fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-宴と願い-

 

 

 戻ってきたディルムッドと合流し、事の顛末を聞くとどうやらキャスターを取り逃がしてしまったらしい。彼はそれを恥じていたが、エリスは魔術師のサーヴァントに対し腐っても英霊かと認識を改めるに留めた。

 狐を仕留め損ねては決闘の続きをするわけにもいかず、彼女たちはアインツベルンに別れを告げて森を出た。

 セイバーは共闘してくれたランサーと、ルールに則って剣を抜かず、あまつさえアイリスフィールを治療してくれたエリスに感謝すらしていたが、当のアイリスフィールはひどく疲れた様子で引きつった笑みを浮かべていた。

 

「さて、振り出しか」

「面目次第も御座いません」

 

 適当なビルの上に陣取った彼女たちは、今宵に限っては狐狩りに見切りをつけていた。全陣営に狙われていることを知らぬキャスターとはいえ、二騎のサーヴァントとやりあってはその警戒心も強まるというもの。一応見晴らしのいい高所へ来たが、広い視界にもそれらしき影は見当たらない。

 傅いたディルムッドも己の失態を認めて項垂れている。三騎士と呼ばれているサーヴァントのうちの二騎をしてキャスターを取り逃がすなど、恥以外の何物でもない。

 敵がとりわけ相性の悪い使い手であったのもあるが、何より驕っていたのも事実。

 騎士道と反するも甚だしい敵に対し、後ろから斬りかかることを良しとしなかったからこその失態。

 誘拐された子どもたちを思えば、どんな手段であってもあの場で殺すべきだったのだ。それをみすみす見逃すことになってしまったのは、全て彼の責任である。

 

「気にするな、聖杯に招かれた存在だ。どんなクラスであれ尋常な者ではあるまい」

 

 だがエリスティンはそんな騎士へ慮るような言葉をかけた。失態でこそあれど、別に致命的ではないのだ。聖杯戦争さえ続けられるのならばどんな悪行悪徳も彼女の知るところではない。

 何せ、魔王。暴虐などとうにその手で為している。拉致され、あるいは殺された者たちを何ら顧みることなくかけた言葉だったが、ディルムッドはその真意までもは読み取れずにいた。

 

「は――」

「ふむ。狐は巣に籠り、我らも剣を抜くことを禁じられては如何ともし難いよの」

 

 ビル風を受けてはためく黒いコートを白に染め直して、エリスは屋上の端に腰かけた。今日はずっと行動しっぱなしで宿も探していない。しかしまあ休息が必須というわけではないのだ。陽が昇るまでここにいても何ら問題はない。

 幾千年を生きた魔王。時には数百年近く来訪者がなかった時代もある。つまるところ、彼女は時間の潰し方など知り尽くしている。

 だがやはり、聖杯戦争とは彼女に飽きをもたらしはしなかった。

 夜空に一筋の稲光が走る――

 

「いよぉ、昼方ぶりだな魔王よ!」

「あァ、征服王」

 

 ごうごうと吹く風のおかげで雷鳴もいくらかごまかされてはいるが、とかく派手な戦車が彼女たちのいるビルの屋上へと現れた。

 昼時と変わらず珍妙な格好をしたライダーが牡牛に鞭を振るってやってきたのだ。御者台の後方ではへたれたウェイバーが酒樽にもたれるようにして沈黙している。

 

「ちょうど良いわい。これから騎士王めのところへ戦に向かうのだ。貴様も王ならば参じるがいい」

 

 ガハハ、と豪快に笑う征服王に、エリスが怪訝な目を向けた。

 

「教会から戦は禁じられておろう。豪放なのは構わんが、余りに逸脱するならばこの場で潰すぞ」

 

 キャスターという危険因子がいるというのに、そこまで堂々と暫定ルールさえ破られたらどうなることか。ならば隠密のうちに今ここで殺すしか手はない。

 だがイスカンダルは後ろの酒樽をべしんと叩いて胸を張った。その衝撃でマスターの方は戦車の内壁に顔面をぶつけていたが。

 

「フフン。剣ではなく、(さかずき)の勝負よ。誰も彼も王たらば、その格を競わずにはおれまい?」

「――――くはははは! よもや酒盛りとは、つくづく面白い男よ。私は貴様の言うところの"王"ではないのだが……」

 

