ドジっ娘*番外編   作:ひばりの

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雲雀さん誕生日企画です。今年もおめでとうございます!



ドジっ娘生態一日観察記録  その後

 

 あれから間もなく、雲雀は少女の生態観察を再開していた。

 

 ちょっと待て。――前作の記憶がある読者の方々なら片隅にあるだろう。彼は、前回の濃厚たる経験から学び、しばらくは機会を伺うと自らそう判断している。なのに、これはなんなんだろう? そう思えるのも不思議ではない。

 

 彼にも諸々の事情がある。それを説明させてほしい。そう、彼にも止むを得ない事情があったのだ。

 

 発端は、花内まりやの身柄がひとまず保留となってから、恐らく3日もかからない。雲雀が委員会室として利用する応接室の戸を騒々しく開く音がし、同時に無数の請求書の束が雪崩れ込んだ。

 

 その時、室内にて黙々と仕事に目を通していた雲雀には目を剥く光景だった。突如自身の前に憚る紙束の山岳、苛立ちの視線を含め男たちを睨めば、雲雀の脅威に触れしどろもどろながらも話した。

 

 実は、業者から校舎の修理費の請求書がこれほど溜まり、最早自分たちでは手をつけられないと。

 

 確認してみれば、滞納している額が予算をかなり上回っている。これを見て早々に雲雀に助けを求めてきたのだ。全く無能な部下に頭も悩ましいが、それ以上に眼前のこの課題は頭を抱えるものだ。

 

 心当たりはある。一枚一枚を見通せば、案の定雲雀の予見通りであり現実逃避でもしてみたい。

 

 請求書の概ねは、あの少女が持ち得る体質により過去に大破した校舎の位置と完全に一致した。他には顔見知りの草食動物の騒動やら、日頃の鬱憤を晴らすため雲雀本人がやらかしたものやら…… その辺は1割にも満たないのでまあいいだろう。

 

 入学してから何かと風紀を乱すその少女は、一日に一度は委員会の世話になるほど大事を起こしている。過去には立て札を破壊したり、校内火災に巻き込まれたり、バナナで校舎破壊をしてのけたり、ここまで来れば雲雀さえ感心してしまう。

 

 過去の経緯を思い返し、今日まで至る。

 

 そう、風紀委員会経費は現在盛んな火の車であった。どこぞにいた核兵器並みのドジ体質の女子生徒がやらかしたことによって。

 

 雲雀は黙り込んで内側のドス黒いものを呑み込んでしまわないよう理性を繋ぎ止めた。

 

 本来なら、本人に請求書を送りつけてこの鬱憤を晴らし、ついでにここ最近の追われる雑務のイライラもぶつけたいところだった。しかし、それを『風紀委員長』という自らの看板が許さない。その肩書きは、学校の全責任を担っているに等しいのだ。一生徒にそれを丸投げするのは、彼自身が彼の自尊心を責任放棄したことを意味するのも相違ない。そんなこと、雲雀恭弥に限ってできるわけがない。

 

 静かに彼の腹の底で少女への報復の芽が着実に育っていくが、今はそれどころではなくこの請求書の絶壁をどう処理するか頭の使い用である。

 

 こんな眼が座った委員長見たことない!と風紀委員の間ではちょっとした話題として上がっていた。

 

 それから間もなく、その日の放課後に今度は荷台に積まれた雪山が運ばれてきた。

 

 業者から追加の請求書がこのタイミングに届いてしまったようだ。雲雀の中で何かがブチ壊れそうだ。

 

 あの珍獣への殺意がふつふつと沸き起こる最中、グラウンドの方から盛大な衝撃音が聞こえ風紀委員の者が慌てて駆けつける。

 

 駆けつければ、そこには気絶した例の少女と、隕石でも落ちたのかよと疑うようなクレーターが出来上がっていた。

 

 ちょっと待て。これ以上請求書を持ってこられたら堪らん!!!

