fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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 魔王は待っていた。待ち続けた。


 一人の男が現れて、勇者だと名乗った。弱かった。

 それは別にいい。弱くても勇者として挑んでくるのならいい。
 しかしその男は死ぬ間際に民を呪った。こんな化け物の前に送り出した者たちを。


 一人の男が現れて、勇者だと名乗った。弱かった。

 やはり構わない。以前より洗練されたように思えるその力。望みに近づいているとも言える。
 しかしその男は死ぬ間際に神を呪った。こんな化け物に挑めと啓示したモノたちを。


 そうじゃない。そうではないだろう。
 勇者とは、成れと言われて成るものじゃないだろう?
 魔王たる自分は、生まれた時から魔王だった。
 では逆に、勇者とは魔王が死ぬ時、討ったその者に祝福とともに与えられるべき名前だ。

 だのに何だ、こいつらは?
 勇気ある者を謳っているのに、死ぬ間際に何かを呪って散っていく彼らは。
 王に命じられて? 神に祝福されて? そうしてやってきて、与えられた力が足りず、責任を何かに擦り付けて死んでいく勇者"擬(もど)き"。

 そうじゃないのだ。私が求めているのは、そういうモノじゃない。
 他者に唆されず、自らの意思で(もっ)て悪を滅したいと強く在る者。
 最後の最後まで、己の意志で(もっ)て魔王に剣を向ける者。
 そういうモノに討たれて初めて、魔王エリスティンという生に意味が生まれるのだから。






-嬉々悦々-

 

「なんなのだ、アレは……」

 

 さも嬉しそうに再び戦場へ赴くディルムッド。そんな騎士を尻目に、怒り心頭で魔王は玉座に座り直した。その呟きは奇しくも自分を監視している者と同じだと彼女は気付かない。

 

 戦場に立つならば死ぬ覚悟で。それは女だろうと子どもだろうと当たり前のことだ。でなければ今頃あのセイバーの相手などしていない。だのにそのマスターはなんだ? 自身に降りかかる脅威を前にして、何もせず突っ立っていただけではないか。これならケイネスを引っ張ってきてマスターをやらせた方が(いささ)かマシだ。

 この世界の魔術師の平均というものを知らない彼女は、アイリスフィールに心底幻滅していた。

 やはり魔王の相手はサーヴァントでなければ務まらない。であれば、一度任せたこの場はディルムッドに片づけてもらい、次こそは自分が楽しむ他にない。

 さすがの魔王も、己の騎士の獲物を横取りするほど理性無き悪獣染みてはいなかったらしい。

 

「聞いたな、騎士王」

「……(かたじけな)い」

 

 ランサーに槍の穂先を向けられたセイバーが立ち上がった。

 敵マスターは異常な力を持っている。その脅威からアイリスフィールを守りつつ戦うにはサーヴァントも強すぎる。そんな危機感を持っていたセイバーは、敵の温情に近い現状にただ頭を下げるしかできなかった。呪いを受けた片腕は使い物にならなくとも、これはランサーの言う通り、決闘に背を向けた己への罰だ。甘んじて受けなければならない。

 しかし幸いにして相手は尋常なる勝負をしてくれる騎士の鑑だったようだ。あのマスターは相手にならないとみたアイリスフィールに手を出さず、その従者もまた、彼女を巻き込むような戦いを良しとはしない。

 まさに騎士足らんとするその在り方が、負傷したセイバーに、罰にしては誉れ高い傷を得てしまったと思わせた。

 

「貴方たちの気概、必ずや剣技で以て返してみせよう」

「それでこそだ。……いざ!」

 

 魔王はすでに玉座に戻り、雪色の姫もやや後方まで下がっている。

 憂いも無く武器を構え直した二人の騎士。傷を与えたディルムッドも気負うことなく、与えられたアルトリアもより壮烈な気を放って剣を執る。

 これまでに数十合も打ち合った倉庫街。静謐な決闘場は彼らが出会ってから三〇分も経たぬうちに見るも無残になっていてしかし、その中で間合いを測る二人の騎士は、打ち合い始めた時よりも美しく在った。

 

 そこへ――

 

AAAALaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララライッ)!」

 

 突如として雷鳴と蹄を踏み鳴らす音、そしてその轟音をして彼方に追いやられるような大音声が倉庫街に響き渡った。

 空を見上げれば二匹の牡牛が古風な戦車を率いているのが目に入る。その牡牛が稲妻を踏み、道なき道をまっしぐらに突っ込んできたのだ。先走った青い閃光を避けるように二人の騎士が距離を取り、そのど真ん中に戦車が着陸(ヽヽ)した。

 

「両者ともに武器を収めよ。王の御前である!」

 

 果たして現れたのは、朱色のマントを翻した偉丈夫だった。

 巨漢の御者が何のために横やりを入れてきたのか判然とせず、ランサーもセイバーも警戒して己の主人の前で睨みを利かせている。エリスティンは邪魔者を鬱陶しそうに、しかし英霊には期待しつつ。アイリスフィールはこれ以上戦場が混沌とするのを恐れながら乱入してきた者を見つめている。

 いきなり斬りかかっては来ないかとひとまず気勢を削げたことに満足した御者は、豪と両の腕を振り上げて自らの真名を謳い上げた。

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度はライダーのクラスを得て現界した」

 

