fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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 魔王は思ったことがある。
 この身がヒトとして生まれてから魔王に成ったならば、親はそれを愛したのだろうかと。

 貪欲で、邪悪で、何かを滅ぼさずにはいられない、そんな目も当てられないモノに、親の愛をそそいだのだろうか。
 ……答えは出ない。
 もはや消化と云うには過分な吸収をして、無為の中に溶けて無くなった者たち。
 彼らの記憶はあれど、生きていたらなどと思いを馳せたところで過去は変わらない。


 何も変わらない。

 この身はいつも独りで待つ。
 永劫の時を座してひたすらに待つ。

 眼前に立つ敵を。
 決して肩を並べることのない宿敵を。

 期待に胸を膨らませて、諦念に心を軋ませて。


 生まれた意味を、ただ待っていた。






-魔王の騎士-

 

 

 教会の中で老神父は待ち続けていた。

 キャスターを討伐した者には令呪が与えられる。そういう取り決めで為された特例措置。思惑通りにいっていれば今頃は嬉々として遠坂時臣に譲っていたそれを、あまりにも強大な敵へ渡すことになった。暗澹たる思いが胸に渦巻く。

 しかし教会には誰も訪れない。

 報告によればキャスターを滅ぼした魔王は何処(いずこ)へかと消え去ったという。アサシンがもういない以上、璃正に、彼らに行方を知る術はない。だが、まあ。

 来ないのならそれに越したことはない。

 

 夜が明けて彼はまた狼煙を上げた。

 下手人の消滅を以て聖杯戦争を再開する。その宣言に耳を傾けたのは三つの気配。遠坂のものと、恐らくはアインツベルン、そして外来のライダーのマスターだろう。

 

「では各々、マスターとして誇りある戦いを」

 

 淡々と述べると使い魔たちもまた気配を断っていく。エリスティンとかいう女と、それに間桐のものらしき使い魔も来なかったようだ。

 あの騒ぎの中、バーサーカーのマスターを討てたのは僥倖だった。さすがは遠坂というところか。生死は確認していないらしいが間違いなく死んだだろうということ。一応戦闘は禁じてはいても、魔術の秘匿に必要であったならば致し方ないで済む。

 

「筋書き通りにはいかなかったが……今のところ問題はあるまい」

 

 何の気配もなくなった教会で独り呟く。それはどこか言い聞かせているようでもあった。

 キャスターの召喚した巨大な海魔。その討伐を単独で成し遂げた女。

 今では魔王という冠詞も適切に思える偉業に、璃正は慄いていた。

 

 だが何も心配することはない。密約を交わした遠坂の擁するサーヴァントもまた破格。アレが最初から本気を出してくれていれば、あの海魔も討伐せしめていたことだろう。ならば畏れることはない。結局のところ、英雄王に勝る者など存在しないのだから。

 

「ふう……」

 

 一番前の信徒席に腰を下ろす。昨夜の隠蔽処理はまだ済んでいないのだ。今も同僚たちは東奔西走している。纏め役たる彼の苦労も推して知るべし。

 ――やれやれ、この老骨にはいささか以上に堪えるようだ。早いところ終わらせて隠居したいものだな。

 壮健な肉体を持つ璃正だったが、昨日の狂宴のせいで年相応にまで老け込んでしまっていた。そこに穏やかな声がかけられる。

 

「――父上」

「……ん、綺礼か。どうした?」

 

 立ち上がろうにも気力が足りずにいた自分を制して近づいてくる息子。

 綺礼は父の隣に腰を掛けると、労わるようにその肩に手をやった。

 

「昨夜の処理の難しさは私にも伝わっています。何か手伝えることが有ればと」

 

 なんと出来た息子だろうか。妻を喪い、気落ちしていることもあって心配していたが、彼ならばこの身が没してもこの先何も心配することはないだろう。

 疲れ切った璃正が、自分の有り様を顧みて遺言を残すことを決意したとして、誰がそれを咎められるだろうか。

 

「なぁ、綺礼。お前は私と同じ第八秘蹟会に籍を置く身だ。きっとこの先も魔術協会と深い関わりを持つことになるだろう。

 この老骨は先も短い。今のうちに、お前に教えておくことがある」

 

 その遺言こそが、彼の身に終焉を齎すことになろうとも――

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 あの狂宴からまた一日が過ぎ、聖杯戦争が再開されても何も起きることなく夜が来た。静謐な教会の中、月明かりと僅かな蝋燭の灯火だけが彼らを照らしている。

 遠坂時臣、言峰綺礼。

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。久宇舞弥。

 そして彼らの擁するサーヴァント、ギルガメッシュとアルトリア。

 

 監督役の言峰璃正の急死の報せを聞いて、時臣は狼狽した。

 なぜそんなことに? あってはならないことだ。彼が、璃正神父が亡くなるなど。

 時臣にとって璃正とは父の朋友であり、自身の後見人でもあった。相反する組織に身を置いておきながら実父のように接して語り合ったことも少なくない。そんな存在を喪ったとあれば悲しみと疑惑に塗れるのも当然のことと言える。

 

 誰がやった?

