制限時間:一時間
なあ、知ってるか……?
おい、こんな話、聞いたことあるか……?
そんな風に語られる、世の中のありとあらゆる下世話な噂たち。誰々が結婚したとか、付き合ってるとか。何処何処の店の飯が旨いとか、まずいとか。他愛のないものから人一人の人生に直結するものまで、その種類は多種多様。そんななかにも、たとえばこんな有名なものがある。
“とある電話番号に電話を掛けて、電話に出た女に決まった受け答えをすると、真実を教えてくれる”
いわゆる都市伝説の類いである。その話は嘘か真か分からないまま、多くの人の口を渡り歩き、いつしか知らぬものはいないほどの有名な話となった――。
「なぁ、真実の電話の話、知ってるか?」
「当たり前だろ。あんなのガセだよガセ」
「なんでそう言い切れるんだよ。まさかお前……掛けたのか?」
「俺自身がかけた訳じゃないが、ネットでよく言われてるじゃんか。そこにかけても留守電になるだけだって」
「ふーん。でももしかしたら、今かければ繋がるかもしれないぜ?」
とある夕方。二人の男子高校生が、夕日を背負って歩いていた。話す内容は一つ、真実の電話である。
「嫌だよ。それに、真実ってなんだよ。何の真実を言ってくれるのかも分からないのに……」
「お前……怖いのかぁ?」
片割れがからかうようにそう言うと、背の大きい方は露骨に驚いて口を開いた。
「ばっか、な訳ないだろ! そうじゃなくてだな……」
「じゃあいいじゃないか。ほら」
そう言って、背の低い少年は自前のスマートフォンの液晶を見せる。ダイアル画面になっているそこには、噂の番号が既に入力してあった。
「はぁ? お前が勝手にやれよ。俺には知りたい真実なんてないからな」
「そうか? 俺には沢山あるからな。遠慮なく」
何の躊躇もなく発信ボタンをタップする。ご丁寧にスピーカー出力になったスマートフォンからは、何度もコールの音が流れる。
「……」「……」
少年たちは二人、流れる規則的なコール音を緊張して聞く。やがて20を越えるかといったところで、コール音が突然途切れる。
《お掛けになった電話番号は――》
分かりきったことではあったが、聞こえてきたのは留守番電話お決まりの言葉だった。二人はふぅ、とため息をつく。スマートフォンを持った彼が、赤いアイコンをタップして電話を切った。
「はぁ、駄目だったか」
「だから言っただろ。ガセだって。ほら、帰るぞ」
残念そうな少年と、どこか安心したような顔の少年。二人はそのあともお喋りしながら、それぞれの家の方角に向かって別れた。
――――――
「……よし、もう一度かけてみよう」
夜。昼に電話を掛けた背の低い少年は、もう一度試行しようとしていた。発信履歴の一番上にある番号にリダイアルしようと、その緑色のボタンをタップした。
「……」
コール音。昼間となにも変わらないそれに諦めようかと思ったその時。コール音が途中で切れた。
聞こえてきたのは、僅かなノイズ。話口の向こう側でなにも喋っていない時の、僅かな雑音。
繋がった。
少年は全神経を集中させて、スマートフォンから流れる音を聞く。都市伝説によれば、ここから相手が話す言葉は――。
「あら、どちら様でしょうか?」
消え入りそうな、繊細で透明な声音の女であった。
「……マ、マナミさんの電話番号、ですか?」
緊張して、変などもり方をしながら、少年は問う。数秒の空白の後、ふたたび時は動き出す。
「マナミ……ええ、そうですけど。どちら様で?」
「えっと、あの……真実を、見る者!」
少し裏返った声でそう言う。この有名な会話こそが、まことしやかに囁かれる都市伝説のキーだ。
「……しょう――うお―ちくだ――……」
突然電波障害でも起こったかのように、ひどいノイズが耳を襲う。スピーカーに張り付けた耳を急いで外すと、少年は恐る恐るもう一度普通に耳を近づけた。
「えーっと……もしもーし」
ノイズに埋もれた向こう側に語りかけてみるものの、何の反応もない。ただただ無意味な雑音が全てを埋めているだけだ。やがて少年は口をつぐみ、雑音を聞き始めた。
何かあったのだ。これで終わりってことはないだろう――。
気が遠くなるほどの体感時間を経て、ノイズが徐々に収まって行く。その裏側には、歌うような、囀ずるような、語りかけるような、吐き捨てるような、投げかけるような……なんとも言えないリズムと口調で、理解不能な歌が流れていた。
「ohdkusjdjdohwhdjfjfkckdjqjfufjffk……」
人の耳では聞き取れないような発音とリズム。しかし、少年はその音から耳が離せない。
「nxjskkgjdjyagarsvjxuwhzhjsbkfiah……」
やがて彼の母親が部屋に入るまで、少年は微塵も動かずにその音に没頭していた。明らかに尋常な状態ではない彼は、その日の日の出まで、馬鹿のように笑い続けていた。
――――――
翌日。少年は自殺死体として発見された。彼のスマートフォンにはメモ機能を利用した遺書が残されていた。
そこには意味不明なアルファベットの羅列が綴られているばかりで、錯乱した少年の落書きだとして大した証拠にはならなかった。
その話はしばらくの間、オカルトマニアの間で少しだけ話題となったが、やがて忘れ去られていった。
残されたのは、都市伝説だけ。真実を知ってどうこうとかいう、眉唾物の体験談ばかりだった。