fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚 作:ぴよぴよひよこ
魔王は夢を見た。
いつか訪れるであろう終焉を。
永く座したこの城に、訪れる者は今となってはもうほとんどいない。
幾千年の間に様々な勇者擬きを相手にした。けれども彼らは足りなかった。何がと問われるとその要素はいくつか思い当たるが、ともかくとして彼らでは魔王を討つに
返り討ちにしていくにつれ、世界の滅びは進み、代わりに思案に耽る時間が増えていった。
そうしている内に己の中の勇者像がどんどん崇高なものになっていく。
悪逆を極めるごとに、反比例するように終わらせるモノへの期待が膨れ上がる。
ここまでやったのだ。
だから、それ以上を持つ者が来る。そうでなくてはならない。
何かに唆され、哀れにも挑むのではなく。
魔王がそこに在り、だからこそ勇者ここに在りと燦然と示してくれる誰か。
きっとそんな奴が迎えに来てくれるのだ。
魔王は夢を見た。
久々に、過去を憂うのではなく、未来へ目を向けて。
蒼天の
率いた王が、やってくる。
軍勢を鼓舞し、激励し、踏みしめる大地のように果てしなく、愉しそうに。
そこには哀れみなんて、一欠けらも差し込む隙間は無い。
勇者どもがやってくる。
自らを蹂躙せんと。征服せしめんと。
――――もう
夢の果てを、示しておくれ――――
「――エリスティン様」
自らを呼ぶ声に、エリスティンは目を開いた。
何の変哲もないビルの屋上、その端で。風に晒されたそこで、魔王は座ったまま眠っていた。
この世界に来て初めてとった睡眠。かつての城ではやることもなく日々思案に耽っていたが、その答え合わせのような夢を見た。
自分の願いを、カタチにして魅せつけたあの"世界"。焼け付くような熱が今も身体を滾らせてやまない。思い出しただけで頬が上がってしまう。魔王の望んだ全てが、あそこにはある。
「……もう陽が昇っているのか」
「ええ。おはようございます、我が主よ」
「ああ」
ディルムッドが畏まって
人間にとって睡眠とは記憶の整理をする時間にもなるらしい。それは魔王をしても同じなのか、彼女は昨夜の征服王イスカンダルの宝具を見てからずっとそればかり考え続け、久々に見た夢でさえも焦がれてしまっていた。これではまるで恋する乙女だ。
蒼天の夢から覚めて、晴れてはいるものの雲が浮いている空がどうしてか恨めしい。
おもむろに立ち上がり、騎士を侍らせてビルを降りる。空きビルであるそこは人目も無く一晩明かすのにちょうど良いと陣取り、夢の最中にまた爆破されるということもなくすっきりとした心持で出ることができた。
「深くお休みになっていたようでしたが、お疲れは取れましたか?」
建物の屋上の端で座って寝ることが休むことになるのか定かではない。が、いまさら魔王の睡眠がどのようなものであっても驚くことはない。ディルムッドも昨晩は座ったまま目を閉じた主を寝ているとは思わず、何度か声をかけてしまったがそのまま起こさずにずっとそばに付いていた。
まさか寝相が悪いなんてオチで、文字通り落ちでもしたら洒落にならない。しかして彼女は凍ったように微動だにせず朝まで眠り続けていた。
「うん、あぁ……。夢を見たのは、久々だ」
「然様で御座いますか」
ぼそりと呟くように魔王が零した。
何を見ていたのかは彼女の騎士にも想像がつく。
あの晩、ライダーの宝具を見てからの主は今までに見たことが無いほど――端的に表すなら、はしゃいでいた。
幾千年を生きたという彼女に年齢を聞いたことはないが、精神的にはもはや植物の域に達していてもおかしくはないのに、その様は初めてプレゼントをもらった子どものようでもあった。目を輝かせて、嬉しそうに、
アレが、彼女のユメなのだろうか。王道に魅せられたのではなく、あの軍勢に蹂躙され尽くすことが。
もし征服王が彼女を討とうとした時、自分はどうするべきなのか。
昨夜からずっと考えていて、それでも答えの出ない問い。しかしまぁ、征服王は彼女を傘下に入れたがっているのだから考える意味もないかもしれないのだが。
ともかく、だ。まだ聖杯戦争は続いている。早いところセイバーとの決着も付けたいが、それには先んじてキャスターを始末する所から。
今日も今日とて
「今日は