 

 報告を聞き受け、雲雀はこれ以上の損壊を危惧したためにも再び動いた。

 

 以前と目的は違えど、被害を未然に防ぐためにも、雲雀は重い足取りで標的の跡を追うのであった。

 

 

 ********

 

 

 さて、それを決行する日となる早朝。偶然にもこの朝の並盛中学校では恒例行事となる風紀委員会の抜き打ち持ち物検査があるのだ。空港検査さながらに厳格なもので、過去持ち物検査を拒否した者が最終的に真っ裸にされたという事例もある。この件で生徒にはさらに恐怖を植えつけることに成功している。

 

 実際には並中生にこれ以上ない負荷(ストレス)を与える朝の拷問行事であるが。……しかしたまに例外もある。

 

「ねぇ、どうなの? 風紀委員の持ち物検査と銘打ち合法的に女子生徒の私物を漁る内情って? あなた確か同じクラスの女子生徒の担当を毎回申し出ているんじゃなくて? 思春期男子の欲情の餌だなんて知られたら、その娘一体どんな反応するでしょうねえ……」

「ヒィィィ! もうやめてえぇぇ!!」

「春奈あぁ! それ以上はそいつのためにやめてやれぇ!!」

 

 

 

 ――と多々障害を乗り越え、今日も平常通りの公務を執行していた。

 

 しかし時間が迫るのに一向に標的の姿が現れない。

 

「彼女の報告は?」

「それがまだありません。もしや体調不良で欠席となるやも……」

 

 あと秒針も一周すれば違反者となり体罰対象となるが、彼女は来ないのか……。

 

 早朝から正門で待ち構えていた雲雀は空振りだと肩を落としかけたが、そこにすると猛然とした雄叫びのような声が飛び込んだ。

 

 

「うわあああああん! ポチのばかあああああぁぁぁ!!」

 

 

 ――とめいいっぱい喚きながら正門へと疾走する人影…… 花内まりやだ。

 

 これが休暇の待ち合わせに来た友人ならば全力で他人のふりをする。それほど関わりたくない空気が纏わりついている。

 

 どうやらギリギリで登校してきて通学路を脇目も振らず疾走しているようだ。今朝から何事だとも思うが、当人は相当急いでいるらしく普段頭につけている髪飾りも忘れるほどの事態であったようだ。

 

「遅刻まであと5秒!!!」

 

 ストップウォッチを手にカウントダウンを刻む風紀委員の声。

 

 これなら間に合うまいと高を括り、この場の全員が雲雀の微笑みに恐怖に竦む。

 

「4、3、2、1……」

 

「あっ」

 

 

 彼女の方からそんな声が上がる。その身体が少し浮き、もう一歩で遅刻のところに身体が正門の境目を飛び越える。

 

 

 

 ズシャアアアアアアァァ!!!

 

 

「0…… せ、セーフ……」

「アウトだよ……」

「は、はいぃッ!」

 

 すんでのところでスライディングセーフしてきた強敵を睨み、意地でも認めるかと雲雀は闘志を滾らせた。

 

 さて、その雲雀から睨まれた蛙の方は、スライディングの格好からぴくりとも動かない。……気絶していた。

 

 

 

 

 仕方なく病棟に運び、目を覚ますのを待ち構える。

 

 しかし、ここに居座るオヤジが鬱陶しい。

 

「おいおい、朝から彼女の介抱かい? お熱いねぇ〜、ヒューヒュー」

「……そういえば、校門付近に先程絶世の美女が彷徨いていたな」

「なんだとォ!?」

 

 真っ赤なデタラメをぼやけば、案の定馬鹿はすっ飛んでいった。あわよくば、そのままエジプトまで追いかけてしまえと本気で願う。

 

 ベッドの傍らでじっと待つと、2度目のチャイムの後にそっと彼女が目を覚ました。

 

 最初こそぼんやりと寝起きまなこで雲雀を見据え、おとなしい小動物のようなものだった。

 

「ぎいでぐだざいよ゛ぉぉ、ひばりざん゛んんっ! ぼぢがあ゛ぁぁ!!」

 

 その後いきなり何のスイッチが入ったのか、泣きべそをかいて雲雀に押し迫る勢いに少し後退る。話を聞けば、犬と喧嘩したらしい。アホかと思った。

 

 そんな目の前の人物が雲雀恭弥であることにお構いなく泣き喚く彼女に、雲雀も手を余し最早咬み殺すどころではなくなった。

 

 

 ********

 

 

 そうして彼女から解放され、くたびれた雲雀だが、自分が彼女を見ていなくとも抜かりはない。

 

「それで、報告はどう?」

「はい。委員長。標的は現在、ご学友と教室で昼食を取っている模様……」

 

 その頃、1-Aの教室では、朝から災難だった花内まりやが、級友である東山春奈と窓際の席で昼食を介して会話をしていた。

 

「あら、まりやちゃん。今日は頭に何もつけていないのね」

「うっ……」

 

