fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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 蠢く。揺らめく。
 その身に堕とされた生命(いのち)たちが、疾く死ねと願っている。死にたいと呪っている。

 湧き上がる怨念を確たる意志で押さえつけて魔王は嗤う。


 ――もう直ぐ叶うさ。


 奪い尽くしたその生命、無為に在っても無駄になんてさせやしない。
 何より呪ったのはオマエタチ。
 最期まで付き合う義務があろう。

 斯く在れ。斯く死ね。
 ならばそれが叶うまで、魔王の行脚を見届けよ。


 そう、誰もが望んだ(ヽヽヽヽヽヽ)勇者をともに待つ。
 永劫の果て、夢の果てへ至るその時を、この魔王(イノチ)は座して待つ。





-覇軍の王-

 

 

 ウェイバーは朱色の大きな背中を見ながら歩いていた。比して小さな身に不安を抱えながら。

 聖杯戦争、残るサーヴァントは五騎。バーサーカーはキャスター討伐の折りにアーチャーに吹き飛ばされていたが、あれだけで消滅していると考えるのは楽観にもほどがある。セイバーは片手、つまり宝具を封じられているらしく討ち取るにはチャンスであっても、ライダーはそれを良しとはしなかった。

 剣の英霊に街中でいきなりを得物を向けられたのには心底驚いた。がしかし、驚いたように目を瞠るとすぐさま引き返していったのである。一体全体何の用だったのだろうか。追おうにもライダーは「勝利を掠め取る真似はできない」として見逃し、こうして誰が放ったかも解らない誘いに真っ直ぐに向かっている。

 

「なぁ、こっから先どうなると思う?」

 

 焦燥の募る戦局に、ウェイバーは前を歩く巨漢のサーヴァントに質問を飛ばした。

 イスカンダルは軍略家である。本来ならこうして真っ直ぐにぶつかることが彼の本質ではないことは知っている。そんな彼がこうも迷いなく歩みを進めるのだから、何かしらの考えがあると思ったのだ。

 

「あの狼煙、恐らくはアーチャーの奴が放ったものであろう」

 

 低い声をいつになく厳かに放って、ライダーは己のマスターに振り返った。

 

「こんな状況で誰彼構わず相手取れるのはあの英雄王の他には余か魔王くらいだ。だが魔王はまず、セイバーかアーチャーを討つはず。そしてセイバーは我らの元へ来た後、何処(いずこ)へかと消え去った。

 つまり、これから向かう先には魔王か英雄王、勝ち残ったどちらかが待ち構えているはずだ」

 

 そのどちらかならば、何の気兼ねも無く矛を交えることができる。

 そこまで言ってニッと歯を見せて、いつものような飄々とした雰囲気を纏った。

 

「どちらが勝ち残っていても、本来ならば慎重を重ねて相対すべきなんだろうよ。だがなぁ、余は王として、征服王たる姿を見せつけねばならん。だからこそこうして、真っ直ぐ向かっておる」

 

 英雄王が相手ならば譲れぬ王として。魔王が相手ならば奴の新たな王として。

 征服王イスカンダルの覇道を示さなければならないのだ。それは確実な勝利よりも大事なこと。己が己として在るためには、決して譲れない道のり。

 ウェイバーも諦めたように大きな背に続いた。

 なんて無謀。だが、それこそが征服王。この身が震えるのも、きっと武者震いに違いない。

 同じ途方もない夢を描く矮小(ヽヽ)なサーヴァントを、ウェイバーは信じていた。

 

 実は彼はキャスター討伐戦の次の日に、思い切って己のサーヴァントに胸の内をぶちまけていた。

 あの聖杯モンジャ、もとい大叫喚もあって吹っ切れていたウェイバーは、魔王のあの姿と異常な力に恐れ戦き、イスカンダルに不安を零したのだ。

 ――あれに、あんなのに勝てるのか。オマエだけならともかく、こんなマスターを引き連れた状態で。

 恥ずかしげもなく誇りも何もかも投げ捨てて縋りついた少年に、征服王は豪気に笑って見せた。

 ――余一人なら無理だ。大勢の臣下に支えられてやっと互角かもしれん。だがな、我ら(ヽヽ)には新たな朋友(とも)がついておる。戦場をともに馳せた、小さな大莫迦者がな。