 まさかの三人目の名乗り上げである。

 ディルムッドも主に許可されたとはいえそれが普通でないことを知っている。アルトリアも騎士の礼儀として返したが今現れたこの男はどう見たってそういうモノではないと分かる。しかして三度目だ。この場の全員が瞠目はしても、驚愕までには至らなかった。

 ただ、一人を除いて。

 

「何を、考えてやがりますかこの馬ッ鹿はぁぁあ!」

 

 御者台で蹲っていたウェイバーが身を起こして自分のサーヴァントを怒鳴りつけ腕をぶん回した。彼は本気で殴っているつもりだが、体格差からか擬音にして「ポコポコ」としか言いようがないそれを、ライダーはデコピンの一つで弾き飛ばし口上の続きを述べ立てる。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争うめぐり合わせだが……その前に一つ、問うておかねばならないことがある」

 

 (おごそ)かに言ったライダーを、決闘を邪魔立てされたディルムッドが双眸を怒りに染めて睨みつけた。

 騎士の勝負を穢すなど、断じて許せぬ所業である。今は聖杯戦争という"闘争"の場ではあれど、この場でランサーとセイバーは名乗りを上げ、尋常に剣を競い合っていたのだ。すんなりと口を開かせることはできない。

 

「その問い、我らの決闘を穢してなお必要だと言うのか」

「無論」

 

 刺すような視線を受けても、ライダーは全く動じずに頷いた。

 その頑然とした首肯にようやく話くらいならばとディルムッド、そしてセイバーも剣を下ろした。もちろん、ふざけたことを(のたま)ったのならば相応の罰を与えることは決まっている。

 二人が話だけでも聞いてやろうと思ったのは単に、ライダーも名乗りを上げたことからきている。横やりではあったが、ここまで正々堂々と割り込んできたのだ。それなりの理由というものでもあるのだろう。

 ライダーは御者台の上で腕を組み、(いわお)のような身体からしかし、飄々とした口調で話す。

 

「ひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友とし、ともに世界を征する快悦を分かち合う所存でおる」

 

 言ってのけた征服王への返答は、三筋の剣撃だった。

 

「うおぉっとォ! 何をしよるか」

 

 その巨大さからは想像もつかない初速と小回りで、牡牛の引く戦車がディルムッドとセイバーの振りかざした刃を掻い潜った。巨大な(わだち)が倉庫街に刻まれ、それだけで戦車の破壊力が窺い知れる。

 しかし避けられてさらに怒りを発した二人の騎士は、もはや問答の余地もないと騎乗兵を畏れるどころか射殺さんばかりに()めつけていた。

 ディルムッドは確かに訊いた。その問いは、騎士の決闘を穢すだけの理由があるのかと。征服王イスカンダルは頷きを返して、そして放ったのがあの言葉だ。到底見過ごすことのできない無礼、侮辱。またセイバーもランサーと同じ心づもりでいた。この征服王とやらを生かして帰すのは誇りを傷つけることになる、と。

 

 だが、征服王の口上をいたく気に入った者が一人。

 

「は――――ハッハハハハハハ! アッハッハッハハハハ!」

 

 魔王が玉座の上で哄笑していた。心底楽しそうに。

 殺気を放っていた二人の騎士も、その殺意に晒されていたライダーまでも何事かとエリスティンを見つめた。

 

「これはこれは愉快な男だ。良いだろう征服王とやら」

「エリスティン様!?」

「ほう?」

 

 まさかこの破天荒に過ぎる提案を飲むのか、とディルムッドは己の主を信じられないものを見るようにして目を(みは)る。対してライダーの方は「おぉ、やはり言ってみるモンだなぁ」と呑気に髭をこすっていた。

 だが魔王を従えるのはそんな簡単なことではないのだ。

 

「ククク……魔王を従えたくば、頭を無理やりに引っ掴んで地面に押し付けてみろ。さすればこの身、貴様の自由にするが良い」

「ほォ、お主に勝てば全てを奪えると。分かりやすくて良いではないか」

 

 したりとランサーのマスターを見つめるイスカンダルは、一つ思い違いをしている。彼はサーヴァント同士が争う聖杯戦争にて、弱点(ウィークポイント)となるマスターを倒せば槍兵が手に入るという意味でエリスティンの言葉を聞いた。

 無論、そんな意味ではない。むしろそちらの方が困難なのである。単純に、エリスティンの方がディルムッドよりも強いのだ。

 だから、油断していた。

 

「そうとも、英雄よ。私に打ち勝って――みせろ!」

「うおぉ!」

「ひいっ!?」

 

 黒衣の女が、イスカンダルの目から消えた。否、消えたように見えた。牡牛の一頭の頭が弾かれたようにブレて、一瞬の間断なく戦車を覆う防護力場が作動する。それに反応してギリギリのところで剣を抜いて眼前に掲げると、白色の煌めきがやっと視界に収まって自分の剣と刃を削り合った。

 武勇は数多くあれど、武錬についての伝承は少ないイスカンダル。彼が魔王の一撃を防げたのはひとえに戦車の能力のおかげだ。ある程度の攻撃を防ぐことができる結界のような守り。エリスティンの攻撃はある程度以上の剣閃だったが、一瞬の隙を稼ぐことができて何とか剣を抜くのが間に合った。それも角度が悪ければ今頃その野太い首が串刺しにされていたことだろう。

 ウェイバーもまさかマスターが自ら襲いかかってくるとは思っておらず、縮地の如き速さで現れた魔王に悲鳴をあげたのだった。

 

「一撃では落とせぬか。やはり英雄というものは素晴らしい」

「フ、フハハハ! 豪気なマスターだのう。俄然傘下に加えたくなったわい!」

 

 御者台を蹴って玉座の前まで退ったエリスティンを、凄惨な笑みでイスカンダルが見る。この時代にあれほどの者がいようとは。魔術師の身にして我が軍勢でも稀有なほどの戦闘能力。ぜひとも欲しい!