ゆえに、全権は主たる魔王に。こういう所でやはり、昨日の問答に口を挟めなかったようにディルムッドには王道などはないらしい。
それを当然と受けたエリスもまた応えるように歩き出す。
「適当に、そこいら辺にでも行けば良かろう」
「はっ」
随分と杜撰な提案だったが迷わず従う。どちらにせよやることは変わらない。狐を見つけなければ殺すこともままならぬのだから。
数分も空かず、思いついたようにエリスが行き先を定めた。
「あぁ、そうだ」
「どうしました?」
「書店へ。確かめたいことがある」
恐らくは英雄の伝記についてか。目的を思い当たったディルムッドは、やはり諾々と付き従うのみだった。
「ではそのように」
征服王の伝記、もしくはあの黄金のサーヴァントの正体についてだろうか。
騎士王たるセイバーについては一人の騎士として、またケルト神話に連なる彼も知るところであったので詳しく教えたが、他の者は英霊の座にて名前を知る程度に収まっている。
書物に記されたものが全てではないかもしれない。それでも何もしないでいるよりはその在り様も知れるだろう。
二人は連れ立って、夜とは正反対の
* * *
ウェイバー・ベルベットは夢を見た。
魔力のパスを通じて、己のサーヴァントたる征服王の過去を。
マケドニアに始まり、ペルシアを越え、マハラジャの地を踏み潰し。
――東へ。
『
馬鹿馬鹿しくも胸を熱くさせる憧憬の火をまき散らし、それを束ねてまた走る。
道半ばで斃れた者がいた。
自らも歴史に名を刻むような
物言わぬ亡骸になり、しかして誰も彼もが笑っていた。
いつしかその疾走も半ばに終わり、伝説になり、世界が細部まで
ウェイバーはそんなライダーの生涯を、もうほんの少しだけ知りたかった。
伝記というものが真実だけを記すものではないと理解していたが、本人に聞くには面映ゆすぎて我慢がならなかった。だから今ここ大型書店へとやってきている。
ライダーは早々に別行動になって、どこへやらと消えた。恐らくは酒屋だの玩具屋だの、何が面白いのか分からない物に目を輝かせていることだろう。
全く、太古の英霊が子供だましのような
歴史学者にそんな期待ができるのか不安になりつつも目的の伝記を見つけてページをめくり、いつしか意識が没頭し始めた頃。
魔力の
手に持った本を見られないように急いで戻し、やってくる方を向いて。
――目も剥いた。
「おぉ坊主、いたいた」
「ウェイバー少年か、どうにも縁があるな?」
また、よりにもよって魔王である。どこぞへと消えたはずのライダーは、またもや厄介者を引き連れて戻ってきた。
だが彼女がルールに準じているのはもう彼も知るところ。畏れはしつつも、もう逃げ出さない程度には慣れていた。これを器が大きくなったと評するのが正しいのかは判然としないが。
「……はぁ、驚いたけど……驚いたけどッ、慣れたわっ! なんで一緒にいるんだオマエらはっ!」
魔王に向かって吼えるウェイバー。やはり器はでかくなっているのかもしれない。
飄々とした女マスターはくすくす笑うと、親指でライダーを示してから、本棚の方へ動かした。
「イスカンダルの伝記を読んでみたくてな。だが本人を捕まえたのだし、もう用はないか」
「うむ。坊主、見ろ! 情報料として軍資金を得たぞ! 早速買ってみたんだがこの 『アドミラブル大戦略Ⅳ』というのが――」
握った拳の力の行き先がブレて、大きく震えはじめるのをウェイバーは感じていた。よもや魔王が自分と同じ理由でここに来たとは。そしてそれ以上に、自らの情報をなんら惜しまずに、あまつさえゲーム機を情報料にぺらぺら喋ることを約束したこのサーヴァントが伝説に残る英雄だとはどうしても思いたくなかった。
「――アっホっかぁああ~~~ッ!!」
叫んでから、ここが静かな書店であることを思い出す。ただでさえ目立つデカブツがいるのに、これ以上人目を集めるのは良くない。アサシンが完全に消滅したとはいえ、魔術師とは"裏"を征く存在なのだから。
「んん? なんだ急に。それよりどうだ。以前おじゃんになった
「あぁ良いな。貴様の話を肴にでもさせてもらうか」
だがもうこの慣れ合いぶりはなんなのだろうか。尋常じゃないと知っているランサーのマスターは腕はともかく魔術師としてすらどこかズレている。
最後の希望が敵サーヴァントなのが涙を誘うが、ちらりと見た先のランサーはウェイバーの視線に気付くとサッと目を逸らしたのだった。
