fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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 魔王は貪欲だった。
 その身体はどれだけの生命を吸い上げても満足することなく、いつもどこか飢餓感を覚えていた。周り全てを塵にしても、決して彼女は満腹を得ることが無かった。


 魔王は寛容だった。
 その首を討たんとする者たちの、どんな手段であれ真っ向から受け止めた。あるいはそれが、死すべき己を死に近づける最後の良心だったのかもしれない。


 魔王は無敵だった。
 吸収した知識と経験、総じて人生と呼ぶべきものを余すことなく奪い取り己が物とした彼女は、最終的に神さえ喰らって誰も立てぬ(いただき)にその身を置いた。



 魔王は、孤独だった。

 勇者のみが、前に立てる。

 それが、彼女の死を(もたら)すとしても――エリスティンは、その存在を強く願った。







-狐狩り-

 

 一夜が明けて。

 エリスとディルムッドは街を散策しながら昨夜の"攻撃"について話していた。

 

「どこのどいつか知らんが、思い切ったことをする」

「正面から挑まぬとは……英雄の名折れにございます!」

 

 しかし二人の間でもその評価は真っ二つだ。エリスはその手腕を褒め、ランサーは滾る闘志の矛先を失って憤慨している。そこには自らの存在に対する自己評価の違いからの隔たりがあった。

 

 魔王を討つには全てを(なげう)つべし。

 かつての世界で誰一人成し遂げられなかった魔王討伐は本人をして最上級の難関(クエスト)だと自負している。だからこそ居城ごと埋めるという戦略も然りと受け止められる。そんな程度では落ちぬと手緩くも感じるが、この世界の人間には自分は余所者。まだその畏懼(いく)すべき示威が足りていないのかもしれない。

 そうして機嫌よく道を歩いていた。

 

 しかしてディルムッドは。

 あれほどまでに魅せた騎士の決闘。互いに名乗りを上げて刃を向け合った清廉たる自分たちへの襲撃があんな卑劣なものであっていいはずがない。我らは正しく在り方を示したのである。なればこそ、正面から挑んでくるのが礼儀というもの。そうすれば自分たちは逃げも隠れもしないのだ。例え槍が折れようとも誇りだけは決して失わない。そんな戦場を求めていたというのに。

 仮にも英雄を擁する者たちがあんなことをするとは露とも思わず、鼻息も荒く主の横を歩いていた。

 

「して、今日はどうするかな。昨日(さくじつ)のように誘いをかけても、また魔女の鍋の底になってしまうか」

 

 今はただの散策だ。ランサーも気配は放っていないし、敵とばったり出会いでもしなければ見つかることもあるまい。無論、日が昇っている今出会ったとして刃を向けるつもりもないのだが。

 

「そうですね……できれば俺は、セイバーとの決着をつけたい所存ではありますが」

 

 ランサーも言いながら、それが難しいとも理解している。

 もし(くだん)の騎士王と出会えたのなら時間と場所を指定して決闘の続きと洒落込めるだろうけども、かの英霊には自分が与えた呪いがあるのだ。そんな状況で呑気に街を出歩いているとも思えない。

 ゆえに彼らはとくに何も考えずに歩を進めていた。

 教会に行くことも考えたが、彼らにまた居住地を示されてもあまり意味はない。期間中は充分に行動できるだろう通貨はまだ残っているし、宿に泊まる"やり方"も覚えた。今宵からは適当な宿舎で身を休めることになるだろう。

 高層ビルは選択肢にない。同じ轍を踏むわけがない。小さな宿であれば敵襲と同時に外へ飛び出せるだろうし、被害も小さく済むはずだ。それにあのような派手な攻撃が常とは思えない。続けば聖杯戦争自体の存続が危ぶまれてしまうのだ。

 常識的な考えで魔王は次の拠点を選んでいたが、もしそれを知ったら一番喜ぶだろう人物が璃正神父であるとは誰も思い至ることはなかった。

 表面的には平和な昼下がり、しかしやはり運命は(いたずら)に絡み合う。

 

