「みんな! 初勝利おめでとう! いやっほおおおおおおう!」
「店長、落ち着いてください。そのテンションはウザいです」
「はい、ごめんなさい」
試合後。
西住ちゃん達戦車道チームのみんなを労いに訪れた俺は、さっそく五十鈴ちゃんにバッサリ切り捨てられたりしていた。
いつものことながら本当にツッコミの切れ味すごいなこの子。しょっちゅう恋愛ネタを振る武部ちゃんも毎回情け容赦なくやられてるけど、一度味わうと病みつきだよ。
「まあそれはそれとして、本当におめでとう。いい試合だったよ。2回戦も楽しみにしてるね」
「はい、ありがとうございます!」
「せっかくだし、お祝いしようか。学園艦に戻ったらいつでもうちの店に来てくれ。スイーツおごるよ。もちろん、他のチームのみんなもね!」
「やったー!」
「よっ、店長太っ腹ー!」
「美味しい干し芋よろしく~」
「さすが私達のファン1号!」
「怪人百合戦車!」
「妖怪百合男!」
「紫のイモの人!」
「おいおい、そんなに褒めるな。照れるぜ。そりゃあ確かに俺は、君たちのファンですけどさ」
「……褒め言葉、そんなに入ってたでしょうか」
「気にするな五十鈴さん。店長のセンスはこんなもんだ」
などなど、初勝利の喜びに沸く大洗チームは賑やかだ。なにせ相手はあのサンダース。初戦敗退の可能性も濃厚だったことを考えれば、ギャップも相まってその喜びはひとしおだろう。
無邪気に喜ぶウサギさんチーム、ほっと胸を撫で下ろすカメさんチーム、割と早くやられた反省がてらスクワットしているアヒルさんチーム、回転砲塔が欲しいとたそがれているカバさんチーム。それぞれが思い思いに今日の試合に想いを馳せていた。
このまま幸せな空気を学園艦に持ち帰れば、どんなにいいことか。
そう、思っていたのだが。
「あれ、麻子。電話鳴ってるよ」
「……知らない番号だ。もしもし」
電話に出た冷泉ちゃんの怪訝そうな表情が凍りつくのを見て、胸が締め付けられるような悪い予感が走り。
「おばあが……倒れた」
そういう予感ばかりが当たる世の中を、恨まずにいられない。
「麻子、おばあが倒れたって!?」
「病院から、だった。倒れて運ばれたって……」
「大変! すぐに行かないと!」
「でも、ここからだと本土には……」
「学園艦に寄港してもらわないといけませんけど、戦車の回収もありますし出港するだけでも時間がかかります!」
突然の電話がもたらしたのは、冷泉ちゃんのおばあちゃんが病院に担ぎ込まれたという凶報だった。
冷泉ちゃんのおばあちゃんとは何度か会ったことがあるし、うちの干しいもを買ってもらったこともある。それなりのお年だからそういうこともあるだろうが、何もこんな時に……!
試合のために大洗を離れてしまっていることももちろんだが、なお悪いことに今日の試合会場は離島だ。冷泉ちゃんのおばあちゃんが入院している病院は大洗にあるから、まずは本土に渡らなければならない。
フェリーや連絡船の類がこの島にもあるかもしれないが、既に夕方。便があるかどうか、あったとしてすぐ来るかがわからないし、それならばと学園艦に大洗への寄港を頼んだとしても戦車と試合観戦に来ていた学園艦の人たちを回収しなければならないから、出港するだけでも時間がかかる。
それこそ、どんなに急いだとしても本土に渡るのが明日になるだろうし、そこからさらに病院へ向かうとなるとどれだけの時間がかかるか。
普段無表情な冷泉ちゃんがはっきりとわかるほど焦っていることからみてもその見立ては間違っていないだろう。なんだかんだで優秀な頭脳を持つ彼女は、こんな状況でもどんなルートを取ることができ、それぞれどれだけの時間がかかるかを弾きだし、絶望している。
「……泳ぐ」
「え、麻子?」
「泳いでいく!」
「冷泉殿!?」
その結果が、これだった。
靴を脱いで、だばだばと走り出そうとする冷泉ちゃん。
致し方のないことだ。早くに両親を亡くした冷泉ちゃんにとって、おばあちゃんは唯一の身寄り。そんな人が倒れたと聞かされれば、そりゃあ取り乱しもするだろう。冷泉ちゃんは表情に乏しいので勘違いされやすいが、クールでありつつも結構感情には流されやすい子なんだ。
だから今も、我を失っているのだろう。西住ちゃん達もどうしていいかわからずあわあわしているし、このままだと冷泉ちゃんは本当に海へ飛び込むかもしれない。そしてそのうち疲れて溺れる。やれやれ。
