好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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信じる力が勇気になるんです!

「西住ちゃん……みんな、がんばれ……!」

 

 試合は開始直後から怒涛の展開を見せた。

 黒森峰まさかの先制攻撃により、混乱の極みに叩き込まれた大洗であったが、アリクイさんチームの身を挺してのセルフガードベントによりフラッグ車の撃破をかろうじて回避。

 その後、体勢を立て直した大洗側の戦車隊は事前に用意してあった煙幕を展開。黒森峰の目をくらまして距離を取った。

 

 窮地を脱したとはいえ、元からの不利がさらにその度合いを増したことは間違いない。

 黒森峰側も冷静で、視界が低下した中で闇雲に撃って弾を無駄にすることなく、悠々と隊列を乱さずに追いかけていく。

 大洗が向かう先は小高い丘。決勝戦から投入されたポルシェティーガーの重量と足の遅さから登坂に時間が掛かるとみて、自分たちの態勢維持を優先した結果だろう。

 極めてクレバーな判断だ。図上演習ならいざ知らず、実際の試合会場で砲火にさらされ、あと一歩で敵フラッグ車を撃破できるところまで迫ってなおこの冷静さを保てる辺り、さすがは西住ちゃんのお姉さんだ。

 さっき、試合開始前にこっそり俺が店出してるところに来て干しいも買っていってくれたし、思わず応援したくなる……!

 

 

 しかし、その優秀さを誰より知っているのが西住ちゃん。

 こうして最適な動きをすることを予想して、さらにその上を行く策をひねってあると、試合前に言っていた。

 

 

「ポルシェティーガーを牽引!? 姑息な手を……!」

「エリカ、なぜカードを捨てる?」

 

 

 そんな会話があったかどうかは知らないが、意表を突くことはできたらしい。もしポルシェティーガーの速度をどうにかしていることを予想していたら、黒森峰側も巧遅より拙速を選んでいただろう。

 大洗が黒森峰に挑むには、これしかない。常に相手の裏をかき、試合の主導権を握り続ける。

 その天秤が一度でも相手の側に傾けば、あとは蹂躙されるのみ。常に薄氷の上の戦いだ。

 

 アリクイさんチームの離脱からは辛くも脱した。

 だが、もしまた一つ歯車が狂うようなことがあれば。

 

 きっとそれが、大洗敗北の瞬間だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「川を渡ります。レオポンさんチームが上流、アヒルさんチームが下流に並んでください」

 

 ここまで、大洗女子学園は順調に作戦を遂行してきた。

 もくもく作戦、それに続くパラリラ作戦による目くらましと時間稼ぎ。さらに別働隊として潜ませたヘッツァーの活躍もあって丘の上を要塞化に成功。高所の有利をもって黒森峰の戦車を減らし、その後敵陣を突破して一気に川まで移動し、距離も稼いだ。

 黒森峰の戦車は強力ではあるが、だからこそ燃費も悪く足回りの故障も多い。その点、レオポンさんチームこと自動車部を要する大洗は万全。ここまでどの戦車も快調に動いてくれている。

 ちなみに前日まで結構激しく練習したのだが、明日都先生がレオポンさんチームを部屋に帰してから一晩でやってくれました。

 

 そして、渡河。

 これでさらに時間を稼げるだろう。黒森峰を引きずり回すことこそ、ほとんど唯一の勝機なのだからやるしかない。

 

 

 渡河自体は比較的順調に進んだ。

 浸水も致命的なものになることはなく、この分ならば予定通り市街地まで移動できそうだと思われた。

 

 

「……へ? エンジン、止まっちゃった!」

 

 

 ウサギさんチームのM3が、渡河の真っ最中に突如停止するまでは。

 

 

◇◆◇

 

 

「どうしたのかしら大洗、川の中で止まってるわ」

「まさか、マシントラブル!? こんなときに!」

 