「……うん?」

「おぉ!」

「貴様……」

「ひいぃっ!?」

 

 四者四様。そんな新しい四字熟語が生まれそうな出会いが冬木市で起きた。

 エリスとディルムッドの前方から、同じように歩いて来た二人組は昨日出会ったばかりの敵陣営。現代の装束……というにはいささか俗に染まりすぎているシャツの征服王と、それに引っ張られるようにして続いているウェイバー・ベルベットだった。

 こちらを見つけた時の視線に魔王が反応し、征服王が手を挙げ、ランサーは警戒し、ウェイバーは恐れて悲鳴を上げた。

 

「魔王ではないか! 奇遇だな」

「夜まで暇を持て余していてな。閉じこもっていようにも居城が吹き飛ばされてしまった」

「そりゃまた派手なことを。その様を見れなかったのが悔やまれるわい」

「あの攻め手はなかなか味わえぬものよな」

 

 呵々と大笑しながら物騒なことを言い合う二人の王。片方は忌み名であるが、それでも彼らは随分と楽しそうだ。

 警戒はしつつも規則に準じているため口を挟まずにいた魔王の従者だったが、征服王の連れはそういうわけにもいかなかったらしい。

 

「ぅわぁわわ……!」

「おい坊主、どこへ行く」

 

 ウェイバーが慄いて、絡まりそうになる足をどうにか動かして後ろを向き、走り出そうとした瞬間に身体が浮く。もちろん魔術によるものではなく、極めて物理的に……いや、ある意味では神秘によるものか。英霊たる征服王がその首根っこを掴んだのだ。こうされては少年も、前に進めない足をそれでもじたばた動かすしかない。

 

「放せよぉ! なんでお前は敵対してる奴らと呑気に会話ができるんだ!」

 

 至極当然な文句を叫んでも、その(いわお)のような手はびくともしない。

 あれだけの戦闘能力を示した敵マスターは、自分に剣を向けると言ったのだ。しかも因縁深いあの天才講師の指示によって。それが死以外の何物でもあるはずがないとウェイバーは必死にもがいていた。

 

「真昼間から剣は抜かぬよ。それと、別に殺しはしない。ケイネスも機会があれば灸を据えて欲しいと言っていただけだしな」

「ふぇ……?」

 

 マスターであるなら征服王の現界に必要なのだし、と酷く自分勝手な物言いで魔王が述べる。変わらず、戦場に立つなら死は覚悟するものという考えだが、もう彼女の中でマスターという存在は殲滅対象にないのだ。

 

「で? 貴様らも散策か」

 

 自分たちと同じように、いやそれ以上に俗に染まったライダーの姿にエリスが尋ねた。

 マスターの少年の方は完全に涙目になっていて、この外出が本意ではないことがひしひしと感じられる。しかしてそれを差し置くように愉し気なライダーは、胸に載せた世界地図をはち切れんばかりに膨らませてしたりと頷く。

 

「然様。異国の(いち)を冷やかすのも極上の楽しみがゆえ」

 

 違いない。そう言ってけらけらと笑うエリスに、イスカンダルはピンと指を立ててみせた。

 

「ここで会ったのも何かの縁。どうだ、昼餉(ひるげ)の一つでも囲ってみんか」

「私は構わんぞ。どうせ陽が沈むまでやることもない」

 

 敵であるライダーの提案を一も二も無く承諾する魔王。適当にぷらぷらと歩いていただけの身に、断るという選択肢はなかった。

 

「…………はぁ」

 

