fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

3 / 17



 世界の果てで魔王は座していた。
 魔法で城を建て、その一番上で玉座に身を任せて勇者を待っていた。

 ――魔王で在れ。

 自らに科せられた呪いの運命。呪詛にまみれて、彼女はそれを是とした。
 人々は彼女を畏れて魔王の忌み名を刻み、神々は彼女を嫌忌(けんき)してこれを滅ぼせと民に祝福を落とす。
 まるでお伽噺のようなその中で、彼女は望ま(のろわ)れるがまま自らの位地を魔王に設定した。

 彼女は何も持っていなかった。姿も、声も、命さえ奪うことでしか存在し得ない。エリスティンという名前も母だったモノから奪い取ったのである。
 だからこそ、唯一与えられたものが呪いでも彼女はそれに縋ったのだ。
 人々が夢見るお伽噺。魔王を討つ勇者の存在。その者がいればこそ、魔王たる自らの存在にもまた意味が生まれるのだと信じて。

 エリスティンは魔王足らんとそこに在り続けた。

 望まれるがまま邪悪で。
 望まれるがまま破滅を撒き散らす。

 魔界と呼ばれる場所に、魔王城と呼ばれる城を建て、お伽噺の魔王が如く座す。
 絶対悪として君臨し、いつか訪れる終焉を、生まれた意味を待ち続けたのだった。






-開戦の謳-

 

 

 意気揚々と始まった魔王とその騎士ディルムッドの聖杯戦争だったが、次の日には騎士たる彼はどうにも納得のいかない事態に陥っていた。

 真昼間、槍を携えて歩くわけにもいかず、主君の用意した現代風の装束を身に纏って街中を歩いている。

 

「おいディルムッド、見てみよ。タイヤキという菓子だと。この国ではタイとかいう魚は縁起がいいらしいぞ、買ってみるか」

「は、はぁ」

 

 目の前では昨日の殺気が嘘のようなエリスが見る物全てに反応して楽しそうにしていた。姿も変わり、同じく現代風の真っ白い服を身に着けて、そのさまはまるで外国人が異国に遊びに来たかのようである。

 ディルムッドが初めて見た己の主君の姿は黒い装束で、さらにはあまりにもアレだったので今のこの姿には強烈な違和感を覚えざるを得ない。しかし当の本人はさして気にもせずにこの世界を楽しんでいた。

 

 既に彼も君主たる魔王の来歴を聞いた。

 聞いた上でなお忠誠は変わらなかった。

 もちろんエリスティンがこの世を滅ぼそうとでもすれば彼は迷うことなく止めるだろう。そういう誓いで彼女の騎士となった。しかし今の彼女も聖杯戦争だけを目的にここにいるのだ。それが中断されかねない暴挙はしないとも約束してくれている。

 

 しかしてこの現状は何なのだろうか。彼女の魔術で魅惑(テンプテーション)は一時的に封じられていて、街を歩くことも問題ではないのだが、どうにも弛緩した空気が昨日のやる気を削いでしまう。主君はタイヤキとやらを頬張っていて、それだけ見ているとただの美女なのだが。自身もあまり認めたくはないものの、生前の記憶から美男子ととられると自覚している。そんなのが二人連れ添って歩いていたら、目立つことは当たり前だ。

 

「我が主よ。あまり目立たない方がよろしいのでは?」

 

 あまりの振る舞いに忠言を差し挟んだディルムッドだったが、エリスは鼻を鳴らして返した。

 

「何を馬鹿な。もう聖杯戦争は始まっているのだぞ?」

 

 だからこその言葉だったのですが、と言いかけて彼も気づいた。傍若無人は遠くからも人目を集めるだろう。先手を取られる不利――だが街中で剣を抜く愚か者が居る筈もない。つまりは発見されても良いのだ。出会えれば良し、あとは場所なり時間なり決めてしまえばいい。見つけた端から狩っていく、それが主の考え。

 

「……考えが及ばず申し訳ありません。これは誘い、ですね」

 

