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私は人を殺した。
殺さなければならない事情があった。それが正しい判断かどうかは分からないが、私にとってはそれ以外の道はなかった。
彼は私と共にいた。別に恋人関係であった訳でもなく、親類縁者であった訳でもない。いわば腐れ縁のようなもので、もっと正確に言うならば“仕事上のパートナー”というやつだった。
彼と出会ったのは遠い昔のような気がする。今では上手く思い出せないが、私が記憶のなかで最も幼かった頃には既に彼の事を知っていたような気がする。彼はいつだって気さくで、明るくて、馬鹿みたいに周りを自分のペースに巻き込むのが上手かった。でも注意散漫で、大雑把で、感情的で。少なくとも仕事には向いていない性格をしていた。
その事を考慮すれば、無口で無愛想で、どこまでもマイペースに周りを省みないけれど、仕事の正確さだけは誰にも負けたことのない私とはよいコンビだったのだろう。
私はいつだって彼に呆れられ、小馬鹿にされ。私もたまにはやりかえし、予想以上に落ち込まれてはおろおろしたり、それが演技で大笑いされたり。誰もやりたがらない仕事を持ってくる私に若干引きながらも、結局最後まで付き合ってくれたり。彼との思い出は数えきれないくらいあって、恋愛感情ではなく人間として彼の事が好きになっていた自分を自覚する。
そんな彼を殺さなくてはならなくなった決定的な事件は、今から数週間前に起こった。
彼が、行方不明となったのだ。
相棒であるはずの私には何も言わず、彼は忽然と何処かへ消えた。本部でも全く行方を追うことができず、暴徒に襲われて死んだとか、動物に喰われたとか、果ては神隠しに遭っただとかいろいろな噂が流れたが、ついぞ真相が暴かれることはなかった。
しかし、私だけは知っていた。彼が消える前、仕事とは別に独自で一人のお嬢様……姫君だのと呼ばれている彼女の事を調べ回っていた事を。
私はその関係で何かしらの不幸な出来事に巻き込まれたのだと思い、そして幾つも死線を潜り抜けてきた彼ならばいずれひょっこりと出てくるだろう、とたかをくくっていた。
本部から、特命が届くまでは。
特命。それは極秘裏に届けられる任務の事で、大抵は法や規則などに縛られない超法規的な仕事を指している。いままで噂程度にしか聞いたことのなかったその任務を知らせる紙は、私には到底受け入れられない文言と共に送られてきた。
――彼の殺害。それが、私に課された特命だった。
簡単な理屈だ。彼はどこにいるか分からない。しかし、長いこと彼と共にいた私なら、彼がどこにいて何をしているのかが分かるのではないか、と思われていた。そして、彼は何か、本部かもっと上の人々にとって
本部の推察は、憎らしいくらいに当たっていた。私は彼が消えてからというものの、本部に察知されないよう紙媒体でもって、彼と連絡を取り合っていたのだから。彼が何を知ったのかは明かしてくれなかったが、しかし彼がどこで何をしているのかはすっかり知り得ていた。
私は彼を、人気のない路地裏に呼び出した。彼は特に疑いもせず、その誘いに乗った。
そうして数日前、私は彼をこの手にかけた。具体的なことなど何一つ覚えてはいない。狂って滅多刺しにしたのか、路傍の石で殴打したのかすらはっきりしない。けれど、それは私の失われるべき記憶だ。
しかし、彼が息絶える寸前に私に放った言葉は、しっかりとこの頭に残っていた。
――これで、お前は天国行きだな。
彼殺しの報酬は、私の移住だった。
これからは日々の糧に悩まされることもない。死ぬ思いをして奴隷労働をしなくても済むし、あの味気ないパン擬きを食べなくてもよいのだ。
結局彼が何を掴んでいたかは私には知らされなかった。彼の死体がどうなったかも、姫君についても。ただ移住の話をされただけで、特命の事すら無かったかのように扱われていた。
居心地の悪い部屋のベッドで、私は一人泣いた。
私は生きるために、人を殺したのだ。事情を知る本部の人間は嫌に笑って、私の事を“尻尾を切り捨てたトカゲ”になぞらえて嘲笑した。
トカゲは外敵から逃げるために、自身の尻尾を切り捨てて逃げるのだという。私は地獄のような環境から、彼という尻尾を切り捨てて逃げ出したトカゲだと。
いまの私は、切り落とされた尻尾を思い続ける馬鹿トカゲだ。後味の悪さも、後悔も反省も、全てはこの立場に来るための必要経費だ。理性では結果論的にそう答えられるけれど、彼に育てられた感情はそうは言ってはくれなかった。
私は一生、この後悔を背負って生きていくのだろう。その事に後悔はない。
彼は私に天国へ行くことを望んでいた。ならば、やってやろうではないか。
精々トカゲらしく、火を食い自身も炎となって、天を焦がしてやろうではないか。
暗く重く、激しく熱い復讐と悲哀の炎の中で、私は彼に別れを告げた。