 退屈が風に飛ばされたように哄笑し、しかしその宴会に参加する権利は自らにはないと返すエリス。

 "魔王"とはつまるところ、化け物の呼び方のひとつに過ぎない。王と名は付けども、王者とは程遠い存在なのである。

 それでも征服王は彼女を是として胸を叩いた。

 

「構わぬさ! 例え悪逆の上に成り立とうとも、それを極めたのなら己を誇る。それこそが王たる姿に他ならぬ」

「フフフ、あの黄金のサーヴァントに続いてそなたも私を認めるか。

 ――ああ、やはり聖杯戦争とは面白い。では私も相伴(しょうばん)(あずか)るとしよう」

 

 愉快が消えず、くつくつと喉を鳴らして提案を承諾した。

 セイバーのいる城には行って帰ってきたばかりで面映ゆい部分もあるが、そんなことは些事である。生まれて初めて「宴会」というものに参加するエリスは、これから起きる何かに期待を膨らませた。

 

「あの金ピカもちゃーんと誘っておる。では征くか。ここで会ったのも縁、向かう先は同じなのだ、乗るが良い」

「ああ、失礼させてもらおう」

「エリスティン様! ……はぁ」

 

 なんの躊躇もなく敵の操る戦車へ乗り込んだ主に、さしもの騎士もため息をつくしかない。ウェイバーも飛び乗ってきた魔王に身を竦ませたが、それ以上に似た境遇のランサーに少々ならず同情するのだった。

 

「いざ征かん! 唸れ神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」

「ちょっおま――」

 

 ライダーが鞭を入れると途端に嘶いて走り出す神牛。宝具の名を叫んだサーヴァントに、ウェイバーがまさか真名解放したのかと詰め寄りかけたがどうやらただの気合込めだったらしい。空を飛んでいるにも関わらず何故かガタゴトと揺れる戦車のへりに引っ付いて、舌を噛まないように蹲り始めた。

 

「ハハハハハ! 景気の良い戦車よなぁ!」

「応とも! 余の自慢の逸品よ!」

 

 風の音に負けないように声を張り上げて、エリスが御者台に上がった。

 他意のない素直な称賛に気を良くしたのか征服王も大音声で返してさらなる鞭を送る。

 

「おおぉおおおぉぉ……! 安全運転、安全第一にしろぉ……!」

「…………」

 

 楽しそうな二人によって戦車はより激しく雷鳴を打ち響かせて、彗星が如く夜空を駆ける。御者たちの後ろでウェイバーがゴムボールのように弾みながら届かぬ願いを己のサーヴァントに向けていた。

 その様は敵対するランサーを以てしても、憐憫の情を抱かずにはいられなかったという。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 結界ごと森を伐採しながら戦車が突き進む。

 空を飛べるのだから樹木を打ち倒す意味などないのだが、イスカンダル曰くモサモサしていて鬱陶しい! らしい。

 ただ踏み砕くだけではなく、戦車の両側に装備されていた巨大な鎌のような刃を展開してまで木々を蹂躙し尽くしたのを見れば、それが本気なのだと理解できる。

 

「あァあ、こんなにしてしまいおって。私は知らんぞ」

「ふん。余の征く先を阻む方が悪いのだ」

 

 更地になってしまった背後を見てくすくすと悪戯っぽく笑うエリスに、子どもみたいな言い訳をしてライダーが鼻を鳴らした。

 覇道の何たるかに森林伐採などなんの関係もないのだろうが、征服王が言うと無駄に説得力があるから困る。彼のマスターであるウェイバーは自然物と一緒に魔術的なものも粉々に踏み砕いたのを感じて、これから乗り込むだろう地の管理者アインツベルンにどんな顔をして会えばいいのかさっぱり分からなかった。

 どうせ敵なのだから、と簡単に片づけられるとは思えないほどに背後は滅茶苦茶だ。これが自分の立場だったとして、教会から戦闘を禁じられていても生かして帰すなんてできるのかと不安になってしまう。

 

「お、あの城か」

「当然だが閉まってるな」

「貴様にはそう見えるのか(ヽヽヽヽヽヽヽ)?」

「くくっ……さあなぁ」

 