 その話題になると一気に押し黙るまりやを気にもとめず、すると春奈から急に至近距離まで顔を近づけられる。

 

「ところで、まりやちゃん。あなた今朝から何やらかしたの?」

「えっ? 何やらかしたって、遅刻して今まで保健室で寝ていたけど……」

 

 さも普通のように答えるが、それであの風紀委員長の男に咬み殺されていないのが驚きだ。

 

 しかし、今の話題はそこではないので、春奈は自ら話題をそちらへと移し彼女へと確認を取る。

 

「じゃあ、アレはまりやちゃんの件じゃないのかしら。なんかうちの教室にずっと風紀委員が張り付いて偵察しているようだけど」

 

 シャッと箸で彼女が指す戸の付近には、厳つい顔の紛れもない風紀委員が教室内を何やら探っている。まるで生き地獄のような絵図である。

 

「ほら、うちのクラスの生徒もこの何が何だかわからない状況で完全に風紀委員の恐怖に竦んでるわよ」

「な、なんなんだろうね……」

 

 それを全く知るところのない当人らは、また何事もなくその友人と昼食を過ごしたのだった。

 

 

 ********

 

 

 その日も夕暮れに差し掛かり、並盛の河原を流れる景色を沈みかける夕陽の色が深く染め上げる。

 

「うわあ〜ん」

 

 そこには河川敷で、たった一人少年が泣いていた。

 

 

 

「どうしたの?」

「ボールがぁ……」

 

 泣きながら少年が指差す方に、水面に浮かぶ球体が確かにあった。

 

 まりやは再び少年に優しい声音で尋ねた。

 

「落としちゃったの?」

「うんっ…… パパに買ってもらったボールなのにぃ……」

 

 それはとても大事にしていたものだったんだと、その男の子の頬を流れる大粒の雫に自分の胸も悲しみを流した。

 

「そっか……」

 

 水平線の向こうから差す光に視界を細め、まりやはその胸にあるものを掴んで少年にこう告げた。

 

「もう泣かないで、少しだけ待っててくれる?」

 

 泣き続けていた男の子の頭をぽんと宥めて、彼女は突然駆け出すと制服の上着を脱ぎ捨て水の中へ。

 

 しばらく波打つ川の音だけが辺りに流れ、河川敷でじっと待つ男の子の息を潜める声が漏れる。

 

 反射する水面の上を彷徨うボールは、その時ふわりと空中で浮いた。

 

 

 

「ボール! 取ったよ〜!」

 

 

 突き上げた腕にあるボールは、背景にある光を反射しながら輝いていた。

 

 少年の歓声が響き渡る。そこにすぐさまボールを渡してあげようとした彼女の身体が、するとじわじわと沈み始める。

 

「あ…… れ……」

 

 もがけばもがくほど身体は川底へ沈み、まるでそれに吸い込まれていく。次第に呼吸もままならなくなり、彼女の姿がボールと共に再び見えなくなる。

 

「おねえちゃーん!」

 

 どうしていいかわからず、目尻に涙の粒を溜めた男の子はふと頭にのしかかる大きな温もりに、意識をそちらへと向ける。

 

 少年の横をすり抜けていく影は、真っ赤な景色の中に一層深い印象を受けて、少年の視界には漆黒の羽を広げるヒーローのようにキラキラと映った。

 

 

 

 

 

 

 薄っすら視界を開けると、真っ先に彼女の意識には心配する男の子の姿があった。

 

「あのね、真っ黒なおにいちゃんが助けてくれたんだよ」

 

 彼はそうニコニコ笑って、彼女に教えてくれる。しかし、それをよくわかっていない彼女の方は、少年の背後にいる浮いた影を見て、自分と同じようにずぶ濡れの格好をしているからさらに目を剥いた。

 

「雲雀さん……?」

 

 ぱちくりと何度と瞬きを繰り返して、雲雀の様子を窺う。彼は一度もこちらを振り向こうとはしない。しかしその滑稽な彼の格好を見れば、彼の考えるところは自分と全く同じだろう。

 

 水中で足を攣ってしまった自分の代わりに、男の子の腕にあるボールを拾ってくれたんだ。彼ならたぶん風紀委員長として見過ごせないんだろう。そして自分はついでに助けられたのか…… と自嘲気味に笑っていた。

 

「おねえちゃん、ありがとう!」

「私は、結局何もしていないけど……。もう一人でこんな危ないところで遊ばないでね」

「うん! わかったよ!」

「よしっ。それじゃあおひさまが沈んじゃう前にお家に帰るんだよ。帰り道は大丈夫だよね」

 

