制限時間:30分
彼女ができた。
今から三日前。古典的に校舎裏に呼び出されて、悪戯の予想を感じながらそこに行ってみれば、クラスメイトの少女が恥ずかしそうに立っていた。彼女は絶滅危惧種の純情少女であったらしく、清く正しいお付き合いを前提に、ということで付き合う運びとなった。
彼女どころか女友達も満足に出来たことのない俺にとっては、文化革命どころかプロメテウスの火とかそういうレベルの話であり、いまいち現実感がわかないまま数日を過ごしていた。
昨日、彼女からメールが届いた。内容は、デートのお誘いだった。なんでも動物園に行きたいから、と凄まじい分量の丁寧なメールで控えめに誘ってきた。俺は二つ返事で了承した。
その日は夜中まで翌日のシュミレートに明け暮れ、ベッドに入っても翌日の事が気になりすぎて全く眠れず、カーテン越しに鳥の鳴き声が聞こえてくるまで悶々とした時間を過ごしていた。
そして今日。俺は今の俺に出来る限りのおめかしをして、待ち合わせ場所に立っていた。動物園はちょうど俺と彼女の家の間辺りにあって、現地集合ということになった。
ちらりと腕時計を見る。約束の時間の三十分前だ。流石に早く着きすぎたか、と周りの客たちを観察する。
昼前の動物園は疎らに人々がいるだけで、誰もが思い思いの面持ちで園内に入っていく。俺はそれを遠目に眺めながら、昨日の眠気から大きく欠伸をする。
「―――あっ、御免なさい。お待たせしてしまって……」
もはや何万回と頭のなかで流れた声。俺は一瞬で気持ちを切り替え、欠伸を噛み潰して振り返る。
目を奪われた。普段の制服姿でも十分に可愛らしかったのだが、今日の私服の彼女は清楚で、美しい。俺の貧弱な語彙では表しきれない美貌でもって、そこに立っていた。
「……ああ、大丈夫。俺が早く来ちゃっただけだから。行こうか」
自分でも緊張してガチガチになっているのを自覚しつつ、彼女の隣を歩いて園内に入った。
――――――
彼女は最初に、ライオンを見たいと言った。ライオンの檻は少し遠い場所にあって、俺は彼女と歩いていった。
たどり着いた檻には、ライオンが暇そうに横たわっていた。恐らく彼と彼女らは百獣の王という異名を返却した方がよさそうな風貌で、こちらに興味を示さずにぼうっとしていた。
彼女はそんなライオンを目を輝かせて観察していた。大して動かない動物を眺めて何が楽しいのか分からないが、俺は何となく付き合いで隣に立っていた。
「……ライオンは、本当は優しいんですよ」
彼女は呟いた。
「百獣の王なんて言われてますけど、狩りを楽しんでいる訳ではないんです。人も動物も、見掛けにはよらないんです。私も、貴方も」
彼女はそう言って、俺の方を向いた。
「今日は、誰にも見せない私を貴方に見せます。恥ずかしいですけど」
少しだけ頬を朱に染めて、上目遣いでそう言われては、俺に縦に頷く以外の選択肢は消える。
「さて、私はお腹すきました。お昼ご飯にしません?」
――にっこり笑った彼女の顔は、獰猛な狩人そのもので。
俺は彼女にハントされた獲物なのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
惚れた弱味だ。甘んじて受け入れるとしよう。
俺は彼女に手を引かれて、人混みの中に紛れていった。