 すっかり意気投合したのか冗談を飛ばし合う御者たちを乗せ、戦車が開かれた――そして二度と閉まらない――扉をくぐる。彼らの強襲を……あれだけ派手に踏み散らかしていたのだから当然だが、知っていたであろうセイバーがアイリスフィールを引き連れてやってきた。

 

「いよぉ、セイバー。城を構えてると聞いたんで来てみたが、どうにも鬱蒼としてるのう。余がかな~り見晴らし良くしておいたぞ、感謝せい」

「ライダー、貴様は……」

 

 剣呑な面持ちで現れたセイバーは、とぼけた様子のライダーに文句の一つも言わねば収まらんと怒気も露わに睨みつけたが、その視界に先ほど別れたばかりのエリスティンの姿も認めて目を見開いた。

 

「ランサーのマスター? どうしてライダーとともにいるのですか」

 

 セイバーにとってランサーとそのマスターとは、正々堂々と戦う騎士である。

 ディルムッドは当然として彼が傅くエリスティンもまた、魔王という字名が似合わぬほどに清廉とした者なのだ。何よりアイリスフィールを救ってくれたばかりのこの夜に、よもやライダーと一緒になって突撃してくるとは予想だにしていなかった。

 実際はセイバーにとってだけ(ヽヽ)そう見えるのだが。ディルムッドは彼女の心の底までは知れぬが、その根底が悪であることも認めている。アイリスフィールに至っては「もう面倒くさいから会いたくない」という妙な苦手意識を植え付けられた相手だった。

 

「あぁ、うん。宴に招かれてな」

「……宴?」

 

 くすくす笑うその姿に、何か含むものを感じる。宴という言葉に首を傾げたセイバーだったが、征服王の乗る戦車の中に酒樽を見て理解した。

 剣を()らぬ戦いを挑みに来たか。

 思い至ったその答えを肯定するように、ライダーが酒樽を担いで戦車を降りた。

 

「応よ。一献交わしに来たぞ騎士の王。ほれ、どこか宴に誂え向きな庭園にでも案内せい」

「ふふふ、楽しみだ」

 

 図々しいにもほどがある征服王と、邪気のない笑顔でそれに続く魔王。セイバーはどうしたものかと彼らの従者を見やると、顔にありありと"帰りたい"と書いた少年と、諦めた表情の槍の英霊が付き従っていた。

 

「……アイリスフィール」

「罠とか、そういう人たちじゃないものね……。セイバー、貴女がいいなら案内してあげて」

「……分かりました。剣に依らぬとはいえこれもまた戦い。必ずや勝利を収めてみせましょう」

 

 どういう勝負がなされるのか、いまいち掴みにくかったがアイリスフィールは強く頷いた。そしてできれば魔王と相対するような状況にならないことも祈って。

 

 

 

 宴の場所に選ばれたのは、夜風に花弁が散る風情ある中庭だった。十一月の気温は人には冷たいが、生憎としてここに生粋の人間(ヽヽヽヽヽ)はウェイバーしかいない。

 そこそこに広い庭園はもてなしの面目は立つものの、当然の如く椅子も何も無く野ざらしである。

 エリスは中央に酒樽を運び込もうとしたライダーを止め、たっぷりとワインを蓄えたそれを軽々と受け取った。魔術を行使して浮遊させ、庭の真ん中に氷のテーブルを創って埋め込む。続けて玉座風の椅子も四つ作製し、さらには麗美なガラス細工のように美しいグラスまで。

 

「器用なモンだのう」

「生きるのに飽くと、こういう無駄なことに気が向くのさ」

「贅沢なヤツよ」

 

 その手際に魔術師たちは目を丸くし、王たる英霊たちは怯むことなく巨大な氷の椅子に着いた。玉座が四つあることを疑問に思ったセイバーだったが、緒戦を思い出してアーチャーも誘ったのかと思い当たる。アレも価値観を理解し難いものであったが、王を名乗っていたか、と。

 ライダーが無造作に樽の上部を叩き割り、どこからか持ち出した柄杓で中身を掬うと、それぞれが持つ氷のグラスに葡萄酒を注ぎ入れた。

 

