それは、試合開始直前のこと。
大体の品を捌き終わり、さてそろそろ片付けて試合を見に行くかと思い出したとき。
油を片付けるのは後にしても、とりあえず危なくないようにどうにかしようと火を落としておいて、とごそごそやっていて。
「あのっ、すみません! まだ何か食べるものを売ってませんか!?」
その一声を聞いた瞬間、頭が何かを思うより先に、体がコンロに火を入れていた。
しまったいもの残りをクーラーボックスから出し、余っていた衣も調理台の上に。菜箸もその隣に。油を切る金網を乗せたバットは即座に出し直す。油の温度が適切ならば、あとほんの一呼吸で衣をまとったいもが油へダイブしていた。
ここまで、完全に無意識の行動。
体が勝手に動くなんて、普通なら戸惑うだろう。だが俺はこの時点で、既になぜこんな行動をしたのかを把握していた。
当然だ。
突如かけられた必死な声の中に、百合の波動を感じたならば。
焦りがあった。
周囲の売店のいくつかが店じまいを始めたからだろう。戦車道全国大会の試合ともなれば、店を出している側も商魂のたくましさ以上に戦車道好きが勝る例がままある。試合が始まる前に商売を終えて、あとはじっくり観戦の側に回るなどという酔狂な例も、俺を含めて数限りない。
愛情があった。
大切な人に、美味しいものを食べてもらいたい。俺の店の料理やお菓子が好きで食べに来てくれる、それも友達や家族にも味わってほしいと連れ立ってくる人たちに特有の、期待と不安という名のスパイスの香りがした。
そして、いま一つ。
蜜のようにねっとりとした甘い匂い。
愛と、怒りと。憧れと、嫉妬と。相反するもの同士がねじれ絡み合い、醸成されたそれを何と呼ぶべきか。表す言葉を俺は持たない。
だが何より愛おしいそれを放つ少女が。
逸見エリカさんが、そこにいた。
「……ギリギリセーフだね。ちょうど試合を見に行くために片づけてたところだったから。でも、だからこそ揚げたてを用意出来る。少々お待ちを」
「あ、ありがとうございます! だんだん周りの出店は片付け始めてるし、それにどこもかしこもサンダースらしいハンバーガーとかホットドッグばかりで、こんなのとても隊長には……って、ああ! あ、あなた、大洗の!?」
「ありゃりゃ、バレちゃった」
軽い愚痴を聞きながら、衣をつけたさつまいもを油に投じる。既に適温であることは見極めてあるから、衣が香ばしく揚がっていく軽快な音がすぐにし始める。急いでいるようだし、どんどん行こう。2つ、3つと次々鍋の中にさつまいもをどぼん。
「どうしてこんなところに! ……ハッ!?」
「大丈夫、西住ちゃんたちはもう試合の準備に行ったから」
「べ、別にそんなこと気にしてませんよ!? というか、あなたは大洗戦車道のなんなんです!?」
「ただのファン、かな?」
頃合いを見て金網のうえに。天ぷらは揚げ方はもちろん油をしっかり切ることも大切だ。わかりやすい反応を示してくれるエリカさんの様子を楽しみながらの料理というのも、実にいい。
実際のところ、彼女は西住ちゃんと顔を合わせることに、複雑な感情を持っているのかもしれない。
憧れの西住まほさんの妹。1年ながら黒森峰女学園の戦車道副隊長を務めた同級生。
そして、濁流の中に飲まれようとする味方のため、敵の攻撃にさらされていたフラッグ車を置いて助けに行って勝利を逃した、西住ちゃん。
俺は西住ちゃんが好きだ。西住ちゃんたちが歩み、これから見つけるだろう戦車道が好きだ。すでにそう断言できる。だって、これからも可愛い女の子たちと一緒にその道を歩んで行ってくれるだろうから。
だけど、そんな西住ちゃんがエリカさんの目を通すとどう見えるのか。
神ならざるこの身では、さすがにわからない。
「はい、大洗名物さつまいもの天ぷら。塩はこの包み、天つゆはこの小瓶に入ってるからお好みで」
「……ありがとう、ございます」
