即興短編集   作:遠名 彬

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お題:彼のオチ
制限時間:一時間
必須要素:眼球


最近ご無沙汰。久々です。これからは気まぐれな投稿になりそう。


笑った少女

目をつぶって、なんて。少女は少年に問いかける。人気のない教室。夕日に照らされた机と椅子。とっくにみんなは帰っている。けれど、彼と彼女はいまだ、そこにいた。

わかったよ。軽く返して、少年は目を閉じる。世界が暗闇に包まれる。蝉の鳴き声、爽やかなそよ風。目で見えないものが、雄弁に語り始める。今日は夏の日だっただろうか。

わいわいがやがやと、窓の外から騒ぎ声が聞こえる。小学生は賑やかだ。黙るということを知らない。そういうものだ。

目を開けて。少女の声で囁かれ、少年は目を開けた。暗い夜の日、教室は電気が消え、目の前に立っている筈の少女ですら、よく見えない。

どこにいるのだろう。不安からさ迷う少年の手を、小さな手が握った。暖かい手だった。か細くて、寂しげな手だった。

少年は、そうして教室にいた。少女も、そうして教室にいた。それはいつかの幻影で、懐かしくほろ苦く、涙の出るような蜃気楼だ。

少年は察した。これは夢なのだろう、と。暗い教室も、徐々に冷たくなった彼女の手も。覚めた後の自分の事は不思議と靄に包まれているが、今が夢の中だということだけははっきりと分かった。

少女は、ここでいなくなった。少年の手を握りながら、自分の席に座りながら。その眼は最後までこっちを見ていた、気がする。暗闇の中でも、少女の眼球がこちらを向いて、優しく三日月を描いていた。そんな、風に。

 

目が覚める。目覚ましの時間よりは少し早い。かけ布団を蹴飛ばして、青年は起き上がる。寝間着はびっしょりと濡れていて、激しい動悸が煩く感じた。

青年がこの夢を見るのは、一度や二度ではない。いつかの幸せな記憶。その中で全てを塗りつぶしていってしまった、少女の記憶。青年に何か幸せな事が起こる度、まるで呪縛のように心を責める少女の幻影。

水道水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。そうして一息ついた。心臓はようやく夢から目覚め、ゆっくりと鼓動を響かせる。その落ち着きぶりに、青年は少しだけ安堵した。

リビングの机の上を見やる。そこには小さな箱と、出かける準備がある。携帯電話には、つい昨日プロポーズした最愛の彼女から、今日の予定について連絡があった。それに返信した後に、青年は着替えを始める。

少女は笑っていた。いつ会っても、笑っていた。あの頃とは比べ物にならないくらい大きくなった手のひらに、寂しげな暖かさを感じる。

少女の残滓は、いまだに残り。青空の下で出会った女性は、どことなく少女と目元が似ていた。

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