「まあまあ冷泉ちゃん。落ち着いて」
だから俺は、冷泉ちゃんを止める。がっしと頭を掴んで。努めて軽い声で。シリアスやって早く病院にたどり着けるならいくらでもするんだけど、そういう状況でもないからね。
「土の上を裸足で走り回って遊ぶこと、は大切だけどこんなところでやったら怪我しちゃうよ。砂利も多いし」
「っ! 離せ店長! いくら店長でも、こんな時に邪魔するなら……!」
当然、冷泉ちゃんは暴れる。俺の手を振りほどこうと頭をぐいんぐいん振り回すが、生憎今はこの手を離すわけにはいかない。
子供が焦っているのなら、諭して道を示すことが大人の役目だ。
「手分けして聞き込みをしよう。多分、ヘリかなにかでこの島に来てる人たちがいるはずだから、その人たちに同乗させてもらえるよう頼むんだ」
「……え?」
俺の示した案を聞いて、冷泉ちゃんの抵抗が収まる。
今がチャンスだ。たとえ焦っていたとしても、冷泉ちゃんは理屈の通じない子じゃない。話せばわかってくれるはず。
「一回戦とはいえ、今日はサンダースの試合だったからね。さっき試合を観戦してる時もいくつかの学園艦から来てるらしき姿を見たよ。その中にはきっと、ヘリか飛行機でここまで来てる人たちもいるはずだ。その人たちに頼んで、本土まで乗せてもらう」
「そ、そんな手が……!」
「でも、行けるかもしれません! 大洗にはヘリがないですが、ところによっては色々と移動手段を持っていると聞いたことがありますよ西住殿!」
その理屈というのが他力本願なのは少々情けないところだけど、背に腹は代えられない。今すぐ走り出すよりも早く目的地へ行く方法があるのなら、この瞬間をぐっと我慢することは必要だ。そして当人にそれができないのなら、周りの誰かが押しとどめてあげればいい。それが仲間という物だ。
「聖グロリアーナは来ているって聞いたし、最悪の場合でもサンダースがいる。試合に勝った上にこんなことまで頼むのは気分が良くないかもしれないけど、あそこならヘリの1機や2機は……」
「その必要はないわ」
とりあえずの方針を説明して、あとはみんなで探しに散るかという、まさにその時。俺達に掛けられる声があった。
凛としていた。
自信と誇り、責任感があった。
そして強く、優しく、美しく。全ての乙女が理想とするものを体現したような声。俺には、そう聞こえた。
振り向いたその先に立つ西住まほさんの声は、離れていてもよく通る、そんな響を持って俺達に届いた。
「私達のヘリを使ってちょうだい。そうすれば本土までもすぐよ」
「隊長!? なんで黒森峰のヘリを大洗のためなんかに……!」
その提案は、俺達にとってまさに渡りに船だ。
ただ、解せない。そういう表情がエリカさんはもとより西住ちゃん達の間にもある。
黒森峰は西住ちゃんのかつての母校であるとはいえ、学校として大洗と黒森峰の間のつながりはそんなにない。だから西住ちゃん達の心情的にはエリカさんに近いのだろう。
でも、俺はまほさんが申し出てくれた理由が何となくわかる気がした。
冷泉ちゃんの身に降りかかった出来事。それを聞いてしまったのなら、放っておけないのは人の常。
そして、それ以上に。
「これも戦車道よ」
戦車道を修める乙女なら、なおのことなのだろう。
◇◆◇
その後。
エリカが操縦するヘリ、フォッケ・アハゲリスは麻子と付き添いの沙織を乗せて飛び立った。本土で下してもらったあと麻子たちは無事病院へ向かったと連絡があったので、みほたちは戦車と共に一端学園艦へ引き上げて、日を改めて見舞いに行くことにした。
メンバーはみほと優花里と華の三人。道中はまたしても店長が車を出してくれたおかげで移動は大分楽だった。
病室に入る前から麻子のおばあさんらしき怒鳴り声が聞こえ、実際中に入っても目覚めたばかりだというのに麻子に対してガンガン説教していたことからして、さほどの心配はいらない、あるいは心配させまいとしているのだろうと思えた。
いずれにせよこれで一安心。麻子たちと連れ立って店長の用意してくれた車に乗り、みほたちは一路学園艦へと帰ることとなった。
病室を出る直前、心から麻子を心配していた麻子のおばあさんからの言葉。それに応えたいと思うみほの気持ちを、収穫として。
