制限時間:一時間
我が学校には御曹司がいる。彼は巷でそこそこ名の知れた企業の跡取り息子である。彼が御曹司であることは学校の誰もが知っているけれど、本人はその肩書きがあまり好きではないそうだ。事実彼の前でその話をすると露骨に嫌そうな顔をするので間違いない。
そんな彼は、学校ではよく騒ぎを起こすトラブルメーカーとして認知されている。毎日大きいことから小さなことまで何かしらの騒動を巻き起こす。その中心にはいつでも彼がいる。
しかし、今日は違った。
下校時刻。私は妙な不満感を覚えながら下校の仕度をしていた。何かが物足りない。そう考えてしまうのは何故だろうか。今日という日を思い返すが、これといって目立った何かがあったわけでもない。
……そうだ。目立った何かが無いから不満なのだ。今日は例の御曹司君が大人しかった。いつもなら教師に食って掛かったり生徒を扇動して馬鹿騒ぎをしていたりする彼が、何もしなかったのだ。これほど可笑しな事はない。
少しの不完全燃焼を抱えながら、私は教室を後にする。そうして歩いていると、ふと、見覚えのある後姿が目に映った。
彼だ。妙に元気が無い。覇気が無いとも感じる。威張り腐っているわけでもないのに感じるカリスマオーラのようなものが無いのだ。確かにこれでは、いつものような馬鹿騒ぎをする馬鹿には見えない。
「よっ、元気ないな。どうしたんだい?」
軽く肩を叩いて声を掛ける。彼は私のほうをちらりと見て、盛大に溜め息をついた。
「なんだお前か。……いや、何でもねーよ」
明らかに何かある溜めの後、彼は目線を逸らしてぼそりと零した。……重傷だ。
「どうしたの。そんなんじゃあいつものあんたらしくない。やな事でもあった?」
そんな風に隣を歩きながら聞く。彼は初めのほうは無視するように生返事を繰り返すだけだったが、次第に私のほうを向く。そして、言いづらそうに口を開いた。
「……この間、学校でやってる事が親にバレてな。昨日呼び出されたんだ。家の誇りが何だとか五月蝿くてなぁ。それを考えるとどうにもやる気が出なくて」
いつにもまして憂鬱そうな声音だ。しかし……。
「ようはお叱り食らってやる気が失せたってこと?馬鹿ねぇ、そんなことで落ち込んでどうすんのよ」
そんな理由、到底私が考えていた理由には及ばない。
「あんたはクラスの真ん中で、自分の立場なんか関係無しに馬鹿してるんじゃない。それが、親に叱られた位でへこんでどうするの。前に私に家の事で怒鳴り散らしたのを忘れたとは言わさないわよ」
そう。少し昔、まだあまり仲良くなかった頃に私が彼の前で不用意に家柄の事を漏らしてしまった時だ。彼は自分のことを家柄で見るなだとか、そんなような事を私に高圧的に説教し始めたのだ。大して互いを知らない異性に、だ。私は思わず泣きそうになったがそれは置いといて、彼はそのくらい、立場というものが嫌いなのだ。
「……ああ、そんな事もあったな。確かに親に言われたくらいで直してたら俺らしくない……か」
独り言のようにぼそっとそう言うと、彼は一度深呼吸。そして目を開いた彼は、不思議と別人に見えた。
「今日は充電日だ。明日からはまたやらかしてやるから、覚悟しろよ?」
そう言ってにやりと笑う彼は、紛れもなくいつもの御曹司君だった。