fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-魔王と勇者-

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろうか。もう戦場の雄叫びは聞こえてこない。

 辺りはすっかり魔王城に浸食されて(くら)くなり始めている。だが軍勢が消え去ったわけではない。なぜなら、魔王の影は一匹残らず殲滅されてしまっているのだから。

 やがて城門が破壊される音が轟いたかと思うと、どかどかと荒い足音がいくつも近づいて来た。

 億を超える魍魎を打ち破り、ついに勇者が魔王の間へとなだれ込んできたのだ。

 

「――――来たか」

 

 隠し切れない喜悦の表情で魔王が立ち上がる。眼下の勇者たちを睥睨し、その戦意が微塵も衰えていないことを見て取って大いに頷いた。

 

「よく来た。ああ、よくぞ来てくれた。見事だ勇者たちよ。

 私が、私こそが魔王! ――エリスティンである。さぁ、私の心臓は此処に在る。私の首は此処に在るぞ!」

 

 大仰に、謳うように。腕を広げて抱擁を待つ少女のようにエリスティンが勇者と対峙した。

 踊りかからんとした征服王たちであったが、その間に飛び込んできた槍兵の姿を認めて足を止める。ディルムッドが気勢も激しく殺気を振り撒いて立ちふさがったのだ。

 突如の騎士の蛮行に魔王が眉を顰める。

 

「下がれディルムッド。これは私の戦いだ」

 

 夢にまでみた勇者との邂逅。それを邪魔するのであれば、騎士とて許せぬ。ギシリと身体が重くなるほどのプレッシャーを浴びたディルムッドは、それでも頑然とその場に留まった。

 

「いいえ、我ら(ヽヽ)の戦いです。我こそは魔王様の騎士。魔王軍はまだ、死んではおりませぬ!」

「なんだと……?」

 

 あの地獄の底から這い上がってきた亡者擬きと同じ扱いにまで身をやつしてなお、ディルムッドは騎士なのだと(のたま)った。

 さしものエリスティンも言葉に詰まり、向けられた背に視線を飛ばす。

 ――全ては魔王様のため。

 背中が語っていた。この身は魔王の盾にして槍。君主エリスティンの一部である、と。

 そこまで示されては彼女としても引き下がらざるを得ない。万全を期して臨む決戦、後に残せるものなど在ってはならないのだ。

 

「……成る程。ではディルムッドよ。貴様に剣を授けよう」

 

 完全に想定の外からの横槍ではあったが、エリスティンはそれを認めた。この魔王に忠誠を誓った大莫迦者、まだ彼には褒賞を賜わしていない。何も討ち取っていない彼は、まだ己の望みを叶えていないのである。そのもどかしさをエリスティンも知っているからこそ。

 空虚な白に染まった服を引き、胸元を露わにして左胸の三本の(つるぎ)(かたど)った令呪を見せつける。授ける剣とは、この力。

 

「令呪を以て我が騎士に忠誠を問う――――魔王へ勝利を捧げよ!」

「――必ずや!」

 

 紅く輝いた令呪は些か変則的な命令にも(たが)うことなく発動した。純粋な魔力がディルムッドの助成として、その身が魔王に忠誠を誓う限り無限に等しい力を与える。

 斯くして魔王軍の最後の一人となったディルムッド・オディナは、数十近く残った軍勢の前で槍を振りかざした。

 

「我こそは魔王軍が筆頭騎士、ディルムッド・オディナ! さぁ、死にたい奴から前へ出ろ!」

 

 美しい石膏像のようだった面貌を獣のように歪めて吼える騎士。

 イスカンダル率いる(つわもの)たちをして、一筋縄では往かぬと直感する力強さを発揮している。だが大将は轟々と笑って臣下を見渡した。

 

「大将戦の前の前哨か、面白い! 誰ぞ、我こそはという奴はおるか!」

 

 どこまでも図太い王だったが、それに付き合う臣下も同じ大莫迦者。俺が俺がと全員が剣を振り上げて決闘に臨もうとしている。

 