 綺礼によれば他殺であるという。監督役を殺める意味があるというのか? それはさておいても疑惑の矛先は二つに絞られる。

 一つは魔王。

 彼女はキャスターを討った。ならば褒賞として令呪を受け取りにここへ来たであろう。だがやはり璃正を殺める理由はない。そもそもアレがどういう思考をしているのかも定かではない。ゆえに容疑に留まる。

 もう一つは、アインツベルン。

 目の前の彼女らが子飼いにしている魔術師殺し、奴ならば令呪が魔王に渡されるのを阻止すべく監督役を殺したとしても何ら不思議ではない。あの強大な魔王よりも、ずっとそれらしい。秤にかけるならばややこちらが傾くだろう。

 

「まずは礼を述べさせてもらおう。私の招待を受けてくれたということは、貴女たちも今の状況を良くは思っていないのだろう?」

 

 だからこその、同盟の提案。

 残るサーヴァントは恐らく四騎。その内の二つが外様ならば、御三家のうち遠坂とアインツベルンが組んでもおかしくはない。協力して二人の外来魔術師、特に危険なあの魔王を、ランサーのマスターを討つ。

 しかしその真意は違う。

 

 協力を得てアレとぶつかれば容疑者の片方は消える。異常な能力を持つ魔王と戦えば最優のクラスたるセイバーも無事では済むまい。そしてアインツベルンと違い、こちらが擁するは最強の英霊。間違っても敗退することはないだろう。

 そうでなくとも、アレは脅威に過ぎる。巨躯を誇った怪物をたった一人の魔術師が討ち滅ぼしたのだ。名家遠坂を以ても面と向かって相対することを拒否したくなるほどの恐懼。時臣は正直に述べるなら、同盟の真の目的よりも仮初の在り方でそのままランサーのマスターを討てることを望んでいた。

 

「此度の聖杯戦争も後半に差し掛かりつつある。互いに擁するサーヴァントは信に値するところであろうが、それでも脅威をその目で見ただろう。

 ランサーのマスター。外様にして強力すぎる魔術師を、我ら御三家のうち二家が同盟を組んで討ちたいと存ずるのだが、如何に」

 

 勿体ぶった言いように、相対したアイリスフィールも普段の淑女然とした雰囲気を隠し、女帝もかくやと評して過言ではない貫録で以て返す。

 

「我らの統べるサーヴァントこそ最強なれば、姑息な機を狙う必要もなく。同盟など、笑止千万」

「――ほう?」

 

 アレを見てなお恐れるに足らぬと? 時臣は目の前のホムンクルスに瞠目したその視線で尋ねた。現状の把握もできぬようであっては、さしものアインツベルンのホムンクルス鋳造の腕も衰えたと苦言を呈さずにはおれない。

 侮蔑も込められたその視線を真っ向から受けても、アイリスフィールは毅然と口上の続きを述べた。

 

「元よりランサーはセイバーに呪いを刻み込んだ者。優先的に排除するのは当然。例え解呪成らずとも、争うのであれば我らは全面的に抗する。が、いくつかの約定を設けるのならば、トオサカを後回しにしても良いでしょう」

 

 マスターではなくサーヴァントの方に遺恨がある、か。確かに二騎の英霊は決闘の約束を交わしていたらしい。それにはマスターの方も賛同していたとか。つまり彼らは同盟を組むより単独で挑んだ方が安全なのだろう。そして、条件次第での休戦協定。頷ける判断である。

 得心した時臣はその先を促した。

 

「ふむ、なるほど。それで、約定とは?」

「一つはランサーと決するまでこちらに剣を向けぬこと。他の陣営にも邪魔させないのであれば、かの者は必ず討ち果たせるでしょう」

 

 アインツベルンの陣営も、遠坂と同じようにランサーのマスターに対して多大な警戒をしている。しかし彼女たちは同盟を拒んだ。それはセイバーとランサーが、互いに一対一で競い合うと決めたことから来ている。