 お前のせいで、じゃない。お前のおかげで、勝てるのだ。そんな風に言われて、胸が熱くならない男がいるわけがない。ウェイバーは悩みも不安も抱えたまま、己のサーヴァントの言葉に頷いた。

 まだ、この先の道は分からない。本当なら周到な策と準備を用いた方がいいのかもしれない。けれどもこれから"やり方"を魅せてもらうのだ。ならば描こうじゃないか。大きな夢ってヤツを。

 だからこそこうして、彼は小さな身体に恐れも期待も携えて、おっかなびっくり大きな背中に続いている。

 

 やがて大きな橋に着くと、傾きかけたその道のど真ん中に黒い影が座していた。

 

「――魔王、か」

 

 ライダーが妖艶な笑みを浮かべる女を認めて顎に手をやった。

 辺りは見るまでもなく戦闘の痕跡が残っている。まず間違いなくここで誰かが戦い、魔王に敗れたのだ。そしてそれは恐らく――

 

「英雄王はどうした?」

「喰った」

 

 戦禍を刻んだであろう黄金のサーヴァントについて尋ねると、魔王はあっけらかんと答えた。

 その身は、無傷。如何な回復力を見せたとてあの英雄王を相手にここまで消耗がないとは思えなかったが、目の前の女が嘘を言っているようにも思えない。だが、まぁ。

 これからやることは、何も変わらない。

 ライダーは「そうか」と頷くと、魔王に向かって真っすぐに歩み寄る。ウェイバーも恐々としながら騎士を侍らせた敵マスターの前まで、大きな背中に隠れるようにして近づいた。

 

「ようやく来たな、勇者よ」

「ふん……余はそんなものに興味はないのだがな」

 

 嬉しそうに笑顔で迎えた魔王に、ライダーは鼻を鳴らす。

 だが彼が目の前の女を勝手に王と呼んだように、彼女もライダーのことを勝手に勇者と呼ぶのである。それは、その在り方であるからこそ。

 (おもむろ)に立ち上がった魔王は手を伸ばせば触れるくらいの距離まで近づいて顔を上げ、巨漢のイスカンダルを見つめた。

 

「まだ私が欲しいのか?」

「無論。その力、持て余しているのなら余が存分に使い倒してやるわい」

「くく……そうか」

 

 隠すことなく歓びを表して、魔王はイスカンダルの手を取った。

 (いわお)のようなその手を、やおら自身の豊満な左胸に押し当てる。

 

「私の心臓は此処に在る……。勇者よ、抉り出せば貴様の勝ちだ」

「そうかい。では愉しみに待っておけ」

「ふふ、待ちきれないよ。早くしないと高鳴りすぎて飛び出そうだ」

 

 言った通り、手のひらから感じられる鼓動は感激に打ちひしがれている。ライダーは苦笑して手を離すと、距離を取って自慢の戦車を喚び出した。ウェイバーをちらりと見ると何を言わずとも小さな背でよいこらとよじ登っている。

 もはや言葉を交わすまでも無く彼らは通じ合っていた。彼方を目指す大莫迦同士、(はる)かを見渡す御者台に登ったのだ。

 

「征くぞ、ウェイバー・ベルベット」

「ああ。新参者に、"やり方"ってのを見せてくれよ」

 

 ニィと獰猛に笑って、新たな門出を祝う。

 征服王は朋友(とも)の小さな手に背中を押されるのを確かに感じた。

 

「集えよ我が同胞! 今宵我らは、次なる伝説へと走り出す!」

 