 客席にざわめきと悲鳴が広がりだした。

 川のど真ん中で突如停止したM3と、それにつられて渡河を中断した大洗の戦車隊。

 これまで弱小と言っていい編成ながら王者・黒森峰を翻弄してのけただけに、観客の声も同情と心配の色が濃い。

 なにせ、決勝戦。観戦に来る人たちも歴戦の猛者揃いで、去年の決勝で何があったかを知らない人なんてほとんどいないだろう。あれは、それだけの出来事だった。

 

 それと同じことが、あるいはまた繰り返されようとしているのでは。

 不安の声は当然のことで、誰もが固唾を飲んで試合状況を映すスクリーンを見守っていた。

 俺も同じだ。握りしめた手がさすがにそろそろ痛くなってくる。西住ちゃんたちのことは信じているが、信じていても、大事であればこそ心配になる。

 

 どんな形にせよ、きっと来るだろうと覚悟していた時が来た。

 今この瞬間が、西住ちゃんの戦車道の分かれ道。ここで選んだ道が、きっと西住ちゃんの未来を決める。

 

 こういう時は、男に生まれた我が身がもどかしい。

 せめてもっと近くにいられたら、通信越しでも声を届けることができたら、そう思わずにはいられない。

 

 だから、俺はこの場で祈る。

 昨日重ねたあの掌が、少しでも西住ちゃんの決意を促す力になればと。

 

 

◇◆◇

 

 

 戦車の上に立つ。

 みほにとっては見慣れた景色だ。

 練習の時も、試合の時も。周囲の状況を把握するために何度となくこうして立ち上がってきた。

 かつて、全て勝利のためにそうすることが必要だった。

 

 しかし今は、何より仲間のために、みほは立ち上がった。

 

「ウサギさんチーム。今からそちらへ向かいますから、待っていてください」

『西住隊長、何を!?』

 

 腰にロープを結び付け、見据える先にはずらりと並ぶ大洗の戦車たち。そしてその先には、立ち往生したウサギさんチームのM3が待っている。

 

 

 みほは、ウサギさんチームを救う決断をした。

 迷いに震えるみほの手を、優花里と華が握ってくれた。沙織が、麻子がその背を押してくれた。

 そして目を閉じれば、昨夜の店長の手のぬくもりも重なった気がした。

 

――心のままに、やってごらんよ。

 

 いつかの言葉が、再び胸でこだまする。

 みほの中の戦車道が、目を覚ます。

 

 だから、行こう。

 この道の先は、みんなと手を繋いで進みたいから。

 

「……行きます!」

 

 戦車の上は広いようで狭い。

 助走に使えるのはほんの数歩のみ。

 

 だがみほは、その距離で精いっぱい勢いをつけて、飛んだ。

 みほにとってはふりだしでも、みほの戦車道にとっては、大きな一歩を。

 

 

 

 

「隊長、どうして私たちなんかのために……」

 

 停止しているとはいえ、渡河中の戦車実に7輌の間を飛び渡ってM3の元へたどり着いたみほを出迎えたのは、車上に上がったウサギさんチームの6人だった。

 いつも元気でかわいらしいその顔に浮かんでいる表情は、申し訳なさと困惑。

 気持ちはわかる。もし自分がウサギさんチームの立場だったら、きっと同じように思っただろうから。

 

 みほは引っ込み思案だ。自分に自信がなく、それは今でも変わらない。ここまで来れたのは、みんなと一緒にいたいという思いがあったからこそだ。

 しかし、今は少しだけ違う。

 だから笑える。ウサギさんチームを安心させるように。

 

 

 ウサギさんチームのメンバーにとって、そのときみほが見せた笑顔は忘れられないものとなった。

 とても、優しい笑顔。

 それでいて、強い強い意志の力が込められている。みほ一人だけのものではない、多くの人の力を束ねた強さ。そんなイメージが自然に浮かぶような笑顔で、みほは言う。

 

「みんなで一緒にがんばろう。……最後まで諦めず、不可能を可能にする。それが、私たちの戦車道だから」

「っ! ……はい!」

 

