた。それはひらひら舞って、屋根の外に出た瞬間に雨に打たれて地に落ちた。

 

「あんたは気持ち悪いのよ、ストーカー紛いの事をして。彼はあんたの事を嫌ってるわよ、知らないだろうけど。もう関わらないでくれる?」

 

女は一方的にそう言って、帰ろうとする。私はなんとも言い出せなくて、彼女の肩を掴もうとして――視界の端に、彼がいるのを見た。

 

「おーい、まだか?今日は雨だから早く帰りたいんだが……」

 

彼は私のことが見えていないのか、幼馴染に向かってそう言う。女は一瞬こちらを振り向いて、形容しがたい笑みを浮かべて囁いた。

 

「私、彼と付き合ってるの。あんたが入り込む隙間なんて無いわよ。……ごめんごめん、今行く」

 

彼が私を見て、何か言った。うるさい雨の音にかき消されて、その声は聞こえなかった。私は何が何だかわからなくなって、外に飛び出した。

――彼が付き合ってる?なんで?私じゃないの?

その声に答えてくれる人はいない。私は雨の中、傘も差さずに歩いた。雨の音だけが周囲を包んでいた。

 

 

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