 無論左手を封じられていて、有利な戦いとはいかないだろうが、それでもマスターを巻き込んだ戦争よりは決闘の方が勝機があると見たのだ。そして、ただ愚直なまでに挑むわけもない。

 ランサーはこちらで引き受ける、代わりに他をどうにかしておけ。

 つまるところ、そういうことだ。危険なのは何もランサーだけではない。ランクにしてEXを誇る宝具を持つ征服王も、無視するには強大過ぎる。謎の黒き狂戦士も存命しているかは不明だが、やはり楽観視はできない。

 アイリスフィールたちはランサーとの決着をできる限り引き延ばし、その間に他のサーヴァントの処理を遠坂に押し付けようとしているのだ。セイバーは不服を申し立てたがこれも戦略とどうにか納得してもらった。

 引き延ばしている間も魔王対策は進める。あれは異常な力を持っている。しかしてこちらには魔術回路が強大であればあるほど必殺に近づく礼装がある。外界から来た存在に回路なぞあるのか、それが唯一の懸念でもあったが。

 

「……いいだろう」

 

 熟考していた時臣はその提案を承諾した。

 手を出すな。言われるまでもないことだ。ステータスが少々どころではなく尋常でないあの英霊だが、それでも槍兵。いきなり街を吹き飛ばすような宝具も持ってはいない。マスターさえ大人しくしていれば然して怖くもないのである。そう、誰も好き好んで火薬庫に火の着いた手を突っ込んだりはしない。

 ライダーについても問題はないだろう。ギルガメッシュはあの征服王にある程度の格を認めたらしい。王の敵に能うと認めたのだ。ならば今こそ勤めを果たしてもらうだけ。

 

「二つ目は……言峰綺礼をこの聖杯戦争から排除すること」

「――何?」

 

 一瞬、時臣は家訓のことも忘れて呆けてしまう。

 なぜ――綺礼の名が出てくる? 彼は確かにアサシンを暗躍させていた。それはあの"宴会"でも明らかになったこと。敵対していたはずの弟子としてここに置いても、それは終わったことだからというだけ。もうサーヴァントもいない。マスターですらない。なのになぜ、アインツベルンは綺礼の排除などを……?

 振り返って見ても綺礼は瞑目するまま何も言わない。暗に遺恨があると言われてなお、口を噤んでいる。つまりはそれが事実だということだろう。

 

「……アインツベルンと何が有ったかは知らないが……了承しよう」

 

 しかしまぁ、彼はもう勤めを果たした。最初から最後まで遠坂家へ奉じてくれたのだ。その身は監督役の後任なれど、引継ぎも完全に済んでない今ならば他に回しても構わないはずだ。

 時臣は仕事を終えた綺礼に休暇を出すような軽々しさでアイリスフィールの条件を飲んだ。後ろに佇む神父と、黄金のサーヴァントの胸懐(きょうかい)したものに何も気づかぬまま。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 人どころか生物の気配すらない廃工場で、魔王は黙していた。

 胸の内に在るのは持て余した感情。永きに渡る孤独の間、ふと抱くこともなかった謎の激情。

 ――なぜ私は騎士を失うことにあんなにも落胆した?

 その身はもう、寂しさも悔恨も感じ取る器官がない。こともあろうか嫉妬など、魔王の中に言葉では存在していても、実感したことなどなかったのだ。だが今も何かが胸で燻っている。聖杯戦争が再開されたというのに、彼女はどうしてか腰を上げる気にはなれなかった。

 

「……我が主よ」

「主ではない」

 

 そんなエリスティンの前でずっと跪いたまま、ランサーが幾度目かの申し上げをした。すげなく袖振られてもその場から動かず、つむじだけを見せている。

 ディルムッドはあれからパスを通じて見付けたエリスにずっとついて回り、謝罪と再度の忠誠を誓い続けているが未だそれは果たされていない。よくできた氷の彫像のように微動だにせず虚空を眺めつづける彼女に跪き、時折声をかけては袖にされているのだった。

 そんな槍兵を見る度に魔王の中で言葉に表せないモノが首を(もた)げる。ゆえに虚空だけを眺めつづけて、一日が過ぎ去ろうとしていた。

 

「はぁ……」

「如何されましたか」

 

 ため息をついただけでこれだ。一拍の間もなく返すこの騎士が、己を魔王ではない何かにしようとしてくる。

 それがどうしようもなく鬱陶しくて、彼女はランサーを追い払うことにした。

 

