もう一億番煎じぐらいになりそうですが、既に公表された最終章の設定から。
今日誕生日でもある華のお話です。
ちょっと短めですが、よろしければご一読下さいませ。
見るからに頑丈そうな、重々しい扉。
それを、ゆっくりと押し開く。
手前の部屋とは違い、
大洗女子学園の生徒会室である。
「今日から、ここで過ごす事になるんですね」
そう独りごちるのは、この部屋の新たな主……華。
数日前。
無事に廃校を免れた大洗女子学園で、新学期早々新たな騒ぎがあった。
と言っても廃校騒動がぶり返した訳ではない。
杏や柚子、桃といった三年生は卒業を控える時期となっていた。
生徒会メンバーの世代交代という、それまで皆の頭になかった事案。
良くも悪くも彼女らがいればこそ、今の大洗女子学園があるとも言えた。
その後継者を決める、そう言われてもピンと来ない生徒ばかりだった。
一応生徒会役員は他の学校同様選挙で決める事にはなっているが、複数候補が出る事はまずあり得ない。
特に杏が会長になってからの生徒会を知る生徒達からすれば、尚更であろう。
いろいろと好き放題やっていたのも事実だが、その分膨大な仕事をこなしていたのもまた然り。
となれば、杏が指名した人物が最有力候補となる。
そうなると、多くの生徒が思い浮かべたのは……みほ。
大洗女子学園の救世主であり、無名だった学校が一躍全国区になったのは彼女の功績に他ならない。
仮に杏がみほを選んだとしたら、文句なしに選出されるだろう。
……が。
「私……ですか?」
「そ。五十鈴ちゃん、次の生徒会長よろしくね」
杏に呼び出された華は、直接そう告げられた。
無論打診などなく、いきなりの事だ。
「あの……。理由をお聞かせいただけませんか?」
「五十鈴ちゃんは肝が据わってるし、事務能力も高いよね。なあ、小山?」
「はい。書類整理とか手伝って貰ったけど、字も綺麗だし仕事も早かったよ」
笑顔で頷く柚子。
「会長直々のご指名だ。断る理由などなかろう、五十鈴」
「河嶋、そう頭ごなしに言わなくてもいいって。で、どうかな?」
「どう、と仰せられましても……」
華は困惑するばかりだった。
冷静というだけなら自分だけではない。
字だって書類を作るのにはあまり必要なスキルとは言えない。
そもそも、自分よりももっと適任者がいるという思いがあった。
「でも、わたくしは人の上に立った事がありません。それなら、みほさんの方が適任だと思います」
「西住ちゃんか……。でも、それだけは駄目なんだよねぇ」
「何故ですか? みほさんには人を惹きつけるカリスマがあります」
「うん、それは五十鈴ちゃんの言う通り。ちょっと頼りない面はあるけどね」
「でしたら、副会長やその他の役員でサポートすればいいと思います」
「あ~、言い方が悪かったかな? 西住ちゃんを選べない理由はそれじゃないんだ。河嶋」
「はっ。五十鈴、これを見ろ」
そう言って、桃はプリントアウトの束を持って来た。
メールや手紙、それにフォームから投稿されたもののようだ。
「全部西住宛だ。単純なファンレターだけじゃない、取材の申込みもある。講演の依頼、戦車道の指導……挙げればキリがない」
「これ全部、ですか……」
「そうだ。会長の指示で、今のところ西住には一通も見せていないがな」
「どうしてでしょうか? ファンレターなら、みほさんも喜ぶのでは?」
「それはそうだろうね。でも西住さんにもしそんなものを見せたらどうなるかな?」
柚子の言葉に、華は少し考え込む。
そして、顔を上げた。
「みほさんの事です。一生懸命、お返事を書こうとするでしょうね」
「だよね。そうなると、西住さんもっと大変になると思わない?」
「……そうですね。ましてや、それ以外のお手紙なんて見せた日には」
「西住ちゃんの時間がどんどんなくなっていくって訳。それでも五十鈴ちゃん、西住ちゃんが適任だと思う?」
「…………」
黙って首を振る華。
杏はフッと息を吐いた。
「西住ちゃんは不器用だけど、うちの象徴。戦車道に専念して欲しいし、そうさせるのが生徒会の仕事でもあると思うんだ」
