制限時間:一時間
“サービス終了のお知らせ”。
俺の前に映った文字列は、無情な現実を俺の前につきつける。サービス開始から二年半。俺は毎日このオンラインゲームにアクセスしていた。その日常が、今日をもって終了した。
俺は一人溜め息をつく。デスクトップコンピューターのディスプレイが照らす部屋は、何年も片付けられておらず雑多なゴミや紙などが散らかっていた。その光景を見るだけで意識が一気に現実に引き戻されて、嫌な気分になる。
最後にこの部屋から出たのは何年前だったか。俺はネットゲームにのめりこんだ。初めはログインするだけだった。やがて家にいる時間は常にコンピューターに張り付いた。そして俺はこの部屋から出なくなった。学校に行っても苦痛なだけだった俺は、仮想世界の中では誰の追随も許さないトップランカーだった。存在しない世界は、いとも簡単に俺の中の現実を越えた。オンラインゲームの中では、現実世界よりもはっきりとした平等があった。見てくれで差別される事も無く、初対面の人間に向かって暴言を吐く人間もいなかった。そういう奴は運営によって追い出されるから、表面だけでもあの世界の中では平和で平等だった。格差を作るのは強さだけ。いかにいい装備を持っているか。いかに敵に対する知識を持っているか。それらは誰でも後付け的に得る事ができるものばかりである。つまり、努力さえ怠らなければ誰だって差別される事は無い。現実よりもなんと努力が重視される世界だろうか。現実で重視される人間関係など、見てくれただその一点だけで俺は詰んでいるのだ。生まれた瞬間から打開策が存在しないなんて、言い訳すらできないほどのクソゲーだ。
俺はもう一度ブラウザを開き、ネットワークの海に潜る。誰が現実に戻ってやるものか。戻ったところで待っているのは偏見と差別の嵐だけだ。人の見た目とか雰囲気とか、そんな努力する事ができない基本値に文句を言うのが平然とまかり通っている世界など、俺は絶対にごめんだ。
ノック音。それも二回。これは親が何かを持ってきた合図だ。俺はしばらく待って、足音が遠ざかっていくのを確認した後に扉を開く。そこには一つの段ボール箱。何の注文もしていない筈なのだが……。俺はとりあえずそれを持って部屋に戻り、扉を閉めた。
大きさはちょうど両手で抱えるくらいだ。中々に大きい。ガムテープで封をされているので、それをカッターナイフで切り開く。蓋を開けると、中には一冊の冊子。それと何枚かの書類が入っていた。一番上にあるA4の紙を手にとって見る。
“招待のご案内”
……なんだ、このあからさまな詐欺は。読み進めてみても、有象無象のネット小説みたいな馬鹿らしい話しか書いてない。他の紙も同じような事ばかりだ。冊子には、もはや見慣れた、つい先ほどサービスが終わったネットゲームの世界の話が長々と綴られていた。まるでそこに移住する人向けの観光冊子のようだ。馬鹿らしい。
俺は紙と冊子を全部箱に戻し、それを部屋の片隅に放った。そんなファンタジーな話があるわけないし、そもそもあれはゲームだったからこそいい世界だったのだ。どうせ現実になればろくでもない偏見とか差別とかが生まれる。夢を壊すのはやめて欲しい。
翌日起きたらゲームの世界、なんてことにならないよう、俺は少しだけ祈った。