「タイヤキ」

「は、……は?」

「タイヤキが喰いたい。持ち寄れば話の一つも聞いてやろう」

「――畏まりました、直ちに!」

 

 どうでもいい使い走り。英霊にしてそんな扱いを受ければ激怒してもおかしくはないのに、ランサーは途端喜色満面になったかと思うと霊体化して新都の方へと姿を消した。

 もう既に夜が更けて長く。こんな時間にたい焼きなど売っているはずもない。ましてや彼は金銭など持ってはいないのだ。普通に考えれば体のいい謝絶だと気付くものだが、果たしてランサーはどうするのか。

 

「やれやれ、どうしたものかな……」

 

 独り言が虚しく響き渡る。この世界に来てからずっと驚喜の連続で迷うことなど無かったというのに。

 まずは、英雄王を打ち倒す。その次にようやくメインディッシュたる征服王と相対する。

 胸躍るはずのそれらも今は気が乗らない。かつての城でそうしていた姿のまま、エリスティンは思案に耽っていた。

 

「――ただいま戻りました、エリスティン様!」

「……は?」

 

 そこに、使いに走ってからまだ十分と経っていないはずのランサーが再び現れる。その手に持っている物があったからこそ実体化したまま、廃工場に転がり込む勢いで。

 

「タイヤキにございます!」

「あ、う、うむ。……どのようにして手に入れた」

 

 魔王がこれほどに狼狽したのは何千年ぶりだろうか。記憶にさえ無いへどもどした自分の有り様に余計に混乱する。

 この男はまさしく身一つで飛び出した。持つ物は無い。迷いも無く、間違いなく、飛び出した。なのになぜその手に魚の形をした饅頭を持っている? こんな夜更けに店が開いているわけがないことは、余所者の魔王でだって知っている。

 しかして、ランサーは二つ名とは違う意味で顔を輝かせた。

 

「譲り受けました」

「……何者に」

「道行く婦女に魔貌を以て譲っていただきました」

「……然様か」

 

 なんだ、それは。英雄のやることか。

 こともあろうにこの英雄は魅惑の黒子を以てして善良な婦女子からタイヤキを巻き上げたという。騎士道というモノを踏みにじるような、恐喝、或いは結婚詐欺染みた行為。そうしてまで、話がしたいというのか。

 

「英雄が聞いて呆れるな?」

「この身は、魔王様(ヽヽヽ)の騎士で在れば」

「――――はっ」

 

 失笑してしまった。この男はまだ騎士であるという。だが……悪を為した。魔王の騎士で在れば、悪逆の王の(しもべ)であればこそ、と初めて主を「魔王」と呼んだ。なんて馬鹿馬鹿しい。考えが足りないにもほどがある。しかし――面白い。

 

「たわけが。魔王の行いがそんな卑俗であってたまるか。奪うなら村を踏み潰せ。足りぬなら国を踏み躙れ。一切合財を灰塵に帰してこそ星崩の魔王の徒よ」

 

 誇れるはずもない非道の(いただき)。そんな存在であってもエリスティンには矜持がある。

 勇者が脆弱であっていいはずがないように、魔王も巨悪でなければならないのだ。何かを手にするなら人々の命ごと奪い、何かが気に入らなければ草木も生えぬほど滅ぼし尽くさねばならぬ。女子供からタイヤキを奪うなんてちんけなそれが、魔王の騎士の行いであってたまるものか。

 

「申し訳ありません」

 

 騎士は深く項垂れた。悪を為したことにではなく、まだ足りぬ、と。

 ランサーは――ディルムッドは、もはや己には英雄の誇りなど要らなかった。騎士道に懸けて戦場を馳せる。そう願っていたつもりだった。だが、騎士道と主への忠誠、それは似ているようでそうではなかったのだ。生前も学んだはずのこと、しかしどうしても直視できなかったこと。

 確かに両立はできよう。主が騎士でさえあったなら、同じ(こころざし)、同じ在り方で誉れも高い騎士の道を征けただろう。なれどディルムッドは認めたのだ。魔王を主として、それに忠誠を誓った。その時点で己の身を騎士とするならば、あの時誓ったようにこの身は盾であり、刃でしかないのだ。

 諫めもしよう。忠言も呈するだろう。しかし全ては、魔王様のため。

 

「ついて参れ、遣り方を見せてやる。あの常世の王を以て、魔王の滅びの歩みをな」

 