「ええ。会長の仰せの通りだと思います」
「それは、西住ちゃんをよくわかっている人間じゃないと任せられないんだ」
「それで、わたくしに?」
「そ。五十鈴ちゃんなら、安心して後を託せるからね」
「……ですが。それなら沙織さんや優花里さんの方が」
「あ~、それも考えたんだよね。でも武部ちゃんは人の上に立つって感じじゃないし、秋山ちゃんは西住ちゃんに思い入れが強すぎるような気がしてね。あ、でも」
「?」
「会長は五十鈴ちゃんでいいけど、他の役員は五十鈴ちゃんが選びなよ。私はそこまで口を挟むつもりはないから」
「宜しいのですか?」
「もっちろん。あ、ただし早めに決めてね。小山や河嶋達の引き継ぎもあるし」
「…………」
「で、どう? 引き受けてくれる?」
そう、華はまだ返事をしていない。
三人の視線が華に集まるが、それを彼女はしっかりと受け止めていた。
「一晩、考えさせていただけますか?」
「いいよ。じゃあ明日の朝、またここに来てね。よろしく~」
その日の放課後。
華は沙織と優花里、それに麻子に声をかけた。
みほは杏が相談があると呼び出され、不在だった。
その事に華は気づいたが、顔には出さない。
「みぽりん待たなくていいの?」
「今日は遅くなるって仰せでしたね」
「なら仕方ないだろう。お腹空いた」
「じゃあ、帰りにカフェに寄って行きましょう」
華の提案に異論は出ず、四人は手作りケーキが評判のカフェへ。
今日は他に客の姿もなく、彼女らの貸切状態だった。
オーダーした紅茶とケーキがテーブルに置かれ、店員は一礼して去っていく。
「で、華。話があるんでしょ?」
「え?」
「何か思い詰めておられたようですから」
「ああ。確かに今日の五十鈴さんはちょっと変だと思った」
三人に言われ、華は思わず苦笑を漏らす。
「あらあら、お気づきでしたか」
「みぽりんの前では必死に抑えていたみたいだけどね。でも、親友を甘く見ないで?」
沙織が冗談めかして言うと、華は肩の力を抜いた。
「そうですよ、五十鈴殿。あんこうチームの団結力は日本一、いえ世界一でありますから」
「五十鈴さんには世話になっているからな。私で良ければ相談に乗るぞ」
「優花里さん、麻子さん……。ありがとうございます」
そして、華は語り始めた。
杏から次期生徒会長としての打診を受けた事。
みほではなく、華が選ばれた理由。
……何より、自分がそれにどういう思いを抱いたかを。
三人は、黙ってそれに聞き入る。
語り終えた華は息を吐き、ぬるくなった紅茶で喉を潤した。
それを横目に沙織と優花里は顔を見合わせ、頷く。
「で、華は引き受けるんだね?」
「……ええ。みほさんの為と言われればお断りする訳にも参りません」
「五十鈴殿のお考え、間違っていないと思います。……ただ、砲手はどうなるのでありますか?」
「わたくし、戦車道は続けます。あんこうチームも抜けるつもりはありません」
「そこまで覚悟決めてるなら、もうあたしからは何も言う事はないかなぁ」
「言いたい事はそれだけか、沙織?」
麻子はそう言いながら、ケーキの追加を頼んだ。
「何よ、麻子?」
「別に。沙織の事だ、五十鈴さんに全部押し付ける気などないだろうと思っただけだ」
「当たり前じゃない! 華!」
沙織はずい、と華に身を寄せた。
「華だけに大変な思いさせないから。あたしも手伝うよ!」
「沙織さん……」
「ゆかりんも麻子も、いいよね?」
「当然であります!」
「私もか? だが、何をする気だ沙織」
「決まってるじゃない。ゆかりんは副会長、麻子は会計やろうよ」
「ええっ? わ、私が副会長でありますか?」
「……私が会計とか、どういうつもりだ?」
驚く優花里と不満げな麻子。
「ゆかりんはアクティブだし、華と意気ピッタリじゃないかなって。麻子は計算に強いから」
「アクティブなのと、副会長は関係ないような……」
「私も、それだけの理由で会計など。第一、沙織はどうするのだ?」
「あたしは、広報やるよ。どうかな、華?」
「どう、と仰せられましても……」