ささっと用意して品物を渡して代金を受け取ると、エリカさんは目を逸らしながらお礼を言ってくれた。さすが黒森峰の副隊長、色々抱えている複雑な気持ちはあるとはいえ、礼儀正しい振る舞いも戦車道のうちということか。
きっとエリカさんは、真摯に戦車道に、西住流に打ち込んでいるのだろう。少々言葉はキツいようだが、所作の一つ一つに品がある。だからここらで、耳寄り情報の一つもおまけしよう。当店はお客様へのサービスの充実がモットーですので。
「大洗のさつまいもは、西住ちゃんも好きになってくれたみたいだよ」
「……そう、ですか」
俺の言葉を聞いて、少し胸の包みを見る目が変わったような。
理解しあえていたとは言えないだろう過去の西住ちゃんと、再び戦車道に戻ってきた今の西住ちゃん。その差を彼女は、そして西住ちゃんのお姉さんであるまほさんは、どうやって埋めていくのだろう。
もしも願うことが許されるなら、俺の料理がそのきっかけになって欲しい。そうなれば、こんなに嬉しいことはないのだが。
去りゆくエリカさんの背を見送って、俺はそんなことを考えていた。
「……って、やべええええええ!? さすがにもう試合がはじまる!?」
そして、うっかりエリカさんの背中が見えなくなるまで見送ってしまったせいで観戦会場へ着くのが試合開始ギリギリになってしまったのだが、仕方ないよね。
◇◆◇
一方、試合開始直後の別の場所では。
「エリカが買ってきてくれた天ぷら、おいしいわね。……黒森峰名物のノンアルコールビールを持って来るべきだったかしら」
「隊長!? 食べてばかりいないで試合も見ましょうね!? ……それと、そのさつまいもは大洗産だそうです」
「……そう。ありがとう、エリカ」
戦車道も武道の一種だけに体が資本なのか、さつまいも天をもっしゃもっしゃと食べる隊長と、これを調達してくるために味わったちょっとしたシリアスを伝える前に食べ尽くされちゃたまらんと焦る副隊長がいたというが、変態には知る由もない。
「……むむ! 俺の天ぷらが女の子に美味しくいただかれた気配がする……! 我が悲願、成就せり!」
……知る由もないはずなのに察知するからこそ、変態と称されるのかもしれないが。
◇◆◇
第六十三回戦車道全国高校生大会、一回戦。大洗女子学園対サンダース大付属高校。
その試合内容はわずかな違和感を除き、試合前から予想された通りの物となった。
すなわち、大洗女子学園の圧倒的な不利。
まずもって、全体的な戦車の性能からしてサンダース大付属の方が勝り、数の面でも同様だ。
サンダース側は投入可能最大数たる10輌、対する大洗側は学園艦で現時点までに発見できた戦車すべて合わせてようやく5輌。それも、全車種類がバラバラだ。
だからこそ、試合は終始サンダースペースとなり、大洗は振り回されるだろうと観客たちは予想していて、大筋はそれを外れるものではなかった。
ただ一つ、サンダース大付属がまるで大洗女子の動きを全て把握しているかのような先回りと包囲を見せたことを、除いて。
ほとんどの観客たちはサンダースへの喝采を上げる。さすが強豪校、新参の大洗など及びもつかない実力だ、と。
それも当然のことだろう。戦車の性能でもチーム全体の練度でも、大洗女子はサンダースに劣っている。このままなら、予想の通りサンダースの勝利は揺るがない。
戦場の空を漂う小さな気球が、サンダースの勝利を祝福するかのように輝く通りに。
「サンダース側はさすがの読み、ということなのでしょうか……?」
「――こんなジョークを知ってる?」
「はい?」
その様子を伺う少女たちは語る。
この一戦の勝者が後に自分達の前に立ちはだかる敵になるかもしれないものとして。
「アメリカの大統領がどこかへ出かけようとしているので、秘書が行先を聞いたの。そうしたら、大統領はこう答えたそうよ」