 うむ、とタイヤキの餡子を口の端に付けた魔王が大仰に頷く。一瞬本当にそうなのかと疑いかけた騎士はどうにか自分を諫めた。

 

「適当に気配でも振りまいておけ。さすれば一人か二人、釣られて出てくる者が現れよう」

「御意のままに」

 

 艶めかしく舌を動かして唇を綺麗にし、エリスが命じた。

 ランサーとしてディルムッドは今まで魔力供給を無駄にすまいと霊格を抑えていたが、そういう話なら遠慮することはない。一般人が溢れるこの場で殺気までは無理であるが、その存在を知らしめるように彼は気を放った。

 

 そうして何時間も歩いているうちに、見られているような気配がいくつか感じ取れるようになる。エリスも気付いているのか、歩みを向ける先がだんだんと人気のない方へと続いていく。

 街を抜け、海浜公園を過ぎるともう一般人の姿はほとんどない。ディルムッドは戦の前支度として仕入れた情報から主へと進言した。

 

「この先は倉庫街です。そこなら人目もないでしょう」

 

 彼も主君に準じて聖杯戦争のルールには則る腹積もりでいる。もっとも、エリスがルール無用で暴れ回ろうとしても諫めていただろうから結果的には同じかもしれないが。

 

「良いだろう。ではそこで待つとしよう」

「は」

 

 騎士の言を了承して行き先を確定させる。未だ視線は感じられるものの襲ってくる気配はない。己から向かっていくのもいいのだが、やはり魔王たらばらしく(ヽヽヽ)なければ。

 魔王とは座して待つもの。それがエリスティンの持論である。彼女の世界でもそういう物語があったし、この世界で見た書物にも、人々の記憶にもそんなものが溢れていた。

 彼女は魔王として生まれて、魔王足らんと在り続けた。忌むべき存在だとしても、そこには確かに矜持があるのだ。物語と違うのは、真の勇者が現れず、世界が滅んでしまったことだけ。

 

 

 

 やがて目的の倉庫街へ着くと、ちょうど日が暮れて宵闇が辺りを包み込もうとしていた。

 大型車両も通れるそこは、まばらな街灯がアスファルトを照らすのみで人影は全くない。これならば英霊たちも存分に力を振るえるだろう。

 そのど真ん中に、エリスティンは氷で作った玉座を置いて座した。戦闘装束に変わり、闇に溶けるような姿になった魔王は青白い氷の上で妖艶な雰囲気を湛えて嗤っている。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……ククク、どっちであっても構わんが、活きが()いといいな?」

「ええ、俺もそう思います」

 

 そばに控える騎士も魔王の言葉に頷いた。

 主と同じく戦装束になったディルムッドは今も気配を放っている。街中でやっていた時よりも強烈なものだ。明らかに戦闘態勢でいる彼の元に何者かがやってくれば、それは正面から敵を討たんとする大物でしか有り得ない。そういうのが、彼らの好みなのである。

 しばし待つと、見ているだけだった気配のうち一つが近づいてくるのが感じられた。騎士は主へ進言し、主もまた頷いてその者を待つ。まもなく現れたのは、やや小柄だったがきっちりとした男装の少女と、雪の妖精とでも形容すべき美女だった。

 

 前に出かけた騎士を制して、魔王が立ち上がる。敵が来た時点で結界を張り巡らせるのも忘れない。防音と人払いの結界。これもまた、あの勇敢な魔術師に教わったものだ。

 

「よくぞ来た。我が名は魔王、エリスティン。見てのとおり槍の英霊(ランサー)のマスターである。

 今日一日街を練り歩いてみたものの、どいつもこいつも見ているだけの腰抜け揃い。正面から打って出る気概を見せてくれたのは――貴様らだけだ」

「ほう、ここまで正々堂々と迎えられるとは思わなかった」

 

