制限時間:一時間
味噌汁の懐かしい匂いで、俺は覚醒した。今日は暑い夏の日だ。独り暮らしのアパートの一室、蝉の鳴き声が五月蝿く響く中で、覚えのない人の気配を感じる。
俺は妙な違和感を覚えながら、顔を洗うために身体を起こした。
「おはようございます」
……キッチンには、見覚えのない女性が立っていた。長い茶髪の女性だ。丁寧にエプロンを来て、汚い部屋に似合わない清楚な微笑みを浮かべている。
「……もう少し寝てくる」
人間は急に意味不明な状況に立たされると、現実から逃げたくなるものだ。
俺は寝ぼけ眼を擦りながら再びベッドに寝転んだ。暑いから掛け布団はないので、壁の方に顔を向けて目を閉じた。
……誰だあいつは。俺は昨日の記憶を引っ張り出す。昨日は久しぶりの同窓会だった。高校の頃の同級生と再開して舞い上がり、深夜まで酒を飲んだ。幸運にも二日酔いにはならなかったようだが、記憶が曖昧だ。
何件かはしご酒をして、カラオケをしてラーメンを食べて……空が白んできた頃に別れて帰った。一人で帰ってきた……はずだ。戻っても家には誰もいなかった。独り暮らしなのだから当たり前だ。
しかし、彼女は当たり前のように家にいた。合鍵を持っているのだろうか。鍵は一つしかないはずだが。
そろそろ現実を見よう。現実に彼女はそこにいて、さも当然のように朝食を作っていた。俺はベッドから起き、もう一度キッチンを見た。
質素なちゃぶ台に彼女は料理を並べていた。白米に味噌汁、焼き鮭に漬物。典型的な和朝食である。確かに冷蔵庫のなかにあったものだ。
俺が起きたのを見つけ、彼女はふんわりと微笑んだ。まるで女神だ。とても端整な顔つきだし、それが俺に向いているという事実が割り増しで彼女を綺麗に見せていた。
「お寝坊さんですね。もうご飯ができていますよ」
まるで人妻だ。俺も健全な男だ。反応するものがないではない。しかしとりあえず俺はちゃぶ台のそばに座って、差し出された麦茶を飲んだ。
「……君は誰だ?」
「私は……あなたのファンのようなもの、です。詳しくはお話しできませんが……」
意味不明である。起き抜けの頭ではうまく理解できない。恐らく最高に集中しているときでも分からないだろうが。
とりあえず理解を放棄して、ご飯を食べることにする。
「いただきます」
丁寧に手を合わせる彼女を置いておいて、味噌汁を一口。美味しい。インスタントで飢えを凌いでいた口には高級な味がした。
いくつか口に運ぶ。どれも絶品である。
「……で、なんで俺の家にいるんだ?」
軽く質問をすると、彼女は露骨に固まった。……これは、面倒臭そうだ。
「まあ、いい。詳しい事情は聞かないことにするよ」
面倒なことは放っておくのは一番だ。あからさまに安心したような彼女を横目に、味噌汁をすすった。