「いささか珍妙な形であるが、これがこの国の由緒正しい酒器らしい」

「ふむ……」

「ほう」

 

 日本人がいないのが幸か不幸か。適当な者から知識を奪ったエリスもそこまで詳しくは知らず、結果として誰も訂正することなくグラスを寄せてそれを受け入れ、まずは一杯と一気に呷る。

 そして最初に飲み干したライダーから口火を切った。

 

「聖杯はそれが相応しき者に渡る定めだという。それを見定める儀式こそが聖杯戦争。だが見定めるだけならば何も血を流すには及ばない。英霊同士、格を見せつけ合って納得がいったなら自ずと答えは出る」

 

 英霊でない者もいるが、とちらりとエリスティンを見やるライダー。

 魔王は「王の宴」ということで相伴には与っても、その内容にまで口出しする気はないのか静かに視線を受け止めた。

 

「それでこの酒盛りというわけか?」

「いかにも」

 

 少女の姿からは似付かわぬ豪快さで二杯目も飲み干したセイバーに、ライダーは愉しそうに笑みを向ける。

 

「聖杯戦争ならぬ、聖杯問答。今宵は貴様の王の器、とことんまで問い詰めてやるから覚悟しておけ」

「いいだろう。受けて立つぞ、ライダー」

 

 互いに獰猛な笑みで"威嚇"していると、やおら庭園が眩くなったような感覚が全員を襲った。

 

「――戯れはそこまでにしておけ、雑種」

 

 現れたのは黄金の王。この眩さは感じるだけでなく、実際に庭園を照らしていると思える威容である。冬の澄んだ空気を透して満天の夜空を飾る星々も、月華の照りも、彼の前には面映ゆく身を隠す。

 

「……アーチャー」

「ようやく来おったか。まぁ、余と違って徒歩(かち)なのだから無理はないか」

「クク……ごきげんよう、王様」

 

 三人の王がそれぞれ現れた英雄王を迎える。アーチャーは苛立ちも露わにこの庭園の在り様を吐き捨てたが、ライダーが酒を注いで手渡すとそれを躊躇なく飲み干した。

 彼もまた、王。であるならばこの戦いを避けては通れぬのだ。

 

「……なんだこの安酒は。これで本当に英雄の格を量れるとでも思ったのか?」

 

 飲み干してしかし、眉根を寄せて不快そうにワインの酒樽を睨みつける。そしてその視線は持参したライダーへと転じた。

 ライダーは怯まずに顎鬚をこすって樽を叩く。

 

「そうかぁ? ここら辺じゃ一番のものをかっぱらってきたのだがな」

「そう思うのは貴様が真の酒というものを知らぬからだ、雑種めが」

 

 フンと嘲りを飛ばして、平手を上に向けるアーチャー。すると神々しい光が空間を歪めて顕現し、あたかも祝福のように彼の手に黄金の酒器が現れた。

 

「見ろ、そして思い知れ。これが『王の酒』というものだ」

「おおっ、これは重畳!」

「ふむ、見事なものだな」

 

 揶揄するような英雄王の物言いをさらりと受け流して、ライダーは敵のもの、しかも宝具と同じように出てきたその酒を躊躇もしないで注ぎ配った。

 受け取ったエリスティンは見惚れるように酒器と、中に揺れる琥珀色の液体を眺めている。

 

「――美味いッ!」

 

 迷わず最初に口に含んだライダーが、カッと目を見開いて簡潔な感想を叫んだ。

 

「ははぁ、たまらんな。身を溶かすような心地だ」

 

 続けて魔王すら喝采やむなしと手放しで褒めたたえ、セイバーは少々抵抗があったが、ここで引いては王の名折れだと黄金の盃を呷った。

 

「……これは――」

 

 飲み込み、そして称賛も当然と理解した。なるほど王の酒と嘯くだけあって目が霞むほどの逸品だ。酒に強いと自負する身にあって、酔うのではなく、酔いしれたいと思ってしまうほどの名酒。

 

「これは言葉にできぬ味わいよの。表わすにも私の舌には荷が重い。王よ、我が騎士にも振舞って良いか?」

「許す。王の言葉を傾聴するならば酒宴の客よ」

「さすがの寛容、痛み入る」

 