 元気にそう頷いて、何度も振り返ってバイバイをしていく男の子の姿を見送りながら、その姿が見えなくなるまで手を振り返した。

 

 そうして彼女は間もなく次の問題に直面することとなる。

 

「ひ、雲雀さんじゃないですか〜。いやぁ、奇遇ですね〜。さすが水も滴るいい男ですよ〜」

 

 心にもないことこの上だが、そんなこと今はどうでもいいかのように彼の目は鬼気迫るものが感じられる。

 

「どういうつもりだい?」

 

 濡れた前髪の下から、冷ややかな眼差しが見据える。

 

「えーと、この前クラス目標が『破天荒至上』になったので、それを身を以て体現してみようかなと……」

 

 逃げ場を探るように軽口を言ってみるが、なんかめちゃくちゃ不機嫌になっていられる。彼の扱いがまだわからない彼女であった。

 

「少し都会の川を舐めてました、ハハッ……」

 

 よくわからないこの状況を切り抜けようと穏便な対応を見せるが、まるで効果がないどころか火に油を注いだように相手から反論を突きつけられる。

 

「ふざけないでよ。僕がいなければ、君は今頃死んでいたんだよ。なんでそうヘラヘラと笑っていられるんだよ」

 

 あそこで死んでいたら、一体何のために――……。そういつしか語尾が荒げ、吐く息にも熱が籠っていた。

 

 一瞬我を忘れていたようだが、彼はすぐに平静を取り繕う。ふと相手の剽軽な表情を捉え、雲雀は咄嗟に付け加えていた。

 

「……君が溺死体になれば、あくまで並盛の治安に関わるからだよ」

「あ…… ですよねぇ」

 

 驚いた。まさかこの人から心配されるなんて思ってもいなかったから。しかしやはり彼が考慮するのは並盛だけのようだったが。

 

 すっかり普段の調子でそっぽを向いた雲雀に、彼女もいつもの調子で平たく緩い反応を見せる。

 

「いやぁ、カチューシャ忘れたからいつもの力が半分も出ませんでしたけどね〜」

 

 どこぞのあんぱんだよ、と内心彼がつっこんだのは誰も知らないところだ。

 

 喚起後もヘラヘラとしている彼女の舐めた態度に痺れを切らし、雲雀は改めて今回のことに関して彼女に詰め寄った。

 

「なんでああいう無茶をしたの」

 

 目の前でどんと構える彼の存在感はまさに風紀委員長の冠として相応しいが、問題の彼女には全く動揺もない。

 

 そんな彼女は隣に雲雀がいることも忘れたように、河川敷からの景色を眺めながら言った。

 

「私なら、大切なものはずっとそばに持っていたいと思うから。たとえそれが壊れても、心の中でずっと守っていたい……。

 それに子どもの頃の思い出は大切ですからね」

 

 そう言って、夕陽の景色に溶け込んでしまうような眩しい微笑を浮かべた。

 

 

「じゃあ、帰りましょっか」

 

 

 それが沈みゆく夕陽と共に地平線の向こうへ持ち去られていくのは、あまりにも無情なことだと痛みを覚えた。

 

 水滴を散らし照らされた一瞬のその情景は、あの時雲雀の胸に確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからはすっかり彼の周りには日常が戻りつつあった。

 

「委員長! 一年の花内まりやですが、またグラウンドの方で問題を起こし……」

 

 その日常というのが、すでに彼女の影響を受けて少しずつ変化していくということは、今はまだ誰にも予想できないことだ。

 

「……後処理は任せたよ」

「ハッ! 了解しました!」

 

 廊下の窓からは、例の彼女の姿が偶然にも見えた。

 

 通常通りの滑稽な様で、だから彼女のことをただ見過ごせないのか……。

 

 きっと、もう少し、彼女を見つめていればわかるような気がする。

 

 それまでは、あと少しそばにいて見守ってやるのもいい。

 

 




*その直後

「キャー! 花内さんがいきなり校舎の窓に突っ込んでいきましたー!」「廊下を歩いていた誰かが巻き添えにー!」「なんかヅラが飛んで来たぞー」「きょ、教頭先生ー!」「わしのカツラがあぁぁ!」

風紀委員「委員長〜! 追加の請求書があぁぁ!」

雲雀「……やっぱり今すぐ咬み殺す」

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