即興短編集   作:遠名 彬

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お題:めっちゃ借金/私とピアニスト
制限時間:30分/30分

昨日の分と今日の分。字数。


雪だるまの転がし方/小さな日常

街角で寂しげに缶コーヒーを啜る男が一人。彼はぼろぼろのスーツを身に纏い、履き古した革靴でなんとか社会人の形をとっているような外聞をしている。ネオン輝く繁華街の片隅で、疲れたように溜め息を吐くその姿は、どこからどう見てもくたびれている。

 

「……はぁ。いつになったら返せるんだか」

 

懐から取り出したボロッちい紙を広げて、誰にともなく呟く。その紙には法外なほどの金額が書き込まれていた。

彼は借金をしているのだ。悲しいことに。ぴかぴかの社会人一年生としてデビューするときには、奨学金という名の借金を背負っていた。それを返済する為に必死になって働いたが、どこまで行っても借金は返せず。仕事はキツくなるばかりで、救いの見えない道をただただ走り続けていた。

そんな彼の唯一の心の安らぎは、家で飲む晩酌であった。そこだけのお金は譲れなくて、私生活を削りに削っても酒代を捻出していた。

ある日、自分の口座と給料を見て、男は気付いた。このままでは、自分はまともな生活すら送れなくなる、と。

そう思い、彼は軽い気持ちでお金を借りた。それが全ての始まりであった。

 

彼が駆け込んだのは、その界隈では有名なサラ金であった。法外な金利を取り、取立ては容赦が無い。はじめは愛想のいい店員に心を許した彼だったが、数日後に後悔を重ねる事となったのだ。

 

今では借金を返す為の借金を返す為の……と、一般化できそうなほどに雪だるまを転がし続け、気付けばめっちゃくちゃに借金を背負ってしまっていた。もうどうしようもないほどに。

 

そんな彼は、ほぼ年中無休のフルタイムで働き続け、借金の借金の借金の……借金の利子を払っている。人生は一度狂えばどうなるか分からない物だ。一時期はエリートコースで、入社すれば出世街道爆進間違いなしと言われていたのに、蓋を開けてみたらこのざまだ。

 

「……はあ、仕事仕事」

 

缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨て、彼は気だるげに立ち上がった。この一週間で、はたして何時間寝ただろうか。考えるほどに馬鹿らしくなってくる。

彼は日々の糧を稼ぐ為に、再び職場へと赴いた……。

 

――――――

 

私は今日も道を歩く。路地裏にひっそりと建つ扉を叩く。行きつけの店が、そこにある。

 

「いらっしゃいませー……あら、いらっしゃい」

 

惰性で挨拶をしてきた店員さんは、私の顔を見るなりにっこりと笑った。見慣れた光景だけれども、最近は少しだけ進展があった。

私はいつも座る隅っこの窓際の席に座る。リュックサックを足元に置いて顔を上げると、彼女は私のテーブルにちょうど珈琲を持ってきたところだった。目が合ったので軽く笑ったら、彼女も少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「はい、珈琲。今日もがんばってね」

 

彼女はそれだけ言うと、忙しそうにカウンターの奥へと消えて行った。それを見送って、置かれた珈琲を一口含んだ。少し苦い。今日は渋みが強い。

私は珈琲を置いて、リュックの中から紙束を取り出す。五線譜に音符を刻むのが、私の仕事だ。

 

しばらく作業を続けている。ふと顔を上げれば、外は既に斜陽である。店の中にはぽつぽつと人が居る程度になっていた。ピークを越して、店員の彼女も少しほっとして、カウンターの内側で珈琲を飲んでいた。

ふと彼女は目線を上げて、きょろきょろ周りを見回す。そうして眺めていた私と目が合って、何かを察したように軽く頷いた。

最近のこれくらいの時間、彼女は昔の彼女に戻る。何の宣伝もせずに始めたこのイベントは、常連の人々にはすこぶる好評である。私も好きだ。

カフェの隅に置かれた、古めかしいピアノ。彼女は元ピアニストだ。今はもう引退しているが……かつてはその界隈ではそれなりの知名度があった。私はかつての彼女を知っているが、繊細に鍵盤を叩くその姿は他のどんなピアニストよりも綺麗だった。

 

週に一回、このカフェはコンサート会場になる。少し前、彼女が私に弾いてくれた曲はとても綺麗だった。だから提案してみたのだが、それを彼女は快諾した。

 

繊細で透明な彼女の旋律を聴きながら、私は珈琲を一口飲んだ。今日もこうして、一日が終わるのだ。

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