fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-英雄の姿-

 

「……うん?」

「チッ、征服王の仕業か……面白くなるところで」

 

 魔力の経路(パス)を通じて呼ばれたエリスティンが、黄金の舟の上で振り返る。

 従者が主を必要としている。キャスターを討てと命じたが今は征服王が結界の中に引きずり込んだらしくその姿はない。何ぞの用かは知れないが、呼ぶだけの事態でも起こったのだろうか。

 

「英雄王。騎士が私を呼んでいる。遊興に付き合わせてもらって悪いが失礼するとしよう」

「然様か」

 

 王が誘った遊戯であったが、その本人も歯応えのない燕狩りに早くも飽きが来ていたために然りと首肯した。汚物も一時的にとはいえ失せた今、あの狂犬は適当なところで誅すれば良い。

 

「楽しめたか、稀人よ?」

 

 舟の舵輪から手を離し、ギルガメッシュが見せつけた王の(あそ)びの感想を問うた。横やりのせいで締めには至らなかったが、その豪快で痛快な遊戯はどうであったか。

 問われたエリスティンは笑みも深く頷いてそれに返した。この世界の王の娯楽、その片鱗だけではあったが胸が躍る心地であったと。

 

「うむ。そなたには貰ってばかりで座りが悪いくらいだ。この礼、いずれ私の全てをして返させてもらおう」

「応とも。存分に挑んで来るが良い。世界の主の力、その身に刻み込んでやる」

 

 侵略者たる稀人。魔王には王の威容と世界の魅力を教えてやった。この世を味わい、そして欲するのならば。それを討つのはやはり世界の王たる英雄王に他ならない。次に見せるのは、姿でも興でもなく、王の力である。

 

 楽しみだ。そう笑って魔王が空に飛び立った。あの黒い鳥は今も黄金の舟を狙い続けて彼女には目もくれない。夜の帳の中で翼を広げた魔王は、音もなく川岸へと滑空していった。

 

「さて……」

 

 間もなく降り立ったそこではディルムッドが苦悩に顔を歪ませている。果たして何ぞの申し出か。見るからに暗い雰囲気のそこへ、はためかせた翼を消して歩を進める。

 

「呼んだか、ディルムッド」

「……エリスティン様」

 

 王の遊興に付き合って空を駆けた興奮も醒めきらぬ彼女に、ディルムッドが跪いて(こいねが)う。

 

「あのキャスターめを討ち取るために、貴女様の許可が必要なのです」

「ランサー、それは……!」

「うん? 述べてみよ」

 

 セイバーが止めるのも聞かず、ディルムッドは深く頭を下げまま主へと進言する。

 

「セイバーの左腕を解放するために……この槍を砕くことを、どうかお許し頂きたい。

 槍が折れても我が忠誠は変わらずエリスティン様だけのもの。それはこの名に懸けて誓いまする。……どうか!」

 

 ディルムッドはセイバーの呪いを解くことを決めた。それは己の中の、どうしても譲れない部分にあるモノから。

 ――騎士の道。奉ずべきは騎士道の勝利。それはあの悪の権化たるキャスターを討つのがセイバーであっても自分であっても同じこと。

 この槍を以て君主に忠誠を誓ったが、この身こそが槍なのだ。在り方は変わらない。

 我が主ならば赦してくれる。ディルムッドはそう信じていた。

 ともに戦場を馳せ、騎士としての己を認めてくれ、彼女もまた主として応えてくれたこの魔王ならば。

 

 細い顎に手をやったエリスティンは、短く言葉を紡いだ。

 

「ならぬ」

 

 するりと飛び出してきた言葉に、ディルムッドが面を上げて目を見開く。

 

「……エリスティン様、何故――」

 

 きっと解ってくれると思っていた。騎士道の何たるかを理解はしていなくても、騎士として扱ってくれた主ならばと。堅苦しいと苦言を呈していても、主君らしく振舞ってくれたこの方であれば、と。

 しかしエリスティンは頷かなかった。別に、宝具の喪失を恐れているのでも、セイバーの全力が発揮されてしまうのを恐れているわけでもない。

 