 実際のところ彼女はこの世界の住人ではないし、そもそもヒトかすらも怪しいのだがそれは些末な問題だ。有用ならば欲しい。ただそれだけ。

 

「魔王と言ったか、ランサーのマスターよ。従者ともども、必ずや我が幕下(ばくか)に入れてみせようぞ」

「ふん、せいぜい期待していよう」

 

 頭を踏み場にされた牡牛がぶるぶるとかぶりを振る。宝具である彼もまさか足蹴にされるとは思っていなかったことだろう。

 神牛の調子を確認したライダーは辺りを見回し、さらなる期待を込めて大音声を張り上げる。

 

「おォい! 他にもおるだろう、闇に紛れて覗いている連中は!」

「なんのつもりだ、ライダー」

 

 いきなり現れて下らぬ問いを投げ、さらには敵マスターと切り結んだ英霊は、今度は新たに戦場に参戦者を呼び込もうとしている。そんな輩にセイバーは怪訝そうに声をかけた。

 

「セイバー、そしてランサーよ。うぬらの真っ向きっての競い合い、まことに見事であった。高らかに名乗りを上げるその気概! 清澄な剣戟! 英霊であれば誰であれ惹かれるだろう。そう、余だけではないのだ」

 

 騎士王と看破されていることには今さら驚きはしないセイバーであったが、やはりその考えは理解できなかった。というよりも、この男はすでに決闘を邪魔立てしたことを忘れているのではないかとも訝しむ。

 ライダーもライダーで、セイバーとランサー――そしてそのマスターという珠玉を見つけて気が逸っていた。これだけの猛者が集う聖杯戦争、やはり召喚に応じて正解だった。聖杯を勝ち取った暁には、必ずや世界を征服できると確信したのだ。なれば取り急ぎ残りも確認せねばなるまいて。

 

 よもやその内の一人が世界を征服どころか完全に滅ぼした過去を持つとは考えもしないライダーだったが、当の魔王は彼を面白そうに見つめていた。

 自分の騎士の決闘を邪魔されたのはそれなりに腹も立つが、他の英霊を呼び寄せてくれるのならばそれに越したことはない。今日中に平らげる気はないものの、その面貌くらいは確認してもいいだろう。

 

「聖杯に招かれし英霊は今、ここに集うがいい! なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの、侮蔑を免れぬものと知れ!」

 

 轟々とした声で張り上げると、直後にそれは現れた。

 金色の粒子が形をとってヒトガタを作る。その眩さは粒子一粒とっても宝玉に値すると思えるほどの光輝。

 

「あいつは……」

 

 ライダーのすぐそば、御者台でウェイバーが呟いた。アレは、使い魔を放った先で見た黄金の英霊。アイリスフィールも同じく知っていたのか、恐れを抱いてはいるが驚きは少ない様子だ。

 彼ら二人に対して、エリスティンだけが初めてみる英霊に目を輝かせていた。彼女は使い魔など飛ばしてはいない。街の監視もしていない。ケイネスの教えに従って教会に参加表明を出しには行ったが、今そこにアサシンのマスターが敗北したとして保護されていることも知らないのである。

 

(オレ)を差し置いて"王"を名乗る不埒者が、一夜に三匹も涌くとはな」

 

 開口一番、傲然と言い放ったその言葉に、さしものライダーも自分より偉そうな奴が出てくるとは思っていなかったのか、困ったように髭をこすっていた。

 

「難癖つけられてもなぁ……余は世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」

 

 この傲慢なサーヴァントのクラス、恐らくは、アーチャー。弓などは持っていないが、消去法的にクラスが特定できる。魔術師には見えないし、狂っているようにも見えない、そして周知的にアサシンはもう脱落しているのだ。そうでなくても眩すぎるこれが暗殺者だなどと誰も思わないけども。

 

「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下において(オレ)ただ独り。それ以外は有象無象の雑種にすぎん」

 

 して、その正体とは。

 人類最古の、原初の英霊にして王の中の王。

 ――英雄王、ギルガメッシュ。

 傲然と放った言葉は暴論に思えても、正真正銘の真実なのである。

 

 不快さも露わに吐き捨てた王と名乗る黄金のサーヴァント。しかして魔王はそちらを向くと、わざとらしいほどにまで礼儀正しく頭を下げたのだった。

 

「ほう、この世の王とは……光栄だ。――我が名はエリスティン、こちら(ヽヽヽ)の世界には来たばかりでな。そなたの面容を知らぬ無礼を許してくれたまえ」

「……ふん。貴様、稀人か」

「さすがの慧眼。いかにも」

 

 位相を(たが)う世界から来た魔王エリスティン。自らをイレギュラーだと自覚している彼女だったが、よもや天上天下の王と名乗る英雄に相まみえるとは。その幸運、僥倖に感謝して、世界の王に敬意を向けた。

