fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-誓いの槍-

 

 

 四人が向かった先は未遠川の河川敷。

 そこには目を覆いたくなる怪異が存在していた。

 

 うねる触手、見上げる巨躯。「怪物」という表現がこれほど似合うモノはなかなかあるまい。

 遠目からでも確認できた脅威にやっと駆けつけると、すでに騎士王が剣呑な面立ちで怪物を睨みつけていた。

 

「よぉ騎士王」

「……征服王。と、また魔王か」

「つれないな、せっかく来たというのに」

 

 またしても連れ立っていた二人の王にセイバーの口に苦々しいものが広がる。昨晩やりあったばかりで心の整理もままならない。だが今はそれどころではない。

 

「とにかく、あのデカブツを仕留めんことには戦争もままならん。ここはひとつ、手を組まんか?」

「承知した」

 

 征服王より提案された同盟に即諾する。セイバーの隣に控えていたアイリスフィールも魔王に怯えていたが停戦を許諾して頷いた。

 アレを放置してはもはや、聖杯が云々など言ってはいられないのだ。

 

「ディルムッド」

「は」

「まさかアレがキャスターなどとは言うまいが、奴は何をしている?」

 

 遠目からしかキャスターを視認していなかったエリスが騎士に尋ねる。

 かの英霊、いや悪霊と戦ったのはセイバーとランサーだけ。あの後ディルムッドからは、海魔とやらを召喚されて逃げられたという報告しか聞いていない。

 

「恐らくですが、奴は自身でも制御できないほどの巨獣を召喚したのでしょう。放置すれば街に乗り上げ、民を喰い荒らすかと」

「……なるほど」

 

 無視すれば聖杯戦争は確実に終了するというわけか。

 騎士の言葉を聞いて忌々し気に召喚獣を流し見る。

 かつての彼女の世界でもああいう怪物はいたが、海とか森に潜んでいていつの間にか勝手に絶滅していた。そうでなくても竜種やそれに類する幻想種は戦っていて楽しいのでやりあったこともあったが、目も当てられない――端的に言えば気持ち悪いモノなど好んで喰らったりはしない。

 魔王エリスティンは正直アレを相手にするのは気が乗らなかった。征服王(デザート)がすぐそこにあるのに、汚物も甚だしいあんなモノで手を汚すのは憚られる。聖杯戦争を再開させるにはキャスターの討伐が必要なのだが、如何せんやる気が出ないものは出ないのである。

 

「はぁ……ディルムッド、セイバーたちと協力して即刻あの汚物を排除せよ」

「了解致しました」

 

 ならば任せてしまおう。邪魔者を排除するならサーヴァントを召喚した甲斐もあったというもの。

 騎士を侍らせても魔王に騎士道などどうでもいい。従者が手を汚そうとも構わない。何故ならエリスティンこそがすでに穢れきっている。そんな彼女でも、生理的嫌悪というものはあったらしい。

 

「ではセイバー、どう攻め落とす?」

 

 ランサーが盟を誓ったセイバーに問う。しかし答えは決まっているようなものだ。

 

「……引きずり出して、殺す。それしかあるまい」

「だわなぁ。余は戦車があるから良いとして、貴様らはどうするつもりだ?」

 

 牡牛の嘶きを頼もしく見やりライダーが言った。道なき道を征く戦車は河の中にいる敵へも問題なく攻め込める。だが二人は剣士に槍兵、地に足をつけて戦う戦士である。

 しかし問われたセイバーは口の端を上げると己の加護を明かした。

 

「この身は湖の乙女の加護を受けている。何尋の水であっても私の歩みは阻めない」

「ほう、それはまた稀有な奴」

 

 ライダーは敵がどんなに強大であってもそういう認識しかしないのだろう、加護を受けたというセイバーを価値ある宝のように見つめてにやけた。

 してディルムッドはどうしたものかと思い悩む。彼にはそういう便利な加護もスキルもない。どちらかというと本人は呪いだとも思っている黒子しか。

 己のサーヴァントが矛先を失いかねない問題に、エリスティンはしばし黙考し、どこまで(ヽヽヽヽ)やって良いものかあたりをつけた。そして――

 

