即興短編集   作:遠名 彬

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お題:安全な牢屋
制限時間:30分


侵されぬ聖域

彼が牢屋にぶち込まれてから、もう数年が経とうとしていた。容疑は強盗致傷だったか。彼は最後まで頑なに無罪を主張していたが、結局有罪判決となり牢屋にいる。

彼は牢獄の中で、割と悠々自適な生活をしていた。普通に社会で生活するよりも数段楽な生活なのだ。睡眠時間はしっかりと確保されているし、労働時間もさして長くない。始発で会社に出社し、終電で帰れれば楽な方、そんな日々を過ごしていた彼からすれば、今の生活はとても気楽だった。

そんな彼の元には、週に一度手紙が届く。それは実家で彼の帰りを待つ妻からのものである。牢屋の外で何があったか、知り合いがどうしているか。そんな世間話ばかりだが、暇を持て余している彼にとっては欠かせない娯楽である。

今週も、手紙が届く。いつもの味気ない封筒に包まれた手紙は、見慣れた癖のある字で文が綴られていた。

何でも、会社の同僚が過労死したのだとか。まあいずれ過労死が出るだろうとは思っていたので、彼にはさして衝撃は無かった。死んだ同僚とも大して交流は無く、彼が逮捕されたときには悪魔か何かを見るような目をしていたのが印象的だった。というかその程度しか思い出は無かった。

次に、妻の住む家に嫌がらせが続いている、という事だった。こればかりは逮捕された自分が悪いのでなんとも言えないが、実際に嫌がらせを受けていない身としてはどうしても現実味に欠ける話である。

文章を全て読み終えて、彼はゆっくりと顔を上げた。今日の労働は既に終わった。後は自由時間、消灯だけである。

牢屋の中は平和だ。安全である。普通に生きている人々よりもよっぽど人権が確保されている。過労死寸前まで追い詰められながら生活の糧を稼がなくてもいいし、三食きちんと飯は出る。確かに娯楽は致命的に少ないものの、元々無趣味な彼には大した問題ではない。冤罪で投獄されたが、今では牢屋の中のほうが理想的な世界なのではないか、とも思い始めていた。

そろそろ消灯の時間である。彼は手紙を大事に仕舞った。次に来る手紙はどうだろうか。もしかしたら出所するまでに妻がストレスで壊れてしまうかもしれない。しかし、それがどうなのか確かめる術は彼には無い。

簡易ベッドに横たわる。会社の床で寝ていた頃よりもよっぽどいい環境である。牢屋にいられるのは後何年だっただろうか。天国のようなここから出たら、外での地獄のような生活が待っていると考えると、彼は少し憂鬱になる。

電気が消える。彼の意識も、自然と遠のいていった。

 

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