「『ちょっと宇宙まで行ってくる』ってね」
「それジョークじゃなくて存在自体がジョークな人の話ですし、今の状況には関係ありませんよね」
「……あら?」
ジョークのなんたるかを勘違いしている人たちがいたり。
「大洗が翻弄されている、というよりサンダースの動きがおかしいですね。誘導しているわけでもないのに大洗側が先回りされすぎています。……まさか!?」
「……ええ、そのようね」
さつまいも天を食べる手が止まらないが、頭も止まらないのが黒森峰の強豪たるゆえん。
一部の目端が利く者たちは気付きだした。この試合展開が、決して両校の実力差のみによるものではないことに。
◇◆◇
「無線傍受!?」
「うん。おそらくだけど、そうでないとここまで動きを読まれることに説明がつかないから」
「……確かに、戦車道のルール上無線傍受は『禁止されていない』ようでありますな」
「想定されてないってだけだろ、それ」
「卑怯です! 抗議しましょう!」
サンダース大付属による、大洗女子チームの無線傍受。
通信手という専門の乗員がいることからもわかる通り、戦車にとって通信の役割は極めて大きい。互いの位置や作戦内容の確認、隊長からの指示。それらを離れた仲間にも迅速に伝えてこそ戦車の力を発揮できるのであり、その内容を知られることは致命傷どころの話ではない。無線傍受はルール上禁止されていないとはいえ、戦車道の試合形式そのものを崩壊させかねない。
「いいえ、おそらく効果はないと思います。ルールで禁じられていない以上、今後の試合での使用に制限や禁止がされたとしても、この試合の間は有効とされるはずです」
「そんな……!」
だからこそ、運営側が対応したとしても正式な、段階を踏んだものになるだろう。この試合の結果に影響するとは考え難い。今の大洗女子にできることは、極めて不利なこの状況をそれでも覆し、何とか勝利を掴むことだけだ。
そんなことができるのか。
あんこうチームの中に悲壮感が漂い出す。
まだ日が浅いとはいえ戦車道に打ち込んでいた彼女たちは、通信を封じられることが両目を封じられて戦うに等しいということを知っている。当然、格上の強豪校を相手にそんなことをして、勝てるはずがないということも。
せっかくの戦車道、せっかくの全国大会。それがまさか、こんな形で終わってしまうのか。
悲しさよりも強く悔しさがにじむ、そんな諦観。
しかし。
「……大丈夫。ピンチはチャンスです!」
「みぽりん?」
西住みほは諦めない。
勝利のため、仲間のため、指揮官に必要なのは潔い諦めではなく、勝利に導くために最後の最後まであがく事なのだから。血肉に染みこんだ西住流のその教えは、ここでも知らずみほの背を押す。
「確かに状況は不利です。試合前に想定していた時よりもさらに厳しくなったけど……でも、だからこそできることもあると思う。……先読みの手品も、種が割れれば、強いから」
「待ってみぽりん、なんか別のタネ割れてない? 目に光がなくなってるんだけど」
ただし、なんかみほの目は死んでいるが。
◇◆◇
「大洗が、サンダースのM4を撃破した!?」
試合の流れが、変わった。
サンダース側にことごとく先手を打たれていた大洗女子が、一転して攻勢に出る。サンダースの追撃をあっさりとかわし、囮で引き寄せ、なぜか大洗女子が待ち構えるキルゾーンへとのこのこやってきたM4の1輌が、この試合で初めての撃破車両となった。
「どうやら大洗が対抗策を見出したようね。こうなってくると、勝負はわからなくなるわ」
「そう、ですね……」
黒森峰の二人は、それだけで戦況を看破する。
試合中の選手とは違って観客の立場で試合全体の様子を俯瞰できるのだから、彼女らであればその程度のことはたやすい。
今回の戦場はさほど複雑な地形をしているわけではなく、サンダースもまた歴戦の強豪校。それは利点でもあり、同時に弱点でもある。