「麻子はね、お父さんとお母さんを事故で亡くしてるんだ。……ずっと、後悔してた。事故の起きた日、麻子はお母さんとケンカしたんだって。謝ることができなかったし、これからもずっとできないって。だから、おばあのことはすっごく大切にしてるんだよ」
沙織から聞かされた、麻子の過去。
麻子の口から両親の話を聞かないとは思っていたが、そんな事情があったということは初めて知った。
それを聞いて、みほは少しだけ麻子の気持ちが理解できた。
わだかまりを残したまま家族と別れることの辛さは、みほにも心当たりがある。
去年の戦車道全国大会。
黒森峰学園は前人未到の10連覇を逃した。
その元凶こそ、みほだ。
濁流に飲まれる仲間の戦車を助けるため、フラッグ車の車長という身でありながら自分の乗る戦車から飛び出していった。
戦車道はチーム戦で、勝敗の要因を一人に求めるのは間違いだという理屈は存在する。去年の決勝に関しても、フラッグ車とその護衛からなる少数の部隊が足場の悪い場所で敵に捕捉され、攻撃を受けた。その時点で既に勝敗が決していたという見方もあるだろう。
だが、誰よりみほが知っている。
あの敗北は自分が招いたものだと。
母は言った。
犠牲を恐れて勝利を逃すことは、西住流ではないと。
姉は黙して母の傍らにあった。
では、戦車道とは一体、なんなのか。
そうしなければ、進めない道なのだろうか。
勝利一つを目指して、他の全てを犠牲にしなければ歩むことは叶わないのか。
みほにはどうしても、それがわからなかった。今もわからない。
だから、戦車道をしなくて済む大洗に来たのだ。
こうして再び戦車道をすることになったことこそ予想外だったが、紛れもなくそれこそが、西住みほの始まりだった。
「西住ちゃん」
「……店長さん」
学園艦へと戻るフェリーの甲板上で物思いに沈むみほに声をかけたのは、店長だった。
隣いいかな、と言われて断る理由はない。こうしてすぐ近くに立つと、店長は自分よりも背が高いことがよくわかる。こんなに大きい人だったんだ、とは改めてみほが抱いた感想だ。
「……」
「……」
二人は、しばらく無言で海を見る。
月と星が照らす海は黒く塗りつぶされてよく見えないが、波音がそこにある海原を教えてくれる。見えなくても、そこにある。
「一回戦、勝っちゃいましたね」
「ああ」
いっそ終わっていてくれていれば。
みほの声に混じったそんな響きを、店長は肯定も否定もしない。ただそのままに受け入れる。
「勝ててよかった、って思ってます。それは本当です。みんなに怪我もなくて、本当によかったって。……でも」
「これから先もみんなに勝ちをもたらせるか、傷つかずにいられるか、不安かい」
「……はい」
みほの思うところを、店長は理解していた。そのことが嬉しくもあり、悲しくもある。みほはいまだ、自身が進むべき道を見つけられていないのだから。
どんな手段を用いても、大洗女子学園に勝利をもたらすべきなのか。
ただ楽しく、健やかに、たとえ負けても笑っていられればいいのか。
杏に、母に言われた勝たなければならないという言葉の重責。全国大会に出場できただけでもうれしいと言ってくれた優花里の言葉と、店長からのくすぐったくなるような賛辞。どちらが、真実なのだろう。
「お母さんは、言っていました。勝利に犠牲はつきものだって。……決して間違っていないと思います。でも、私は……!」
「そういう時は目を閉じてごらん、西住ちゃん」
「……目を?」
店長は道を示さない。
戦車道をただ好きでいるだけの男に、その資格はない。
だがそれでも、彼は大人で、男で、女の子の笑顔を愛している。女の子同士で笑顔を交わし合うならなおのこと。
だからその言葉は、眼差しは、どこまでも優しい。
言われて素直に目を閉じたみほに、言葉を重ねる。
「目を閉じたら、思い出すんだ。自分が好きな物を。こうありたいと願った姿を。子供のころに憧れた、銀色の流星を」
「いや、銀色の流星に限った話じゃないと思うんですけど……」
ツッコミ所が無いでもなかったが、それでもみほは言われた通りに記憶を辿る。
まず浮かび上がってきたのは、ボコ。
強くないけど諦めない。何度倒れても戦う心をなくさない、強くてかわいい大好きなボコられグマ。
次に思い出されたのは、姉。
