fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-魔の森-

 街を練り歩き既に昏く。

 陽が落ちて黒い戦闘装束ならば空を飛んでも目立たなくなり、エリスティンはやっと目標の補足に成功した。

 キャスターは普通の住宅街を、普通に歩いていた。色合い的には目立たないとはいえ、時代錯誤も甚だしい恰好で闊歩されてはさしもの魔王であっても頭が痛くなるというもの。エリスはため息とともにその有り様を吐き捨てた。

 

「間違いなくキャスターだな。……アレが英雄とは思いたくないが」

『返す言葉もありませぬ』

 

 飛行する主に霊体化して着いているディルムッドも、子どもをバンに押し込めるローブ姿の男を見て眉をひそめる雰囲気で言う。

 紛れもなくサーヴァントにして、今まさに子どもたちを誘拐している外道の権化。そんなものを自分と同じ英霊だとは認めたくもない。

 

「あまり高所は取れないが撃ち抜けるか?」

『敵の居場所さえ把握できれば造作もなく。しかし主よ、もう少し様子を見ましょう』

 

 周りは住宅地。あの狐は魔術的に隠蔽をしているのか定かではないが、現代において異様とも言えるローブのままで行動している。油断しきったあの様子であれば投擲された槍が己を貫いても、何が起きたか把握する前に霧散することになるだろう。

 だが魔王の従者はそれに待ったをかけた。

 

「どうした?」

『彼奴めが誘拐した子どもたちがまだどこかにいるはずです。このまま泳がせればあ奴の拠点も割れましょう』

「……やれやれ、それも騎士道精神とやらか?」

 

 どこまでも善性を持った騎士に、翼を羽ばたかせ浮遊しながら肩を竦める。

 故郷を星ごと滅ぼした魔王である。いまさら子どもの十かそこら、どこで野垂れ死のうが何も思うことはない。見捨てたとして、どこまでも自分の欲に素直な彼女はそんなことは些事であると気にも留めやしない。

 

「……主よ、どうか」

 

 だがまぁ、この身に悪をさせぬと誓った騎士だ。それに付き合ってやるのもまた一興か。

 

「良いだろう。このまま追跡する」

『ありがとうございます、エリスティン様』

 

 しばらく空から狐を眺め続けていると、静謐な住宅街の空気をバンのエンジン音が震わせて、迷うことなく道を進んでいった。街を抜け、うねる山道を過ぎると森林地帯にまで行き及ぶ。やはりこのまま()()へ戻るつもりか。

 魔王も黒い翼をはためかせてそれを追う。上空からの追跡劇は小一時間にも及んだ。

 やがてガードレールの間から道路を脱し、木々の近くで停止した車からまたキャスターの姿を確認する。しかし拠点らしきものが見当たらぬと観察していると、森に入った瞬間にその姿が隠されるように無くなってしまった。

 

「うん? ……結界か」

「あのキャスターの拠点にしては神秘的なものを感じますな」

 

 地に降り立ったエリスティンがキャスターの消えた辺りを調べると、どうにも魔力が張り巡らされていた。しかしそれは先ほど確認したキャスターのおどろおどろしいものではなく、古く清廉な、きっちりと整備の行き届いた結界が認識阻害の魔術を展開されている。

 

「この感じ、セイバーのマスターに似ているな」

「……騎士王がキャスターと組んでいるとは考えられませんが」

「だろうな。ハッ、皮肉なことだ。下手人のサーヴァントが昨日の襲撃者よりも堂々と挑むとは」

 

 恐らくこの先にあるのは騎士王擁する者の陣地。魔術師の領地とあればそこは敵対者を妨害し、主たる者を援護する罠や仕掛けがそこかしこにあることだろう。なのにキャスターは迷うことなく突っ込んでいった。正面から、真っ直ぐに。

 

「ここが奴の拠点ではないのなら、もはや生かしておく意味もないか。どちらにせよセイバーに片を付けられる」

如何(いかが)致しましょう」

「ふむ……。追うとするか」

 

 エリスティンはしばし思案し、自分たちも突入することに決めた。

 別にキャスターを討つのが誰であっても構わない。アレはもう英霊でもなければ勇者であるはずもない。ゆえにここで引き返してもいいとも思っている。それでも進むのはここがセイバー陣営の拠点らしいからだ。

 

「キャスターを討ち取ればその時点で特例措置は終わる。したらばその場でセイバーと決着をつけるが()い」

「……なるほど。ではそれまでは共闘という形で?」

 