「槍を折りたくば折れ。それは構わん。……だがその後も我が騎士を名乗ることは許さん」

 

 ただ騎士を辞めろ。そう述べた。

 魔王はこの黄色の短槍で騎士と認めた。横に立てと命じた。それを折るならば、二度と並ぶことは許されない。

 折るのはいい。全く以て構わない。英雄として己を曲げずに在り続けるためならばそうするが良い。

 ただ、それは彼女にとって裏切りであることは揺るがぬ事実。

 エリスティン自身、動揺していた。なぜこの騎士が槍を折るというだけでこんなにも不快感が湧いて出る?

 

 生まれてから一度も並び立つ者がいなかった彼女には、堅苦しくも真っ直ぐな騎士の存在が自分でも気付かぬ間に大きな存在になっていた。言葉には表さなかったが今ここにきて驚くほどにディルムッドという、騎士という存在が心地よかった。在り難かった。……愉しかったのだ。

 魔王をして悪をさせぬと言い張り、声をかければ寸の間もなく返し、戦場へともに立ち向かう彼との絆が、エリスティンには経験したことがない愉しさを伴っていた。

 

 それを、折る。

 エリスティンはその言葉を聞いて失望した。いや、落胆した。英雄が英雄であるためならばどんな手段をも執るべし。そう思っていたのにも関わらず、彼女自身そこまで思い入れがあるのかと驚愕するくらいには、落ち込んだ。

 騎士道の勝利などどうでもいい。お前も私の前を去るのか。

 忠誠が変わらずそこに在ると嘯いたところで、彼女の中で黄色の短槍こそが全て。魔力のパスなどよりも濃い絆の証なのである。

 

「主よ――」

「好きにしろと云った。槍を折り、どこへとでも消えろ」

 

 ディルムッドが葛藤に苛まれる。その姿すら魔王の何かを軋ませる。

 きっとエリスティンは初めて(いだ)くその感情に名前を付けられないだろう。

 ――嫉妬。

 魔王は永い生の中、生まれて初めて得た騎士……否、『仲間』が、自らより何かを優先する彼が、どうしても赦せなかった。

 

「俺は――――」

 

 ランサーが立ち上がった時、近くに空間の歪みが生まれた。奇しくも彼と似たように跪いて現れたのは『王の軍勢』の一員だろう。ウェイバーに向けて焦燥露わに伝令を行う。

 

「王に代わって申し上げます! もうあの海魔めを押し留めること叶わず、間もなく解き放つ次第。どうか最善の策が存ずることを期待しておりまする!」

 

 彼も必死に戦っていたことが伺える。精悍な身を包む鎧は所々(ひしゃ)げていて、最前線に立って怪物に挑んでいたのだろう。勇敢な英霊はそれだけ伝えるとまた消え去り、少しでも助力をと結界の中で獅子奮迅を演じる王の下へ戻っていった。

 

「ど、どうするんだよ! もう時間は無いぞ!」

 

 ウェイバーが如何ともしがたい空気から逃れるように声を荒げ、アイリスフィールやセイバー、そしてランサーを見回す。……魔王だけは、視界に入れられなかった。

 今まで見てきた、いつも余裕があったその姿からは信じられないような気を纏っていたから。戦闘時に見せた殺気だとか、怒気などではない、ナニか。恐ろしく強大で不気味な気配。ともすればあの海魔よりもこの魔王の方が危険なのではないかとすら思える底気味の悪さ。

 あれに触れてはならない――

 小心者のウェイバーだからこそ、その正解に辿り着いていた。

 

「主よ、どうか――」

「もういい」

「ぐッ――!?」

 

 歩き出した魔王に追い縋ったランサーが吹き飛んだ。彼女は何もしていない。手を動かしすらしていない。ただ纏った魔力がランサーの存在を許さないかのように押し返しただけ。それだけで英霊が弾き飛ばされ河原の砂利を跳ね上げた。

 

 あの英霊はどう言葉を交わしたとて槍を折るだろう。その事実だけでもう、この者を騎士として認めることはできない。

 

