即興短編集   作:遠名 彬

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お題:大人の手
制限時間:30分


大人の定義

人は何歳から大人と言えるのだろうか。私は今年でちょうど二十歳だけれど、何か変わったかと言われれば否と答えざるを得ない。

電車の中でなんとなしに考えだしたその話題は、午後の授業が始まった今でも私の頭の中で回り続ける。

子供の定義。大人の定義。そんな話はずっと昔から考えられてきた話だろう。私よりもずっと頭のいい人が考え続けても答えの出ない命題。私がいくら考えても答えが出ないだろう事は自明だ。

 

「――今日の授業はここまでだ。レポート忘れるなよー」

 

ぼうっと考えていたら、いつの間にか授業が終わっていた。今教壇に立っている男の教師は大人なのだろうか。私の人生の二倍は生きているけれど、一体いつから大人になったのだろうか。

私もいつか、大人になったと実感できるときが来るのだろうか。気がついたら大人になっていた……なんて、あまり考えたくはないけれど、きっとそうやってシームレスに変わっていくものなのだろう。

教材を鞄に突っ込んで、席を立つ。同じ学部に友人はいない。今のところまともに話せるのは他学部に通う幼馴染だけだ。大学生になれば友達が沢山できて、夜中まで遊び歩くような夢のキャンパスライフが自然と始まるわけも無い。他人とコミュニケーションを取ることを放棄した結果が大学一人ぼっちである。笑えない。

誰よりも早く教室を抜け出し、駐輪場へと急ぐ。無駄に学校にいる意味は無い。さっさと帰って家でパソコンでも眺めていたほうが有意義だ。

量産されたように並んだ自転車の中から自分のものを見つけ出し、鍵を外す。駅への道のりはそう遠くない。私は帰路へ漕ぎ出した。

 

「ああ、ちょっと」

 

後ろから呼び止められて、振り向く。そこにはさっきまで同じ教室で授業を受けていた同級生が、少し息を切らせたまま立っていた。右手には見覚えのある筆箱を持っている。

 

「これ、君のだよね。教室に忘れてたよ」

 

ゆっくり歩いて近寄ってきて、私に手渡す。それを受け取る。彼の手は私の手より幾分か大きかった。

 

「……ありがとう、ございます」

「気をつけてね。また明日」

 

明日も同じ授業があったか。彼はそれだけ言って歩いていった。私は自転車を止めたまま、そんな彼の後姿を眺めていた。

彼は大人なのだろうか。きっと大人なのだろう。私だったら忘れられた筆箱を放置しているに違いない。冷静に周りを見て、見知らぬ誰かにも親切をする。私よりずっと大人だ。

少しだけ答えが見えたような気がして、私は駅へと進む。これからの授業は、少しは楽しくなるだろうか。

 

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