 そして黄金の王もまた、彼女が常世の理を外れた存在であると一目で看破した。彼の生きた時代にもいた、稀有な存在。次元や時空より上位の断絶を越えた先からやってくる来訪者。そんな者たちはいつも己の知らないモノを見せてくれた。話を聞かせてくれた。ゆえに自らを知らぬという無礼も当然のことと知っていた彼は、エリスティンの存在を寛大にも許したのだった。もしくだらぬ者であれば、容赦なく殺すつもりでもいたが。

 

「ふむ、一先ずはこの世の地を踏むことを許そう」

 

 尊大な態度は変わらず。しかしエリスティンは嬉しそうに彼を見上げる。

 

「それは重畳。だが良いのか、私は魔王だ。世界を滅ぼさずにはいられない、まさしく侵略者だぞ?」

「大きく出たな、稀人。だが侵略者を誅するのも王の役目よ。貴様がそう在るのなら、(オレ)もまた王として罰するのみ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、魔王は歓喜した。そしてやはり、感謝した。

 

「ああ、愉しそうだ。実に愉しそうだ。この魔王が挑戦者の立場とは……血沸くではないか。感謝するぞ、王の中の王よ」

 

 座して待つのみの魔王をして、挑むことを許された。なんと愉快なことだろう。幾千の年月の中で初めてのことだ。この身を呪わず、存在を是として挑むことを良しとされた。さすがは王。この世界の王様は存外に懐が広いらしい。

 エリスティンはアーチャーの言葉をまるで疑わずに真の王と認めていた。彼女のいた世界で王様といえば決して戦場になど現れない臆病者のことだったが、どうしてかかの者は己で物事を裁断する力を持っているという。とても、嬉しいことに。

 英雄王も彼女の正体を看破し、かつ魔王というのが相応しい在り(よう)でもあるのだろうと見定めた。まるで一個の惑星のような存在感。他の者にはプレッシャーとしか感じえないその重厚さを、彼は王たるその身で受け止めて事実と認めたのだ。

 

 王の恩情をしかと受け取ったエリスティンに、アーチャーも満足げに頷く。だが、だからといって殺意は微塵も揺るがない。

 

「ではまずは生き残ってみせるがいい、稀人よ」

 

 短く伝えた言の端に、みるみる内に殺気が迸る。侵略者ならば殺す。ついでに王を名乗る不埒者も潰す。黄金のオーラを具現化したかのような(ひず)みが生まれて、そこから燦然と輝く切っ先が覗いた。

 紛れもなく、宝具の顕現。しかも三種の武具それぞれが神器と評しても過言ではない威容を放っている。その場にいた誰もが身を固めて、猛烈な魔力を放つそれを注視する。

 

「エリスティン様!」

 

 魔王の騎士が主の眼前に立ちはだかって構える。続いて彼らの後方でもセイバーがアイリスフィールを守るように立って、ライダーでさえもいつでも動けるように戦車の手綱を握っていた。

 

「簡単に死んでくれるなよ……?」

 

 歌うように。蛇のような双眸を細めて王が眼下を睥睨する。魔王も受けて立つと白い歯を剥いてかの者を見上げている。両者ともに心底楽しそうに、殺意をぶつけあっていた。

 だが、黄金の王の上機嫌は長くは続かない。

 

「―――――!」

 

 声ならざる声。苦しみのような、怒りのような、だが怨嗟だけは紛れもなく聞き取れた。黒い影が魔力の奔流によって顕現して、新たに倉庫街への闖入者の姿を形どる。

 

「バーサーカー!?」

 

 セイバーが彼奴のものであろうクラスを叫んだ。見ただけで、理性などないと断言できるその有り様。やはりバーサーカーでしかありえない。

 だがしかし、その存在もそうだが、登場のタイミングまでもが歪すぎる。すでに四騎が睨みあっているこの戦場に、新たにサーヴァントを放り込むマスターの考えが全く持って読めない。

 と、エリスティンとギルガメッシュ以外の誰もが思っていた。

 魔王は新たな英霊の登場に笑みを深め、逆に英雄王は邪魔な黒い靄をさも鬱陶し気に睨みつけた。

 

「次から次へと……」

 

 文句のようなセリフだったが、エリスティンが放ったのは愉悦のそれである。

 新たな参戦者は黒い靄を纏っていてステータスも分からない。さらには英霊がそれぞれ持つ"華"すら持たない、明らかな負の存在だった。

 にも関わらず魔王は悦に浸っている。その在り方が悪であろうと、別に構いやしないのだ。英霊にまで至ったのであれば、強い意志と実力が備わっているのだろうから。

 同じ悪として魔王が許せないと斬りかかってきても、彼女はそれを良しとするだろう。ただし、「魔王」だけはこの身一つ。その考え方は黄金の王と似たような形なのかもしれない。唯我独尊。まさしく頂点は常に一人なのだ。

 

「誰の許しを得て(オレ)を見ておる、狂犬めが……」

 

 恒星が如く輝く王はその新たな闖入者が自身をじっと見つめていることに気付き、激怒した。

 恭しく(こうべ)を垂れるべき卑賎な者の視線を浴びることは不快も甚だしい。――こともあろうに真の王たる(オレ)へ向けるなど、刎刑にも値する。

 