「よし、征け!」

「は!」

 

 イスカンダルがその内の一人を指名すると、浅黒い肌の将校が進み出た。

 

軍勢(ヘタイロイ)が一人、騎兵隊長"黒のクレイトス"、推して参る!!」

 

 黒のクレイトス。イスカンダルの側近の一人にして最も長く駆けた友人でもある。

 政策の議論の末、酔った王に刺し殺されるという最期を迎えた彼だったが、三日三晩後悔に泣いたイスカンダルと同じく、彼もまた王の疾走を邪魔してしまったことを後悔し、今もこうして夢へ駆け出す王の下へと馳せ参じているのである。マケドニアを思えばこその忠言、だが次があれば今度こそイスカンダルだけのために、と。

 どこかディルムッドにも似ている彼のその武芸は、生前の王を幾度となく救った歴史が証明している。

 

「相手に取って不足無し、いざ!」

「覚悟!」

 

 中型の両刃剣(グラディウス)を抜いた精鋭にディルムッドが飛びかかる。

 振るわれた刃を紙一重で躱し、盾を弾き槍を突く。

 恵まれたステータスと令呪のブーストは、緒戦のセイバーとの戦いで見せた拮抗状態に持ち込むことすらなく、あっけないとも言えるほど早期に勝負を決めてみせた。

 だが決闘とは本来こういうものだ。互いに超常であればこそ拮抗しうるが、多くは致命傷を受けてそのまま仕留められる。

 

「……見事」

 

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)に身を穿たれ、破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)に首を飛ばされる瞬間にクレイトスが称賛の念を送った。

 この強さ、尋常ではない。(とも)よ、努々(ゆめゆめ)油断召されるな――

 

「次はどいつだ。別に、全員でかかってきても構わんぞ」

 

 嘯くディルムッドを見据え、イスカンダルが不敵に笑う。

 

「ほォ、我らが"軍隊"であると知ってなお吼えよるか」

「応とも。この身は魔王様の刃。不利など力ずくで押し潰す!」

 

 魔王とは、全てを受け止める者。そして、その力で以て全てを押し潰す者。その騎士を名乗るのなら、己もまたそうでなければならない。

 あの倉庫街で真名を謳うことを許してくれた時は理解しきれていなかった在り方も、今では(しか)と身に宿している。

 言ってのけたディルムッドに、イスカンダルの側近の一人、知将パルメニオンが王に忠言した。

 

「我が君、この者は確かに我ら全員を相手にして余りあると存じます、ここは」

 

 マケドニア軍副総司令官、パルメニオン。

 戦場では左翼側の指揮を執り、主に右翼担当のイスカンダルの、戦功の半身とも言える大将軍。先の魔王()討伐戦に際しても『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の中核を担った彼の言葉は、さしもの征服王も無視できない。

 

「……うむ」

 

 クレイトスは紛れもなく武将である。その武でもってイスカンダルを支え続けてきたのだ。彼が一瞬にして散った今、目の前のサーヴァントの危険性は決闘などと言っていては全滅の恐れさえある。

 イスカンダルも同意して、残った軍勢(ヘタイロイ)、総勢六一名が槍兵を取り囲んだ。

 

「征くぞ、ランサー」

「是非も無し」

 

 囲まれても一寸たりとも表情を変えずにいたディルムッドを視線で射抜き、イスカンダルが号令をかける。

 

「――掛かれえッ!!」

『オォオオオオオオオオオ!!』

 

 四方八方から振るわれる剣。長槍(サリッサ)があれば距離を取りながら攻撃できたが、先の決戦でほとんど持っていかれてしまった軍勢はそれぞれが持つ湾刀(シャムシール)両刃剣(グラディウス)で踊りかかる。

 槍に対してリーチの短い武器で挑む不利。けれども問題は無い。彼らは戦争を駆け抜けた兵士であり、個々の戦闘(ヽヽ)ももちろん今世まで語り継がれる英雄なのだ。如何な無双の英霊を相手取ったとしても、この人数差。そうそう覆せるものではない。