 嬉しそうに語る彼女の言葉に、少女の方が前へ出た。ダークスーツが見目麗しい相貌に反しているようでしかし、上手く着こなしている。

 エリスティンはマスターであるがゆえ、ステータスの透視によってそちらがサーヴァントだとは気付いていた。けれどもその数値を見てどうしたものかと思い悩む。

 明らかに劣っている(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)。己のサーヴァントと見比べて、その内容がどうにも心許ない印象を受けてしまった。

 

 もちろんこれは相対した英霊が弱いわけではない。魔王エリスティンのサーヴァントのステータスが異常なだけなのだ。魔力がBで、それ以外が軒並みA以上。平均すればそこに"+"を付けてもいいだろう。敏捷に至ってはA++となったディルムッドは、全盛期さえ凌駕しかねない状態で現界している。

 対して目の前の少女は筋力がB、幸運がD、それ以外がAとなっていた。他の参加者からしてみればこれでも優秀と舌を巻く、相当な格の英霊。

 初めて目にした他のサーヴァント、比べる対象がいなかったためにエリスティンは若干気勢が削がれた。かの者たちはステータスによる強さの指標など――者に依っては――あまり意味はないのだが、彼女はそれを知らないのだ。ゆえに、どうにも食指が動かない。

 ここは騎士としてディルムッドに任せてみるか、と思案する。最初の一戦だ。アレが弱ければ他は全て平らげて、強ければ次への指標とすれば良い。どちらにせよ、生き残った者は一人残らず殲滅対象なのだから。それは、自身の騎士も含めて。

 

「先も述べたが私のサーヴァントは見てのとおり槍兵のクラスで現界している。貴様がどのクラスの英霊かは知れぬが、我が騎士との決闘に応えるならば剣を()れ」

 

 主君の言葉に、ディルムッドは歓喜した。

 自らを倒しうる勇者を探すと言っていた主、彼女は自身が戦場に立つことを強く希望していたが、この場は自分に任せてくれるらしい。ならばこの槍で見事首級(しるし)を挙げてみせよう。主君たる彼女の期待に応えることこそ、英霊にまでなって願った果てなき切望なのだ。

 

「良いだろう。真っ向から挑まれれば、それを受けぬは騎士の恥。サーヴァントセイバー、その決闘受けて立つ」

 

 黒のスーツを纏っていた少女が風に包まれ、次の瞬間に鎧とドレスを合わせたような戦装束へと変わった。そしてセイバーと名乗り、騎士として決闘を受けた彼女にディルムッドの胸の内にさらなる歓びが湧きおこる。

 

()け」

「はっ! 必ずや、主へ勝利を捧げてご覧に入れましょう!」

 

 喜色満面に槍を掲げた騎士に、魔王がふっと笑みを浮かべた。

 

「では名乗りを上げるが良い。高らかにな」

「それは――よろしいのですか?」

 

 戦場へ臨む場に相応しい言葉なのか判然としないが、至れり尽くせりな提案をした主君に、さすがのディルムッドも疑問を投げかけた。しかし、主は当然とばかりに首肯する。

 魔王とは座して待ち、全てを受け止める者。何も隠すものはない、その力で以て何もかもを圧し潰すのだ。

 

「魔王の騎士であるのならば、真名を知られる不利など正面から打ち破ってみせろ」

「――御意のままに!」

 

 どこまで真っ直ぐなのか、この魔王は。ここまで気持ちの良い者が名乗る名ではなかろうに。

 しかしてディルムッドの闘志は限界を知らずに膨れ上がった。隠すこともない、己の自慢の槍を高々と見せつけてセイバーの前へ躍り出る。

 

「我が名はディルムッド・オディナ! フィオナ騎士団が一番槍にして、新たなる君主、エリスティン様に勝利を捧げる者!」

 

 晴れ晴れとしたその有り(よう)に、さしもの剣の英霊(セイバー)も動揺を隠せない。しかし彼女もまた騎士、そこまで高らかに名乗られては返さずにはいられないのだ。

 