 ディルムッドもしたりと頷いた。そして、どんな形であれセイバーとはともに戦場に立つことになるだろう、と尋ねる。

 あの騎士王が魔術師の英霊程度に苦戦するとは思えないが、片腕のセイバーがキャスターと戦っているのなら、それはただ見ているだけでは済まない。彼女のハンデに付けこんでいいのは傷をつけた自分だけなのだから。

 ディルムッドに適当に相槌を打って主は結界へ向かう。 

 

「好きにしろ。キャスターを討つまで、私はここの領主と話でもしていよう」

「了解しました」

 

 それきり、別々の方角へ歩を進み始める。

 魔王が侵略するのは当たり前のことだが、しかして今は聖杯戦争中。騎士たちが決着をつけるまでやることもないのだしセイバーのマスターと二、三、話でもしていよう、と彼女は森へ飛び込んだ。目的の者に出会えた際には戦場に立つならもっと力をつけろと苦言も呈するつもりである。

 たしかアイリスフィールと呼ばれていた女。恐らくアインツベルンとかいう『始まりの御三家』のうちのひとつに属する魔術師だろう。ケイネスが名の通った家名と言うから密かに期待していたのに、名も確かめぬままに幻滅することになろうとは。やはり一言告げねば気が済まない。

 霧の濃い森の中、木々をくぐって進む。

 時おり罠のような魔術が作動するが、どれもこれも魔王を傷つけるには至らない。人を殺せるようなそれを、アトラクションか何かのように楽しんで歩み続けた。

 

 やっとこ城らしき影が見えた頃、反対方向から何やら破裂音のようなものが聞こえてきた。この世界の知識を得て銃という武器を知っていても、今のが金属の弾丸を飛ばす際の音だとはさっぱり思い当たらない。しかし不穏なものであるとは直感で分かった。

 ここで何者かが戦闘している? 特例措置によりキャスター以外とは戦闘行動を禁じられているはずなのだが。

 素直に監督役に従っているのがよもや自分たちだけとは露とも思わず、エリスティンは音の聞こえた方角へ進路を変えた。

 

 

 

「何をしている?」

 

 果たして見つけたのは、ホテルが倒壊した時に出会った神父だった。片手でセイバーのマスターと認識している白い女を持ち上げ、傍にはあのビルにいた黒髪の女も転がっている。

 ――どういう状況だこれは。

 エリスティンはやや困惑した。

 あの神父はいずれかの陣営に属するマスターだと言った。そして監督役とも。であるならば今まさにセイバーのマスターを手にかけんとしているこの状況はあまりにも不自然だ。なにせ戦闘行動を禁止したのは教会なのだから。

 

「あな、たは……」

 

 首を掴まれ苦しそうに呻いたアイリスフィールがこちらに視線をよこす。言峰綺礼とかいう神父もまた戸惑ったような視線を向けている。

 

「その手を離せコトミネ」

 

 魔王はとりあえず、セイバー陣営であろう女たちについた。今首を掴まれている彼女が死ねばセイバーが消えるかもしれないのだ。己の騎士の首級(しるし)をこんな形で失うのは少々気が障る。

 恫喝するように命ずると、神父はすんなりと女の細首を離した。頸動脈を圧迫されていたアイリスフィールが咳き込みつつ、倒れ伏す女のそばに寄り添う。

 

「……またお前か」

「さてどういう意味か解りかねるが。よもや貴様がキャスターのマスターではあるまいな」

 

 未だ理解できない状況だが、予想の一つはこの言峰という男がキャスターのマスターであること。もし是であるならばこの行動にも説明がつく。教会と密接に関わっているとはいえマスターなら公平に扱われる。そこから離反して悪行に手を染め、なおかつセイバー陣営に攻め込んだ、という筋書きだ。

 

「いいや、違う」

「うん? ではなぜここにいる」

 

 だが神父はあっけなく否と答えた。どうにも嘘をついているようには見えない。ばつが悪い様子で口をつぐんだ男を、魔王は真っ直ぐな視線でじっと見据える。

 

 言峰綺礼は困っていた。ようやく訪れたチャンスに飛び込んだと思ったら、欲しい結果ではなく第二目標と言える者がやってきたのだから。

 彼はこの先にいるはずの仇敵、とある男と(ころ)し合いをするためにここにいる。それを阻もうとしたアインツベルンのホムンクルスと、手先である女を蹴散らし、しかしその抵抗の意味するところが理解できなくて問い詰めていたところだったのだ。