華は、困惑を隠せない。
沙織らに話したのは自分の思いを聞いて貰いたかっただけであり、彼女らに隠し事はしたくなかったから。
決して、巻き込むつもりなどなかった。
が、沙織は進んで華と行動を共にしようとしている。
優花里や麻子も驚きや戸惑いこそあるが、反対という表情ではなかった。
「華。一緒にやろうよ」
「ですが、皆さん……」
「大丈夫だって。華一人でやるより、みんなでやった方が楽しいに決まってるし」
「……よろしいのですか? 優花里さんに麻子さんも」
「は、はぁ……。副会長はともかく、五十鈴殿をお手伝いする事は喜んで」
「……言いたい事は山ほどあるが、西住さんの為でもあるのだろう?」
「当然! みぽりんの為にもなる、華の為にも。一石二鳥じゃないこれって?」
「秋山さんや私の意見を聞かずに先走る時点で、それはどうかと思うぞ?」
「いーじゃん、みんなでやった方が楽しいし」
「沙織さん。お気持ちは嬉しいのですけれど……やっぱり、皆さんにまで迷惑をかける訳には参りません」
「……あたしは、そうやって水臭い華の方がよっぽど迷惑だなぁ」
「…………」
沙織の意思は固そうだった。
だが、華は素直に頷けない。
生徒会がどれだけ激務か、それは華も良く知っているつもりだ。
ここにいる四人は、同じ戦車に乗る仲間というだけではない。
大洗女子学園戦車道隊長として、全体の指揮を執るみほ。
同時に彼女が車長を務めるあんこうチームはその主軸であり、シンボルでもある。
当然対戦相手からは最重要目標として付け狙われる立場でもあり、チームの一人ひとりにかかる負担も小さくはない。
ディフェンディング・チャンピオンとして全国の高校から挑戦を受ける側になった以上、戦車道にもより一層打ち込む必要がある。
勿論、学生としての本分も疎かにする訳にはいかない。
その分、ただでさえ貴重なオフを削る事になりかねない。
「一人で頑張らなくていいんだよ、華」
「え?」
「あたし達はチームじゃない。……あと」
ジッと、華の顔を覗き込む沙織。
「言いにくいんでしょ、みぽりんに?」
「そ、そんな事は……」
「本当に?」
「…………」
「五十鈴殿は嘘が下手でありますな」
「だな。沙織程ではないが、顔に書いてあるぞ」
優花里と麻子に言われ、華は顔を赤くする。
「みんなで言えばわかってくれるよ。みぽりんだって分からず屋じゃないんだし」
「チームワークで戦う、西住殿の口癖ですよ!」
「で、どうするんだ五十鈴さん?」
「……全く。沙織さんがここまで押しが強いとは思いませんでした」
「恋愛でも、とにかく押して押して押しまくる! これが一番だもん」
「その割には成果が出ていませんけどね」
「あ~、華もひっどーい!」
「だが、五十鈴さんの言う通りだ」
「武部殿、白旗でありますな」
「もーっ! みんな揃って!」
華もつられて笑顔になった。
「あ、やっと笑いましたね。五十鈴殿」
「だな」
「あたしのネタでってのはちょっと納得行かないけど。でも、やっぱ華はそうやって笑っているのが一番かな?」
「皆さん……?」
「五十鈴殿、ずっと思い詰めた顔でしたから」
「……すみません。そんなに暗い顔でしたか?」
「ああ。だが、もう心配なさそうだな」
そして、沙織が華に手を重ねた。
「一緒に頑張ろう、華?」
「沙織さん……わかりました。もう何も言いません、宜しくお願いしますね」
「華、おはよう!」
「五十鈴殿、おはようございます!」
その声に、華は回想から引き戻された。
正式に生徒会広報となった沙織、そして副会長の優花里。
「おはようございます」
「麻子、やっぱり起きなかった。まぁ、遅刻はしないと思うけど」
「冷泉殿の仕事は、昼からお願いするとしましょう」
「わかりました。……では、今日から頑張りましょう」
「そうそう、頑張ろうね会長!」
「了解であります!」
華は力強く頷くと、会長の椅子に座る。
そして、山と積まれた書類を一枚手に取った。
(わたくしのパンツァー・フォーですわね。……頑張らないと)