「ふ、まさか決闘の前に名乗りを上げられるとは。その誉れ高い在り方、敵であっても称賛せずにはいられない」

 

 一応、形だけ。ちらりと後ろを見た彼女がどんな表情をしていたのか魔王にもランサーにも窺い知ることができなかったが、マスターであろう雪色の美女は困ったように笑っていた。

 

「我が名はアルトリア・ペンドラゴン! ブリテンの王がこの決闘、受けて立つ!」

 

 誇り高く、ディルムッドに負けじと高らかにその名を謳い上げた少女は世に広まる騎士王の名前を口にした。それを知らないエリスティンにとってその名は然したる問題ではないが、彼女の騎士はそういうわけにもいかなかったらしい。

 

「――は。よもや名高き騎士王と(しのぎ)を削ることができようとは、身に余る光栄。この聖杯戦争に、そしてエリスティン様に感謝をせねばなるまい」

「それはこちらのセリフだ、"輝く貌"のディルムッド。貴方ほどの強者と手合わせの栄に与るとは思いませんでした」

 

 それぞれが互いの格を認め合い、嬉しそうに、しかし凄烈な笑みで見つめ合っている。その気迫だけでも常人ならば気を失うほどに、両者から迸る殺気は研ぎ澄まされていた。

 

「その御首級(みしるし)、主へ捧げるに充分過ぎる。我が忠義の(いしずえ)になってもらうぞ、セイバー!」

「この剣に勝利を誓ったのだ。例え貴方でも、私の征く手を遮らせはしない。覚悟してもらおう、ランサー!」

 

 両者ともに武器を隠さず、正面から打ち合った。

 ディルムッドは誰が相手だろうとその名を名乗り戦場に立つ。ゆえに武器を秘匿する意味はもうない。対してアルトリアは名乗り返したものの、他のマスターによる監視があるだろうこの場でその聖剣を振りかざすのは得策ではない。しかしだからといって隠しても無駄なのだ。輝く貌のディルムッド。かの者が持つ槍は魔力を断つ。つまりは風を纏わせて不可視にした剣も、打ち合えばその姿を晒すのである。

 真向からの衝突、激烈なぶつかり合いが衝撃を生み出し、それだけで地面が捲れ上がる。

 やはり強い。そしてこの先の戦いを不利にしかねない相手。そうと知っても挑むのは彼女が(まこと)の騎士だからだ。あそこまで高らかに名乗られて、清澄に研ぎ澄まされた闘気を見せつけられれば引くことなどできない。例え令呪で強制的に逃げることになったとしても、その後の戦況に大きく響くだろうと確信するほどに、セイバーはこの決闘に意味を見出していた。

 

 赤い長槍を打ち払い、足を踏み込んで剣を走らせる。しかし黄色い短槍がそれを阻む。魔を断つ赤槍は防御をすり抜け、呪いを(もたら)す黄槍はその身に受ければ治癒不可能な傷を負う。うかつに飛び込むには危険すぎる刃の嵐。

 今度はディルムッドが攻め込んだ。

 剣の間合いの外から薙ぎ払うように長槍を振り、アスファルトに三日月を刻む。飛び退ったセイバーを黄槍の投擲で追い、さらに避けられたと見るやステータスに裏打ちされた敏捷性を発揮して背後にまで回り込んだ。

 その勢いのまま叩きつけた赤槍が剣を打ち、動きが止まったところへ亜音速にまで至った短槍を難なく掴み取って突き出す。騎士の王をして目を見張る絶技。

 

「っく、やはり――強い!」

「まだまだ!」

 

 必殺の奇襲と自負する攻め手を寸でのところで躱したセイバーに称賛の念を送りつつ、ならばとさらに追撃を打ち込んでいく。両手に持った槍、それを片手で扱っているとは思えない速度での連撃にして。だが少女の姿をした騎士も一本の剣だというのにその(ことごと)くを撃ち落としてみせる。

 

「……やるな、セイバー」

「……貴方こそ」

 