 その笑顔を見て、ウサギさんチームのリーダー、澤梓は一つの希望を抱いた。

 私も、あんなふうに笑えるようになりたい。

 決して諦めず、いつも仲間と一緒に、全力でいられる。そんな女の子になりたいと。

 

 その憧れが梓を強くする。

 はるかな先に見据えた何かを得たとき、人はそこへと続く道を迷わず進めるようになる。

 

 そう、かつてみほがボコに憧れて不屈を受け継いだように。

 仲間たちとともに自分自身の戦車道を見出したように。

 それが、未来へ続く、戦車道という道なのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 大洗女子学園にとって、戦車道の全国優勝は存続のための最後の希望。

 しかも20年前に廃止されたのち、復活したその年に決勝までたどり着いたことから注目度は極めて高い……のだが、20年の断絶はさすがに痛かった。

 観客の数や応援の豪華さ、そういったものはさすがに決勝常連校たる黒森峰には一歩劣ることが否めない。

 鳴り物の数や、応援の声量。

 単純な人の数と、観客に占める生徒の割合などなど。

 

 だがそれらは優劣で語るべきものではなく、観客が放つ熱量もまたそれに比例するものではない。

 

 

「おおおおおおお! 隊長の子が飛んだぞ!」

「お願い西住先輩! 梓達を助けてあげて……!」

「黒森峰の重戦車が今だけマウス並みに遅くなりますように……! いやむしろこれから先もずっと……!」

 

 驚きがあったし、願いがあったし、祈りがあった。

 黒森峰を翻弄する戦術の数々と、そのさなかに見舞われたウサギさんチーム立ち往生のトラブル。そして西住ちゃんの八艘飛び。

 それを見て、誰もが気付く。西住ちゃんの、大洗の戦車道の強さ。

 

 どんな強敵を前にしても諦めず最善を尽くす心の強さ。

 窮地の仲間を見捨てない絆の力。

 アリクイさんチームがその身を挺してⅣ号を守ったように、今度は西住ちゃんがウサギさんチームを助けようとしている。

 

 それを見て、心が熱く燃え盛る。

 どうか勝ってくれと、みんなの歓声が一つに集う。

 

 ……聞こえているかい、西住ちゃん。

 君の戦車道が、みんなをここまで連れてきてくれた。

 たとえ一緒に試合はできなくても、みんなが君たちを応援してる。

 

 だからどうか、悔いのない道を。

 俺は観客席の片隅で、涙をこらえながら見守り続けた。

 

 

◇◆◇

 

 

 危機を乗り越え、天が大洗に味方し始めたか。

 ポルシェティーガーを引っ張っての登坂時と同様、M3を他の戦車たちで引っ張って川を渡っている最中にエンジンが復活。辛くも黒森峰からの追撃を逃れることに成功した。

 

 その後、あからさまに脆そうな橋を渡るときは最後尾のポルシェティーガーが渡ると同時に橋が崩れ落ちてしまって後を追う黒森峰が迂回を余儀なくされてたけど、偶然だよね、うん。

 

 そして大洗女子学園戦車隊は順調に市街地へと侵入。平野部で黒森峰の戦車の数を減らし、あっちこっち引きずり回して足回りと燃料にダメージを与え、最後は市街地でのゲリラ戦。大洗が得意とする、各チームの特徴を生かした各個撃破の構えだ。

 

 後続の黒森峰との距離はそれなりに離れていて、廃墟となっている市街地に陣取って待ち構える準備の時間は十分にある。

 

 ……と、思っているのだろう。

 神の視点を持たない、試合中の選手であるならば。

 

 

「死地に飛び込みましたね。今度こそ終わりでしょう」

「さすがの読み、ということですか。大洗の筋書き通り……と見せかけて全て黒森峰の掌の上だったような気がしてきます。……でもとりあえず俺にもロック飲ませようとするのやめてください。しっかり試合見たいんです」