 ――また独り、何かを滅ぼす。

 エリスティンは砂利を踏みしめて河に近づき、間もなく出現するだろう汚物に激情をぶつけんと腕を開いた。

 

 最初からこうしていればとも思う。

 海魔など敵に在らず。

 しかしてアレは手を汚すにも能わないし、何より討伐を任せたのだ。認めた……そう、信頼していた(ヽヽヽヽヽヽ)騎士に。

 過去は変えられない。それは魔王も知るところ。だからこれはただの八つ当たりだ。かつてそうしていたように、気まぐれに、ただ暴虐を振り撒く魔王の行脚。避け得ぬ災害のような、ただそこにいるだけで滅びを与える呪われた力を振り翳す。

 

 巨大な海魔が顕れる。哀れなことに魔王の目の前に。奴もキャスターに召喚などされなければ今もどこかの世界で安寧を貪っていられただろうに。

 

「ええい、一体何を、――ッ!?」

 

 同時に飛び出してきたライダーが悪寒に全身を包まれて戦慄する。

 ――ここにいては死ぬ。

 確たる事実だけが理解できる。急ぎ鞭を放って逃避した。疲れを知らぬとされる神牛も繰り返した突撃に動きを鈍くしていたが、恐ろしい気配に気付いて猛然と走り出す。

 稲妻の散った下では、魔王がさながら深呼吸でもするかのように自然に、だが不条理なまでにマナを吸い上げて不気味な波動を放っていた。

 

S・ナモ渫ア(私は独り)――%キアxュムノ$Uラb?GSVcHロ黑(前に立てるは勇者だけ)

 

 ――しかし例え前に立とうとも、並ぶことは決して無い。

 

 つまるところ、彼女は。エリスティンは――寂しい。

 

「そうとも。いつも通りだ。ただ存在するだけで滅びを撒き散らす魔王に従者など要らぬ。

 だろう、化け物? 運が無かったな。……さあ滅べ」

 

 吸い上げ、練り上げて凝縮された魔力が迸る。周囲からは砂利も凍った河の欠片も散り散りになって消滅して魔王に呑み込まれていく。あらゆるモノを強引に力に変換し注ぎ込んで、開いた両手に在った漆黒のカタチをとる暴食の塊は、全てを覆い尽くさんばかりに膨れ上がる。しかし瞬間、消え去り無音が広がった。

 

「――――ッ!!」

 

 海魔に声帯は無い。口は有れどそこはモノを通過させるだけの穴に過ぎない。

 だが巨躯を誇る怪異は紛れもなく苦しみもがいて叫んでいた。

 自らよりも巨大な雷(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)に穿たれて。もはや巨大に過ぎて穿つというよりも圧し潰すといった方が近いだろうか。

 魔王の放った魔力は上空へと瞬転し、放った者の本質と同じく辺りにあった空気、物質、含まれていた魔力全てを飲み込み溶かしその威力の足しとして降りそそいだ。破天の怒りが冬夜の空気よりも冷たく、見る者を凍えさせる漆黒の稲妻となって。

 

 あまりの強大さに神々しさすら覚える御雷(みかづち)は、ほんの瞬きの間もなく降りそそぎ続いている。極大な(マイナス)の熱量が再生を許さず、したとしても即座に粉々に消し飛ばしてその身を滅ぼし続ける。

 やがてキャスターも消滅したのだろう、巨躯を誇っていた海魔はそのまま灰塵に帰した。河とその周辺の家屋ごと。

 

 未遠川は河の中腹に異常な深さを持つ歪な河川になってしまった。魔王のいる対岸側、その周辺に在ったはずの家々は黒雷の余波だけで吹き飛んでしまっている。

 

 その有り様を何ら思う様子すらなく、エリスティンは振り返った。

 背後にいた者たちは被害を免れていたけども、誰もが驚愕と恐怖を露わにして彼女を見つめている。

 いつも通りに(ヽヽヽヽヽヽ)

 