 そうして彼は再び認められた。魔王の後ろに続く、悪の道に。

 

「――畏まりました!」

 

 斯くしてようやく魔王は腰を上げる。胸の内には無名の何かが転がっているけども、もうどうでもいい。それはやはり、取るに足らぬ些事である。まずはこの阿呆に見せてやらねばならない。魔王とはどんなモノであるかを。

 そうして初めて、この男は騎士となる。魔王の騎士。悪逆にして絶対たる存在に忠誠を誓う底なしの大莫迦者に。

 

 エリスティンは嗤い、夜空に飛び立った。

 美しく光り輝く世界の王を探して。

 

 

 

 

「……居らんな」

「……そうですね」

 

 丘の上にあるというトオサカの家を目指し一直線に飛んできた二人だったが、果たしてそこは無人の屋敷になっていた。

 魔王行脚を見せてやると息巻いておいて正面から「たのもう」とインターフォンを押す姿はなかなかに珍妙であった。あれだけ巨悪であれと嘯きはしたが、結局聖杯戦争を続けるためには街ごと吹き飛ばすのは憚られるのだ。なんとも恰好がつかない話である。

 しかしそれをおいてもあの黄金のサーヴァントが挑戦を跳ねのけるわけがない。つまりは本当にここにはいないのだ。

 

「如何致しますか?」

「はぁ……(ソラ)の果ての火の球は私でも滅ぼせるかどうか。致し方あるまい、持ち越すとしよう」

「御意のままに」

 

 滅ぼせるか否かを己の中で問うのもおかしいのだが、ともかくとして魔王とその騎士は去った。白み始めた空を忌々しく睨みつけながら。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 陰謀渦巻く聖杯戦争。ランサーのマスターを中心として蜷局(とぐろ)を巻いたソレは、凍てつき眠る蛇の様相を呈し始めていると思われた。

 だが、一組の思惑によって――物語は終幕へとうねり出す。

 

「ライダーが……!?」

 

 遠坂と停戦の協定を結んだアインツベルンの陣営は、ランサーたちの動向を把握しようとしていた。かの者たちとの決着をつけないことには他の陣営とは矛を交えないとして戦略を立てていたのだ。

 セイバーは気が乗らなかったが、これは戦争。決闘は戦ではあるものの、最終的な勝利はその決闘で得られるものではないと理解して承諾した。

 彼女自身は真正面からランサーを討つつもりであるが、マスターの方はいずれかの手段で魔王を仕留める腹である。

 しかしてどちらにしろ、まずはランサーたちの所在を掴まねば話は進まない。もしいきなり攻め込まれでもしたら時間稼ぎのための協定も意味を為さないのだから。そうしてセイバーは行方の知れぬ魔王たちを探して尖兵の役割を買って出たのである。

 アイリスフィールは新たな拠点に移し、安全を確保したそこで休ませている。聖杯の器だという彼女は二騎の英霊の魂をその身に宿し、歩けないほどではないが変調を来しているために同行していない。ゆえにセイバーは一人街を飛び交っていたのだった。

 

 そこへ突如として魔力の奔流が彼女を飲み込み、気付けば元の拠点にその身を置いていた。

 混乱もしたが彼女も歴戦の猛者。荒れ果てた土蔵を見れば新たな居住地を敵に襲撃されたと理解するまで数秒もかからなかった。倒れていた瀕死の仲間、舞弥が言うにはライダーが攻め込んできたという。

 あの征服王が……?

 相容れぬ間柄ではあったが、セイバーにはかの王がそういった行いをするとは思えなかった。史実ではダレイオス王の身内を人質に取ったこともあるとされていても、イスカンダルはその者たちに敬意を以て遇したらしい。今のこの、舞弥に致命傷を負わせアイリスフィールを攫うというのは、どうにも納得のいかぬ状況だ。

 だが現実に、舞弥は息も絶え絶えながらアイリスフィールの救助をセイバーに嘆願している。放置されれば自らも死ぬという危機において責務に殉じる彼女の姿は、セイバーをして騎士のものであると称賛に価した。

 ならばその言、信ずるに能う。

 

「分かりました、マイヤ。アイリスフィールは私が必ず」

 

 短く放った誓いに弱々しい笑みを見せた舞弥を背に、セイバーは飛び出した。

 あの惨状からはまだそう時間は経っていないはず。恐らくだが令呪を用いた空間転移によって喚ばれたのなら、まさしく瞬間移動と評しても過言ではない。危機を感じ取ったマスターがそうやってサーヴァントを差し向けたのだから、如何なライダーであろうともその姿は肉眼でも捉えられる距離にいるはずだ。