「まぁ、何もしないというのもな。手向(たむ)けだ、存分に戦え」

 

 川岸に近づいておもむろに手を挙げる。ただそれだけの動作以外に何の前触れもなく極大の魔力が集中してその場にいた者が身を竦ませた。青白い閃光を散らすそれを今度は叩きつけるようにして川面に放ち、街中を流れる一級河川を瞬時に凍結せしめる。

 なんとも豪快な足場の確保。一応流れも考慮して手加減され底までは凍っておらず、巻き込まれた巨大水棲獣も表面が凍てつこうとも身体ごと砕いて動き続けていた。

 

「あれだけ大きいとやはり面倒だな」

 

 エリスティンは吐き捨てるように言うがその場の面々は口を開いて呆けていた。が、これでディルムッドも真っ向から戦える。槍の英霊の名に懸けて、一番槍は譲れない。

 

「ありがとうございます、我が主よ。必ずやキャスターのそっ首を落としてご覧に入れましょう」

「ああ、迅速にな」

 

 汚いから見せなくてイイ、と言いたいところだがまぁあの汚物ではなくキャスターなら大丈夫だろう。エリスティンは走り出した騎士を見送り、上方に輝く物体を認めて翼を生やした。

 

「あの"王様"も来ているようだな。挨拶の一つでもしてくるとするか」

 

 ライダーもセイバーも既に敵に向かって走り出しており、残ったマスターにはとくにやることがない。そうして誰の意見も顧みることなくエリスティンは飛び立った。

 昼餉の話のついでにライダーから聞いた黄金の王の真名。どういう者かもさわりだけだが聞かせてもらった。まさしく王の中の王だったその出自。「この地を踏むことを許す」という傲慢にして喜悦に酔える許諾も真実だと知れて、改めて礼を言いたくなったのだ。もう殺すことは互いに確定していても。

 

 かの王は浮遊する金色の舟に乗っていた。黄金とエメラルドの、夜景に眩しい荘厳な舟。

 なるほど世界の主というだけあっていろいろな物を持っている。エリスティンは上空に佇む輝きに誘蛾の如く近づいた。

 

「こんばんは、バビロニアの英雄王」

「稀人か。(オレ)の真名に至ったようだな?」

「ああ。そなたの威名、まさに感服に値する。ところで良い舟だな、足を乗せても?」

「良い。特別に許す」

「どうも」

 

 必殺を誓い合った仲にして随分と和やかな会話がなされて魔王は降り立った。英雄王の近くには一人の男がいてエリスティンに目を向けている。

 遠坂時臣、冬木の管理者である。今しがた幅にして二〇〇メートルほどの河を瞬時に凍結させた目の前の女を脅威だと認識して警戒しているのだ。

 ――なんという女だ。アーチャーの正体に気付かれているのは致し方ない。あの宴会でどのような話がなされたかは分からないが、王の宴と称したそこでいくつかの情報も漏れたことだろう。だがよもやここまでの脅威と成りうるとは。

 じっと見据えて彼我の戦力差をしかと確認する。当の本人は歯牙にもかけていなかったが。

 

「何ともはや、英雄が揃いも揃ってあのような汚物の処理に走るとは、嘆かわしいな」

「まったくだ」

 

 憂いた英雄王に、魔王が肩を竦めて同意した。

 アーチャーのいうところの処理を全部押し付けてここに来たエリスティンであるが、彼女もその嘆かわしさは理解できる。己もまた、英雄と戦うために聖杯戦争に参加しているのだ。アレは、英雄なんかとは真逆のナニか。手を下すのを躊躇うほどの汚物に他ならない。

 

「貴女は、参加しないのか」

 

 どんな時でも余裕を持って優雅たれ。この言葉が家訓であり信条の時臣は、突如現れた敵マスターに対して警戒はすれども慌てた様子は微塵も見せずに尋ねた。

 彼女も魔術師ならば、秘匿すべしものが暴かれようとしているこの状況に何故協力しない? その実力は今さっき見せてもらった。この遠坂をして驚愕に値する魔術の使い手、その気になればアレもどうにかできるのではないか。

 一個人であの怪物を倒せるとは思わないが、英雄と肩を並べてもおかしくはないとまで思える絶技。なのになんでこの女はここにいる?