「せめて散り様で(オレ)を興じさせよ、雑種」

 

 彼の周囲に展開されていた剣と槍、斧。それらがぐるりと向きを変えて黒い騎士へ切っ先を向けた。

 水面のような黄金の歪みから溢れ出る魔力がやおら強力になったと思った瞬間、三種の武器が目にも留まらぬスピードで射出された。それは奇しくも先ほど魔王がアイリスフィールに向けた氷柱の群れに似ていたが、その威力の差は絶大だった。

 魔王が撃ったのは魔力で作り出したとはいえただの氷なのだ。そこへ効果を付加することもできるが、やはり宝具の一撃とは、げに恐ろしきものなのである。

 

 三つの煌めきが一瞬だけ闇夜を照らし、直後爆炎とともにアスファルトが飛び散ってもうもうと粉塵が立ち上る。これまでの英霊による攻防を嘲笑うかのような杜撰な投擲にして破壊力。黄金のサーヴァントはこれを以てして射手(アーチャー)の名を冠しているのだろう。

 だが新手もまた歴史に名を刻む猛者。

 傍目からは――大多数が見えているのはさておき――間違いなく殺し屠ったと思えた攻撃だったが、黒い騎士は現れた時の姿のまま、否、一本の剣を携えてそこに立っていた。

 

「奴め、本当にバーサーカーか……?」

 

 自分の騎士が呆然と呟くのを聞いても、魔王の機嫌は変わらない。

 

「ほぉう、あの黒いのは武錬を以て英雄に至ったか。()()き」

 

 語尾に音符のマークが付きそうなほど弾んだ声で、エリスティンは黒い騎士を見つめていた。

 靄に包まれた騎士は続けて王より怒気とともに発された十六挺もの宝具の群れを掻い潜り、あるいはつかみ取って難なく切り抜けてみせた。槍の名手、そして一級の戦士であるディルムッドから見ても、その手腕は舌を巻くもの。

 反撃を受けて地に立ったアーチャーはさらに宝具を展開して黒騎士を木端微塵にするつもりでいる。がしかし、急に虚空を睨みつけると、空一面を覆いかねない宝具の群れを消して言葉を吐き捨てた。

 

「チッ、命拾いしたな狂犬。雑種ども、次までに有象無象を間引いておけ。(オレ)とまみえるのは、真の英雄のみで良い」

 

 最後にエリスティンを見て付け加える。

 

「稀人よ、貴様も(オレ)が裁いてやる。無様な敗走など晒してくれるなよ」

「無論だとも、天上天下の王よ」

 

 死刑宣告に等しいセリフを、魔王はしかと受け取った。心から嬉しそうに。

 もとより勇者を求めて至ったこの世界だが、この世の王を退けたのならば根を下ろすのも悪くない。黄金のサーヴァントは彼女に新しい道を示してくれたのだ。

 

 (まばゆ)く輝いていた英霊が去ると、途端に倉庫街は元の侘しさを取り戻した。しかし英霊たちは一寸たりとも気を抜かず周囲を警戒している。

 一人去ったとて、まだ四騎。誰も彼もが尋常ならざる力を持ってそこにいるのである。何が起きても不思議ではない。

 

 が、直後の一幕は、やはり誰かの驚愕をもたらした。

 

「……ur……!」

 

 またも黒い騎士が注目を集める。ギシギシと身体を軋ませて、弾かれたように走り出す。勢いのままプレハブへ突っ込むのかと思いきや、そこに転がっていた鉄柱を拾い上げて一目散にセイバーに向かって突進していったのだ。

 

「なん、だ……貴様は?」

 

 セイバーは向けられた視線を受けて悪寒が背中を走り抜けるのを感じた。どうにか最初の一撃を受け止めたが、ただの鉄柱を斬り裂けない聖剣と、そこに込められた怨嗟の念に疑問を覚える。

 

「――ur――!!」

 

 力任せに叩きつけるような豪快な棍撃、しかしてその武技は無窮と言わざるを得ない。左手を失った今、セイバーはやや劣勢に立ってしまうが、それ以上にこの状況で狙われるのはよろしくない。

 すでに戦場は決闘場でなく、バトルロイヤルへと変貌している。弱みを見せれば潰される。そんな中で黒騎士に狙われるのも、時間をかけて手こずるのも得策ではないのである。早々に蹴散らさねばならない。

 だが。

 

「くっ、はぁあ!」

「――ar――!」

 

 上段の一撃を回るように躱して一気に踏み込むも、黒騎士は長い鉄の棒を槍のように払い、石突きと扱った部分で刃を弾く。

 

「なんだと……!」

 

 ――崩し、きれない!?

 セイバーは眼前の敵を信じられないように見た。彼奴の武器は鉄柱だ。先ほどアーチャーが乗っていた街灯の切れ端。神秘など欠片も持つはずのない鉄塊。だのに聖剣と真っ向から打ち合ってなおその原型を留めている。

 しかし、それはいい。まだ、いい。そういう「宝具化する宝具」だと思えば頷ける。けれどもこの接戦はなんなのだ。左手を封じられているとはいえ騎士王の名を背負った自分に、そこらで拾った鉄塊で伍するなどと。しかも理性を失ったバーサーカーが。そんなことが、軽々に信じられるものではない。

 

「セイバー!」

 

 悲鳴のような声がアイリスフィールから届く。

 一瞬の油断。相手の正体に思考を奪われたセイバーの横顔に、裂帛の気とともに鉄柱が唸りを上げて迫っていた。

 ――躱し、きれない!