「さて行くか。どこぞ美味い飯屋でも知っているのか?」
「応ともよ。新都にある『お好み焼き・
「ふぅん? どういう食い物か知らんが、そこまで言うなら信じよう」
「フフン、食って目ン玉落とすでないぞ? ……おい坊主、どうした。行くぞ?」
止める従者がいなければ話はどこまでも勝手に進んでいく。
一級の戦士にして槍の英霊を睨みつけることができるまでになったウェイバーは、無駄な問答に体力を使うことも馬鹿らしくなって肩を竦めた。
「ああもう分かったよ。でも、ボクそんなに金持ってないぞ」
「案ずるな、全て魔王が出す」
「胸を張って言うことか?」
ややもすると楽し気に見えがちな彼らだが、きっと夜になればまた歯を剥いて刃を向け合うのだろう。そう思わなければやっていられない、とウェイバーも諦めた。
* * *
「ううむ、なんと珍妙な食い物なのだ、コレは?」
エリスが物珍しそうに、鉄板の上で心地良い焼け音を立てるモダン焼きを見て零した。ライダーはさも自分の手柄であるかのように胸を張り、手慣れた手つきでそれをひっくり返す。
「余も初めて見た時は驚いた。こんな食材をごちゃ混ぜにして押し
程よく焼けたモダン焼きがぱふんと返り、ソースをかけ青のりを散らすとなんとも香ばしい匂いが立ち込める。
「しかし括目せよ。これはまさに食の芸術よ。どの食材の風味も殺すことなく従え、纏め上げる! 余の『
さしもの軍勢も、よもやこんな島国の庶民的な料理に例えられるとは思ってもいなかっただろうに。ウェイバーは話を聞きながら昨晩見た勇猛果敢なサーヴァントたちに若干同情した。正直なところ、あの時の感動を返してほしい。
ライダーはモダン焼きを四等分とは言えないサイズに切り分けて鉄板の上を滑らせた。席に着くそれぞれの目の前に三角形になったそれが送られる。
「おい征服王、大きさが違うようだが」
「余が焼いたのだから余の物であろう。分けてやるから感謝せい」
「私の金だろうが。殺すぞ」
「ええいケチ臭い! また注文すれば良かろう」
「焼き方など知らん。貴様がやれ」
魔王もまさか金について文句を言っているわけではない――そもそも教会の金である――のだが匂いに釣られて腹の虫も鳴き、明らかな差を付けられた料理に睨みを飛ばした。ライダーは鼻で嗤ってさっさと自分の分を一口で頬張ると揶揄するように唇を尖らせる。
仕方なく小さな三角形を口に運んだエリスは、存外美味いじゃないかとも
二人の王がぎゃいぎゃい戯れ合っているのを聞きながら、ディルムッドは脇に置いてあったお好み焼きの焼き方シートをじっと見つめ、新たに店員に注文を言い付けた。
「主よ。ここは俺にお任せを」
「む? ディルムッドよ、貴様オコノミヤキを焼けると申すか」
「はい、やり方がこれに載っておりましたので」
端正な顔を輝かせる槍の英霊。オマエは何のために召喚されたんだとウェイバーはツッコミたい。
やがて運ばれたモダン焼きの生地を混ぜ、円形に広げていく。それを見たライダーが底意地悪そうに相対する英雄に野次を飛ばした。
「ふっふっふ、これは簡単なように見えてコツが要るぞ? できるなどと声高に言ってしまって大丈夫か?」
「フン、やり方はしかと見たし熟読もした。何も問題はない」
からかうライダーの挑発を受け、まるで戦場のような覇気を身に纏いランサーは金属製のヘラを両手に握った。
「主に捧げる最高の食事、いざ!」
騎士道とは全くもって関係ない内容に関わらず、激烈に己を鼓舞してヘラを勢いよく閃かせる。槍を二本扱う英霊がヘラの二本を扱えないはずもない。
ディルムッドはA+の筋力とA++の敏捷性を遺憾なく発揮し、まさしく戦士の武錬を見せつけモダン焼きを――切り刻んだ。
「……あーあぁ、言ったであろう、コツが要ると」
「ば、馬鹿な――」
見るも無残なモダン焼き。鉄すら容易く引きちぎる英雄に弄ばれれば、もとより崩れやすいそれが円形を保っていられるはずもなく。ライダーの言うコツとは、できるだけ力を入れず、静かにゆっくりとひっくり返すことなのである。
「申し訳ありません、我が主よ……」
「あぁうん、……気にするな?」
さすがの魔王もなんと声をかけたものやら。気負いすぎる騎士にエリスも苦笑せざるを得ない。