 

「私は勇者と戦いに来たのであって、あのようなモノと相対するために来たのではない」

 

 しかして魔王の返事はそっけないものだった。生粋でなくとも王と名が付くだけあってその傲慢さはどこか英雄王にも似ている。時臣は悔しさに歯噛みしつつ、眼下の趨勢を眺めつづけることしかできなかった。

 

「……(まず)い」

 

 だが事態は一刻を争う猶予すらないらしい。夜空を駆けてやってきた二つの光。自衛隊の戦闘機が間違いなくあの巨獣を発見して上空を旋回している。

 

「王よ、他の者では手に余る有様。どうか、手ずからの誅戮を!」

 

 時臣が英雄王に跪き、助力を嘆願した。これ以上アレを放置すればどうなるか。他の英霊だけでは即座の殲滅は望めない。それはこの最強のサーヴァントにしか成し得ないはずなのだ。

 

「弁えよ。そんなものは庭師の仕事。(オレ)の宝物を庭師の鋤と言いたいのか」

 

 しかし黄金のサーヴァントは鬱陶しそうにするだけで素気(すげ)無く一蹴する。彼にとってあの汚物は視界に入れるのも不快な害獣。それを王たる身に処せよというのは、下界の(かわや)を宝物で(そそ)げと申し上げるに等しい。そのような愚申、ギルガメッシュが快く思うはずもない。

 

「滅相もございません、しかし、どうか……!」

 

 だが時臣も必死だ。ともすればこの場で処断されるのも覚悟の上で己のサーヴァントに(こいねが)っている。

 もはや後がない。ここで躓けば悲願の成就が遠のくという段階ですらない。遠坂の魔術師としての、そして冬木の管理者としての誇りすら失われてしまう。

 その必死さに、ようやく英雄王は寛大さを示して宝具を展開した。魔力を献上する(しん)への義理立てとして、いくつかの宝物を褒賞代わりに投げ捨てる気で持ち出したのだ。

 にわかに虚空が黄金に揺らいで豪奢な装飾の武具が顕れる。そのどれもが莫大な威力を持つと瞬時に理解できる珠玉の剣、槍、その数四挺。

 アレに触れたとあっては再び手に取る気も起きない。ひとつの国を傾けかけない至宝を文字通り(どぶ)に捨てることになる。それでも彼の中に「勿体ない」という言葉はなかった。ただただ、不快。

 半ば八つ当たりのような勢いで(くう)を切り裂き、海魔へ目掛け一直線に降り注ぐ煌めき。山をも穿つだろう破壊力は、まさしく山のような巨躯の水棲獣を貫き肉片にし、ライダーやセイバーたちの健闘を嘲笑うかの如く格の違いを見せつけた。

 ――だが。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 どこからともなく響くキャスターの狂笑。巨大な穴が開いた怪物は一瞬その動きを止めはしたものの、すぐさま再生が始まって十も数えぬ間に元の状態に返り咲いた。肉片が残ればそこからまた復活するという異常な回復力。あれを討つには、言葉の通り完全に消滅させなければならないらしい。

 

「やれやれ、"醜穢(しゅうわい)世に(のこ)る"と云うが、アレはまさしくそうだな」

 

 かつての地の諺なのか、ぼそりとそんなことを(のたま)う魔王。

 汚いモノは誰も触れないために長く存在するという意味であるが、それに照らし合わせると最後まで遺った彼女は何なのか。

 英雄王はその言葉の意味するところに頷き呆れたように口を開く。

 