 衝撃を覚悟して歯を食いしばる。が、想定していたダメージが己の横面を襲うことはなかった。

 

「――悪ふざけはそこまでにしてもらうぞ、バーサーカー」

 

 セイバーの前に立ちふさがったのは、先刻まで殺し合い、刃を向け合っていたディルムッド・オディナだった。

 右手に持った魔を断つ赤槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)によって、宝具化された鉄柱は切り結んだ瞬間に本来の姿に戻されて斬り飛ばされてしまったのだ。

 

「そこのセイバーにはこの俺と先約があってな。それを掠め取るというならば、黙ってはおれんぞ」

「ランサー、貴方は……」

 

 どこまでも真っ直ぐな騎士たる槍の英霊の背を見て、セイバーは感嘆の声を漏らした。

 彼女らが奉じる騎士の道。それが時を超えた先の英霊と分かち合えていることがひどく胸を打つ。ディルムッドは双眸に獰猛な光を滾らせて狂戦士を視線で射抜いていた。

 魔王がにわかにそれを見て、やれやれと肩を竦める。

 

「お前の愛しい敵は、随分と人気者のようだな?」

 

 揶揄するような声音に、ランサーは黒騎士に槍を向けたまま主へと進言した。

 

「我が主よ。セイバーは、必ずやこのディルムッド・オディナが誇りに懸けて討ち果たします。なんとなれば、そこな狂犬めも討ち取ってご覧に入れましょう。

 ですからどうか――」

「ならぬ」

 

 言葉を途中で遮って、魔王は騎士を諫めた。

 確かにこの戦場は任せると言った。だがそれはセイバーとの決闘のこと。なにより数多の英霊と顔見せを済ませて、もはや見ているだけでは足りないのだ。もともと英雄との戦いを求めて来たというのに、誰も彼も俺が討つと言われては、この魔王とて見過ごせぬ。

 

「主よ……!」

 

 悲嘆の叫びが喉までせりあがりかけて、眼前の黒騎士が突如鉄柱を真横に構えるのを視界に捉えて瞠目した。

 黒い騎士に、黒装束の紅い影が踊りかかったのである。

 

「エリスティン様!?」

「此れは私が愉しむ……!」

 

 ギチリと音が鳴るほどに縛った犬歯を剥きだしに、凄惨に嗤う魔王の姿がそこにあった。

 重く鋭い蹴りが鉄柱に阻まれてしかし、それごと押し込んでバーサーカーをコンテナの山に激しく叩きこんだ。鉄と鉄がぶつかり合う金属音が続いて、砂埃が辺りに立ち込める。

 

「な、馬鹿なっ!?」

 

 やや遠くでライダーの戦車の中から叫び声が上がった。御者台で戦闘の行く末を眺めているライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットの驚愕の声だ。

 少年と言っていい矮躯の彼は自身を優秀な魔術師だと自負してこの戦争に臨んでいる。だが目の前で英霊に蹴りかかったあのマスターは何者なのだ。先ほどもライダーに向けて剣を振るった異常なマスター。瞬間的に身体能力を強化したならばともかく、真っ向から打ち合うなど常軌を逸している。

 そうしてよくよく見ると、どこか覚えがあるように思える。あの、紅い髪……とそこまで思い出してようやく記憶から掘り起こした。ロンドンでライダーの聖遺物を奪った直後に出会ったあの女。当時の彼女は今と真逆の真っ白な服を纏っていたからか同一人物だとは思わなかったのだ。

 甦った記憶が、ウェイバーの背中を冷たくする。あの時ほんの少しでも何かが変わっていたら、もしかしたら自分はあの場で死んでいたのかもしれない。今思い出しても身が竦むほどに黒装束姿の魔王は殺気を充溢させていた。

 

「――! ――――!」

 

 声ならざる声を張り上げて、狂戦士が路上に再び足を踏み入れる。持っていた鉄柱を、長さを鑑みてか剣のように携えると、一気呵成に魔王へと突進した。今も殺意はセイバーの方へ、しかし目的を為すにはこの女こそが第一の障壁だ。

 

「くはは! 踊れ踊れバーサーカー!」

 

 苛立ちを爆発的な力に変えたような、暴風じみた攻撃をするりと躱す。腰から抜いた白の双剣を振るうと、刺突剣(エストック)に似た形状のそれは見合わぬ破壊を倉庫街へ刻んだ。道からコンテナから、綿を切るかのような滑らかさで左右に分かたれる。

 ギリギリで躱した敵をノーモーションで放つ氷の魔術で牽制し、受け流しつつ突進する狂戦士を正面に捉えた。剣を突き出す、と見せかけて素手(ヽヽ)で鉄柱を掴み取る。

 

「――――!」

「やはり狂化されていると思考が単調か、あァ?」

 

 掴んだ相手の得物ごと押し返して、エリスティンは不敵に笑って挑発した。

 漆黒の狂戦士の武錬はまさしく無窮。それは魔王も認めるところ。だがそれ以外が足りていない。攻撃も防御も一級だ。合わせて足運びも素晴らしいと言える。けれどもやはり、物足りない。