 

「ハアァッ! ぜぇあッ!」

「ぐあッ!」

「がああッ!」

 

 だが、覆すのもまた英雄なのである。

 契約者(マスター)の潜在能力に裏打ちされたステータス。令呪の恩恵。そして何より己の信念に殉じるディルムッド・オディナの裂帛の槍閃は、後ろから斬りかかった敵を無造作なまでに弾き飛ばし、眼前の敵兵を片手の一撃とは思えぬ膂力で薙ぎ払った。続く第二陣も押し返し、鬼神の如く敵を散らす。

 槍兵にして足を止めた包囲戦において無頼の地力を発揮するディルムッド。彼は不利な戦況でこそ輝く英霊である。生前は幾度となく追っ手に囲まれ、それでもなお打ち破り、逃げ切った伝説を持つフィオナ騎士団最強の騎士。

 かつては仲間であった者たちを斬る度に身を削るような苦心を味わったが、今生の主は彼に命を下した。

 ――勝利を捧げよ!

 ならば。この身が斬られようと闘志は潰えず。敵を穿つごとに覇気は増し。どんな軍勢に囲まれようともディルムッドの気勢と双槍は底も知らず、また果ても無いのだ。

 

「なんという益荒男(ますらお)よ! 敵ながら天晴である!」

「俺がいる限り、ここから先へは一歩も往かせん!」

 

 一人斬り、二人貫き、三を薙いで、四、五まとめて突き穿つ。

 ディルムッドはここへきて最高のコンディションで敵を討ちとっていった。

 たとえ続く先が破滅であろうとも、今立っているこの場所は紛れもなく忠節の道。どんな苦難苦行も、奉ずべきものが確たると在れば彼の前には立ちはだかれない。手傷さえも彼の身には誉れ、疲れさえも彼にとっては活力となる。

 

「こいつぁ我が無双の軍勢であっても厳しいぞ。だがな、我らには新たな朋友(とも)がついている!」

 

 何人かの臣下を屠られたイスカンダルが、それでも居丈高に叫んだ。決して振り向かず、しかし彼の新たな友はその意を確かに受け取った。

 大きな背中を見ていたウェイバーは剣戟に交ざれない己をもどかしく思っていたが、言葉の意味を汲み取って右手を前に差し出した。(とも)と同じ朱色の刻印を、魔術回路を通して励起させる。

 

「令呪よ、我が友イスカンダルとその臣下へ――」

 

 令呪を以て祈りを捧げる。彼らの手に、勝利が掴まれんことを!

 

「さぁ大一番だ! 新参者に雄姿を魅せてやれ!」

『オォオオ!!』

 

 令呪による加勢を受けた軍勢は、元の数百分の一にまでその数を減らしてなお、地をどよもす轟覇の鬨を上げた。誰もがウェイバーを認めている。ともに戦場を駆ける勇者として、小さな大莫迦者を歓迎して声を張り上げる。

 

AALaLaLaLaie(アアラララライッ)!」

「ぐうッ! ――まだまだ!」

 

 敵も無双の英雄たち。主が認めた勇者の一人。億を打ち破る、文字通り一騎当千の(つわもの)たちだ。ディルムッドは果敢に槍を振るうも一筋、一刺と身体に傷を増やしていく。だがやはり衰えることはない。むしろ手負いの獣染みた奮然さで敵を討つ。

 

「はァああッ!」

「ぐおああ!」

「なんという――」

 

 腹に突き刺さった刃をそのままに、背を穿った剣を抜きもせず、主のために獅子奮迅を演じる。

 そう、主のため。主君のため。魔王様のために! 正義など要るものか。英雄の誇りなど要るものか。これまでの己を捨て、それでも残ったこの忠義だけが誉れなのだ。エリスティン様へ捧げる、ディルムッドという槍こそ新たな(すべて)