子供のころから、憧れだった。あんなふうになれたらどんなにいいだろうと思っていた。
そして最後に心の底に灯った光。
ボコが好きで、不屈の心に憧れて、子供のころ誰かに教えてもらった同じ不屈の心を持つ者たち。ヒーローと呼ばれる、彼らの姿。
強かった。優しかった。かっこよくて、かわいかった。誰かの幸せを願うことの尊さを子供の心に教えてくれた。だから、大きくなった今でもその欠片は胸の奥に残っているはずだ。
「今心に浮かんだものに、恥じないようにすればいい。それだけさ」
「……!」
心の中に満ちた全てを抱きしめるように両手で胸を抑えていたみほに、店長はそう告げた。
「焦る必要はないよ、西住ちゃん。自分の心にとことん向き合えば、答えは出るはずだから」
目を開けて振り向けば、そこには店長の笑顔。これまでみほたちが店長の店で楽しくお茶をしているときくらいしか向けられたことがないような、優しい笑顔だった。つまりそれは、目の前で女の子同士のお茶会が繰り広げられている様を満足げに観察する変態が菩薩になって昇天する一歩手前の様子に近いということであり、まさか自分一人だけにこんな目を向けられるとは思ってもいなかった。
「幸せは犠牲なしに得ることはできないのか。時代は不幸なしに越えることはできないのか。多分それは人間にとって永遠の課題だと思う。西住ちゃんがどんな答えを出すのか、楽しみにしてるよ」
「……はい!」
店長は、何を語ったわけでもない。
みほに何も示していない。もしこれから先、みほが自身の道を見つけるとしたら、それはみほ自身が培ってきたもの、これまで彼女を導いてきたものが、再び彼女の行く先を照らしたからだろう。
店長という男は、それでいいと思っている。
迷える女の子に示せる道などない。だがそれでも、目の前で零れる涙は必ず拭う。泣き出しそうなら他の女の子をあてがったり自分が言葉を交わして慰める。
根は変態だが、心は紳士なのである。
「心のままに、やってごらんよ」
「ちょっと待ってください店長。死んじゃいます。……も、もしくはこう、私の肩にもたれかかってですね」
「大丈夫。次の試合のときはたこ焼きもって応援にいくから」
「試合中に食べろって意味ですか!?」
紳士なのである(強弁)
◇◆◇
「一回戦は大体終わったみたいだね」
「黒森峰、プラウダ、聖グロリアーナといった強豪校は順当に勝ち進んでいます」
「まあ、そうなるだろうね。で、うちの対戦相手は?」
「はっ。マジノ女学院を下したアンツィオ高校です」
「……え、マジで? アンツィオがマジノを倒したの?」
大洗女子学園生徒会室。
杏をはじめとする三役が集って現在の状況をまとめ、今後の方針を確認する会議の場。
今日の議題は、現在の大洗女子学園にとって目下最大の懸案事項である戦車道全国大会に関してのものだ。
何とか一回戦を勝ち抜くことはできたが、まだ先は長い。後々対戦することになるだろう強豪校の情報収集も重要だが、ひとまずは目先のこと。二回戦の対戦相手は組み合わせからいってマジノ女学院とアンツィオ高校のどちらか。
事前に仕入れた情報によれば、黒森峰を筆頭とした四強には入らないものの十分に強豪校といえるマジノ女学院と当たる可能性が高かったが、その予想に反してアンツィオ高校が勝ち上がってきたという。
「アンツィオかー。店を開く前にいろんな学園艦で女の子に人気の店をリサーチしてたころに行ったことあるけど、鉄板ナポリタンがおいしかったね。昼時になるとものすっごく並んでたから、食べに行くなら早めがおすすめだよ」
「店長、今欲しい情報それじゃない」
そして、当たり前のようにいるこの男。
学園艦で店を出すにあたり、女の子受けのいい店を作るためにあちこちの学園艦を食べ歩いて戦車道を見たり聞いたりついでに料理やらなにやらの研究をしてきた経験が全く生きていない。ただの道楽のためだけにここにいる。
「ノリと勢いだけはあるんだよね」
「あとパスタもあるよ」
「店長は黙っていてください。どちらにせよ、マジノ女学院に勝った実績からもわかる通り、調子に乗られると厄介な相手です」
「アンツィオの主力は豆戦車とのことですが、数だけはあります。先々のことを考えても、我が校の戦力増強は急務かと」
そして結論は、結局のところそこに落ち着くことになる。