 魔王にも、他の誰にも見えないがこのバーサーカーのスキルは狂化してなおその技を衰えさせないというもの。生前の武技が今もなお生きている。

 ――そう、技「だけ」だ。

 狂化の(さが)か、状況判断が著しく悪い。隙を見れば突っ込むし、相手の攻撃を見てからスキルが発動するのか、経験を遡って最適な防御法を探し当てるほんの僅かなタイムロス。理性を失っていなければ無かったであろうそんな機械じみた挙動が、節々に表れていた。

 無論、並み以上のサーヴァントでもそれで打ち倒せるだろう。だが一線級のステータスを得たディルムッドでさえ魔王の猛攻を防ぐのは難しい。ゆえに狂戦士の挙動は、彼女にとって隙だらけにも見える単調な動きだった。

 

「そぉ、らっ!」

「――ッ!!」

 

 暴風の中を舞うように、だが無傷で漆黒の騎士を捉えた。双剣の閃きをどうにか鉄柱で受けたバーサーカーの腹に、今度こそ魔王の蹴りが突き刺さる。再び吹き飛ばされかける狂戦士。なんとか鉄柱を地面に突き刺すことでそれを免れても、勢いを殺し切れずに一度地に転がった。

 しかしダメージはあれど痛みはないのか、すぐに腕を立てて次なる攻撃のために身体を起こす。

 

「はっは、根性はあるようだな」

 

 たまらなく嬉しそうに、エリスティンが起き上がる狂戦士を見やる。そうだ、もっとだ。もっと見せてみろ。もっと愉しませろ。

 単調な攻防は、それでも彼女に飽きをもたらしはしなかった。ここまで打ち合って力の差を見せつけても、挫けずに立ち上がるその姿。

 例えそれが理性の喪失よるものだろうが怒りによるブーストだろうが、折れぬ姿は美しいのだ。

 人々の羨望と祝福、あるいは呪い、呪詛だろうと思いを背負って立つ英雄ならば、勇者足らんと前へ立て。

 

 そんな気持ちで追い討ちをかけずに待っていた魔王だったが、すぐにその目は怪訝に歪んだ。

 

「Ar――ur――!」

 

 蹴りによって転がった先。そこがセイバーに近づいてしまったのが失敗だった。理性無く淀んだ双眸が彼女を捉えると、他の何を捨ててでも走り出してしまうのだ。それが狂った彼に残された最後の思いであるがゆえ。

 だがそれは魔王にとって失望以外の何物でもなかった。

 折れずにいる姿は美しい。心に一本芯の通った在り方は素晴らしい。

 けれども斯くありきとしたものの向かう先が自分でなければ意味が無い。目の前で力を競った己を無視して別の敵に襲い掛かる。そんなことをして、魔王の逆鱗に触れないはずがなかった。

 

「鞠iセd|Un!!」

 

 バーサーカーに輪をかけて理解できない謎の言語。口から零れた言葉がどんな意味を持つのか、誰にも分からない。しかし怒りに満ちた面貌を見れば、魔王の心境など取るように知れた。

 

「なっ……!」

 

 セイバーの目前にまで迫り来ていた狂戦士。その凶行は彼女にまで至ることはなかった。走ったその姿のまま、全身を氷漬けにされて動きを止めていたのだ。透明な硝子のような巨大な氷柱。異常な膂力を持つ英霊をして、身動(みじろ)ぎすら許さぬ絶対零度の具現。

 

「つまらぬ真似を。お前は――もういい」

 

 先ほどまでの愉悦は影を潜めて。魔王の紅い目には失望がありありと浮かんでいた。

 両の腕を広く構えると、その手の先に強烈な魔力が集中していく。

 危険を察したのか、ただずっともがき続けていたのか、バーサーカーを封じ込めた氷塊の所々にひびが入った。

 さすがは英霊、対魔力というヤツか。だがもう遅い――

 

「では滅べ」

 

 簡潔に述べた宣告とともに、手に集めた魔力を押し出すようにして放出する。

 青白い光が辺り一帯を包み込み、吹雪を凝縮したような魔術が炸裂した。吹雪と一口に言っても、込められた魔力の質と量、そして指向性を得たそれはもはや極太のレーザーの如く、魔王の正面全てを薙ぎ払い更地にしてしまった。

 

「……ぁ」

 

 掠れた声はセイバーの後ろから。

 アイリスフィールは目の前で繰り出されたものが魔術であると素直に呑み込むことができずにいた。

 ――なんだ、アレは。

 英霊が宝具として振りかざしてもおかしくない威力のそれを、なんの詠唱もなくただ放った。あれが、魔術? 向こう一〇〇メートルまでを綺麗に砕き押し潰した今の攻撃が?