 普段ならば秘蔵の酒を誰彼に振舞うなどあるはずもない、が、ここは王の宴の場。客を遇する度量も器の広さを知らしめる一考なのだ。

 従者として静かに佇んでいたディルムッドだったが、突如呼ばれて驚愕を浮かべた。魔王は杯に酒を注ぎ入れようとし、しかし英雄王は新たな酒杯を出現させると宝玉に等しいそれを無造作に(ほう)る。

 

「ううむ、天上天下の王とは斯くも傑出甚だしいものなのか」

「当然よ」

 

 さらなる称賛をもって感謝して、注ぎ入れた酒をディルムッドに渡す。しかしまさかライダーのように磊落(らいらく)な神経をしている彼ではない。

 杯を受け取るも困ったように主君に目線を送る。

 

「主よ、私は……」

「私の顔に泥を塗るなよディルムッド。王の酒を断るなど……まさか言うまいな?」

 

 そう言われては返せるものはない。主の背後にいる黄金のサーヴァントも蛇のような視線をこちらに向けている。どちらかというと困惑している自分を肴にでもしているかのような様子だが、確かに断れるような状況ではないようだ。

 それに、彼も気になっている。戦場を駆け抜けた英雄として、当然のようにディルムッドも酒が好きだ。とくに狩りの後の一杯はどんな安酒だろうと、かつての首領が振りまく命の水のように喉と身体を癒してくれる。

 今日は狐狩りで失態を演じてしまったがそういった鬱屈としたものを払ってくれるのもまた酒なのだ。そうした時に酒を振舞ってくれるのはいつも上の者。であるならば、これは主君が傷心の自分のために注いでくれたものだ。一滴すら残してはなるまい。

 

「では、ありがたく頂戴致します」

 

 そうして呷った酒は、彼を楽園へと(いざな)った。今までで味わった中でも最高と言わしめる他ない天上の味。舌が歓び踊り、まるで脳の中に楽園が創りだされたかのような多幸感。鼻梁を通る香りも一面の花畑を思わせる芳醇さで、身体から抜けていくのが勿体無く感じて息を止めかねない。まさしく至高の逸品としか言いようのない酒であった。

 

「どうだ、かの王の酒は」

「……ええ、感服いたしました」

 

 その言葉に満足げに頷く英雄王。自らも珠玉のそれを揺らして香りを楽しみ、またひと口含んで舌を悦ばせる。

 

「これで王の格付けは決まったようなものだな」

 

 英雄をして平伏させるだけの酒。英雄王の言葉はさもありなん。しかしセイバーはランサーの言葉に少しばかりの嫉妬も覚えつつ異を唱えた。

 

「ふざけるな、アーチャー。酒蔵の自慢で王道を語るなど、道化の戯言に等しいぞ」

「フン。宴席に酒も供さぬ者に言われても負け犬の遠吠えにしか聞こえぬな」

 

 鼻で嗤って一蹴され、憤慨露わに杯を握り締めるセイバーだが、魔王が愉し気に頷くのを見て矛先を変えた。

 

「貴女はどうなのだ。魔王というのが何を以てその名を飾っているのか知らないが、酒を味わって褒めたたえるのがその在り方なのか?」

 

 たっぷりと皮肉を込めてそう言うも、エリスティンは微笑を崩さずに瞳だけ動かして騎士王たる少女を見つめる。

 

「私は生粋の王ではないよ。ゆえに王道など持ち合わせてはおらん」

「何……?」

 

 魔王とは忌み名であり呪い。

 そこに栄えある王道など存在するはずもなく、また誇ることもない。矜持は確かにあるのだが、やはりそれは悪の道で、誇るべきことではないのだ。

 

「ふむ……では唯一のマスターから聞いていこうか。聖杯に何を望むのか、自覚無くとも、大言にて我らを魅せられるのならば、貴様はやはり王であろう」

 

 ライダーが呷った酒杯を氷のテーブルにごすんと置いて、エリスティンを見た。彼は生粋の王ではないと述べた彼女の言を信じている。その上で資質を見定めようとしているのだ。