「……私の盃が受けられないと?」

「盃って言葉がなんか不穏なんですが。観戦中でなければ喜んでお受けするんですけどね。つーか試合中は飲まないんじゃなかったんですか」

「……忘れました」

 

 ここは観客席。

 ついうっかり試合の熱に当てられてお土産用に当店でお買い上げいただいたさつまいもジュースを開けてしまう戦車道の師範が居たりするくらいには諸々整えられていて、観戦用設備の一つに野外大型スクリーンが存在する。総合火力演習の時も見たことあるなと思いつつもそこに映し出された情報に目を向けると、様々なことが分かる。

 

 例えば、市街地に侵入しつつある大洗の戦車隊であったり、整然としたパンツァーカイルでそれを追う後方の黒森峰であったりのリアルタイム映像。

 ……そして、フィールド全域における両チームの全車両の位置であるとか。

 

 市街地で迎え撃つという西住ちゃんの判断は正しい。

 そうやって少しでも質と量の不利を補える状況を作っていかなければ、大洗に勝機はない。

 

 だが今度の壁は、飛び切り厚いぞ。

 

 

◇◆◇

 

 

「なにあれ……壁?」

 

 それは、市街地に潜んでいたⅢ号戦車を戦闘で追いかけていたカモさんチーム車長、そど子の言葉。

 狭く入り組んだ団地に逃げ込んだⅢ号をあと少しというところまで追いつめたまさにそのとき、大洗女子学園の前に「壁」が現れた。

 誰もがそう思った。さして広くもない路地の見通しが効かない通路でのこととはいえ、十字路の向こうに逃げたⅢ号との間を横切る道に、なぜか壁が出現したのだから当然のことだ。

 

 だがその認識は正しくない。

 認めたくない現実に直面した、というよりは単純に理解の範疇を越えたものが現れたことで、正しく状況を認識できていないのだ。

 

 なぜなら、その「壁」は。

 

 

『……剣だ!』

 

 

 しゃべるのだから。

 

「いや戦車でありますよ!?」

「あ、あれは……!」

 

 徐々に全貌を見せる「剣」と自称したそれは、履帯を持っていた。転輪を持っていた。装甲を持っていた。回転砲塔を持っていた。主砲を持っていた。

 

 間違えようもなく、戦車であった。

 

「幻の超重戦車、マウス……!」

 

 重量実に188t。およそ正気の沙汰とは思えない戦車史上の怪物が、立ちはだかった。

 

 

 

 

「マズいわね、これ……!」

 

 黒森峰のⅢ号追撃時の位置関係上、マウスに最も近い位置にいたのはカモさんチームだった。

 そしてその車長席でそど子は事態の悪化を誰よりも痛感していた。

 

 超重戦車、マウス。

 100tクラスの戦車、という注文を受けて作られたはずなのになぜかその倍近い重量になってきた化け物戦車。その重量から列車での輸送もできず、橋も渡れずと戦略上は大分アレなものとされているが、こうして目の前に現れるとその威圧感は尋常ではない。

 しかも、主砲はサイズだけなら現行の最新鋭戦車にも匹敵する128㎜。突然の強敵出現に動揺する大洗に打ち込まれれば、それだけで壊乱の危険性すらある。

 

 かといって無視も論外だ。

 機動力こそ皆無に近いものの、この市街地はこれから黒森峰を迎撃する重要な戦場となる。市街地にいる限りマウスの脅威にさらされ続けてはまともな戦闘などできるはずもなく、かといって今から市街地を放棄して新しい戦場を選定するほどの作戦変更は危険でしかない。

 

 よって、マウスは今この場で倒さなければならない。

 最大火力がポルシェティーガーの88㎜砲しかない、大洗の戦力で。

 

「マウス、砲塔旋回中!」

「撃たれるぞ! 回避しろ!」

 

 しかし今はさらに望み薄だ。突然の挑戦力は大洗を混乱に叩き込み、まともな対応すらできていない。

 