 紅蓮の槍が敵を斬る。黄金(こがね)の槍が敵を突く。一人、また一人と討ちとって血に塗れる。

 

「うおおおぉぉッ!!」

 

 まさに獅子のように吼え立てて、最後の戦士を貫いた。

 

「ごふ……っ! 王よ……!」

 

 身体を穿つ黄色の槍、込められた力のなんと凄まじいことか。『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』最後の一人パルメニオンは虚空に消える瞬間、王に祈りを捧げながら瞑目した。

 なるほど、征服王が欲しがるだけのことはある。この戦士も、その主人も、稀代というには並を外れすぎている。ゆえにこそ、王の勝利を強く願わずにはいられない。もし轡を並べることができたのなら、きっと星々の果てまで征服できるに違いない。王と、そして続く者たちを、栄えある彼方へと連れていってくれるはず。

 どうか王よ、その手に勝利を――

 

 独立サーヴァント最後の一騎が粒子となり静かに消滅して、ついにディルムッドは無双の軍勢を打ち破った。

 結界はとうに魔王城に呑み込まれ、最後に残った征服王はしかし炯々と目を輝かせて騎士を見つめていた。

 

「――見事。見事だ英雄ディルムッド。まさか余の自慢の精鋭を悉く討ち果たすとは」

「ハァ、……っがフ、ハァ……っ! あとは、貴様だけだ……征服王……!」

 

 息も絶え絶えに片膝を突きながら、しかし千切れかけた右腕をものともせず槍の穂先を敵へ向ける。満身創痍の言葉がこれほど似合う姿はあるまい。それでもなおディルムッドの気迫は戦闘の始まりから一切削がれてはいない。

 

「うむ、見事。充分だ、我が騎士よ」

 

 玉座から立ち上がった魔王エリスティンが称賛を賜わす。まだ敵は一人残っているが、さしもの騎士であってももはや立つことも叶うまい。ならば後は主の役目。魔王の戦。勇者との決戦を見届けることこそ、彼への褒賞となるのである。

 

「占めて六十騎、よくもまあ喰いも喰ったり。まさに我が騎士に相応しい荒武者よ」

「魔王様……!」

 

 これほどの武勲、一日で挙げるなど生前ですら早々ない偉業。ついにディルムッドは主君へ首級(しるし)を捧げることができた。討った敵は一人残らず、紛れもない英雄豪傑だったのだ。それも、億を超える影の軍勢を退けた精鋭中の精鋭。その首ひとつを取っても栄誉に余りある大武勲。彼の双槍はかつての逃避行の時とは比べ物にならないくらいに輝きに満ちている。

 

「下がっていろ。貴様の最後の任は、その目で私の行く末を見届けることだ」

「――は。どうか、ご武運を」

 

 身体を引きずりながら脇へ控えた騎士から視線を切って、エリスティンは勇者イスカンダルの許へ歩み寄った。靴底の石畳を叩く音がコツコツと響き、もはや熱砂の陣風も吹かぬ無音の魔王城で唯一勇者を饗する旋律となる。

 開戦前と同じ構図、同じ表情で魔王がイスカンダルを見上げる。

 

「ついに辿り着いたな、勇者よ」

「全く貴様には驚かされるわい、魔王め」

 

 腰に()いた双剣に手を遣り、ふとあることを思い出して動きを止めた。

 ――そういえばこの国の魔王像には「お決まり」とやらがあるらしい。

 悪戯っぽく嗤ったエリスティンは眼前に立つ勇者にその"冗句"を見舞うことにした。

 

「なあイスカンダル。この国では魔王の定番の科白(セリフ)というものがあるのだが、聞いてはくれまいか」

「あん? なんだ、申してみよ」

 

 怪訝な顔を向けたイスカンダルだったが、最後の決戦の前に口上を述べるのはある意味でお決まりのことでもある。頷いて続きを促した。

 エリスティンが思い出したのはこの国で人々から奪った記憶にあった魔王の言葉。無論偶像に過ぎないものではあったが、"魔王らしく"を信条にしている彼女には見過ごせない内容である。いつか綺礼にも言った「魔王からは逃げられない」という科白も、実はここからきているのだ。今から云うのは、征服王に放つに相応しい、そして実に愉快な提案。

 

「くくっ……!