 同時に距離を取って不敵に微笑む。これほどの強者と出会えたことに、二人は胸が躍る心地でいた。

 

 そしてずっと見ていたエリスティンも。

 ――英霊とは()くも素晴らしいものなのか。

 (おの)が騎士と打ち合う少女を見て、魔王の中に喜悦が生まれていた。ステータスだけを見れば圧倒的にディルムッドが有利な戦い。しかし実際はどうだ。確かにディルムッドが優勢ではあるものの、少女の姿をした騎士王という英霊は(いま)だ傷一つ受けずにやりあっているではないか。

 その事実を理解して、すぐさま彼女は考え方を変えた。英雄とは数値で測れるものではない。その在り方こそが英雄なのだ。武錬で成り立った者ならば武技が、知略で成った者ならば戦術が。数値に表れないその部分こそが、彼らを英雄たらしめているのであると。

 なればこそ、これからが愉しみというものだ。この先出会う全ての英霊が、自身を討ち果たす勇者足り得るのだから。在り方如何(いかん)でもあるが、この聖杯戦争に()ばれた者ならば充分期待に値する。隠し切れない喜びが魔王エリスティンの唇を引き、頬を裂いて歯を見せた。

 

 サーヴァントはほぼ互角に渡り合っている。このまま眺めるのも良いが、聖杯戦争とはマスターも競い合う戦いだ。候補だったケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男は幾ばくか見劣りするその戦いに一筋の光を見せてくれた。魔王の中で彼は勇士の一人に数えられている。

 勇者でなく、勇士。それは彼女の願いの種となりうる存在。上手く育てばいずれ魔王を討てると認めているのである。それが何代先であろうと、彼女は待ち続ける。魔王は座して待つものだから。

 

 だからあのセイバーのマスターも、きっと。

 そう思って魔王は玉座から立ち上がった。

 

「滾るな、セイバーのマスター。我々もそろそろ、マスターとしての戦いをしようじゃないか」

「……っ!」

 

 騎士の戦いを眺め、雪の妖精が如く佇んでいた女性は殺気が向けられたことでびくりと肩を震わせた。その様は少しばかりエリスティンの癇に障ったが、もうすでにここは戦場。この場に立つのならば決死の覚悟でなければならない。

 

「アイリス――ぐっ!」

 

 セイバーが魔王の動きに反応するも、相対するディルムッドが余所見など許さない。彼女の眼前に立つは油断などできようもない一等の戦士。気を散らせば騎士王とて首を狩られるだろう。

 

 敵を足止めしている騎士の背後でエリスティンは悠然と、しかし規模に対して異常な速度でもって魔力を練り上げ頭上に展開し、そこに巨大な氷柱を無数に創り上げる。薄らと青白い輝きを帯びた破城槌のような、見ただけで恐怖を覚える必殺の杭。それを十を超える数で生み出した。

 

 セイバーのマスターはまだ動きを見せていない。だがそれこそフェイクで、もしかしたらカウンターのタイミングを計っているのかもしれない。いや、正面から打ち払うか?

 わくわくとした気持ちで氷柱を射出すると、白い女マスターは最後まで動かずに、鋭い切っ先を慄いた目で見つめていた。

 

「アイリスフィール!!」

「戦いの最中(さなか)に背を向けるか!」

 

 セイバーが地を蹴り、自らの守るべき姫君の元へと馳せ参じた。輝く剣を振るい、恐ろしい魔力と質量をもった氷柱を弾き飛ばす。小柄な騎士は自身よりも巨大な杭を見事に打ち払って見せた。

 だが、それは犠牲を伴って。

 走り出した彼女の後ろ、決闘へ向けられた背中に、ディルムッドが激憤とともに槍を閃かせたのだ。交差するように擦過(さっか)した刃は、赤色が防御に突きだされた左の籠手を貫き、黄色がその腕に傷を齎した。

 

「セ、セイバー!」

「御無事でしたか、アイリスフィール」

 

