即興短編集   作:遠名 彬

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彼と不動産 60分


秘密基地

  一人暮らしというものは、どうやら僕にはあまり合っていないらしい。洗濯物と文庫本の山の中で、僕はなんとなしにそう思った。今日は友人のYの家へと遊びに行く日だというのに、洗濯物をサボりすぎたが故に着ていく服がない。僕はぐるりと部屋を見渡すが、自分が今着ている寝間着以外に山に属していない衣服は無い。仕方が無いので僕は山の中から適当に綺麗そうな服をピックアップして、それを着た。予定は突然だった。Yとは大学時代の友人で、現在は実家暮らしの無職だ。そんな彼が僕に向けて、住所と日付だけが書かれた謎のメールを寄越してきたのが昨日の事だ。僕は興味に引っ張られるままに家を出て、電車とバスを乗り継ぎ、その住所に向かって行った。そこはお世辞にも発展しているとは言えない、悪く言えばど田舎の山の中だった。何時間かに一本しか来ない路線バスの停留所から降り、電波の弱い携帯電話のマップを見ながら歩いて行くこと十数分。住所の場所には一軒の家が建っていた。木々に囲まれ、壁には幾重にも蔦が這い、とても人が住んでいるとは思えない状況の家である。しかし曇りガラスの窓から零れる人工的な光とか、家の前に止められたピカピカのオートバイとかが、そこに誰かが居ることを主張していた。僕は恐る恐る崩れかけた家の門の前に立ち、震える指でなんとかしがみ付いているといった様相のインターホンを押した。遠くの方から無機質な通知音が聞こえてから何分か後、家の扉が勢いよく開かれた。そこに立っていたのはやはりYだった。痩せこけた頬に無精髭が伸び放題になっており、その割にやたらぎらついた眼がメタルフレームの眼鏡越しに僕を見ていた。二年前に最後に会った頃よりも全体的に薄汚く、とても他人を招待した人間とは思えない。僕はなんだか興奮した彼の少し上擦った声に導かれるままに家の中へと入った。家の中は荒れ放題で、僕は汚れていない所を探して慎重に足を進めた。使われていなそうな部屋には正体不明の瓦礫やらゴミ袋やらが積み上げられ、割れたガラス戸から異臭を放っていた。僕は激しく帰りたくなったが、大学生の頃からどこか頭の螺子が外れていたYが一人で何をしているのかには興味があった。家の一番奥には、明らかに後付けだと分かる立派な扉が鎮座していた。Yは僕が付いてきていることを確認した後に、その扉をゆっくりと開いた。隙間からむわりと流れてくる不快な熱気と、機械の稼働音が、一気に僕の目の前に現れた。僕は絶句した。今にも崩れそうな寂れた家の中には、SF映画の作戦会議室のような近未来的な光景が広がっていた。Yは僕の顔をニヤニヤと眺めながら、いかにこの部屋を作る為に苦労したかを滔々と語っていた。僕が何のためにこの部屋を作ったのかと聞くと、彼は馬鹿を見るような目を僕に向けて、ゆっくりとこう言ったのだった。

「作りたかったからに決まっているだろう、阿呆が」

 その部屋にはインターネットも通っていなかった。僕は十分も見たらもう満足してしまった。Yは事務椅子を改造したらしい司令椅子(とYは呼んでいた)に座ってご満悦そうにくるくると回っていた。僕はなんだか馬鹿らしくなってきて、Yに帰る旨を伝えてその部屋を出た。部屋の外は相変わらず荒廃していて、核戦争の後に焼け残ったシェルターを再現しているのかと思った。Yは僕を玄関まで送りながら、この不動産は来週にでも売り払うつもりだ、と言った。びっくりして理由を問うと、Yは飽きた、とだけ言った。そう言われるとなんだか僕のせいな気がしてきて、少しだけ申し訳ないような気になった。最寄りのバス停で一時間後に来るバスを待っていると、ぼん、という破裂音が耳に届いた。驚いてそちらを見ると、さっきまで僕がいた方角から黒い煙がもうもうと上がっていた。僕はそれで堪えきれなくなって、腹を抱えて笑ってしまった。携帯電話にはYからのメッセージが入っていて、それで余計に面白くなってきてしまって、僕はそれからバスが来るまでずっと一人で笑っていた。運転手の怪訝な顔が僕を見ていた。僕は恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら、服と本で埋もれた家へと帰って行った。

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