 よくぞ来た、勇者イスカンダルよ! 私が魔王の中の魔王、エリスティンである。

 私は待っていた、そなたのような存在が現れることを……。

 我が軍門に(くだ)るがいい。――さすれば世界の半分を貴様にくれてやろう!」

 

 外套(コート)を翻しなんとも愉しそうに述べ立てた魔王を、イスカンダルは目を真ん丸にして凝視していた。そして次の瞬間、爆発したかのような哄笑が轟く。

 

「――ぶあっはっはっはっはっは!! こいつぁ一本取られたわい!」

 

 エリスティンが放ったのは幻想、ではなく電脳の偶像の魔王が最後の問いとして投げかけるもの。緒戦で英霊たちやエリスティンを勧誘し、世界を征する夢を持つ征服王に対する痛烈な皮肉でもある。ゲームに興味を持っていたイスカンダルでもそこまでは知る由もなかったが、これが"冗句"だとは気付いている。

 ひとしきり笑って、ぎらりと眼を眇めた。今も楽し気に口は歪んでいるものの、纏う空気は必殺のそれ。

 

「その提案にゃあ乗れんわな。世界も魔王(きさま)も、余がこの手で獲らねば気が済まん」

「フフ……お前ならそう言ってくれると信じていたよ」

 

 喜悦に喉を鳴らしながらエリスティンが双剣を抜き、イスカンダルがキュプリオトの剣を翳す。

 大将戦。魔王と勇者の大決戦。ここに全てを滅ぼした王と全ての征服を望む王の激突が始まる。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 剣戟の音が響く。

 勇猛果敢とはいえ近接戦闘が本来の役割ではないイスカンダル。対するエリスティンは敵を全て自らの手で屠ってきた歴戦の魔王である。

 しかしその戦いは拮抗していた。

 王とてサーヴァント。その膂力は踏み込む足が石畳を陥没させ、振るう剣が空を唸らせる。

 そして魔王はほぼ全ての中身(ヽヽ)を吐きだしているため自身の力のみで戦っている。緒戦で見せた身体強化も、氷の魔術も放てない。その身が培ってきた技術と経験のみで英霊と渡り合っているのである。

 

「ぬんッ!」

「おっと……フフフッ!」

 

 轟と目の前を掠めた切っ先に、魔王が笑みすらこぼして剣を振り返す。

 ――ああ、愉しい。なんて愉しいんだ。

 髪と瞳以外が真っ白になった彼女は、もちろん保有する命は一個だけ。傷が付けばかつてのように黒い血影が修復することもない。心臓を刺されれば死ぬ。首を刎ねられれば死ぬ。だが――だからこそ、愉しいのだ。血が沸いて、肉が躍る。

 眼前の勇者は、否――勇者たち(ヽヽ)は魔王をほぼ殺し尽くしている。あとは核たるこの命だけ。欲しければ打ち倒せ。叶わぬなら殺してみせろ。

 なぜ笑わずにいられよう。ずっと望んでいたものが目の前に在る。ずっと探し続けてきた答えをこの者が振るっている。見せてくれ、教えてくれ。魔王の生まれた意味を――さあ、示せ!

 

「くっ、は、はははは……!」

「ふふふ、ふははは、あっはっはっはっはッ!」

 

 イスカンダルも身体中が燃えているかのような心地でいた。

 ――こいつは、こいつこそが世界の果て。最後の敵。

 ならば――超えたならば。その先にあるモノこそが夢の成就に他ならない!