 轟々とした大音声に応えるように、熱砂が吹き荒れ橋の上全てを覆い尽くす。

 ひと際大きな風が巻き上がると、そこは蒼穹に見下ろされた果て無き大地へと変貌した。どこまでも蒼く、どこまでも熱く、彼らが駆け抜けた心の風景。そして、これから駆け抜ける伝説の始まりだ。

 参集する無双の英傑。やはり誰も彼もが笑っている。そうだ、肉体の滅びなど何の終焉でもない。何度だって始められる。王が目指すのなら、その姿が心に在る彼らもその先をずっと見続ける。

 

「敵は魔王、天魔波旬(てんまはじゅん)も恐れる大魔王! だが我らが真に英雄であるならば恐れてはならぬ! 避けてはならぬ!

 今こそ外界の覇者に、我らの覇道を示そうぞ!」

『ウオオオォォオオオオオ!!』

 

 王の檄に臣下も剣を掲げ、地を踏み鳴らす。

 心気充実、意気軒昂。

 敵が何であれ、誰であれ、全てを蹂躙し征服するのだ。

 

AAAALaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララライッ)!』

 

 鬨の声を張り上げて、今こそ覇道を走り出す。

 

 

 

 

 熱風が頬を撫ぜ、内なる心に火が着いたのをエリスティンは感じていた。

 何度見ても素晴らしい。いつかの世界で徴集された無様な寄せ集めなどではなく、視界全てを埋め尽くす本物の勇者たちの姿。応えるには、己もまた魔王らしい魔王として迎え撃たねばならない。

 

「魔王様、如何致しますか」

「見届けていろ」

 

 万軍を前にしても畏れることなくディルムッドが指示を仰ぐ。しかし魔王は何もするなと言いつけて悠然と椅子に座っているのみだ。

 どうするのか――

 ディルムッドが主から視線を切って『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』に目を遣ろうとし――自分がいる場所が変容していることに気が付いた。

 

 無骨な石造りの大広間。広い空間に祭壇のような玉座が在り魔王が座す。そこから紅い絨毯が敷かれ、その先の大扉を越えた向こう、石柱に支えられてやや低い視界に果ての無い砂漠が覗いていた。

 ――城の中にいる。

 ディルムッドは辺りを見回し、ようやく悟った。

 これが、主エリスティンの、原風景――?

 

 『切望の魔王城(エリスティーン キャッセリオ)』。

 それはかつての世界で永劫の時をエリスティンが座していた城。地の果て、魔界の最奥に佇む滅びの尖塔。彼女の魔力で編まれたそれは、人々が想像して押し付けた「魔王の住処(すみか)」のカタチをとる。華美さなど微塵もない、禍々しくおどろおどろしく、邪悪な気配を漂わせて一人の女を閉じ込めた呪いの牢獄。

 

出し惜しみ(ヽヽヽヽヽ)は、無しだ」

 

 呟くと同時、足元から黒いモノが溢れだして魔王城に染み渡った。それは迫りくる軍勢へ向け、城の正面の扉という扉、窓という窓から堤の決壊のように迸って熱砂の地に零れ落ちる。

 『奪い取る』ことが起源のエリスティンにして、勇者を迎え撃つに相応しい、総てを『出し尽くす』禁断の最秘奥。

 血のように零れた黒い影は、いつか魔王に貪られたイキモノたちを(かたど)って立ち上がった。

 

 戦士が呻く。かつて魔王に挑み殺された哀れな男。

 吸血鬼が起き上がる。魔王の名は譲れぬと襲いかかってきた勇敢な化け物。

 (ドラゴン)が咆哮する。あらゆる生物の頂点に立つのだからと気まぐれに殺した可哀想な獲物。

 

 一体一体は『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』とは比べもつかないくらいに脆弱だ。エリスティンの魔力を核に、記憶が皮を被っているに過ぎないそれらはただの人間ならばともかく、勇者を相手にできるほどの能力は持ち得ない。