一回戦からして投入可能な戦車の半数のみで戦う羽目になった大洗女子学園。これから先の試合で出撃戦車数の上限が上がって行き、強豪校の強力な戦車と当たるようになってなお現状のままで勝利できると思うほど、杏たちの考えは甘くない。
絶望の中でわずかに見えた奇跡が、確かな可能性となった一回戦の勝利。少しでもその可能性を繋ぐため、できることは全てしなければならない。その決意は、この部屋にいる全員に共通のものだ。
「……とりあえず、やることやるしかないね。かーしま、そのつもりで時間取っといて。練習時間以外に戦車探さなきゃいけなくなるだろうから」
「はっ。すぐ準備に取り掛かります」
「小山、広報の準備。大々的にやっちゃって。バルーン飛ばしたり垂れ幕かけたり生徒会新聞の号外出したりして、学園艦規模で戦車道を盛り上げていく体制作ってね」
「はい、発注しておきます」
「店長、干しいもちょうだい」
「ごめん、今品切れしてる」
「なん……だと……!?」
そして、なんか杏にとっては戦車道に関すること以上に驚愕の情報が。
「バカな! どうして店長が干しいも用意してないのさ!?」
「いやー、この前サンダースとの試合で天ぷら屋台やったでしょ? その時他にもいろいろ大洗のさつまいもをアピールしたら気に入られたらしくて。大量注文もらって、干しいも含めてちょっと品不足気味なんだよ。とりあえずでM4の重量くらいって注文されたからさ」
「M4シャーマンは30tくらいあるんですけど」
「そんな……そんな……! それじゃあ、私の干しいもは!?」
大洗女子学園、生徒会長、角谷杏。
不敵な笑みを供として戦車道の復活とみほの取り込みを図ったやり手の陰謀家が、この世の終わりのような表情を浮かべている。
試合に勝って勝負に負けるとはこのことか。敵の拠点を占領したと思ったら、勝鬨を上げている真っ最中に後方の補給拠点を物資ごと焼き払われたと聞かされた前線指揮官とFXで有り金全部溶かした個人投資家を合成したような顔である。
「会長、しっかり!」
「干しいもって確か、冬場に作るんですよね?」
「うん。冷たい風が干しいもを美味しくするんだよ」
今はまだ十分春と言っていい時期。
冬来たりなば春遠からじというが、それは逆説的に春になったが最後冬は遠いという意味で。いよいよもって杏が白目をむき出した。必死に呼びかける桃の声も届いているのかどうか。
「……てなわけで、本土の倉庫から追加を持って来るまでちょっと待ってね。とりあえず自分用の一袋持ってきたけど、食べる!?」
「うおおおおおおおお!」
「会長! 獣に戻らないでください!」
「野生解放!」
「だからあああああ!」
それでも目の前にぶらさげられた干しいもには食いつくあたり、もはやそれは本能か。
今日の大洗女子学園生徒会の活動は、とりあえず杏を正気に戻すところから始めなければならないのだった。
◇◆◇
「急げ! 一瞬たりとも遅れるな!」
「うおおおお! 突撃するぞ野郎ども!」
アンツィオ高校。
かつては盛んだった戦車道が一度は壊滅寸前となり、2年前に名古屋で有名だった安斎千代美、いまではアンチョビあるいはドゥーチェと呼ばれる少女を招き入れ、見事立て直して全国大会一回戦突破を成し遂げた不屈の高校。
この学校で戦車道を学ぶ少女たちは今、雄たけびをあげている。
士気軒昂。アンツィオ最大の武器であるノリと勢いを最大に高め、最強の力を手に入れてやるぜとばかりに荒ぶる彼女たちの前に敵はなく、全て踏みつぶされる定めにある。
この有様を大洗女子学園の戦車道チームメンバーが見れば戦慄するだろう。
弱小の誹りは勝利という実績でかき消したアンツィオであるが、決して恵まれているとは言えない装備でこれほどまでの闘志を燃やすことに。
アンツィオ生の有様はまさに獣。
餓狼の眼光に燃える火は全てを焼きつくし、アンツィオ中全てのパスタをゆでてなお余りある熱量を秘め。
「ちょっと練習長引いてすまん! でも今ならまだランチに間に合うぞ!」
「パスターーーーーーーーー!!!!!」
その情熱をただ食事のためだけに発揮するという事実に、異口同音に唱和されたパスタが叫びなのかなんか鳴き声っぽいものかわからないことに。
20年ぶりに戦車道を復活させた大洗女子学園と、存亡の縁から蘇ったアンツィオ高校。
どこか似た者同士の二校が激突する日は、近い。