制限時間:一時間
この世界は残酷だ。持てるものと持たざるものが、生まれながらにして区分されているのだから。持たざるものはどう足掻いても、持てるものの足元に及ぶことすらままならない。そんなふざけた世界の中で、俺は足元に唾を吐いた。
とある路地裏。遠い昔に廃棄された区画の一つ。持たざるもの達が住み着いた廃墟。俺の世界は、生まれたときからそこだけだった。
最低限の人権しか認められないのは当たり前。持てるもの達の為に生活保証をかけて働き、得られるものは廃墟と最低限の配給。とても仕事の難易度とは釣り合わない報酬で、俺たちは馬車馬よりもひどく扱われる。それが日常。
「仕事の説明は以上だ。ほら、さっさと働け!」
少し前。強面のスーツに蹴り出された俺は、今日の仕事であるゴミ掃除をこなすために廃棄区画を巡回していた。
このあたりは治安が悪い。武装したテロリストが少し前までその辺りを平然と闊歩し、時たま警備軍と小規模な衝突をする。そんな場所だった。そして、俺の地元だ。
ついこの間の制圧作戦により、この区画を根城としていた危険分子は軒並み掃討され、今では嫌な静寂が辺りを包むのみだ。死臭の漂うなか、目的のゴミを探して歩き回る。
ゴミ掃除、なんていうのは高潔な貴族様方が丁寧に言葉を選んだ結果の文言であり、事実を簡潔に表した言い得て妙な言葉だ。具体的な仕事内容は、射殺されたテロリストの死骸の回収。それと、生き残りに遭遇した場合はそれの排除と回収。場合によっては命が危ういこの仕事、勿論報酬は微々たるものだ。生存認可パスの期限延長と、都合2日分の配給優先権。それだけだ。
今までで既に夥しい数の死体を見つけた。しかしそれらはどれもテロリストとは全く関係のない人々で、依頼主が要求したモノではない。こういうものを回収すると面倒事が起きそうなので、俺はスルーを決め込む。
建物の角を右に曲がる。不意に視界に入ったのは、赤黒い海だった場所。今では干からび異臭を放つのみと成り果てた場所。
倒れた人々が身に付けているのは、ここらでは珍しい上等な洋服。揃ったワッペンを付けたスカーフを身に付けている、死体の群れだった。
混み上がる吐き気を抑え、俺は場所を頭に叩き込む。この数を一人で回収するのは無理だ。事情を話すべきだ。
スカーフを一つ、拾い上げる。元は深緑の布であっただろうそれは、叩き付けられたような黒によって固まっていた。何も言わず、配給品のナイフでワッペンを引き剥がす。飛び立った鴉の紋章は、無惨にも塗りつぶされていた。
――――――
翌日。俺は長い配給の列を、遠目から眺めていた。
報酬はきっちり払われ、俺の手には今日の朝食である小麦らしき何かを固めた食品がある。パサパサして食えたものではないが、食わなければやってられない。一息に口に放り込む。
眺めていた視線の先。そこには配給食品を配る、一人の少女の姿があった。
彼女は上流階級出身らしく、慈善事業の一貫として配給の手伝いをしているそうだ。馬鹿馬鹿しい。しかしその美貌は、俺の心もずっと前に捉えたままだ。
地獄から見た天国に住まう少女。雰囲気は天使と形容するにはどこか不純で、美女と評するには一言足りない。
底辺労働者達の間でついたあだ名は“天国の姫君”。俺もその名前には同意せざるを得ない。彼女の纏ったどこか浮世離れした雰囲気は、まさしく姫君といったところだ。
配給の時間は終わり、姫君は護衛の男たちに囲まれたまま天国に消えた。名残惜しい気持ちを捨て、俺は自分の肩を叩く。
俺が彼女に抱く想いは、間違いなく恋心なのだろう。その辺の凡百の輩が下品な口で発する下心では断じてない。
だが、それが実現不可能な想いであることも確かだ。俺と彼女では、立場が違いすぎる。敵国の王子どころの話ではない。
「よし、今日も頑張るか」
叶わぬ想いを胸に、俺は日々の糧を稼ぎに行く。その先には光はないが、姫君の事を考えればこの暗い世界にも生きる意味が見出だせるといったところだ。
天国はまだ遠く。地獄の闇は未だ深く。彼の人生が転機を迎えるのは、もう少し先の話である。