 

 だが――

 魔王は永い時を座していた。百を超え、千を超えて在り続けた。その間、ヒトも他の生物もただ衰退したわけではない。繁殖し、次へと希望を繋いでいったのだ。それごと呑み込んだ魔王の胎には全てが渦巻いている。

 億を超える兵士が。千を超える化け物が。(うごめ)(ひし)めき飢えに喘いでいた。

 彼らこそ、座すだけの魔王にして世界を滅ぼした飢餓の顕現。あらゆるモノを呑み込む消化液。

 今こそ魔王は全てを出し切り勇者と相対するのだ。

 

 自分以外(ヽヽヽヽ)を吐きだしたエリスティンは真っ白な姿に戻って嗤う。

 

「さぁ、()を殺し尽くしてみせろ、勇者よ」

 

 

 

「なんだ……アレ」

 

 突如として砂漠に現れた禍々しい城を見やりウェイバーが慄く。

 しかしあの城自体には何ら効果もない。警戒すべきは、そこから漏れ出したナニか。黒く(おぞ)ましい気配が実体をもって溢れ出る。

 

「ぬう!?」

 

 ライダーは敵が展開した"攻撃"を目に捉え、臣下たちへ命令を下した。

 

重装歩兵(ペゼタイロイ)、前へ!」

Ναί(ネイ)!!』

 

 戦車の速度を落とした大王を追い抜き、鏃型陣形だった軍勢から重厚な盾を持った兵士が前に出る。幾重にも連なり盾を並べ、六メートル弱もある長槍(サリッサ)を隙間から突き出し迫りくる敵に備えた。横陣隊列(マケドニアン ファランクス)――全身を精悍な鎧で覆い、巨大な盾を備えたマケドニア屈指の精鋭はどんな相手だろうと揺るぐことはない。

 

「敵は統率のない軍勢、怯むなよ! 軽装歩兵(ペルタスタイ)は射掛けつつ抜けてきた者を囲め!」

ωυ(ウイ)!!』

 

 補佐するように展開した軽装兵は近衛として控え、その守りを完璧にする。そして重装騎兵(ヘタイロイ)が相手に突撃して敵へ大打撃を与えるのだ。これぞ鉄床戦術(かなとこせんじゅつ)。そうやって自分たちの五倍に迫ろうかというペルシア軍さえも打ち破ったのである。

 イスカンダルは唯一空を駆ける戦車を活かして補強に回る。

 

AAAALaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララライッ)!!」

 

 敵の軍勢は統率どころか足並みすら揃えていない。動きの速いモノから液体の雫のように向かってきた。空を飛ぶ(ドラゴン)の影を轢き潰し、地上ではギリギリ兵隊の(てい)を為しているヒトガタの影が戦列にぶち当たる。

 

AAAALaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララライッ)!!!』

 

 王と同じ鬨を叫びながら、臣下も力を揮って敵を薙ぎ払う。万を超える軍勢が影を一片たりとも通さず、魔王()と水と油のように(せめ)ぎあった。

 漆黒の影が戦斧を振り上げて突貫し、長槍(サリッサ)の餌食となる。だがそのまま歩を進めて盾にまで辿り着き刃を振るってきた。首まで落とすとやっと斃れて黒い血袋のように散って砂に吸い込まれていく。死を恐れぬ軍団は不気味ではあるも、やはり英霊の敵ではない。

 そうしてしばし拮抗していたが、魔王の影の群れが全て最前線に辿り着くと様相が変わってくる。ガウガメラでの戦いですら経験し得なかった、億を超える敵兵たち。それらが戦列を圧し包むように広がり重装歩兵(ペゼタイロイ)だけでは戦線を維持できなくなり始めたのだ。

 激烈な槌たる重装騎兵(ヘタイロイ)をしても散らせぬ濃い敵影、突き刺されても進み続ける死の軍団。最前線の兵士は槍を捨てざるを得ず腰から抜いた剣で踊りかかる。

 