すなわち戦術、ひいてはフラッグ車の位置が合理的に割り出せるということ。
「サンダースにとって、ここからは心理戦よ。得られた情報のうち何を信用して、どれが罠だとみなすか。その判断こそが勝敗を分けることになる」
「はい、そのようです。……ところで、隊長」
「なにかしら」
高校戦車道の試合形式はフラッグ戦。いかにサンダースの戦力の方が勝っているとはいえ、戦況が優勢であると信じて攻撃部隊に戦力を集中してフラッグ車の護衛をつけていない今の状況なら、大洗が戦力を結集してフラッグ車に襲い掛かれば十分に勝機はある。
その勝機を大洗が掴むことができるか。あるいは、サンダースがそうなる前に押しつぶすか。
指揮官の采配に勝負の趨勢がかかる。
「……天ぷら、食べ過ぎじゃないでしょうか。あとでお腹痛くなりますよ」
「…………みほも好きなのかな、と思ったらつい。あとで黒森峰ビールを飲んでおけば大丈夫じゃないかしら」
「それ、多分悪化します」
緊迫する戦況を、誰もが固唾を飲んで見守っている。
固唾じゃなくてノンアルビール飲みたいな、なんて思っている人はいない。いないったらいない。
勝利の女神がどちらに微笑むかは、もはや誰にもわからない。
ただ一つだけ確かなのは。
勝つのはいつも、最後まで諦めなかった者だけだ。
◇◆◇
あれは、聖グロリアーナとの練習試合の翌日のことだった。
その日の早朝、俺は日課の花の世話をしていた。
園芸というのは奥が深い。同じ名を持つ花であっても、品種によって置くべき場所、やるべき水の量、望む栄養と避けるべき病害虫がそれぞれに異なる。それどころか、その日の調子により、天気により、風と太陽によっても変わってくる。それら一つ一つを読み解き、丁寧に向き合って美しい花を咲かせてもらう。日々膨らむつぼみを愛で、ある朝起きたら朝露に濡れながら咲き誇っている様と出会う感動は何度味わっても新鮮だ。
言葉はなくとも通じる対話。大事に大事に育てていれば、いずれ花は美しく応えてくれる。そんなところが好きだ。
いつか花咲くその日を夢想して、いつものように幸せを感じながら世話をしていた、そんな時。
「……おはようございます、店長」
「五十鈴ちゃん? おはよう。また随分と早いね」
朝も早くから訪ねてきた人がいた。
日々手入れを欠かさないだろう長髪は烏の濡れ羽色。華道の家元の家に生まれ、幼少のころから自身も望んで研鑽した華道の上品さは所作にもにじみ出る、西住ちゃんと並ぶ大和撫子の体現。
大洗女子学園戦車道、あんこうチーム砲手、五十鈴華ちゃんだ。
「はい、朝早くから申し訳ありません。……実は、またお花を分けていただきたくて」
「へえ、珍しいね。もちろん歓迎だよ。どれでも好きなのを選んでね」
彼女が来訪した理由は、花だった。
これまでも、数は多くないものの何度かあったことだ。実家を離れて大洗女子学園に通っていても、華道は彼女の人生の一部。毎日花を生けることを日課としている彼女にとって、花を探し求めることは欠かせない生活の一コマだ。
普段から学園の花壇の一部を借りて華ちゃん自身で花を育ててもいるし、花屋で買い求めたり、こうして親しい人に分けてもらうこともあるという。まあ、俺のところに来ることは珍しいんだけど。
「ありがとうございます。うふふ、相変わらず店長さんの育てる花は綺麗ですね。……少し邪念が感じられるので、あまり頻繁には触れたくないのですが」
「ひどい言われ様だ。毎日しっかり愛を注いで育ててるんだよ? その……百合の花たちは」
「店長が、百合の花を、育てるというところが既に下心しか感じられないんです」
そんな馬鹿な。愕然とする俺。
別に下心なんてないのに! こうして百合の花を育てていると、可愛い女の子たちの仲の良い姿を見たとき、背景に慈しんで育てた百合の咲き誇る様を幻視できるようになるだけだよ!?