 なぜ滾らずにいられようか。振るう一刀一刀が夢へ近づく一歩なのだ。もうこの足は最果ての海(オケアノス)の波打ち際を踏みしめている。砂を蹴って、海へ飛び込むのだ。――さあ、征こう!

 

「オォオオ――――!」

「ハァアア――――!」

 

 両者裂帛の気合でもって激突した。

 鍔迫り合い、鎬を削り、同時に飛び退(すさ)りまたぶつかり合う。

 視線が交差し、犬歯を剥け合って首を、心臓を抉り出さんと剣を突き出す。

 

 死の舞踏を前に、二人の連れ合いは見惚れるようにその様を眺めていた。

 ディルムッドは主の愉し気な表情を瞳に映して、彼女の悲願の成就と主の勝利の間で揺れ動き、ウェイバーは朱色の背中を信じて固唾を飲む。

 互角に見えていた干戈の戟は、やや魔王の優を顕し始めた。

 互いに歴戦の猛者。だがその永さは一日の長というには分厚すぎる壁を、エリスティンに与えている。

 剛剣を受け流し、柄で腹を打つ。反動で片足を軸にした回転斬りを見舞ってイスカンダルの胸に真一文字の傷を負わせる。

 だがそんなことに怯む征服王ではない。恐れるな、奴の攻撃は"軽い"。己の巨躯とサーヴァントの剛力で双剣を押し込んで、一撃を繰り出す。

 惜しくも肩を浅く擦過するに留まったが、ついに髪と瞳以外に魔王の身を紅く染め始める。

 

「ッ、この痛み……まさしくこれが――」

 

 影の軍勢を、億を超える規模で顕現させたエリスティン。だが彼女が呑み込んだ命の数はもっと果てしない。それを費やして今まで生きてきた。腕が飛ばされようが鈍色の鏃を受けようが痛みすら覚えずに即座に回復――復元される身体を忌まわしく思ったこともある。しかして今は一個の命。一人の女。流れ出た血はまさしく彼女だけのもの。記憶にすらないその痛みは、エリスティンという存在の証明に他ならない。

 

「これだッ!! もっとだ! アハハハハ! イスカンダル! もっともっとだ!!」

 

 ずっと夢見てきた勇者の存在。そして全てを吐きだしたことからの飢餓感が、エリスティンから正気を奪い始める。歓喜に身を任せ剣を振るう。血を求めて千切りあう。

 ああ、死んでいく。血が流れる度にエリスティンという存在は死に向かう。だが、つまりは――今、生きている!

 私がここにいて! 今、死ぬのだ! 確かに生きてきた! それは全て、この勇者と出会う(ため)

 

「クハハハ! アッハッハッハッハァ!!」

 

 エリスティンは夢の中にいた。ずっとずっと願っていた夢の中に。

 身体が軽い。今だけは呪いもこの身を蝕まない。むしろ祝福さえ受けているのかもしれない。魔王が討たれるその瞬間を、これまで喰らってきた全てが待ち望んでいるのだ。魔王よ、()く死すべし。さあ早く。今すぐ。瞬く間に。あっという間に。刺されて死ね。斬られて死ね、貫かれて死ね早く早く死ねはやくハヤクハヤクしねシネ死ね――!

 

「ぐ、ぬうぅ……!」

 

 熱に浮かれたように舞う魔王の仮借なさが、皮肉なことに勇者を押し込んでいく。ただの一人の女にして、斬られてなお、貫かれてなお激しく向かって来る。後先考えない特攻、しかしてその武錬は無窮。死に向かうからこその本領の発揮に、イスカンダルが攻めあぐねて後退した。

 

「ライダー……ッ!」

 

 背後の友が拳を握りしめて己を見守っている。負けるわけにはいかない。この身は覇道を示さねばならない。これまで支えてきてくれた臣下のために、これからも共に歩む朋友のために。

 

「魔王オオオォォォッ!」

 

 双剣を打ち払って飛び出したイスカンダルの轟咆に、ウェイバーが肩を跳ね上げた。

 直接的な戦闘には関われない身にありながら最も消耗している少年はしかし、今だけは己を襲う激痛を是とした。いや、むしろ友の負担を少しでも肩代わりできるのならいくらでも負えるとさえ思う。悲鳴を上げる魔術回路をさらに酷使し、魔力を譲渡する。それに根付いた刻印も合わせて光を放ち始める。

 イスカンダルのその剣が敵を討つことを強く願う。勝ってほしい。勝ってくれ。――否!