 腕から血を流すセイバーに、守られながらも慮るアイリスフィールと呼ばれた女性。その傷は彼女の責任に他ならない。戦場において、足手まといというのは罪なのだ。

 だが彼女とて決死の覚悟を抱いてここに立っている。しかしまさか、これほどの化け物が出てくるとは予想だにしていなかったのである。

 並の術者ならば倒せるとまでは言わないが逃げ切ることは可能だろう。北の錬金術の大家アインツベルンが誇るホムンクルスは、そこいらの魔術師にだって引けを取らないのだから。

 けれども相対したのは化け物のような敵マスター。ただ氷を作り出して撃ち出す。たったそれだけなのに規格外だと言わざるを得ない。一瞬であの質量を生み出し、目にも留まらぬスピードで射出してきたのだ。先ほどまで繰り広げられていた剣戟と比較しても劣らない、異常な魔術。

 さしものアインツベルンの技術の粋(ホムンクルス)も、見たこともないほどに洗練され、かつ強大な魔術師に太刀打ちできるはずもなかった。

 

「ごめんなさい、セイバー。私のせいで……」

「気になさらないでください。これは私の力不足です」

 

 負傷したセイバーに治癒をかけてみても、やはりあの黄槍の呪いは本物だった。治ることなく、全快させた手応えを感じても血が流れ続けている。これを癒すには、あの槍を破壊するか持ち主を倒すほかに手段は無い。

 治癒の確認をしている間も警戒するようにランサー陣営の方へ意識を向けていたセイバーだったが、敵二人は動かずにじっと自分たちの方を見ているだけだった。あまつさえ、ランサーは主君の方へ振り返りさえしている。

 

「我が主よ、どうか――」

「ディルムッド」

 

 何かを言いかけたディルムッドに、被せるように魔王が口を開いた。その厳かさに彼女の騎士は思わず姿勢を正して言葉を待つ。

 

「興が削がれた。この戦場、貴様に全て任せる」

「……了解しました、我が主よ」

 

 ただ単に、言葉通り興が醒めきったエリスティンだったが、ディルムッドの方はそうは思わなかったらしい。嬉しそうに主君を背に控えセイバーたちを振り返った。

 

 

 

 

「なんなのだ、アレは……」

 

 気配を消して倉庫街に潜んでいたアサシンの目を通じ、監視を行っていた若い神父がぼそりと呟いた。

 戦場より十数キロ余りも離れた教会の地下。そこで言峰綺礼は対外的には保護をされながら、聖杯戦争の裏で暗躍していた。他の参加者が死んだと思い込んでいるアサシン、彼らを間諜として放ち情報を収集する。それが彼と師の思惑だった。

 観察していたそこでは二つの陣営がぶつかり合っていたが、綺礼の目には超常の剣戟よりも理解の及ばぬやり取りが為されていた。

 魔王などと嘯いていた女はサーヴァントの真名をひけらかし、騎士の決闘に準じるかと思えば、今はセイバーのマスターであろう白い女に氷の魔術を差し向けた。その威力も神の代行者たる自分から見ても異常と言っていいが、次の瞬間には攻撃をやめて氷の椅子に座ってしまった。あれの行動はよく分からない。もはや滅茶苦茶だ。

 

『どうした、綺礼』

 

 テーブルに乗せられた古びた蓄音機。真鍮でできた朝顔のようなそこから彼の師である遠坂時臣の声が響く。この魔導器によって傍聴不可能な連絡を取り合っているのだ。

 そして今、ようやく始まった聖杯戦争の本戦(ヽヽ)にも、彼らの目は行き届いている。裏切りを演じ、遠坂のサーヴァントの威容を見せつけつつ、アサシンを本物の陰にする。時臣が考えうる限り最善かつ、最も魔術師らしい戦い方。

 

「……いえ。未遠川河口付近で戦闘が始まったようです。恐らく、ランサーとセイバーかと」

『ふむ。ステータスは確認できるか?』

「問題なく」

 

