ちょっと行き詰まっていたのですが、降りてきたので一気に書いてみました。
澤ちゃんの方も進めてますので暫しお待ちを。
今回はタイトルでバレそうですが、黒森峰の話です。
「青師団高校、フラッグ車行動不能。黒森峰女学園の勝利!」
ベルデハ2の砲塔から白旗が上がり、全戦車が停止。
ティーガーⅠのキューポラから身を乗り出した人影は、辺りを見回してフッと息を吐いた。
そこに、他の車両から降りた隊員達が駆け寄ってきた。
「やりましたね、隊長!」
「まずは初戦勝利ですよ!」
「はい。みなさんのお陰です」
柔らかな笑みに、隊員達も釣られて笑顔になる。
黒森峰女学園戦車道チーム隊員、西住みほ。
彼女が隊長になって、初の公式戦勝利だった。
車体から降りた途端、彼女はあっという間に囲まれてしまう。
そんな隊員達の輪の中から、一人が前に進み出た。
「お疲れ様、みほ。……いえ、隊長」
「エリカさん。うん、お疲れ様」
「全く、相手にしたら信じ難いんじゃない? 貴女みたいなフワフワした娘率いるチームに、いくら黒森峰相手とは言えワンサイドゲームだなんて」
「それは、エリカさん達が頑張ってくれたお陰だよ」
「はいはい、謙遜も度が過ぎるとただの嫌味よ? さて、撤収しましょうか」
「うん!」
前年の全国大会決勝戦。
みほは副隊長としてフラッグ車を任されていた。
当時の隊長だった姉のまほの指示で、川沿いの隘路を進んでいた。
対戦相手であるプラウダ高校のフラッグ車を撃破して一気に勝負をつける作戦だったが、見破られてしまい待ち伏せを受けた。
みほ自身が搭乗していたティーガーⅡは兎も角、同伴のⅢ号戦車は装甲が厚いとは言えない。
プラウダ高校は最小でも76ミリ砲車両で編成され、破壊力は大きい。
運の悪い事に、先行するⅢ号は一年生ばかりで編成されていた。
経験が浅い彼女達は、完全にパニックに陥ってしまった。
その中に、通信手の赤星小梅がいた。
「みほさん! どうしたらいいですか?」
思考停止していた車長に代わり、みほに指示を仰ごうとした。
「まずは落ち着いて下さい。此方も動いていれば、砲撃はそうそう当たるものではありません」
「は、はい!」
「道幅が狭いので、川に落ちないよう注意しながらゆっくり後退して下さい」
「え? ですが、それではみほさんが」
「ティーガーⅡの正面装甲なら大丈夫。弾着を見る限り、敵はIS-2ではなさそうですから」
みほの落ち着き払った声に、Ⅲ号の乗員は冷静さを取り戻した。
小梅はホッとしながら、みほに感謝した。
「ちょっとみほ! 貴女何を考えてるのよ! フラッグ車がやられたらおしまいなのよ?」
もう一台の随伴車、パンターG型から通信が飛び込んで来た。
装填手のエリカだった。
「おい逸見! 勝手に通信をするんじゃない!」
「ですが先輩!」
「車長は私だ、指示に従え!」
マイクのスイッチを切られたらしく、通信はそれで途絶えた。
その間にも、ティーガーⅡは前へと出た。
プラウダ高校も強豪校、射撃はなかなかに正確だった。
76ミリ、あるいは85ミリ砲弾が車体にぶつかりガンガンと音を立てた。
もう少しでⅢ号と順番が入れ替わる、そう誰もが思った瞬間。
ティーガーⅡの装甲に弾かれた一発が、Ⅲ号の動きを止めた。
折からの雨で、車体がズルズルと滑り出した。
「山側に突っ込んで下さい、急いで!」
みほの叫びに、Ⅲ号は必死に立て直そうとした。
その最中、突然履帯が外れた。
結果、何とか動きを止める事に成功した。
「Ⅲ号のみなさん、大丈夫ですか?」
「はい。全員無事です!」
小梅の応答に、みほは胸を撫で下ろす。
「回収車は手配しますが、全員速やかに降車して下さい」
「え? ですが」
「今は止まりましたが、この天候です。いつ滑り出さないとも限りません、留まっている方が危険です」
「わかりました。副隊長の指示に従います」
砲撃が続く中だったが、Ⅲ号の乗員はみほの判断を信じた。
雨に濡れながら、最後の一人が着地したその瞬間。
降り続いた雨で地盤が緩んでいたのか、新たな着弾と共に土砂崩れが発生。
乗員は間一髪逃れたが、Ⅲ号は押し流されて川へと落ちて行った。
あまりの衝撃に、プラウダ高校の砲撃も止まっていた。
その間にみほは素早くティーガーⅡとパンターG型に後退を指示、敵の射程圏外へと逃れる事に成功。
結果としてフラッグ車を守りきり、まほ率いる本隊の敵フラッグ車撃破の知らせを聞く事となった。
黒森峰女学園、10連覇。
前人未到の偉業に、普段は規律の厳しい学園内もお祭り騒ぎになった。
隊長のまほは当然だが、的確な判断と指示を出したみほの力量は最早疑う者はいなかった。
西住流家元にして母親のしほですら、それは例外ではなく。
寧ろ、不用意にフラッグ車を手薄にする格好となったまほが軽い叱責を受けた程だった。
そして、大会終了から数日後。