 

「勝て! イスカンダル――!!」

 

 右手が激しく輝いて最後の令呪が友に捧げられた。暴威とすら表現される絶対命令権。サーヴァントの意思すら跳ねのける強制力は、時に世の理すら超えて命令を順守させる。戦術や戦略を無視してでも(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)、その肉体に行動を起こさせる。

 突進する巨躯。突き出す剣。魔王はたたらを踏みながらなおそれを迎え撃つ。

 

 

「――かふっ」

「……ぬぅ」

 

 

 果たして。

 キュプリオトの剣は魔王の腹を突き破っていた。

 そして、魔王の剣が征服王の心臓を貫いていた。

 最後の一瞬に、エリスティンが積み重ねてきた幾千万の戦歴が、半ば反射的に敵の剣を僅かに弾かせていたのだ。そして腕が、記憶が、隙だらけになった相手の(しん)の臓へと吸い込まれるように切っ先を押し出していた。

 

「――届かぬ、か」

 

 今にも散りそうな仮初の肉体をどうにか押し留めてイスカンダルが呟く。

 この敗北は己の未熟のせいである。朋友の責任では全くない。ただ、未だ届かなかった、だけ。臣下が余りに優秀で、少々(なま)ってしまったかと、血の滴る口の()を上に向けてイスカンダルは嗤った。

 

「……届いた、さ。だが、なに。あと一歩、と、言ったところか」

 

 ごぼりと血を吐いて、しかし凛然と立ったままエリスティンが愛おし気に敵を見る。

 命までは届かなかった。首も心臓も、まだ此処に在る。だが――

 

「幾度となく挑め、勇者よ。この宴は、一度きりの夢ではない。次でもいい。その次でもいい。どれだけ先でも私は此処に居る。魔王は――座して待つのみなのだからな」

 

 数十年の周期で行われる奇跡の宴。だが幾千年も待ち続けた魔王にはそんな光陰はまさしく矢の如し。だから、待とう。次はきっと、その剣は心臓を穿つ。もしまた叶わなくとも、その次はきっと首を獲る。どれだけ先になっても待ち続けられる。彼は、魔王に生きる意味を与えてくれたのだから。

 

「全く……拗らせおってからに」

「くく、そうだな……お前は私の初めてを散らしたのだ。責任を持てよ、征服王」

 

 夢見る乙女のように勇者像を創り上げた魔王に、イスカンダルが痛烈な皮肉を放つ。エリスティンは至極嬉しそうにそれに返して、次なる夢の狭間に思いを馳せた。初めて散らした己の血は、彼女に悦びを与えたのだった。

 

「応とも……余の覇道は潰えぬ。どこまでも、続いている。その道の、真ん中で――待っていろ、魔王エリスティン」

 

 最期まで獰猛な笑みを絶やさずに、征服王イスカンダルはこの世を去った。しかしやはり、終わらない。彼の夢はまだ、どこまでも続くのだ。時空の果てできっと、次なる遠征を待ち望んでいるに違いない。

 役目を終えた魔王城がその無骨な床を、壁を溶かすようにして崩れ去る。黒い影になったそれがエリスティンの足元に呑み込まれるように消えていき、朱に染まりかけたコートを黒で上書きした。受けた傷は染み込んだ黒色が勝手に治してしまっている。

 しかし彼女の夢もまた終わらない。答えは得た。あとは、待つだけだ。もう諦念が身を軋ませることはない。どれだけの時間が眼前に横たわっていても、座して待つエリスティンはいつだって笑みを浮かべていることだろう。