 

「ッ、本当に……!」

 

 果たしてライダーはそこにいた。やや距離のある建物の上でアイリスフィールを抱え、セイバーに誘いをかけるように視線を飛ばしていた。追って来ると見るや朱色のマントを翻して建物の合間にその姿をくらます。

 

「ならば!」

 

 セイバーは荒れ果てた拠点に置いてあった"騎馬"に跨り、嘶きよりも遥かに獰猛な爆音を轟かせ矢のように飛び出した。マスターに与えられたバイクという鉄騎。騎乗スキルをこれ以上ない程に活かす新たな力。このような形で使うことを、あのマスターは見越していたのだろうか。だとすれば先見の明は確かだと思わざるを得ない。例えその在り方が理解できないとしても。

 残像が掻き消えるように過ぎていく街を尻目に、騎士王は姫を救出すべくアクセルを握り込んだ。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 暗く昏い地下水道。その最奥たる貯水槽に、言峰綺礼は座していた。

 目の前には夕暮れに攫ってきた女が死に絶えて伏せている。セイバー陣営はライダーに拉致されたものと思って未だあの征服王を追いまわしていることだろう。なんとも滑稽なその姿を思うとにやける頬を戻せない。

 綺礼は御三家が一人、間桐雁夜に取り入りバーサーカーを令呪で使役させることによってアイリスフィールを(かどわか)せたのだ。綺礼以外には意味を見出せない無駄な行いも、父から奪った数多の令呪を与えると言って従わせた。

 

 あの教会で璃正の遺言めいた言葉を聞いた時、綺礼は無意識の内に好機だと悟った。悟ってしまった。

 父を殺してもなお――否、殺すことでより(ヽヽ)、己の中に渦巻く問いの答えに近づける気がした。意識的に忌避していた行いだったとして、目の前に求めていたモノの片鱗をぶら下げられた綺礼は反射的に行動を起こしてしまったのだ。が、果たしてそれは正解だった。

 父を殺し、令呪を奪い、雁夜を操って主催した喜劇。師匠たる時臣すら裏切り謀殺したそれは無味に感じていたワインの味すら素晴らしい滋味へ昇華させるものであったのだ。

 その様を隣で見ていた英雄王が云う。お前も愉悦の何たるかを理解し始めたようだな。

 ……愉悦。あれが? 人の死と蹂躙された尊厳の上に成り立ったアレが。

 何故か胸の内にストンと落ちる言葉であったが、綺礼はそれを良しとはしなかった。

 まだ、足りない。答えに行きつくまでにはとうてい足り得ない。

 もう鼓動もない亡骸となった女に視線をやる。この聖杯戦争に臨むことになってから執着し続けていた男に連なる存在だったが、こちらはもう済んだ(ヽヽヽ)

 自分を理解していると思っていた仇敵は、その実何も解ってくれてはいなかった。

 あれは、あの男は、何一つ答えなど持ってはいなかった。自身に似て空虚な経歴を持っていたのは、子どもの戯言のような願いを切望していたがゆえの空回り。なんだそれは。そんな奴がこの渇望を理解しているはずもない。なんと腹立たしいことか。

 この怒りを鎮めるにはどうすれば最も効果的だろう。――目の前で奴の希望たる聖杯を叩き壊す。……面白い。そうしたら、奴はどんな顔をするのか。考えただけで胸が躍る。

 

 歪んでいると自覚しながら、やはり愉悦とはそういうモノなのかと認識した。では最後に残ったこの疑問は何か。

 

 魔王。

 

 何故か惹かれる思いで見ていた彼女に、綺礼は新たに得た"公式"を組み込んで問い直してみる。

 

 魔王。

 

 アレが齎すモノを、見てみたい――――

 暴虐の上に成った悪逆の王。それがもし聖杯を獲ったのなら、この世界はきっと。

 しかしあの男の目の前で破壊するという愉しみも捨て難い。

 

 言峰綺礼は聖杯に最も近いところに身を置きながら、その行方を決める天秤の動きに酔いしれていた。

 

 

 

 







時臣はバーサーカーの存命をどうやって知ったんだろ。霊器盤は召喚しか感知しませんよね?
まあ死んだしいっか!


\ステータスが更新されました/
ディルムッド・オディナ
属性:秩序・中庸 → 属性:混沌・中庸
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