制限時間:一時間
トンネルを抜ければ、そこは黄色い畑だった。……なんて文豪を気取ってみても、専門外だから下手な文章にしかならない。私は電車の窓の向こう側を、頬杖をつきながらぼんやりと眺めていた。
窓の向こう側は、菜の花が咲き誇る黄色い畑だった。この風景だけは地元でも素晴らしいと思えるが、それしかないのだからどうしようもない。私が故郷から出て行ったのはそういう理由が殆どだ。コンビニは歩いて30分、スーパーは車で30分。駅へは車で片道一時間かかるし、ゲームセンターとかパチンコ屋なんてものはもってのほか。そんな環境で私は育った。
抜け出したくて都会の高校を受験して、都会で一人暮らしを始めたら、驚くことが多かった。人が多いし、畑も無い。少し歩けばなんでもあった。勉強だけはできたので、遊ぶ時間は結構あった。ゲームセンターは煩くて好きになれなかった。カラオケも、私が音痴だからかあまり楽しめなかった。でも買い物は楽しかったし、友人とのウィンドウショッピングは気に入った。バイトと学業の二重生活は大変だったが、それをやり遂げるだけの楽しさがあった。
そして、毎年菜の花が咲く頃に実家に帰る。そうして家族に土産話をして、少しの間骨休めをする。私はそれだけは守っている。
電車がプラットホームにつく。私は足元のキャリーケースを転がして、駅に降りる。田舎の懐かしい匂いが鼻をつくと、ああ帰ってきたのだ、という実感が湧いてくる。
駅員さんに切符を渡して改札を抜けると、見慣れたシルバーの車が私を迎えた。
「ただいま、お父さん」
父は無言で頷いた。私はスーツケースを後部座席に投げ込んで、助手席に座った。シートベルトをつけたのを確認してから、父は車をゆっくりと発進させた。
片道一時間はかかる道。父はあまりおしゃべりではない。私は電波の入りづらい携帯電話で友人と連絡を取り合いながら、久々に見る田舎の光景を眺めていた。
「……都会は大変か?」
「ううん、とっても楽しい。向こうに出て行ってよかったって思うよ」
「そうか」
一言、二言。そんなものだ。でも父が私を心配しているのは痛いほど伝わってくる。都会では一人でいることが多い。田舎では誰かと一緒にいることが多い。私はどっちかというと、後者のほうが好きだ。
車はゆっくりと我が家の敷地に入る。広々したガレージの中に車は止まった。私はシートベルトを外してドアを開けた。
懐かしい土の香りと、少しのガソリン臭さを感じて、私は大きく伸びをした。スーツケースは父が持ってくれて、既に玄関の中だ。
「ただいま!」
私はそこそこの声で言って、靴を脱ぐ。引き戸から母が出てきて、おかえり、と言った。
私が帰ってきて始めにやる事は決まっている。別の引き戸を開けて、中に入る。畳敷きの部屋を歩いて、仏壇の前で正座をする。
「ただいま、おじいちゃん、おばあちゃん」
線香をあげて、ゆっくりと手を合わせる。そうして振り向くと、戸の向こうの卓袱台で、母がおはぎを用意していた。
やっぱり、家族が一緒だといい。父がつけた競馬のラジオをBGMにして、私は冷たい麦茶を飲んだ。都会では飲めない味がした。