「敵は左翼が薄い! 突き破れ! 騎兵隊(ヘタイロイ)は我に続け!」

Цар(ツァール)!!』

 

 一声の下に兵たちは陣形を立て直す。

 

「征くぞウェイバー!」

「ああ! 遠慮なんてしたらブッ飛ばすぞ!」

「わははは! いざ彼方へ! 遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」

 

 朋友の力を借り、イスカンダルがついに戦車の真名を解き放った。勇猛にして壮烈な嘶きを上げた牡牛は、影の兵士を粉微塵にしてあまりある破壊力の稲妻を撒き散らし敵軍を突き抜ける。その戦車の膂力に任せて魔王()の左翼を轢き潰した。

 無論『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を展開しながら戦車まで全力を出せば、マスターであるウェイバーに多大な負荷がかかる。しかし矮躯の少年は今こそ笑った。身体を襲う魔力回路の激痛、それを感じてこそこの"戦い"に参じるという意義を見出してくれるのだ。

 今までのように知らない内に加減をされていたなんて悔しい思いを引きずることもない。全て吸い上げられて干からびようとも構わない。

 ああ、やってやるさ。このボクが"手伝ってやる"んだ。この大きな男と肩を並べて、勝利を獲る――!

 

 後ろの軍勢たちも楽しそうな王と新たな友人に追随する。

 ――王に続け(ツァール)! 叫んだ騎兵たちが道を広げんと槍を振るった。戦車の開けた穴は大きく、さらに押し広げれば追い込まれた陣形も新たに組み直せる。だがそれは――或いは敵でさえ予期せぬ罠だった。

 

「ライダー、下だ!!」

「なに――」

 

 ウェイバーが叫ぶ。魔術師だから、否、この場において最も弱い存在だからこそ感じ取った危機。勇敢な者では察し得ない、巨大な口腔に飛び込んでしまったかのような焦燥感。

 砂漠から飛び出したのは手足も翼もない竜だった。それどころか眼孔さえ見当たらない、巨大な蛇のような怪物。所謂(いわゆる)ワームと呼ばれる地中に身を隠す竜。巨躯に対してそれほどの脅威は無いが、ゆえにウェイバー以外は気付けなかった。

 下から飛び出した巨大な顎は戦車を引く牡牛を二匹丸ごと咥えこみ、砂へ引きずり込む。無論そんなものに殺されはしない神牛ではあったが、砂に埋もれてしまえば稲妻を踏むその健脚も役には立たない。あまつさえ地下数メートルにまで引き込まれてしまってはこの状況での復帰は難しいだろう。

 御者台も半ば埋もれ、砂地に放り出されたイスカンダルとウェイバーはさらに怪物が来るかと身構えていたが、大地をどよもす戦場で彼らを探知するのが無理なのか何も襲い来ることはなかった。

 

「いかんな、制空権を獲られるぞ! ブケファラス!」

 

 イスカンダルがピュイッと口笛を吹くと、どこからともなく逞しい駿馬が駆けつけた。ブケファラス、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の一員(ヽヽ)。神格まで与えられた名馬であっても、征服王の存在を誇りに思っているのである。

 

「乗れ!」

「あ、あぁ。でもどうするんだよ!」

 

 初めての乗馬にしてその巨大な背中は安心感をもたらしてくれたが、後ろを見やるとそうも思っていられない。ぶち破るはずだった左翼の趨勢は先陣を切っていたイスカンダルの失速によって混沌となってしまっている。

 

「向こうにゃまだパルメニオンもエウメネスも残っておる。そう簡単に崩れやせんわい」

 

 信頼のおける副指令と指揮官を含めた軍勢は、確かに彼の言う通り突然の奇襲にも体勢を崩してはいなかった。しかしそれも時間の問題だ。もう上空から飛来する竜の影は止められない。それは戦列が意味を為さなくなるも同義なのだ。

 