 アサシンを通じてでもパラメータの透視は可能だ。綺礼が念じるように集中すると、槍と剣を交えている二騎の、驚くべきステータスが看破された。

 

「セイバーは……」

 

――――――――――――――――――――――――――

 セイバー:真名 アルトリア・ペンドラゴン

 筋力B 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具A++

――――――――――――――――――――――――――

 

 なるほど最優のサーヴァントに相応しい。彼女も真名を謳い上げたため宝具のランクも更新され、かなりの脅威になることが予想された。

 自分の師に伝えると、彼もそれに同意する。

 

 そして。

 

「……ランサーは」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 ランサー:真名 ディルムッド・オディナ

 筋力A+ 耐久A 敏捷A++ 魔力B 幸運A+ 宝具A

――――――――――――――――――――――――――――

 

 なんだこれは。化け物か。

 

『……それは、間違いないのかね?』

 

 時臣も信じられないようで重ねて尋ねた。だが何度見ても数値は変わらず、今もセイバーと剣を競っている。

 

「ええ、間違いありません。後ろに控えたマスターは黒い装束に紅い髪の女です」

 

『なるほど……時計塔から神童と名高いロード・エルメロイが参戦すると聞いていたのだが、急遽取りやめにしたと思えばまさか、そのような者を送り込んでくるとは』

 

 前々から聞いていた時計塔が誇る天才魔術師、ロード・エルメロイの参加表明。時臣も魔術師らしい魔術師の筆頭である彼を、脅威には思いつつも参加について渋ることはなかった。

 かの天才講師は正しく魔術師だ。聖杯に何を望むかは知らないし、負けるつもりは微塵もないが仮に譲ることになったとしても変な使い方はしないだろうという安心感もあった。その場合、遠坂の家名に栄光は訪れないのかもしれないが、彼がセカンドオーナーとして治める冬木の地から生まれた威光は確かなものだと周知されることになる。

 ならばと思っていたのに、ロード・エルメロイは突如参加を辞退した。その時は驚いたが有力候補の脱落にほっとしたのも事実。しかし代わりに送られたのがこれか。

 もうサーヴァントが全て召喚されていることは監督役の言峰璃正からも聞き及んでいる。ということはロード・エルメロイが空けた穴に収まったのが今のランサーのマスターで相違ないはずだ。愚直にも教会に来て参加表明をしたと言っていた。

 そして時計塔の神童がそう簡単に意志を曲げないことを知っている時臣は、そのマスターと何らかの取引があって参加枠を譲ったのだろうと推測した。同時に、相当な実力者だ、とも。

 

『まあいい。彼らが潰し合ってくれるならそれに越したことはない』

 

 しかし時臣はまだ慌てることはないと落ち着き払っていた。

 あの異常なステータスだが、真名も分かっている。確かにランサーの槍は脅威かもしれないが、あれはランクが上がろうとも大して効果は変わらないのだ。結局どこまでいっても対人宝具。己のサーヴァントには敵うまい。そしてセイバーも並を外れた英霊だが、今まさにどちらかが退場しようとしている。自分たちは見ているだけで構わない。

 

『では綺礼、引き続き監視を頼む』

「承知いたしました」

 

 綺礼が応え、剣戟響く戦場を眺めつづけた。

 アインツベルンのマスターが宿敵となりうるあの男でなかったことに少しばかり落胆もしたがそれはそれ。任務はきちんと遂行せねばならない。

 それと同時に、あの魔王という女のことも気にかかった。その冠名は代行者である自分にとっては殲滅対象以外の何物でもないはずなのに、どうしてか惹かれるものがある。あの男ほどではないにせよ、頭の隅に名前を留めておくだけの興味が法衣の中で生まれた。

 

 

 

 

 

 










英霊に与えられる知識に他の英雄についてってどの程度含まれてるんですか・・・。
謎なので騎士王と聞いてもエリスはよう分からんというスタンスです。
そういえばこの作品もある種の異世界転生?転世か。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。