「庭師がいなければ荒れるというものよ。(オレ)の治世であったならばあのようなモノは欠片も存在を赦さぬというのに」

 

 ならば速やかに排除して欲しいと願う時臣だったが、この世が彼の物であってもその地の管理は管理者に、庭掃除は庭師に。王たるギルガメッシュは君臨はしても、その身で何かを行うことはない。暴君ゆえ、圧政者がゆえ彼は英雄なのだから。

 

「……あれは」

 

 焦燥に身を苛まれつつも時臣が魔術で強化した視界に異変を捉えた。

 戦闘機が一機、肉塊に飲み込まれて今後の対処に頭痛を覚えたがそれではなく。

 もう一機の方に起きた異変。赤黒く変色した戦闘機が物理法則を無視しながら飛びまわり、こちらに向かってくる。

 

「ほう、あの狂犬か」

「アレもまた、しぶといものだな」

 

 王たちは呑気にしているが時臣はその限りではない。

 バーサーカーがいるとなれば、そのマスターたる男もまたこの場に来ているのだろう。魔術から逃げた挙句、愚かにも聖杯を求めてすり寄ってきた唾棄すべき男。やはりそんな者が魔術を秘匿するわけもなくこうしてキャスターを無視してサーヴァントを突っ込ませてくる。

 一人の魔術師として、この地を管理する者として、そんな存在を許しておけるはずがない。眼下を見れば思った通りの人物が己を睨みつけていた。

 

「王よ、私はマスターを誅罰して参ります」

「良かろう」

 

 黄金の舟が滑らかに空中を移動し、降下地点へと運んでくれる。

 魔王を残していくことに少々思うところもあったが、よもや英雄王をどうこうできるはずもない。そうして時臣は輝く船から身を投じて魔術師の面汚しのもとへと降りていった。

 

 残った魔王と英雄王は空で暴れる狂戦士を呆れたように眺めている。

 

「あの黒いのは英雄王に恨みでもあるのか?」

「さてな。分不相応な雑種が(オレ)を見て、威光に目を焼かれたのだろうよ」

 

 それは英雄王の冗句なのか本気なのか判然としないが、エリスティンは笑って頷いた。

 

「くはは、確かにそなたは(まばゆ)過ぎる」

 

 そうしている間にも鋼鉄の大鳥を駆って狂戦士が空を撫ぜる。元より音速に至る戦闘機は宝具化されてその性能をさらに上乗せされていた。赤黒い光を残して矢のように真っ直ぐ、船を射抜かんと愚直に(はし)る。

 

「ふむ、稀人よ。(オレ)の遊興に付き合え」

「うん? 構わぬが」

 

 突っ込んできた巨大な鏃を事もなげに避ける黄金の舟、ヴィマーナ。思考と同じ速さで翔けると謳われたその舟は、急激な方向転換をしても乗っている者たちに重力を与えず翻る。

 

「王の舞う天に昇るなど度し難いが……こういう空の戯れ合いはこの(オレ)をして久しい。貴様にもこの世界の愉悦を味わわせてやろう」

「ほほう、それはそれは愉しみだな」

 

 尊大で寛大な王は稀人たるエリスティンを遊戯に誘った。こんな古代の舟と現代の兵器とを競わせるものをこの世界の遊びと称していいのか分からないが、彼らの認識ではそうらしい。

 ミサイルを放ってきた黒い巨鳥を先導するように飛び出し、金色の宝具を以て魔導器と化した鉄槌を撃ち落とす。夜空に昏い花火が轟き咲いた。

 

「はっは! 派手なものだ!」

「犬の分際で興じさせる……!」

 

 爆炎も一瞬の後に彼方へ。二人の王を乗せた舟は絶空へと至り、バーサーカーも黒き鋼を駆ってそれを追う。続く二撃目を放ち、音速を越えて絶叫を轟かせる。

 