 すでに疲れ切った様子のウェイバーは何も言うことなく。ただただ、どうしてこうなった、とライダーに外出の機会、というか隙を与えたことを深く後悔していた。

 この征服王とやらはランサーとセイバーの"当代風の恰好(ファッション)"とやらをいたく気に入って、通信販売で一式を揃えやがったのである。しかもマスターである自分の少ない貯蓄から金を払い、挙句の果てに散歩日和だの抜かして嫌がる己を担ぎ上げて街まで来てしまった。全く以て不満、そしてそれに抗えぬ自分が情けない。

 

 口を挟まず佇んでいたディルムッドは、主の言うことならばと従った。

 ライダーは騎士とは道を違う場所にいるものの、卑怯な真似はしないとも思える。どうせ夜になれば刃を向け合うのだ。その前に話の一つや二つ交わしても問題ないだろう。互いに真名は知れているのだし、なにより昨夜の豪胆に過ぎる提案より突飛な話など飛び出してくることもあるまい。

 

 しかし征服王の提案が実現することはなかった。

 ズンと震えるような音ならざる音が響いたのだ。音波の代わりに魔力の波動が身を通り抜け、その発生元の方角へ全員が顔を向ける。

 

「なんだぁ、今のは?」

「あっちは……聖堂教会がある方だよな」

 

 ライダーが胡乱気に言うと、ウェイバーが思い当たったように呟いた。

 魔術師以外には見ることもできない雲母が煌めく。魔力と呪香で打ち上げられる花火、つまりは監督役からの招集だ。何か聖杯戦争について重大な知らせがあるのかもしれない。これは昼食など摂っている場合ではないだろう。

 

「戻るぞライダー。ここじゃ使い魔も満足に扱えない」

「ええい、なんだというのだまったくぅ」

 

 マスターらしく言い放ったウェイバーに、心底残念そうにライダーは従った。忌々しいことだが聖杯戦争についてのことならば仕方ない。そして目の前の女もまたマスター、であれば昼餉より重要なことが優先されるのは当然のこと。

 

「まぁまたいずれ機会もあろう。貴様が野垂れ死にしなければだがな」

「言うではないか魔王。貴様こそ我が軍門に降る前に死んでくれるなよ」

 

 エリスが挑発し、イスカンダルも嗤う。

 去っていくライダー陣営を見送って、エリスたちは教会の方へと足を向けた。そのまま、直に向かうつもりである。

 使い魔も放てなくはない、けれどもどうせ暇を持て余していた身。時間を潰せるのならこの程度労力にすらなりはしない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 神聖な雰囲気を醸す祭壇の前で、璃正神父は信徒席の方から漂う気配に身を固くしていた。

 狼煙による招集から一時間。きっちり五つの気配がそこには在った。すでに脱落扱いの綺礼と、これから話すキャスターのマスター以外の"耳"がここにいる。

 だがまさかその内の一つが本人だとは。

 予想はしていた。どこまで真実か判然としないが、この世界(ヽヽ)の住人ではないというランサーのマスター。彼女は参加表明の際もその足でここへ来たし、世間への認識もどこか胡乱だった。だからこそ妙な真似をされる前にホテルに押し込んだのだ。

 しかし思惑はあれどまさか彼女にあてがったホテルがまるまる倒壊するとは。この"狐狩り"について話し終えたら、今度はもう少し人の少ない宿を紹介すべきだろうか。

 

「これで全員のようなので始めさせていただく」

 

 気配の数に対して頷きは一つだったが、当たり前のことなのでそのまま続ける。

 

「諸君らの悲願の道たる聖杯戦争が、いま重大な危機に見舞われている。七人のマスターとそのサーヴァントで行われるこれは、我ら監督役の存在と、諸君らの"配慮"によって秘匿されている」

 

 配慮、の部分に少なからず皮肉が込められても、誰も返すことはない。この場で言葉を放てるのは璃正神父を除けば一人だが、彼女もどちらかというと被害者の立場にある。

 

「しかしいま、それを破る者が現れた。彼とそのサーヴァントは聖杯戦争の大義を忘れ、己の欲望だけを満たさんと力を濫用しているのだ。

 キャスターのマスター。この男は昨今の冬木を脅かす連続殺人および誘拐の下手人であることが確認された。このまま放置すれば聖杯戦争の存続に関わる重大な危険因子となるだろう」