 この状況は極めて良くない。

 冷静と規則正しい作戦遂行が必須なのは風紀も戦車道も同じこと。今の大洗には、それがない。

 

 

 誰かが風紀を取り戻さなければならない。

 おそらくみほならばそれは可能だろうが、それには少しだけ時間が足りない。壊滅の危機を回避するためのわずかな時間。何とかしてそれをひねり出さなければ、大洗の命運はここに尽きる。

 

 

 では、誰がそれを出来るのか。

 そど子はわずかな時間で自問する。

 

 「大洗女子学園の未来を守る」「風紀も守る」。

 「両方」やらなくっちゃあならないってのが「風紀委員」のつらいところだ。

 

「ゴモ代、パゾ美。悪いけど、私たちの戦車道はここまでよ。覚悟はいい? 私はできてる」

「……うん、仕方ないね」

「覚悟、決めた」

「……ありがとう。さあ、風紀ってものを見せてあげるわよ、ルノー!」

 

 そど子は、自身の決断に従ってくれる仲間たちに感謝した。

 ゴモ代とパゾ美がいたから、これまで大洗の風紀を守ることが出きた。自分たちがいなくなってしまえば、麻子を筆頭にした問題児揃いの戦車道チームがどうなるか分かったものではないと、実際に戦車道に参加してから何度頭を痛めたことか。

 そしてそんな自分たちをここまで運んできてくれた、ルノーB1bis。自分たちの経験不足のせいであまり活躍させてやることは出来なかったが、ここまでチームの一員としての役割は果たすことができたはずだ。まさしく自分たち、風紀インらしく。

 

 だからこそ、信頼できる。

 こんな自分たちもしっかり戦力として戦わせてくれたみほならば。ここさえ切り抜ければ、必ず勝利をもたらしてくれると。

 

「……西住隊長! あとのこと、お願いします!」

「そど子さん!?」

 

 ルノーB1bis、発砲しながらさらに前進。

 そのことごとくが命中するも、マウスの装甲の前に同じ数だけ弾かれる。

 

 結論から言って、ルノーB1bisはマウスに何らダメージを与えることができなかった。

 近づいた距離の分敵からの必中も自然なことで、マウスの主砲が持つ驚異的な威力を戦車がひっくり返るという尋常ならざる現象として示すことで、試合を終える。

 

 その代わりに、大洗女子学園にとって値千金の数秒を稼いで。

 

「っきゃあああああ!?」

「わかってたけどなにこれー!?」

「ヤバい」

 

 白旗をあげるルノーB1bis。戦車道の試合において戦車の転倒自体は珍しいことでもないが、崖から落ちたわけでも走行中に側面から撃たれたわけでもなく、真正面から宙に浮くほどの衝撃を、仮にも重戦車であるルノーが受けたという事実。

 身をもって呆然自失の状態から正気に引き戻す衝撃を与えたこと。それこそがカモさんチームのもたらしたもの。大洗を勝利につなぐ架け橋だった。

 

 

 カモさんチーム、脱落。

 大洗女子学園の残存戦力、6輌。

 

 

◇◆◇

 

 

「おのれ、カモさんチームの仇ー!」

 

 そして、カモさんチームに続こうとするものがここにもいる。

 大洗女子学園の火力の要の一つ、カバさんチーム。

 

 Ⅲ号突撃砲は、決して扱いやすい戦車ではない。というか狭義の意味では戦車とすら呼べない、回転砲塔を持たない車両だ。

 しかし頼れる火力と低い車高はそれらの欠点を補って余りあり、戦史に詳しいカバさんチームの面々が駆ればその実力を十全に発揮できる。

 

「やっばいってこれ……! どうやって倒すかじゃなく、何輌の犠牲で済ませられるかを考えなきゃならない!」

「さもありなん!」

「どこ狙っても抜ける気がしないぜよ!?」

 

 だからこそ、局地的な判断においてはみほの指示を仰ぐまでもなく最善を下すことができる。

 