「――――!!」

「ふふっ、私も交ぜてもらおうか」

「応、存分に興じよ」

 

 迫るミサイルの追跡を魔術ですらない力の波動で無造作に薙ぎ払い、爆発を突き抜けてくるバーサーカーへエリスティンが手を差し向けた。

 

「これはどうだ、狂戦士?」

 

 緒戦に見せたレーザーの如く圧縮された吹雪。無詠唱にしてサーヴァントすら鏖殺するに敵う魔術を事も無げに撃ち放つ。舟の上からそれを乱射して、さながらシューティングゲームのような様相を呈した。

 常人では如何に高度な機体と性能を以てしても避けきれぬ弾幕に、バーサーカーは狂化の属性に見合わぬ制御を見せつけて躱しきる。

 

「ハハハ! 実に兇暴な燕だな」

 

 けらけらと手を打って笑う魔王に、アーチャーも悪乗りしてさらに宝剣を投げつけた。

 

「そら、逃げ切ってみせよ、雑種!」

 

 漆黒に支配された戦闘機は空力の(ことわり)など存在しないかのような旋回とバレルロールでなんとか退けるが、無理な制動も祟ってヴィマーナに後ろに着かれてしまう。かの破壊の権化は前方にしか武器を向けられない。この状況では如何な魔鳥であっても逃げの一手しか打つ手がないのだ。

 後方から空間を抉るような魔術の奔流と必殺の武具が幾筋も迸って軌跡を残す。ギリギリの状況に痺れを切らしたのかバーサーカーは雲に紛れるように急降下した。

 

「くく……英雄王、アレに突っ込ませるというのはどうだ?」

「フハハハ! 少々童心に帰りすぎるきらいがあるが、遊興の締めとしては悪くない」

 

 魔王の悪辣に過ぎる提案に、英雄王は哄笑した。目に入れるのも不快な汚物だったが、それに埋もれる狂犬という図は怏々(おうおう)の中にして興をもたらすだろう。悪くない。

 哀れ弄ばれた狂戦士は逃げ道を潰されるように猛然と迫る魔術と宝具に囲まれて地面を目指す。

 

 

 

 

 場所が変わり地表では戦士たちが顔を突き合わせていた。

 いくら切り刻み蹂躙しても怪物は物ともせずに再生し、ゆっくり、だが確実に川岸を目指している。埒が明かぬとライダーが二人の騎士を招集し、軍略家としての言を呈していたのだ。

 

「一旦、余の『王の軍勢』に引きずり込む。殺し尽くすことは叶わぬが、時間稼ぎはできよう。その間に英霊たちよ、どうにか勝機を見つけ出してほしい」

「……ああ」

「心得た」

 

 ライダーの策は破滅への見越しを僅かに延ばすだけの措置でしかない。分かっている二人の英霊も頷きはしたが苦々しいものを隠し切れずにいた。

 あの異常な再生力を持った怪物は、風を纏った聖剣の一撃をも掠り傷とし、呪いの黄槍で刻んでもやはりそれは致死には至らない。触手を斬り落とし、それが再生できなくとも無限に生えてくるのだ。それでは意味が無い。彼らには圧倒的に火力が足りなかった。

 

「坊主、貴様はこっちに残れ。策を見出したなら強く念じろ、伝令を差し遣わす」

「お、おい……分かったよ」

 

 敵サーヴァントの前に放り出されたウェイバーは恐々としつつも、今はそれどころではないと心に喝を入れた。ここにいる二人の騎士は間違っても裏切りなどしないだろうし、令呪による強制も考えたが聖杯戦争の趨勢を決するこの瞬間、そんな馬鹿な輩はいないだろう。

 

「セイバー、ランサー、頼んだぞ!」

 

 力強く鞭を入れて神牛を嘶かせる。ライダーは稲妻をまき散らしながら海魔に向かって突進していった。

 

「……で、どうするんだ?」

 