 

 存続の危機と聞いて、エリスの耳がぴくりと反応した。

 確かに重大な危機だろう。聖杯戦争が中断となればどうなるか。もしそのままこれが終われば彼女の目的は無くなる。そして騎士はいなくなる。つまり止める者のいない、星を滅ぼすような魔王が放逐されるのである。

 そこまでの危機感は持っていない老神父はカソックをめくり腕を露出させ、そこに刻まれた聖痕を高々と見せつけた。

 

「そこで私は、監督役の権限にて非常時における緊急措置としてキャスター討伐を命じる。暫定的ルール変更によって成し遂げた者にはこの余剰令呪を寄贈する。単独で討ち取ればその者に、他者と共闘すれば事に当たった者たちに一画ずつ。

 この特例の緊急措置が終わるまではキャスター以外との戦闘行動は禁止とさせてもらう。

 ――以上、何か質問のある者はいるかね。まぁ、人語を発音できるのは一人だけのようだが」

 

 話し終えた璃正が視線をやると、唯一のヒトガタであるランサーのマスターは顎に指をやってからおもむろに口を開いた。

 

「キャスターとそのマスターに対し、夜でなくても戦闘許可は下りるのか?」

「うむ、人目につかないことを前提とするが許可する」

「承知した。聞きたいことはそれだけだ」

 

 一つ頷いて席を立つと、他の気配もひめやかにするすると消えていった。

 教会の扉に手をかけて魔王は振り返り、年の割に壮健な肉体を持つ神父へ笑みを向ける。

 

「聖杯戦争は悲願への道。確かにそうだ。なに、すぐに仕留めて再開させてやろう」

「……ああ、武運を祈っているよ」

 

 そうして扉が彼女の姿を切り取るように閉まってから、居住地について話すのを忘れていたと気付いた。

 ――まぁ、問題あるまい。彼女は身を隠すということをしないらしい。ならばアサシンでの補足も容易いだろう。

 実際はいきなり転移(テレポート)で姿をくらましてアサシンたちは多大な苦労をしたりしなかったりするのだが、彼にとってはホテルの倒壊より大事にはならないだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「キャスターの討伐、ですか」

「ああ」

 

 短く答えた主に、ディルムッドはややもするとまた決闘が遠のいたかと少々気が抜けた。

 しかし詳しく聞けばそのマスターは連続殺人・誘拐事件の犯人だという話だ。それも子どもばかりを狙う凶悪な男。そんなことを知ってしまえば騎士として見過ごすわけにはいかない。

 結果的に彼はキャスター以外との戦闘禁止の暫定ルールにも迷わず首肯したのだった。

 

「見つけさえすれば陽が昇っていても潰していいらしい。目立たぬようにと釘は刺されたがな」

「承知致しました。ならば俺の宝具は都合がいいでしょう」

 

 話ながら道を行く今は手に取ることはできないが、自身の誇りの象徴を確かに腕に感じて嘯く。

 ディルムッドは槍の名手だ。その伝承の中には投擲による武勇もある。キャスターを補足さえすれば、人目が無くなった瞬間に遠距離から仕留めることも可能。強気な発言ができるだけの経験は充分に積んできている。

 

「ふむ、そうと決まれば捜索に入るが……我らには土地勘など無いからな、適当に歩くしかないか」

「……ですね」

 

 やる気と手段は満ち満ちているのに、もどかしくも手当たり、いや足当たり次第しか方法がないのだった。

 エリスは空も飛べるが街中でそんな目立つ行動はできないし、霊体化して広範囲を探せるディルムッドも、人とは比べ物にならないとはいえ索敵能力がずば抜けて高いというわけでもない。

 ()くして狐狩りは静かに、しかし確実に始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

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