 しかしまあ、この偶然。せっかくなのだから当初のターゲットではないがこの胸の内に燻る何かを、魔王にもまた問うてみたい。

 

「……魔王よ、ひとつ聞かせてくれ」

「なんだ」

 

 存外に話の通じる悪逆の王。別世界で生きたという謎の女。アーチャーが上機嫌で話していた、生まれついてのその"(さが)"。

 根拠もない内容だったが、なぜか綺礼にはそれが興味を惹きつける事実に聞こえた。

 

「お前は……魔王として生まれたことをどう思っている?」

 

 生まれた時から、魔王。

 そんな誕生が、祝福されたものではあるまい。人々に呪われ、蔑まれ、そして悪を為したのだろう。神を信仰する綺礼にとっては紛うことなく敵。許してはならない異端。しかして彼女の見た風景、そしてそれを良しとしたはその身は何を思っていたのか。

 ――聞いてみたい。

 口をついた言葉に、魔王エリスティンは深く考えることなく返した。

 

「なぜそんなことを訊く」

「…………」

 

 彼女は悩んだのだろうか、その身がヒトとなれないことを。

 だとしたら、と綺礼は思う。それを受け入れられたのは、なぜだ?

 答えを見つけたのだろうか。ならば、教えてほしい。

 何を見て、何を望む?

 

 だが答える義理が無いのもまた事実。怪訝な顔を向けられて綺礼は拳を握りこむ。

 ――語らぬなら、語らせるまで。

 アサシンの目を通じて見ていたあの倉庫街で、魔王の戦闘能力は確認している。だがその身も魑魅魍魎たる怪異を滅する代行者。こと魔術師に対しては確たる経験が綺礼の背中を押す。

 

「答えろッ!」

「ふん?」

 

 彼我(ひが)の距離を瞬時に埋める八極拳・活歩。安定しない足場においても常人の目に映らぬ速度で綺礼が突出した。

 しかしやはりサーヴァントに伍するという離れ業をしてのけた魔王には通じなかった。振り出した拳を難なく片手で受け止められ、ならばと全身の捻りを一点に集中し成木を穿つ膂力の気功を捻じ込んでも、身に纏う黒装束すら揺れず周囲が弾け飛ぶだけで本人は微動だにしない。

 ――勝てぬ。

 確たる事実が綺礼の脳裏を(よぎ)った。

 この女、拳法の使い手には見えなかったが基本にして究極のはずの寸勁を事も無く受け流した。足許の砂利だけが吹き飛んだのは、寸分の狂いも無く衝撃を逸らされた証明に他ならない。

 代行者の己をして危険だと言わざるを得ない能力。だが畏れはない。逃げ切るだけならまだ可能なはずだ。ここまで来てしまえばアサシンを隠匿するのも難しかろう。ならば足止めを任せて離脱に徹すれば、あるいは。

 飛び退り、距離を取る。己の優勢を悟っているのか魔王は悠然と佇んで追いすがりはしなかった。

 

「マスターの身でなかなかやる……。何の英霊を擁しているかは知れぬが、私に向かってきたのだ、覚悟はあろう」

 

 エリスティンは微かに嗤った。

 言葉と同時、魔王の纏っていた気配が吹きだすようにして広がり、彼女の意思を表しているかの如く殺気を濃密に含んで魔力と成る。背後にいたアイリスフィールさえ、向けられていないはずの死の気配に身を竦ませた。

 

「――ッ」

 

 魔王が一歩踏み出すと、神父は突如として法衣を翻し木々に紛れるようにして走り出した。薄暗い森の中、道無き道を行くのにその身のこなしは遺憾なく発揮されている。

 

「……はん。意図は読めぬがまぁ()い。

 知っているか――――魔王からは逃げられない」

 

 嘯きながら消えかけた後ろ姿に向けて手をかざすと、果てしなく濃い魔力が物質化しそうな激しさをもって空気を震わせ、必殺の様相を呈する。放たれれば森ごとあの男は消滅するだろう、そう確信できる脅威。

 しかしそれが発露する直前、魔王をして感知できない凶刃が飛来した。

 

「なに――――」

 

 エリスティンにではなく、背に控えたアイリスフィールへと。

 そこで初めて暗殺者(アサシン)のサーヴァントというものを認識する魔王。

 暗殺の英霊――なるほど正道で挑むはずもなし。

 

「――っか、ふ……!」

 

 その身に刃を受けたアイリスフィールが吐血して(くずお)れる。

 

「チッ」

 