「ライダー、ボクにできることはあるか?」

「何? そりゃぁ……」

 

 訝しむようなイスカンダルにウェイバーは怒鳴った。

 

「令呪だよ! この切り札、今使わなくていつ使うんだ。でも、ボクよりオマエの方が上手く使えるだろ」

 

 サーヴァントを律するための絶対命令権。しかしウェイバーはその使用権を全てイスカンダルに委ねた。魔術師として、そして戦士として己の未熟を思い知ったウェイバーはより良い択を取れる者にその絶対権を譲ったのだ。

 

「――わはははは! それでこそ我がマスターよ! なんと大莫迦者で、なんとも心強い!」

「相変わらず褒めてんのか貶してんのか分かんないけど……」

「褒めてるのさ! だがこの状況で一発限りの秘策は浮かばん、まずは一画、底上げに使うとしようか」

 

 走り出した英馬の上で豪快に笑うイスカンダル。その股座の間でウェイバーは頷いた。

 

「――令呪よ、征服王イスカンダルの力と成れ!」

 

 右手の聖痕が輝いて、閉じ込められていた膨大な魔力が顕れる。

 明確な命令の形をとられなかったそれは無色の力の塊となってイスカンダルに吸収され、漲る魔力が彼の巨躯をさらに大きく見せるほどの錯覚を生んだ。そしてそれは『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』たちへも。

 

「者ども、征くぞ! ――蹂躙せよ!」

 

『ウオォオオオオオオオオ!!』

 

AAAALaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララライッ)!!」

 

 強大な敵が立ちはだかろうとも、彼らは恐れはしない。

 どれだけ無慈悲で不条理な存在だとしても挫けることはない。

 そうとも、敵が強大だからこそ彼らは伝説となったのだ。不条理を覆してきたからこそ英雄となったのだ!

 こんなのは劣勢ですらない、ただの日常。取るに足らない茶飯事。

 ――我らは踏み越え、先を征く!

 重火力を担っていた戦車を失ってなお、イスカンダルとその臣下たちは気勢をほんの少したりとも損なわずに、勇敢に影の軍団に突撃していった。

 

 

 

 

 大地を揺るがす進軍の音が遠くに聞こえ、魔王は優美な音楽に聞き入るように瞑目して玉座に身を任せていた。

 あの荒々しい怒声や軍靴の音こそ、エリスティンにとってはこれ以上ない讃美歌なのだ。迫りくる死の足音、身を焦がす雄大な旋律。今も彼女の影が斬られ、貫かれ、熱砂に溶けるように沈んでいっている。

 回収して再び顕現させることもできたが、そうはしなかった。溶けた影の魔力をもって、ある種の固有結界とも言えるこの城を徐々に征服王のそれへ浸食させているのだ。

 『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』はその数を半分にも減らされると存在を維持できなくなり消滅してしまう。そんな興醒め甚だしい状況にしないために、この結界の存続に一役買っているのである。これは手加減ではない。互いに全力を賭しているからこその必要経費。

 勇者が一人死ぬ毎に蒼穹の空は翳り、おどろおどろしい魔王城の空気が辺りに広まっていく。だがそれでも聞こえてくる死闘の雄叫びは全くもって衰えない。

 そう、そうだ。それでこそだ――

 

「早く来い来い、勇者たち……」

 

 待ち望んだ終焉はすぐそこに。エリスティンは静かに、生まれた意味を待つ。

 

 

 

 





マケドニアンファランクス、多分史実はもうちょい違う形だと思います。ていうか盾役も突っ込んでくのかなアレって。
アレクサンドロス三世のドキュメンタリーとかいろいろ確認したんですけど、ちょいちょいよく分からない部分が。
号令も実は適当。ドキュメンタリーの人たちが「ネイ(はい)!」って叫んでたから多分それだけは合ってるんじゃないかなぁ。

エリス「私はヘルメスのとr」
ディル「それ以上いけません主!」

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