まほはみほを連れ、しほの部屋へ。
「お母様。今日は折り入ってお話があります」
「聞きましょう。みほにも関係する話なのね?」
「はい」
みほは不安げに、しほとまほを交互に見た。
「黒森峰の隊長を、みほに任せようと思います」
「ええっ? ど、どういう事なのお姉ちゃん?」
寝耳に水のみほは、飛び上がらんばかりに驚いた。
「私も理由が知りたいわ。まだあなたは二年生よ、まほ」
「はい。理由は二つあります。一つは、国際強化選手としての活動に本腰を入れたいからです」
来る世界大会誘致に向けて、文科相は若手育成に力を入れ始めていた。
プロリーグ設立の準備も進められているが、同時に全国の高校や大学から有望な選手を集めて国際試合を経験させようというプロジェクトも立ち上げられていた。
まほだけでなく、例えばサンダース大付属のナオミや聖グロのダージリンなども候補として名が挙がっていた。
世界を相手にするとなれば、全ての面において高いレベルが求められる。
特にまほは西住流後継者として周囲の期待も大きく、早くも将来の日本代表チーム隊長候補という声も少なくなかった。
それに専念するというまほの考えはおかしなものではない。
「もう一つは……。みほは私よりも才能があります。隊長としても十分に務まる筈です」
「お姉ちゃん、そんな事ないよ。私、そんなに凄くない!」
「いや、これは身内贔屓で言っているのではない。それはお母様も同じだ」
「……確かに、まだまだみほには甘いところが多い。西住流の果断さや力強さには欠けるわね」
「お母さんの言う通りだよ、お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんみたいに強くないから」
「みほ、話は最後まで聞きなさい」
しほに
「みほ。あなたは確かに荒削りだけど、その代わり柔軟な発想が出来るわ。それに、状況判断が的確でもある」
「……お母さん?」
キョトンとなるみほ。
「私は西住流家元として、西住流の訓えに則った戦車道を身につけるようにしか言えなかった。でも、あの決勝戦を見てあなたに対する認識を改めざるを得なかったわ」
「みほ。私は西住流そのものだが、お前は違う。どちらかと言えば島田流に近い発想をしているな」
「そ、そんな……。私は別に……」
「責めている訳ではないのよ、みほ。……寧ろ、今までそれに気付こうともしなかった私の未熟を恥じるべきね」
初めて見る母の表情に、みほは驚きの連続だった。
常に冷静沈着、厳格な面ばかりを見せられてきたのだから。
少なくとも、みほが戦車道をやるよう強いられてからずっと。
それが、みほから戦車道を楽しむという事を奪う原因ともなっていた。
そんな母が、これまでの事を悔やむなどとは思いもよらない事。
「まほ」
「はい、お母様」
「あなたがそこまで言うのなら、みほに隊長の座を譲る事には異論を唱えるつもりはないわ。ただし」
しほは、みほに視線を向けた。
「みほ、あなたが引き受けるというのならね。私からそうしろとは言わないわ」
「お母さん……」
「良く考えなさい、みほ。まほもそれでいいわね?」
「はい」
みほはまだ幾分混乱していたが、少なくとも母に対する印象は大きく変化していた。
今までなら自分の意見など聞こうともしなかった母が、である。
が、姉が身を引き自分が後を任されるなどと想像もしていなかった。
みほは気がつくと、自分の部屋にいた。
ベッドに置かれた特大ボコを手に取り、抱き締めた。
「私……どうしたらいいのかな」
母や姉には相談できない。
かと言って、みほは元々奥手な性格が災いして親友と呼べる存在もいない。
一人思い悩んでも、解決策など見つかりそうにもなかった。
負のスパイラルで、みほの思考はどんどんネガティブになっていくばかり。
と、その時。
滅多に鳴らない携帯から、着信音が鳴り始めた。
「ふえっ? あ、で、出なくっちゃ」
慌ててしまい転びながら、みほは携帯のボタンを押す。
「も、もしもし?」
「何慌ててるのよ、全く」
電話の向こうで、エリカが呆れていた。
「あ、エリカさん。こんばんは」
「はいはい、こんばんは。みほ、アンタ忘れ物したでしょ?」
「え?」
「変なクマのストラップがついたペンケースよ。アンタしかいないと思ったんだけど」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
みほはわたわたしながら、カバンを開けた。
ゴソゴソと中を漁るが、確かにペンケースは見当たらない。
「う、うん。私のだと思う」
「やっぱりね。持ってきたから、取りに来て」
「ふえっ? 持ってきた……って?」
「外にいるわ。アンタの家、簡単にチャイム鳴らしてお邪魔する訳にもいかないじゃない」
「え、ええっ?」
みほは慌てて外を見るが、塀に遮られて見える訳がなかった。