「あーもう、ボクがやるからオマエらは黙って食ってろよ!」
もはや見ていられなくなったウェイバーが調理役を買って出た。なんだかこのままいくと、昨日に続いて聖杯問答ならぬ聖杯モンジャが始まりそうだったから。
こんなふざけたものが魔術師の闘争であっていいはずがない。多少めんどくさくはあるが、とっとと食わせてとっとと店を出よう。そう決心して。
「ライダーのマスターよ。これは一筋縄では往かんぞ」
「あの、オマエまでふざけるの本当にやめてくれないか」
肩を落としたランサーに常識人であってくれと頼みつつ崩れたモダン焼きを適当に丸めて圧迫し、なんとかその体裁を整える。
「おぉ……その手練、敵でありながら天晴れだ」
「だからやめろっつーの」
なんで自分は極東の島国に来てまで調理なんかを褒められているのだろうか。英雄に、しかも敵であるサーヴァントに。魔術とか戦略とか、そういう部分での才能を認めさせるための参戦であったはずなのに。
「見事なものだな」
「さすが余のマスターよ」
皮肉なことに褒めちぎられている。なんだか虚しくなってきたウェイバーであった。
「いいから食えよ、もう」
「うむ、然らば追加を頼もう。おぉい売り子よ! この……ここからここまでを持ってこい」
「オマエふざけるなよ……!?」
英霊のくせに、いや、英霊だからこそか、無限のように思える勢いでお好み焼きを食べ続けたライダーと、続くエリスティン、そして恐縮しながらも箸を進めるランサー。
忙しなく慣れないヘラを動かし続け、またもや酒も入ったライダーたちが話を始めるまでウェイバーは何も口にすることができなかった。
「それで? 余の覇道の何を聴きたいのだ」
「何もかもさ、イスカンダル」
やっと始まった本懐。
グラスを傾けたエリスティンがワインを嚥下してライダーを見つめた。
ウェイバーは真名がもう知れていることと、英雄イスカンダルの弱点――死因で言えば毒殺などが当てはまるのだが、それを知ったところでこの魔王がそういう搦め手を使わないだろうという考えで口を挟まなかった。
「ふむぅ。長くなるが……」
「構わんさ。どうせキャスターを討たねば剣を抜くこともままならぬ」
だったら早く探しに行けよとも思う。しかしウェイバーも今日はイスカンダルの逸話が知りたくて書店にまで足を運んだのだ。期せずして本人から語られるその内容。彼はやっと無音になった鉄板に目を落としながら耳を傾けた。
――イスカンダル。
臣下もまた彼方に夢を馳せ、見せてくれる王を信じて道を征く。
斃れても、世界が丸く閉じていたと知っても。彼らが見た景色と駆け抜けた大地は確かに在って、時空を超えてもみなが誇っていた。「我もまた王たらん」と心に刻んだ王の姿を崇めて、
『王の軍勢』。そうして今も彼の元に馳せ参じるのだ。夢の続きを魅せてくれと。
「うん、まぁ……そういうこったな」
語り終わったライダーはかつての冒険を思い出したのか、懐かしむように天上を見上げた。今も彼の覇道は終わっていない。世界を獲る。その世界が閉じていて野望が果たされたとしても終わらない。オケアノスを探して、いつか、星々の果てにだって征こう。
退屈なんてする暇はない。愉しみはいつだって彼方にこそ在るのだから。
「くふふ……」
聞き終えたエリスが笑みを零してライダーを見る。彼女はライダーの大望にも覇道にも興味はない。けれどもその在り方が果てしなく魅力的に感じた。
なんて真っ直ぐで、なんて眩しい。我欲に身を染めて、それが伝説にまで至った大英雄。きっと彼が魔王を欲しがったのなら、最後まで一直線に向かってくるのだろう。ああ、なんて素晴らしい。
うっとりと征服王を見つめるエリスの姿はまるで恋い焦がれる少女のようでもあった。
「…………」
変わってウェイバーの反応は憮然としたものだった。
破天荒に過ぎる己のサーヴァント。あの滅茶苦茶な宝具があればきっとこいつの望みは叶う。敵が騎士王だろうが得体の知れぬ魔王だろうが、数万の英霊を従えたのならば蹂躙できるだろう。そう、例えマスターが無能であっても。
「ん、どうした、坊主?」
そんなウェイバーの様子に気付いたライダーが声をかけた。慮るのではなくただ気になったから。そう言外に匂わされた気がして、ウェイバーは余計に矮小さが身に染みる。
「別に……オマエのこと、つまんないなって思っただけだ」
