即興短編集   作:遠名 彬

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お題:暑いぬくもり
制限時間:一時間


暑さと人のぬくもりと

鬱陶しいほどの喧騒の中を、私は一人歩く。こうして都会に出てくるのは何年ぶりだろうか。片田舎のほうが空気は綺麗なのだが、やはり不便だ。田舎ではできない事が多すぎるお陰で、何年かに一度はこうして都会に行かなければならない。面倒極まりない。どうせならこういう手続きは田舎でもできるようにして欲しいものだ。私が今住んでいる場所が田舎過ぎるといわれればそれまでなのだが……。

天を突くように聳え立つビル群の足元で、多くの有象無象の人々が日々の糧を稼ぐ為に奔走する。いつもは田舎でそれを遠目に見ているだけだが、今日は私もその有象無象の一員である。冷え切った風が顔を撫でる。そういえばそろそろ冬になる。この寒さも必然だろう。引っ張り出してきたお古のマフラーを確かめて、私は歩を進めた。

やがて、お目当ての建物を視認する。それは乱立するビルと一目では見分けがつかない、何の特徴も無いビル。しかしそれは国家の管轄にあるお役所であり、私のようなちょっとした“特技”を持った人間は一生に何回も赴かなくてはいけない場所だ。

滑るように開いた自動ドアを抜ける。中は暖房が強く、人工的な暑さが私を襲う。たまらずマフラーを取りコートを脱ぎ、まとめて右手で持った。

 

「あの、今日予約してる者ですけれど」

 

ぼうっと座っている受付嬢にそう言うと、彼女はいま私に気付いたかのようにこちらを見た。そして言葉の意味を解釈すると、机の下から一枚の紙切れを取り出した。

 

「まず、これに必要事項を……って、まあ分かると思いますが」

 

説明を放棄した彼女からボールペンを受け取って、左手で必要事項を記入していく。名前とか、住所とか、その他色々。

書き終わった紙を受付嬢に渡すと、適当なところでお待ちください、と素っ気無く言われる。私は言われるままに待合室のベンチに座る。

まったく暑い。外の気温とは明確に乖離している。室内だからだろうが、普通に過ごすにも暑すぎる気がする。膝にコートを乗せてぼうっとしている私は、後ろから近づいてきた人の気配に気付かなかった。

 

「久しぶりー!元気してたー?」

 

いきなり後ろから抱きつかれて、思わず体を折る。吃驚して無抵抗な私を背中から抱きしめて撫でくりまわす女性は、数年に一度だけ会う知り合いであり、今日ここに来た目的でもある。彼女のぬくもりが服越しに伝わってくるのだが、普通に暑くてかなわない。

 

「暑いですよ、香苗さん。私ももう子供じゃないんですから……」

 

両手を使ってなんとか拘束から逃れる。子供っぽくふくれっ面をする彼女は、このビルの役所……“国家指定超自然的事象研究所”、通称“超研”の職員である。簡単に言えば、この世界に住む人々が時折発現する超自然的事象を引き起こす能力……一般には“神秘”とか言われているそれを研究・管理する場所だ。私が発現した“錬金術”もその一つなのだが、まあ地味な部類だ。虚空から質量物体を生み出したり致命傷を数秒で治したり、人の記憶を改竄したり電子機器を生身でハッキングするような“派手で強力な”神秘には足元にも及ばない。ただまあ私の“錬金術”には独自性があるだけ完全下位互換の神秘をつかまされたかわいそうな人よりはましなのだろうけど……。

 

閑話休題。

 

「さ、さっさと終わらせてスイーツでも食べに行こうよ!美味しいところを最近見つけてねー……」

 

香苗さんは私の腕を引っ張る。仕方なく立ち上がって、意気揚々と語る彼女の背中を追った。これから始まるのは、私の神秘がどうなっているかという定期検査だ。人によっては強くなったり弱くなったりするので、それを調べるのだ。そうして登録して国家単位で管理している。悪用を防ぐ為だとかなんだとか。まあ私にとっては面倒なだけだ。

一人の見知らぬ男がずっと見ていることを不思議に思いつつ、私の数年に一度のイベントは何事もなく過ぎて行った……。

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