 自覚無くして人を惹きつける。自身も最初はそうだった。オケアノスを目指して走り出す前は資質あれど、ただの夢に溺れる王子としてしか見られなかった。だがその大望に憧れて集った者たちこそが彼の至宝となったのだ。

 ゆえにエリスティンの存在もまた是認する。槍の英霊を心酔させ、戦場で華々しく踊る彼女の姿がかつての自分と重なった。それだけで興味を持つに値する。

 

「願い、か」

 

 舌を歓喜させていた酒から口を離して、潤んだ唇をおもむろに開く。

 

「聖杯に懸ける望みは無い。私は私を討ち取れる者こそを探している」

「……む?」

 

 如何わしげに眉をひそめたイスカンダルの瞳に視線をやり、続けて自らを見ているアーチャーとセイバーも見回してから、魔王はその胸の内を(つまび)らかにした。

 

「魔王とは、須らく勇者に討たれるモノ」

 

 探し続け、待ち続けて幾千年。結局訪れなかった彼女の終焉。

 

「どんな物語も、そうして終止符が打たれる。

 私は――魔王として生まれ、魔王として在れと呪われた。運命というものがそうさせたのならば、従ってやるのもやむなしと私はそう在り続けた。

 幾千を超える時の果てまで座して待ち、いつかこの首を獲る者が現れる。そう信じていた。……だが結局私を倒しうる勇者は現れなかった。やがてこの身は全てを喰らい尽くし、星の命さえも飲み干して――聖杯に招かれたのだ」

 

 全てが塵となってしまった彼女の故郷。最後に残った自分の城で、彼女は滅びが目前に迫っているのを見て落胆した。生まれた時から呪われたこの人生に、どんな意味があったのか? 運命が生み出したのに、それは責を果たさずに逃げ出してしまった。あの世界の神々も、民草が滅び去ったことで死に絶えて、彼女は神殺しさえしてのけてなお在り続けた。

 そこへやってきた救いの手。無色になった世界に差し込んだ天啓のような聖杯の道標(みちしるべ)

 新たに降り立った地では勇者の種を見つけた。英雄を見つけた。運命とやらは別の世界に匙を放り投げてしまったが、存外そこは期待に値するものだった。

 聖杯が自分に何を求めて呼び寄せたのかは知れないが、真の勇者を見つけられそうな今の状況は感謝しているし、次元を超えてまで呼ぶ理由があるのなら手に取ってみるのも良い。

 だからいま、ここにいる。

 

「――と、まぁ」

 

 長々と語って、また酒で喉を潤した。

 存在を許してくれた王が振舞ってくれた酒。ひと口飲み下すたびに喜びが湧き上がる。この世界が素晴らしいものに見えるのは彼がいてくれるからこそなのかもしれないとさえ思える味。

 

「真の勇者こそ、我が存在証明に他ならない。だから英雄たちよ、期待している。そなたらの(つるぎ)が、私の(しん)の臓腑を貫く時を」

 

 死ぬことこそ望み。言外に言ってのけた魔王を前に、三者の反応は様々だった。

 

「良いだろう。元より貴様は(オレ)が裁くと決めた者。この世の王として侵略者たる魔王を討伐するのは(オレ)の役目よ」

 

 一人は我こそはと名乗り出た。勇者ではなく、王として討伐せしめんと眼を鋭く細めて。

 

「勿体ないのう。どうせならもっと、楽しく生きる方へ向いてみたらどうだ? 星を滅ぼす力が有るのなら、今度は逆に余とともに征服してみるのも一興だろうよ」

 

 一人は惜しんだ。その力が有れば死ぬより楽しいことがたくさんあると道を示して。

 

「貴女は……」

 

 一人は。

 

「確かに貴女は王では無いらしい。その在り方は……私と真逆だ。ゆえにこそ、それを終わらせてやりたいとも思う。この剣が、貴女の救いになるのなら」

 

 騎士王は哀れんだ。王として永遠の繁栄を願った彼女には、己の終末を探し求める魔王がひどく哀れで、悲しい生き物に見えたのだ。

 だからこそ必勝を誓う。真逆でありながら、カタチのないものを探し続けるその有り様が自分の姿を映しているように思えて見ていられない。

 

「フフ……」

 