 

「さて……ウェイバー・ベルベットよ」

「ッ!」

 

 冬風吹きすさぶ橋の上に戻った彼女たちは、今なお胸を熱くする心象(さばく)に身体を上気させたままで相対する。

 ウェイバーの眼前には友を屠った魔王と騎士。貧弱な己では戦うことも逃げることもままならない。しかして彼はぎらつく双眸で真っ直ぐエリスティンを捉えて動かない。

 魔王と対峙した少年は実のところ、どうするべきか決められずにいた。

 本当ならば今すぐに殴りかかりたい。これまでに培ってきた弱々しい魔術でもなんでもいいから振りかざして仇をとりたい。酷使し続けた身体は立つのがやっとでも、どんな小さな一矢だろうと突き刺してやりたかった。けれど、そんな無意味に命を投げ出すのは、ダメだ。"やり方"はしっかりと見せてもらったのだ。それを活かさず散ることなど、魅せてくれた友に対する侮辱になってしまう。でも、逃げる方法もまた思いつかない。敵は強大、己は至弱。さあ、どうすべきか――

 

 エリスティンは己を睨みつける少年を見惚れるように眺めていた。

 ああ――やはりあの勇者は正しく道を示してくれている。

 魔王を見る視線が、少しも逸らされずにこの身を射抜き続けていることがとても嬉しい。種は蒔かれた。そして目の前の少年、いや、()はそれをきちんと育て始めている。ならば戦うのは今でなく、ここでもない。

 

「魔王からは逃げられない。――だが敢えて見逃そう。

 勇者よ。私は待っているぞ。いつの日か貴様が私を討つことを」

「……ッ、馬鹿にしやがって。いいさ、見てろ。

 ボクが! ――いつか、オマエを殺す!」

 

 残酷な契りを交わして、ウェイバーは魔王に背を向ける。

 きっとこれから先に待つのは辛い現実だ。この聖杯戦争で嫌というほどに己の弱さを自覚した。どれだけの修練を重ねてもあの魔王に立ち向かえるとは思えない。

 けれども別に、彼自身が剣を執らずとも良いのだ。あの王のように、自身よりも強い者さえ魅せて仰がせる大きな背中のように、何もかもを以て「強さ」とすればいい。"やり方は"知った。あとはどれだけその牙を研いで研いで研ぎ続けて、強くするかを考えればいい。

 ウェイバーは覚束ない足取りで、しかし一歩一歩踏みしめて魔王から逃げ出した。

 きっとできる。だから道中を楽しもう。あの節くれだった大きな手は、今も背中を押してくれている。

 

「フフフ……見ているよ。ずっと先、そのまた先で相見えるその時を」

 

 去っていく背中が消えてなくなるまで見届けて、エリスティンは身を翻した。(はべ)っていた騎士もまた後ろへ続く。再び注ぎ込まれた膨大な魔力量により完全ではなくも自己再生を済ませている。

 二人の足取りは軽い。とくにエリスティンはまるで夢に揺蕩うように歩を進めていた。

 まだまだ宴は終わらない。聖杯を獲れば、きっとまた始められる。そうだ、こういう願いはどうだろう? ――次はもっと強い英雄を召喚してほしい、なんて。

 

「征くぞ、ディルムッド」

「は。どこまでも着いて征きましょう、我が主よ」

 

 傾きかけた冬木大橋を渡り、彼らは夢の果て(つづき)を求めて歩き出した。

 

 

 

 




 
 
 
 
黒のクレイトスさん、実は軍勢の否定派だったらしい・・・。
パルメニオンに至っては息子共々アレクサンドロス三世に謀殺されるという。
イスカンダルさん、王の軍勢って本当に呼べるんですか・・・。
ま、まあ史実と世界観違うもんね!ちかたないね!


10年後ウェイバー「私は復讐を願う。魔王を討つために時計塔の勢力図を――変える」
ケイネス先生「やめろォ!」
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