「玄関前にいるから、ゆっくり来なさい。慌てるとアンタ転んだりぶつかったりするでしょ?」
「え? う、うん。今行くね!」
みほは電話を切ると、部屋を飛び出した。
その際、盛大に転んだのは言うまでもない。
「ハァ、ハァ、ハァ……。お待たせ」
「慌てるなって言ったのに、全くアンタは。はい、これ」
呆れ顔を隠そうともせず、エリカはペンケースを差し出した。
ボコのストラップがついたそれを、みほは大事そうに受け取った。
「あ、ありがとう……」
「戦車を降りると抜けてるわね、ホント。もう忘れないようにしなさいよ」
「う、うん」
「それじゃ、また明日」
そう言って、エリカは立ち去ろうとした。
「あ、待ってエリカさん!」
「まだ何か御用?」
「あ、あの……。せめて、お茶だけでも飲んでいって。折角来て貰ったのに、何だか申し訳ないから」
「…………」
「……ダメ、かな?」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないの。いいわ、そのぐらいなら」
「あ、ありがとう!」
大げさなみほの反応に、エリカは苦笑するしかなかった。
「ふ~ん、アンタの部屋ってそのまんまなのね」
「そ、そうかな?」
みほはエリカを連れ、自分の部屋に入った。
菊代が入れてくれたお茶と和菓子を受け取り、床に置きながら。
「変なクマと戦車グッズだらけじゃない。誰が見てもこれ、みほの部屋だって言うわよ」
「あははは……。これね、変なクマじゃなくてボコだから」
「悪いけど、私は興味ないから」
そう言いながら、エリカはお茶を一口飲んだ。
「で。何か話があるんじゃないの?」
「……え?」
「顔にそう書いてあるわよ。お礼がしたかったってのは口実でしょ?」
「ち、違うよ! 届けてくれた事は本当に感謝してるから」
「ま、それも嘘じゃないのはわかるわ。でも、それだけじゃないのも間違いじゃないでしょう?」
みほはわかりやすいぐらいに狼狽した。
エリカは肩を竦めながら、
「ほら、聞いてあげるから言ってみなさいよ」
「……い、いいの?」
「ここまで来て嫌なんて言う訳ないじゃない。そこまで冷たくはないつもりだけれど?」
「……ありがとう。エリカさん」
みほも茶碗に口をつけ、一口啜った。
そして、ポツリポツリと話し出した。
まほが隊長の座を譲ると言い出した事、しほに自分で決めるように告げられた事。
エリカは、黙ってみほの話を聞いていた。
時折、眼を閉じながら。
……そして。
みほが話し終わっても、エリカは黙っていた。
「……私、どうしたらいいのかな?」
「引き受ければいいじゃない」
あっさりと、エリカは言った。
あまりに素早い反応に、みほは固まってしまう。
「だって、隊長はそう決めたんでしょう? それに、家元はみほ次第だって。なら、引き受ける以外にどうするの?」
「そ、それは……」
「だいたい、次に隊長やるとしたらアンタしかいないじゃない。実力からしてもね」
「そう、かな? エリカさんだって実力なら」
「無理よ。みほがいる限り、私はその気もないし」
「……え?」
キョトンとするみほ。
「自己評価が低いのは相変わらずね。でもね、私はみほの指揮なら喜んで従うわよ」
「……で、でも。私、お姉ちゃんみたいに才能もないし」
「そうね、みほは隊長みたいにはなれないわ」
キッパリと言われ、落ち込むみほ。
が、エリカはフッと笑みを浮かべた。
「でもね、みほは隊長とは違う戦車道が出来るわ。それは多分、みほにしか出来ないものね」
「私にだけしか出来ない戦車道……?」
「ええ。みほがいる限り隊長はやらない、って言ったでしょ? 見てみたいのよ、私もね」
「エリカ……さん」
「やりなさいよ。隊長が去ってしまうのは確かに残念だけど、アンタが後を引き継ぐのならそれはそれで楽しみよ」
「……ありがとう、エリカさん」
みほの目に、涙が滲んだ。
「全く、このぐらいで泣かないの」
「……ご、ごめんね。私、嬉しくって……」
エリカはハンカチを取り出し、みほの目元に当てた。
「私で良ければ相談に乗るから。だから、胸を張って引き受けなさい」
「……うん。エリカさんがいてくれるなら……頑張ってみる」
「ええ。頑張りなさいな、隊長さん」
そして。
エリカは副隊長として、みほを支える立場となっていた。
重心突破を得意とするエリカを、みほは巧みに用いた。
イレギュラーに弱かった黒森峰だが、そのコンビネーションでそれを克服。
新たな伝説が刻まれようとしていた。
「エリカさん」
「何、隊長?」
「……ありがとう」
「お礼を言われるにはまだ早いわ。11連覇、成し遂げてから聞かせて頂戴」
「……うん!」
前半は本編と違いますが、こんな展開もあったらなぁと。
この場合大洗女子学園が微塵も出てきませんが、廃校ナニソレという事で。