 どの者の反応も、魔王の心を震わせた。

 やはり英雄とは素晴らしい。己の生まれた世界を滅ぼして、次元を超えてまで現れた魔王を前に一欠片の畏れもなく思いをぶつけてくれる。誰も彼もが自分を討つに相応しい、勇者足る存在。この中の誰であっても構わない。討った者こそが本物の勇者なのだ。

 やがて来るであろう命の果て。その時見る景色に思いを馳せて、魔王エリスティンは微笑みを絶やさずにいられなかった。

 

「…………」

 

 彼女の後ろでは魔王の騎士ディルムッドが複雑な心境でいた。

 討たれることこそが主の望みと聞かされてはいたが、その瞬間に自分はどう在ればいいのだろうか。騎士として阻むべきか、人間として願いを汲むべきか。目の前でそれが起こらなければ答えは出ないけれども、悩まずにはいられない。

 

「ふむ……。まあ、魔王は魔王でしかないというわけか。であれば英雄である我らとぶつかるのも必定だわなぁ」

 

 ライダーが顎鬚に手をやりながら言うのを聞いて、エリスは我が意を得たりと頷く。

 

「いかにも」

 

 そうだとも。英雄として喚ばれたのなら、魔王なんて存在は許してはいけないだろう。この世界にはあちら(ヽヽヽ)の神もいない。ゆえにこそ、己の意志のみでもって全身全霊でこの身を滅ぼせ。

 キャスターのような例外がいたものの、この場にいる者たちは充分魔王の敵に能う。

 

「ま、そういうわけで私はそなたらの王道に口を挟むつもりはない。後はじっくりと拝聴させてもらうことにするとしよう」

 

 語るべきことは語った。

 魔王は飄々として話の続きを促す。

 

「ではアーチャーよ。貴様はどうだ? 天上天下の王を名乗るのならば、さぞや大言を吐けるのであろうな」

 

 ならばとライダーはアーチャーへと水を向けた。

 征服王よりも偉そうな英霊。自分以外の王は有象無象に過ぎないと言って憚らない黄金のサーヴァントは、さて如何なる大望を抱えているというのか。

 差し向けられたアーチャーはさも鬱陶しそうにライダーを睨みつけた。

 

「さっきから何故貴様が仕切る。そもそもにおいて聖杯を奪い合うという前提からして理を外しているのだぞ」

「うん?」

 

 その言葉の意味するところが解らず、ライダーは首を傾げる。

 

「世界の宝物は一つ残らず、起源を我が蔵に遡る。宝である時点でアレは(オレ)の所有物だ。それを勝手に持ち出すなど、盗人猛々しいにも程がある」

 

 なんとも傲岸不遜な所有権の主張。しかし原初の英霊にしてみれば当然のことなのかもしれない。未だ聖杯とやらの正体は解らずとも、宝であるのなら己に許可なく触れることすら許しはしない。

 アーチャーの真名を知り得ないセイバーは、ある種の大言であった彼の言葉に呆れ果てた。

 

「お前のそれはキャスターの妄言と全く変わらない。錯乱したサーヴァントは一騎だけではなかったらしい」

「いやいやどうだかな」

 

 僅かながらに心当たりがあったライダーだけがアーチャーの言葉の意味を飲みこみ始める。

 

「ふぅむ。では聖杯に懸ける願いは無い、と。つまりこの戦場(いくさば)に出てきた義は、道理とは――」

「法だ。(オレ)が王として敷いた、(オレ)の法。犯せば裁く、それだけのこと」

 

 泰然と言い放ったアーチャーに、ライダーも観念したように頷いた。

 自らの法を貫いてこそ、王。その在り方にはどんな小さな隙も見当たらない。やはりこの黄金の英霊は王に違いないらしい。

 しかし、それを認めたところでやることは変わらない。

 

「完璧だな。だがなぁ、余は聖杯が欲しくて仕方がないのよ。で、欲したならば奪う、それが余の流儀。なにせ余は、征服王で在るが故」

「是非もあるまい。貴様が犯すのならば、(オレ)が裁く。問答の余地などどこにもない」

「うむ。そうなれば後は剣を交えるのみだ」

 