 カモさんチームに続きカバさんチームもすでに、自分たちが健在のまま試合の最後を見届けることを諦めている。

 

「あーくそ、毎度のことだけど、回転砲塔が欲しい!」

「いまさらだ、左衛門佐。それに、だからこそここでこうして前に出られる。冥利に尽きるだろう?」

「もちろん、誉れぜよ!」

「よし、撃ちまくれ! 相手の注意を徹底的に引き付ける!」

 

 カモさんチームの撃破直後から、Ⅲ突が最前にてマウスに攻撃を加え続けた。

 こちらも相手の装甲を貫くことは出来なかったが、マウスの次なる標的になることには成功した。

 当然、さらにそのあと、この場をしのぐ策などないままに。

 

 

「Ⅲ突、よくやってくれた!」

「ありがとう!」

「すごいヤツぜよ!」

「……きっとまた、お前と一緒に試合ができる。そう信じるぞ!」

 

 

 

 

「……っ!」

 

 Ⅲ突に白旗が上がる。

 その直前、無線で流れてきたカバさんチームの言葉を聞きながら為す術がない自分のことを、みほは呪いたくなった。

 

 カモさんチームとカバさんチームの行動は、この状況において最適解に限りなく近い。

 戦力を立て直し、鈍足の極みであるマウスをある程度引き離し、戦場を大洗側で選んだうえで迎撃する。

 どうすれば手持ちの戦力でマウスを撃破できるかはまだ思いつかないが、とにかく時間が必要で、そのためには1、2輌の脱落はやむなし。

 みほの体を形作る西住流がそう判断を下し、どう考えてもそれ以上の策はなかった。

 

 ただ一つ、みほにそんな指示を下せるはずがないということを除いては。

 

 みほは、仲間を見捨てるという選択肢を取れない。

 ピンチにあれば必ず助けようとする。してしまう。たとえそれが、チーム全体を危機にさらすことだとしても。

 それがみほの戦車道で、それがみほの強さだ。

 その強さがあったからこそ、ここまで来れた。

 その優しさがあったからこそ、誰もがみほを隊長として認めてついてきた。

 

 だからこそ、一度に味方が2チームも撃破されたことはみほの心を傷つける。

 せっかく見つけられた戦車道。それに背くようなことになるなんて、と。

 

 

 しかし、そう思っているのはみほだけだ

 

 

『すまん、西住隊長! 私たちはここまでだ! 先に向こうで待ってるぞ!』

「え、向こう……?」

 

 一瞬ギクリとするみほ。

 撃破後もわずかん時間だけ許される最後の通信を送ってきたカバさんチームとカモさんチームがなんか渡っちゃいけない川の向こう側に逝こうとしているような気のするセリフ。マウスが相手となると、たとえ戦車道の試合でのこととはいえゾっとする説得力のある想像だ。

 しかし実際は違う。

 カエサルの、そど子の声に籠るのはただ純粋な信頼のみ。

 

 最後まであきらめないのが、みほの戦車道。

 そしてそれが、いまの大洗女子学園みんなの戦車道なのだから。

 

『もちろん、試合が終わった後の話よ。……次は、表彰台で会いましょう。必ず、私たちをそこまで連れて行ってよね』

「……! はい!」

 

 みほは店長の言葉で自分の戦車道を見つけ出した。

 ウサギさんチームを救うことで、それが本物であると証明した。

 

 そしてまた一つ、みほは強くなった。

 倒れた仲間を切り捨てるのではなく、その思いも背負って進む。

 みほの戦車道なら、それができるはずだ。

 

 

「……全車後退! 一度体勢を立て直して……そのうえで、マウスを倒します!」

『はい!!』

 

 マウスの射程距離に捉えられた市街戦。

 決して有利とはいえない状況で、打開策もいまだない。

 だがそれでも、勝利のために全員で、全力を尽くす。

 

 大洗女子学園戦車道の本懐、ここにあり。

 何度目かの正念場が、始まろうとしていた。

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