 見送った自らのサーヴァントを背に、ウェイバーが騎士たちを振り返る。

 もう己の無能さを嘆く暇もない。ちっぽけな自分よりも英霊の策を伺った方がよっぽど建設的なはずだ。

 しかしセイバーもランサーも口を噤んで言葉を発することができずにいた。槍兵はどうあがいたところでこれ以上の火力は持ちえないと自覚し、剣士は方法が有ってもそれは誇りにかけて(こいねが)うことなどできないと俯くしかない。

 期待していた返しがなかったウェイバーは藁をも縋る気持ちでアインツベルンの魔術師にも水を向けた。

 

「なぁおい、アインツベルンからは何かないのか?」

「そう言われても――」

 

 困ったように辺りを見回すアイリスフィールだったが、自らの懐から鳴る音に驚いて跳ね上がった。この決戦の場に似つかわしくない間の抜けた着信音。取り出した携帯電話だったが操作方法も分からずウェイバーに押し付ける。

 

「あの、これ」

「……ったく、貸せ!」

 

 時計塔でも名高いアインツベルンに対して引け目もなく文句を飛ばして、やはり魔術師も古いモノばかりに固執してはダメだと再確認したウェイバーだった。

 通話ボタンを押しこんで半ば反射的に耳を当てる。電話の向こうから声が聞こえてやっと、なぜ返さなかったのかと後悔した。

 

「あ、ボクは……じゃなくて。誰だ、アンタは? ……そうだけど」

 

 電話の先で低い男の声が短く質問を飛ばし、ウェイバーが答えていく。その必要最低限を聞いていく何者かに、少年は何か策があるのかと期待し始めた。

 

「ああ、できる――と思う。多分。…………はぁ?」

 

 決まりきった文言のように命令してくる男にも、アレをどうにかできるならばと従う。しかし、最後に付け加えられた言葉にだけは疑問を返さざるを得なかった。答えもなく通話は切られ、その内容から見つめてしまった槍の英霊に怪訝な目を向けられた。

 

「……どうかしたのか?」

「ああ、いや……うん」

 

 自分でもどういう意味か解らない伝言。しかし自信に満ちた声音で言われれば伝えるしかないのだろう。

 

「ランサーに伝言があった。……その、セイバーの左腕には対城宝具がある、って」

「……何?」

 

 驚きに満ちた疑問符はランサーのものだけではなかった。セイバーもまた、恐らく本来のマスターからであろうその伝言を聞いて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのだ。

 自身が持つ聖剣の解放。それに必要なのが両の手の健在。しっかりと握り込み振り抜かなければ、かの栄光の斬撃は撃ち放てない。

 だがそれを封じている傷もまた誉れなのである。決闘に背を向けてしまった己への罰として与えられた呪い。これを無為に解除されても、彼女の手は誇りに欠けて、斬撃の威力は著しく下がるであろう。

 

「本当なのか、セイバー」

 

 その傷を齎した誉れも高き"輝く貌"のディルムッドが振り返る。セイバーは重々しく、それを首肯した。

 

「……事実だ。あの怪物も消し飛ばせるだろう。だが、この傷は誉れであって枷ではない。貴方の助力を得ている今、私は両の腕を自在に扱えているにも等しい」

 

 ――しかし、キャスターは討てない。

 セイバーの誇り高い在り方を認めつつ、誰もがそう思った。

 ランサーは手に持った必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を見やり、力を込め……折ることができずに項垂れる。

 これは、主に忠誠を誓った槍。あの召喚された日に、この槍で彼はエリスティンに騎士と認められたのだ。それを折ることは宝具を失うよりもずっと重大な裏切りになる。

 

「俺は……ッ! 主よ、どうか俺に道を示してください……」

 

 どこかへと去ったエリスティンに、ディルムッドは強く呼びかけた。

 

 

 

 

 







頑なに切嗣を出さないスタイル。

何故かって?だってあんまりストーリーに絡m

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