 どこか晴れ晴れとした二人は、死合うことを前提にしながらしかし、今宵は酒宴として酒を酌み交わした。そんな妙な友誼のような交流を築く彼らを、エリスティンは笑みを深めて眺めていた。

 

 なんと愉快な男たちか。

 ライダーは尊大に過ぎる世界の主の王道を認めた。アーチャーも彼の征服王という在り方を認めた。その上でライダーは自らの我を通すというなんとも真っ直ぐな允許(いんきょ)を交わしたのだ。

 どちらも傲慢で、強欲で、だからこそ英雄たらしめる。エリスティンにはその在り方が喜悦至極にたまらない。

 

「フフ……、では征服王よ。貴様はそこまでして、聖杯に何を望む?」

 

 王道に口出しはしないとしていた魔王であったが、ライダーがそこまでして欲する願いには興味があった。世界の王を倒してでも叶えたい願い。彼自身、他の者に大言を求めたのだ。さぞやご立派な大望を孕んでいることだろう。

 エリスティンに尋ねられた征服王は、片眉を上げてやや困ったような顔つきになった。この宴を興したのは彼である以上、同じ問いを投げかけられることは前提だろうにどこか照れくさそうでもある。

 

「あー、それだがな」

 

 酒杯を呷り、喉を潤して、征服王イスカンダルは口を開く。

 

「……受肉だ」

「はぁぁ!?」

 

 誰もが呆気(あっけ)に取られざるを得なかったが、最も驚いていたのは彼のマスター、ウェイバーであった。

 ずっと征服、征服と言っていたから、己のサーヴァントの願いは世界征服だと思っていたのだ。そう問い詰めても、デコピンで払われて呆れた声を返される。

 

「いくら魔力で現界しようとも、所詮我らはサーヴァント。幽霊となんら変わりない、ただの現象のようなモノだ。それではいかん。

 身体一つの我を張って、天と地に向かい合う。それが征服という行いの総て。そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道よ」

 

 そんな敢然とした征服王の言葉に、ウェイバーも黙り込んでしまった。アーチャーとエリスティンも意味合いは違うだろうけども、陰惨に嗤ってライダーを見ている。

 これが、征服王。諸人を魅せ、従えさせる大英雄。

 

「よもやそのような些事でこの(オレ)に挑むとはな」

「アハハハハハ! 良いではないか。もし征服王が受肉を果たすのなら、その時はこの魔王も討ち果たされているのだろう? ならばその先は、栄光に満ち溢れていることだろうよ」

「フン。アーチャーの宝物庫も魔王も、聖杯ごと奪い尽くす気でいるから覚悟しておけ」

 

 嘯く征服王に笑みを禁じ得ない。

 受肉という言葉だけ聞けば何を言っているのかと思ったが、イスカンダルはそのずっと先を見据えている。魔王を蹂躙し、黄金の王の庭を手中に収めんと野望を抱えている。なんとも英雄らしい(おとこ)だ。笑わずにはいられない。

 しかし一人だけ、征服王に異を唱える者がいた。

 

「それは――そんなものは、王道ではない」

 

 セイバーが憤然とライダーに視線を飛ばす。征服王は「ほう?」と真っ向から立ち向かってきた騎士王に挑戦的な目を向け、魔王も次の"王"の言葉を楽しみに耳を傾ける。

 

 宴会とはやはり愉快な催しだった。こんなに楽しいのは何千年ぶりだろうか。征服王には感謝せねばなるまい。

 その酒宴の主催者は、新たな問答へ場を動かしていく。

 

「ではセイバーよ。貴様の懐の内、聞かせてもらおうか」

 

 だが盛り上がる場において、ついにその空気が凍る瞬間がやってきた。

 

「私は、故国の救済を望む。聖杯の奇跡を以て、ブリテンの滅びの運命を――変える」

 

 

 

 

 






原作沿いのためとはいえあのステでどうやったらキャスター討ちもらすのか。まあ正直原作でも背後から斬るか槍投げてれば倒せてたじゃんとも思うんですけどね。


次回!セイバーいじmげほごほ聖杯問答後半戦。


ついに評価バー色付きありがとうございます。
感想共々お待ちしておりますので「厨二極まってんなww」とかでもどうぞぶちまけちゃってください。
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