 さすがは暗殺者、殿(しんがり)の常も弁えているらしい。納得はすれども舌打ちをして凝縮した魔力を握りつぶす。

 気を取られた一瞬で、もうすでにあの男は気配さえ辿れぬ距離まで逃げ(おお)せてしまった。神に使える者にしてあの身体能力、全く以て度し難い。この世界の神官は(みな)ああいうモノなのだろうか。

 

「ふむ……」

 

 エリスティンは少しだけ面白そうに綺礼が去っていった方角を眺めてから振り返った。背後にいたアイリスフィールが今も血を吐きのたうっている。魔王からは逃げられない……だがそれは彼女単独であればの話。これまで守るべきものなどなかったエリスティンには、足手纏いがいた戦場など経験にないのである。

 やはりこの女は戦場に立つのに向いていない。

 文句の一つも言ってやりたいが死なれては意味がない。セイバーにもまだ消えてもらっては困るのだ。

 

 気配の見えぬアサシンを警戒しながらアイリスフィールの腹に刺さったダガーを無造作に引き抜いて、適当に魔力を込めた治癒魔術を施してやる。

 敵のマスターを救うなどどこまでも突飛な行動だが、魔王は知っている。人間とは脆いものなのだ。少しでも長く楽しむためには、こちらが気を使ってやらねばならぬほどに。

 

「……あ、あの、――ありがとう」

「気にするな。我が騎士とセイバーの決着がつくまで死なれては困るだけのこと」

「そう……」

 

 実は正規のマスターじゃないんです、などとはとてもじゃないが言える空気ではない。アイリスフィールは敵対者にして自分を癒している相手に、なんと声をかけていいか解りかねてとりあえず謝礼を述べた。

 治癒は得意ではない魔王ではあったが、膨大な魔力にものをいわせた回復魔術(ヒーリング)はアイリスフィールにも有効だったらしい。再生というよりは快復の促進といったところ。しかしそれが功を奏したようだ。

 すっかり傷がなくなった彼女は今度は自らが癒す側となって舞弥を治療し始めた。そっちには用はないとばかりに興味なさげに佇む魔王に気を取られつつ。

 

「ええっと、エリスティン、さん?」

「なんだ」

「貴女はどうしてここに?」

 

 舞弥を癒す術式に魔力を注ぎ込みながら、アイリスフィールは尋ねた。

 キャスターを追ってきたのは分かる。今もセイバーとランサーがあの悪霊と戦っているらしき気配を、結界を通じて感じ取れる。しかしその槍の英霊のマスターが一人でこちらに来たのなら、それはセイバーのマスター、偽装が今も有効であるなら自分を殺すためだと思っていたのに。

 あまつさえ助けてもらい、治療までされてしまったのだ。セイバーとの決着はランサーがつけると豪語されたが、ならばなぜ城に向かってきたのか。

 疑問が湧いて出て口をついたが、すぐに後悔することになった。

 

「別に、ただ領地に入るから挨拶に来ただけだ。

 ――それにしても貴様、マスターだというのに弱々しいにも程があるぞ。あの騎士王とやらとともに戦場を馳せるのなら、それだけの気概を見せてみろ」

 

 どうやら藪蛇だったらしい。

 領地侵犯からくる挨拶だなどと魔王と名乗る者の振る舞いなのか判然としない。しかしそれにしてもこの説教はなんなのだろう。

 

「あの、えっと、ご、ごめんなさい?」

「全く。ケイネスという男は最後まで力を振り絞って立ち上がったというのに、貴様ときたら。あのコトミネとかいうのも目的は知れぬが身のこなしはまだ見れたもの。ウェイバー少年はどうにもアレだが、きちんとライダーを連れていたし危機管理もしっかりしていたぞ」

 

 堰を切ったように文句を垂れ流すエリスティン。今まで話し相手がディルムッドしかいなかった反動か。

 アイリスフィールは夫が敵として認識していたケイネス卿の名前が出たのに少々驚いたが、エリスの長すぎるその説教を聞き流すことにした。「そうね」とか「ごめんなさい」とか適当に相槌を打ちつつ舞弥の治癒に専念する。

 ――そういえば夫はどうしているだろうか。今もまだ侵入者を待ち構えているのか。もしそうならどうか助けに来てほしい。命の危険はないけれど、精神的に辛い状況です。

 

「おい、聞いているのか」

「……聞いてるわ」

 

 洪水のような魔王の叱咤は、彼女らのサーヴァントがそこへ馳せ参じるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 










アイリ、説教される。
――魔王からは逃げられない!




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