 渦を巻いた筆舌に尽くしがたい激情を放射し終えた魔王は泰然と歩み出す。

 腹いせ気味に行った『放射』は、真逆の起源をもつ彼女をしていささか消耗し、魔力障壁をも解いてある。

 闇に潜む者はそれに気付いていたのかどうか。定かでは無かったが、チャンスと見たのか魔王に一つの礫が襲い掛かった。音も無く、また殺気も無いただの金属の弾。ゆえにこそ察知できない暗闇の狙撃。

 

「……ふふ。折れずに立ち向かえ、人間ども」

 

 音速を越えて腹を穿った鈍色の鏃。それが銃とかいう殺傷兵器のものであると彼女は知っている。あの示威を以てしても、まだ向かって来る愚か者はいてくれる。それだけで幾分か気が晴れた。

 

「――エリスティン様!」

「触れるなランサー(ヽヽヽヽ)

「ッ!」

 

 飛来した攻撃に晒された主を慮ったディルムッドが駆け寄るが、魔王は素気(すげ)無く振り払った。

 「ランサー」。彼女はディルムッドを指す際、召喚してからこれまでそう呼んだことはなかった。いつだって真名で呼びつけていた。だが、もうその名は彼女の騎士ではない。

 暗に突き放された彼はしかし、それでも続く攻撃を警戒して後ろに着く。

 しかしあまり意味はない。魔王は銃で撃たれたが、そんなもので殺せているのならいまこんな所にはいない。穿たれた腹は血ではなく、ドス黒い何かが零れ出し、瞬時にその傷痕を覆い尽くした。

 それを目にしたウェイバーたちが慄く。回復したことにではなく、その黒いナニかの(おぞ)ましさに。まるで地獄から滲み出た血を凝縮したかのような――

 

「私に構うな。消えろ」

「しかし、我が主よ!」

 

 ディルムッドの呼びかけ虚しく、魔王はコートを翻して転移する。魔力のパスは通じている。だが彼は、どうしても追いかけることができずにいた。

 騎士道に殉じるべく臨んだ戦い。忠誠に生きるという望み。

 しかして騎士道を突き進むことが裏切りになってしまった。聖誓(ゲッシュ)による強制ではなく、己の中の秤にかけることによって。

 忠義に生きるなら、秤にかけてはいけなかった。主への誓いたる槍を手放すことを。それは、何かと比べることすら烏滸がましいのだ。騎士の本懐、捧げる名誉。最初からそんなもの主は望んではいなかった。

 当初は英雄らしい強欲さに彼女が上機嫌だったからこそ見誤った。

 

 ――()れは、英雄になりに来たのではないのに。

 

 主に悪をさせぬ? 敵を討つ? 確かに華々しい騎士の道。駆け抜けてみたい、栄光の道。

 だが、きっと主たる彼女はそんなことを望んではいなかった。気付けぬ自分に、そんな名誉が与えられていいはずがない。

 英雄ディルムッド・オディナは、英雄だからこそ、騎士にはなれなかった。

 

「…………」

 

 そんなランサーをセイバーが痛々しそうに見つめている。彼が自身を見誤ったことと、自分の存在が彼の騎士道に傷を付けてしまったことが居たたまれなくて。

 

「坊主、引き上げだ。ここは暗殺者(アサシン)よりも危険な鷹が目を光らせておる」

「あ、ああ……」

 

 ウェイバーは狙撃を警戒したライダーに連れられて去っていく。呆けているその顔は最後まで恐怖に怯えていた。

 

 ――斯くしてキャスター討伐は成った。

 しかし聖杯戦争がこれからどうなるのか、誰にも予測はできなかった。この先立ちはだかるのは何よりも恐ろしい、滅びの魔王。

 かの者を討つ勇者は果たして現れるのか。

 

 

 

 







セイバー「あれ、私の見せ場・・・」
エリス「おいしかったです^~^」

セイバー「左手・・・」
ランサー「おいしかったです^~^」



ちなみに正解ルート
「すみません倒せませんでした!」

「えぇ~もうしょうがないにゃぁ・・・」
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