 再現しようとすれば、なんとかギリギリできるだろう。ただしそれなり以上の時間と複雑な儀式を用いることになって、戦闘になど使えるはずもないが。いや、もしかしたら宝石魔術のように魔力を込めればいけるのかもしれない。その場合であってもどんなモノに、どれだけの期間魔力を込め続ければいいのか定かではないが。

 ホムンクルスとはいえ魔術師。目の前の惨状を見てそういった考察がぐるぐると回りかけたアイリスフィールだが、セイバーの肩が揺れたのが視界に映って気を入れなおす。

 まだ戦闘は終わっていないのだ。もしかしたら、次にアレを向けられるのは自分たちなのかもしれないのだから。

 

 だが魔王は一瞥だけ投げると、セイバー陣営二人から視線を切った。

 セイバーの始末は騎士が着ける。だが尋常なる決闘をするにしても邪魔者がいる。残されたライダーに単身で挑んでも良いが、あの男が乗る戦車はこんな戦場では活かしきれまい。ならば奴と戦うのはここではない。

 吹き飛ばした狂戦士もどうやら逃げ延びたらしい。手応えはあれど、殺し潰す前にマスターが霊体化させたか令呪で呼び戻したか、ともかくとして逃がしたようだ。まったくどうしてしぶとい奴。

 

「……飽いたな」

 

 どうにも今日はここまでみたいだ。一先ずの満足を得たものの、次はもっと何も考えずに楽しめると良いのだが。そう思って呟いた言葉。

 今宵はもう充分だ。あまり遅くなりすぎても目立つことになる。顔見せを交わしたのだから、次は全力でぶつかれる舞台をそれぞれに用意すれば良い。

 

「ディルムッド、宵も過ぎる。ここまでにするしよう」

「……承知致しました」

 

 ディルムッドもまた決着はついていない。戦い足りなくはあるが、それはそれ。主人がルールに準じているのに、騎士たる己が反目することはできない。

 彼はセイバーに視線をやると、頷き返した彼女に黙礼する。

 この場の誰も、去ろうとするランサー陣営を止めはしなかった。混沌(カオス)と化した緒戦、それを噛み砕く時間が(みな)欲しいのだろう。

 

「ではさらばだ英雄たちよ。また相まみえることを期待している」

 

 コートを翻した魔王だったが、何か思い出したように振り返った。

 

「あぁ、そうそう。ウェイバー・ベルベットと言ったか」

「ひゅいっ、ひゃい!?」

 

 突如として名を呼ばれたウェイバーが戦車の御者台で縮みあがる。一応面識はあったものの、彼は名乗った記憶がない。もしかしてあの日のことで何かあるのだろうか。

 そう思って恐る恐る耳をすませたが、ウェイバーにとってはもっと恐ろしい事実が告げられた。

 

「ケイネスから頼まれていてなぁ、お前に灸を据えてやってほしいそうだ」

「え、へ? せん……せい?」

「おお。お前、奴から聖遺物を盗んだそうだな。矮躯な成りしておいて、なかなか豪胆な奴よ」

 

 ハハハハ、と高く笑う魔王だったが、ウェイバーはそれどころではなかった。

 ロード・エルメロイに彼女を差し向けたのは間違いなく自分なのだ。この場に現れなかったことからしてロードは聖杯戦争を諦めたのかもしれないが、その代わりにあの魔王が参戦したのならば、なんて余計なことをと過去の自分をぶん殴りたい気持ちでいっぱいになってしまう。そしてそれ以上に、灸を据えると言ってアレが向かってくる、だと。なんという悪夢なのだ、それは。

 

「ぃぎゃあぁ~~~ッ!?」

 

 にわかに浅くなり始めた夜の海に、ウェイバーの悲嘆の叫びがこだました。

 

「ではな。またいずれ」

 

 騒がしい小僧を捨ておいて、今度こそ魔王は去った。マスターの身にして闇に溶けるように消え、その騎士も追うように霊体化して姿を消した。

 セイバーはそれを油断なく見つめ、気配が完全に消えても次はとライダーを睨みつける。

 

「貴様はどうするのだ、ライダー」

「ここで戦車を嘶かせるほど、余は単細胞ではないぞ」

「どうだかな」

 

 くつくつと喉を鳴らしたライダー。朱色の瞳で騎士王をしかと見て、ブリテンの王の姿を目に焼き付けた。

 

「余も王、貴様も王とあらば、いずれ白黒はっきりさせる時が来る。だがイスカンダルたる余は、勝利を盗み取るような真似は決してせぬ。

 貴様に呪いが撃ち込まれた以上、手出しはせん。ま、ランサーたちであれば吝かではないが……。

 あちらも王がいる以上、避けては通れぬのだからな」

 

 魔王エリスティンとは、王として君臨していたわけではない。それは忌み名として与えられた字名(あざな)。魔王として生まれ、魔王として在れと呪われ、魔王足らんと在り続けただけのモノだ。

 だがそれを知らずとも、覇王として名を馳せた征服王には何か感じるものがあるのかもしれない。

 いずれ心行くまで語り合ってみたいものよ。そう思って神牛に連なる手綱を握った。

 

「さらば!」

 

 未だ頭を抱えて泣いているマスターを慮ることもなく、ライダーは空へと消えていった。

 残されたセイバーとアイリスフィールは顔を見合わる。尋常な勝負をしてくれる者こそいたが、尋常な相手はやはりいなかった。挙句の果てに最も危険だと思える一人がマスターだなんて。この聖杯戦争というものに実際に身を投じて、彼女たちの心は震えるのか、奮い立つのか。

 

 

 

 

 









分けてもこの文量・・・。
ギルは異世界から来た者に対してどういう反応をするのか。ここではあっさり認めてますが、実際のところ即殺しそうな気がしなくもない。
・・・・ご都合主義って便利!

ランスロットさんの「無窮の武錬A+」はバサクレスの「ゴッドハンド」みたいに理性あったらもっと活かせるよっていう設定にしてあります。
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