制限時間:一時間
私は昔から、いいとこの令嬢という肩書きが似合う少女だった。物心ついた頃から不自由を感じた事はなかった。三度の食事もあったし柔らかいベッドもあった。両親は優しいし、何でも言う事を聞いてくれる召使いもいた。私と同じような家の出の幼馴染もいた。よく一緒に悪戯したり、遊びまわったり。家は豪邸と形容するべき大きさだったので、その敷地内を走り回っているだけで飽きる事はなかった。
私は、家の外を知らなかった。知る必要も無かった。もしかしたら家の外に世界があることも知らなかったかもしれない。
ある頃、幼馴染が家に来なくなった。私は両親に何度も問い質したが、曖昧に笑うだけで明確に答えてくれる事はなかった。やがて私もそのことを気にしなくなっていって、記憶の中から幼馴染は消えた。
私は成長していくにつれて、家の外の事を知ろうと思い始めた。帝王学だの何だのと詰め込み式で教育を施されていく内に、その教育の外にある世界に気を引かれたのだ。知る必要は無い、と言われ続けると、むしろ知りたくなってくる。カリギュラ効果というやつなのだろう。
私はやがてその知的欲求に突き動かされ、自分の屋敷を抜け出した。そうして出た外は、想像していた世界とはまるで違っていた。
私はなに不自由の無い世界で生きてきた。だから、それ以外の世界を想像する事すらできなかったのだ。私以外の人たちも、私よりは少し劣るかもしれないけれど、普通に生活しているのだろう、と。
一番酷い所に連れて行ってください。協力者にそう言った私が見たのは、日々の生活すらままならない人々の惨状であった。
行方不明扱いだった私の捜索願が出される前に家に帰った私は、こっぴどく怒る両親の説教を遮った。あんなひどいものを見せられては、私は黙ってはいられなかった。
私は、私の知っている世界の人々を救いたかっただけなのだ。あんな世界を見せ付けられたら、自分がいかに恵まれた環境で育っていたのかを思い知る。三食食べられるのは普通ではなかった。雨風を凌げる家も、疲れを溶かしてくれるお風呂も、何もかもが特別だったのだ。
だから私は、そんな彼ら……生きるのに精一杯な彼らに何かをしてあげられないか。その結果、私が配給をする事を思いついたのだ。
私の言葉を聞いた両親は唖然として、その後に本気で心配するように私を怒鳴りつけた。何を言っているのか、と。その言葉は当然だ。私も分かっていた。だけれど、ここで引くわけにはいかなかった。
産まれて初めての反抗に、両親は戸惑った。大いに混乱して、そうして、条件付で私の言い分を認めてくれた。
それから。私は毎日三回、外の中でも酷い区画で配給の仕事をしている。周りには親が使わしたボディーガードがいるのだけど、彼らは過剰なまでに周りを警戒するものだから、この区画に住む人々とは未だにまともにお喋りすらしたことが無い。見えるところで私が物を出して、それが黒ずくめの男の手で渡される。直接関係を持つのは危険だ、と一切許してもらえなかった。
私のこの行為は、周りでは慈善事業として捉えられているらしい。偽善だと罵る声も聞こえてくる。しかし、私のこの思いは、貧しい人々を救いたいという考えは偽物ではない。名付けるならばそれは嘘。周囲に言いふらしている、自分の成長の為に、とか世界を知る為に、とかいう理由をつけた嘘だ。結局は自己満足なのだ。そんな事はわかっている。けれど、その自己満足で救われる人が居るならば、この嘘を吐き続けるのも悪い事ではないだろう。
今日は、新しいボディーガードが来るとのことだ。なんでも、私が行っている地区の青年が立候補してきたらしい。よくもまあ意見が通ったなぁ、という感想しか出てこなかった。私は新しく来る彼の事を楽しみに、今日も人々に糧を配るのだ。