「それはそれとして、本当に珍しいね。そんな理由だったとは知らなかったけど、俺の育てる百合の花はあんまり使わなかったのに」
「……ええ、少し」
俺としては、軽い雑談のつもりだった。
しっとり咲く百合の花びらにそっと手を添えて、ご機嫌いかがと尋ねる様子のたおやかな乙女に理由を問う。朝日に照らされる花と五十鈴ちゃんは本当に美しくて、声をかけなければ幻と消えてしまいそうな気がしたから。
だから、返事に躊躇っていることはすぐに気付いた。
「……五十鈴ちゃん?」
「昨日、お母様から勘当を言い渡されました」
「ええ!?」
そして、聞くべきではなかったかもしれないという後悔に襲われる。
だがそれは俺だけのようだ。五十鈴ちゃんの表情は変わらない。一本一本百合の花を愛でながら、語る。
「戦車道をしていることを、お母様には言わずに……言えずにいたんです。それが昨日、試合後に偶然会って、戦車道を続けたいと伝えて……わかって、もらえませんでした」
ぽつぽつと、内容は前日に起きたこと。
無理もないだろう。五十鈴ちゃんの手は、とてもきれいだ。花を生け、美しいものを生み出す繊細な指。それが無骨な戦車の鋼に触れ、主砲のトリガーを引き、相手の戦車を撃ち貫く。去年までの五十鈴ちゃんを知っている人からすれば想像もつかないことだろう。五十鈴ちゃんが戦車道をすることは俺にとってはご褒美でしかないけど、五十鈴ちゃんのお母さんの気持ちもわかる。
だけど。
「……それでも、五十鈴ちゃんは戦車道を続けるつもりなんだろう」
「はい」
「もちろん、華道も」
「……はい」
二度目の「はい」は、一度目よりも力強かった。
二つの道を、どちらも疎かにせず行く。五十鈴ちゃんが選んだのが、それだ。
今日こうして、普段は使わない百合の花を調達に来たことがその証。戦車道を学び、華道も捨てない。そこまでする意味を見出すため、そして示すため、新たな境地に挑戦する。朝日に輝く花からしっとりと漂う香りに混じって、五十鈴ちゃんからはそんな決意が周囲に匂い立つようだった。
「応援するよ、五十鈴ちゃん。花の調達でもなんでも、俺にできることがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます。……それでは、さっそくで申し訳ないのですが一つお願いがあります」
「ああ、聞こう」
その時五十鈴ちゃんからされたお願いは、さすがに一朝一夕でどうにかなるモノではなかった。だけど幸い伝手はあるし、決して不可能なことではない。少しだけ時間をもらって、でも必ず成し遂げることを約束した。
この約束を果たすころには、きっと五十鈴ちゃんは立派な砲手になっていて、Ⅳ号の主砲で何度となく爆炎の花を咲かせ、華道の新たな境地に達していることだろう。
だから、俺は。
『サンダース大付属高校、フラッグ車行動不能! よって、大洗女子学園の勝利!』
「いよっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 大洗最高おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
その日が来るまで、大洗女子学園の戦車道を全力で応援するまでだ。
◇◆◇
戦車道全国大会一回戦。大洗女子の記念すべき初めての公式戦は、華麗な白星が輝いた。
サンダースのフラッグ車をアヒルさんチームが発見。アヒルさんチームはその追撃をかわして他のチームが待つポイントへおびき寄せ、そこからはサンダースのフラッグ車を大洗が追い、さらにその大洗をサンダースの増援が追うという戦車道の試合としては極めて珍しい形になった。
こんなのは、それこそ数年前、魔術師と天才がいたころの聖グロリアーナ対黒森峰の試合くらいでしか見たことがない。
サンダースの側は、この増援に戦車を4輌だけ投入した。おそらく、ケイさんの采配だろう。正々堂々こそサンダースにとっての最強と信じる彼女のことだから、おそらく部下の独断だろう通信傍受との釣り合いを取ろうとしたのかもしれない。
いずれにせよ鬼ごっこは続き、ファイアフライがウサギさんチームとアヒルさんチームを撃破。大洗側もフラッグ車の護衛が次々と剥がされ、追って追われて両チームばんばか撃ちまくる試合の中、勝負を決めたのがⅣ号の一撃だった。
高台を上り、75mm短砲身の一射必中。しかもその直前、Ⅳ号の動きに危惧を覚えたファイアフライからの狙撃すら回避して。それがどれほどの偉業であるかは、観客席に巻き起こる歓声からわかるというもの。
この試合は、強豪校同士の総力戦のような戦車道の王道を行くようなものではなかったかもしれない。
だけど、一つの歴史が作られた瞬間に立ち会ったことだけは、確かだった。
「That’s戦車道! これは戦争じゃない。道に外れたことをしたら、戦車が泣くでしょ?」
「……はい!」
「ああ、尊い……」
「初戦勝利のお祝いを言いに来てくれたと思ったら何を言ってるんですか、店長」
「いやだって、西住ちゃんとケイさんの握手……尊いでしょ!?」
俺の人生の歴史に残るくらい、尊い光景も見られたしね!