作戦の立てようなんてない。戦略の必要性を感じない。こいつはいつも自分勝手で、勝手に戦って、勝手に勝利をもぎ取って、勝手に望みを叶える。そんなのに付随していたところで、己の沽券になんの影響も及ぼさない。なんてツマラナイ。
無能と
「なんだ? 退屈しておるならこのゲームでも貸してやろうか」
「そうじゃないッ!」
魔王の金で買い占めたゲーム入り紙袋を、さも愉快そうに持ち上げるのを喝破して最後に残っていたお好み焼きを頬張る。無駄に美味いそれも気を落ち着ける要素にはなりえない。
「きっとオマエは勝つ。聖杯を手にする。でもボクは……ボクの戦いをしたかったんだ」
「そりゃどういう意味だ?」
さっぱり分からん、と野太い声。ウェイバーは熱くなった頭でブレーキが利かなくなったトラックのような勢いで喚き始めた。その手元にはライダーが呷っていたコップがあり、焼酎が入っていた気がしなくもない。
「……あーもう言ってやる! ボクはな、マスターとして、魔術師として日本くんだりまで来たんだ! なのにオマエときたら! 身体もデカい、態度もデカい、野望までデカかったら、ボクは影になるしかないじゃないか!」
一旦言い出すと切れた堰は元には戻らず。
「オマエだって不満だろ! こんなへっぽこなマスターに召喚されてさ! まともに魔力供給もできない足手纏いを引きつれなきゃならないんだからな!
それでもボクは、証明したかったんだ。家柄も、素質も関係ない! ただボクという人間がいたってことを、周りの連中に!」
エリスが気を利かせて防音していなかったら、今頃客の注目を集めて店員に追い出されていたことだろう。むしろそちらの方がウェイバーにとってはありがたかったかもしれないが。
「言いたいことはそれだけか」
ひとしきり叫喚し終えたウェイバーが肩で息をして、代わりにライダーが口を開いた。
「坊主、貴様は小さい。成りも貧弱で魔術師としても至弱よ。だが――矮小さを理解してなお分を弁えぬ野望を抱えるその在り方が。……征服王のマスターには相応しい。余はな、貴様のような大莫迦者と肩を並べるのがまことに快いのだ」
世界を敵に回す。征服王の敵は己と比べ物にならないくらいに巨大だ。そうした時、個人の大きさなど何の意味ももたらさない。だがそんな無謀な挑戦に続いてくれる大莫迦者たちがいた。どいつもこいつも勝てると信じてくれた。
ウェイバーは、そんな大莫迦者によく似ている。彼方の栄光を目指す矮躯な少年が、あの歴史に名を連ねる英雄にも匹敵する芽を持っているのだ。
「……なんなんだよ、本当に」
「フフン、貴様にも覇道の兆しがあるということよ。挑め、坊主。やり方なら余がこれから見せてやる」
大木のような腕から繰り出される張り手を背中に受けてウェイバーはつんのめり顔面をお好み焼きにされかけたが、それに対する文句は言っても後は恥ずかしそうにそっぽを向くだけだった。
「ふふふ……、勇者の種は誰もが持っている。あとは自身がどう育てるかだ、少年」
エリスも二人のやり取りを見て笑っていた。イスカンダルの背に続く大莫迦者たち、彼らも最初はただの人間だったのだ。導く者がいてこそ魔王をして勇者と認められる存在になったのだ。
だからきっと、朱色の大きな背中を見続けたこの少年もまた……。
種は蒔かれた。もしかしたら魔王は滅ぼされるかもしれないが、エリスティンには彼らの存在がどうしようもなく愛おしかった。
「アンタも何なんだよ、魔王とか……」
「魔王は魔王だ。それ以外に適当な表現がないだけの、化け物さ」
「はぁ……まぁいいけど」
敵に対してエールを送るような女マスターに、ウェイバーはため息をつくしかなかった。
気が抜けて、その後も盛り上がる席を眺めつづける。『魔王』という焼酎に対抗して世界を征服した暁には『征服王』という酒を造らせる宣言など果てしなくどうでもいい。
メニューの二周目に入ってランサーがモダン焼きを作るスキルを身に着けた頃、それは起きた。
「ッ!?」
「む?」
「主よ、これは……」
全員が感じ取った悪寒。地獄から湧き出るようなどす黒いモノ。
こんな魔力を放つのは英雄などでは絶対にないであろう死の気配。
「――西、か」
和やかな雰囲気は一瞬にして消え、庶民の食事処に戦場の貌が四つ生まれた。
ギャグ(?)回。
生きろウェイバー。私もお好み焼き食べたい。