【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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最終話「藤ねえルート」

 稜線の向こう側から太陽が姿を現し、闇が晴れていく。山門の向こう、セイバーとライダーが激突した筈の戦場には戦前と変わらぬ穏やかな田園風景が広がっている。

 まるで、全てが嘘偽りであったかのように、あの戦いの痕跡が欠片も残っていない。

「……師匠」

 また、届かなかった。泣きそうな笑顔で見送る師匠(アンリ・マユ)をまた置き去りにしてしまった。

 大河はやり場のない感情の矛先を足元の石ころに向けて蹴っ飛ばした。

 すると、唐突に割れた空間の狭間から姿を現したセイバーのおでこに石ころが命中。

「……おい、貴様」

 般若の形相を浮かべるセイバー。その顔を見た瞬間、大河は駆け出していた。

「セイバーさん!!」

 セイバーの後ろには鎖に巻かれた男女が転がっていた。

「士郎! イリヤちゃん! 遠坂さん! 間桐くん!」

 四人は呻き声をあげている。大河はなんとか鎖を解こうとするが、ビクともしなかった。

「阿呆。神獣をも縛る天の鎖を魔術師ですらない非力な人間に解けるものか」

「えっと、これも宝具なの?」

「そうだ。我が至高の逸品だぞ」

 自慢気なセイバー。大河は「ふーん」と呟くと辺りを見回した。

「ウェイバーくんとコンカラーさんは?」

「……あそこだ」

 興味を示さない大河に少しムッとしながら、セイバーは少し離れた場所で寝転がっている二人を指さした。

「元々、アンリ・マユによって構築された位相空間内で固有結界を使った為、先に排出されたようだ」

「固有結界……?」

「術者の心象風景を具現化する魔術。アーチャーも使える。本来、固有結界を含めた《異世界》は《世界》による修正の対象となる。故にヤツは崩壊の瞬間、その《一秒間》だけ存在出来る異世界を造り上げた。内部の時間の流れだけを操作する事で修正を免れていたわけだ。だが、その中で更に固有結界を使われれば世界は違和感に気付いてしまう。抑止の力が動けば如何に神霊が築いた城塞だろうと瞬く間に崩壊してしまう」

 セイバーは微笑む。

「その程度の事、ヤツは端から知っていた筈だ。その上で貴様にアーチャーを割り当て、ウェイバー・ベルベットにはコンカラーの召喚を許した。時臣(リン)に我を召喚させた事といい……、まったく素直ではないな」

「そっか……」

 大河はセイバーの言葉の真意に気付いた。

「師匠は……、初めから脱出の鍵を持たせてくれていたんだね」

「貴様に絶望を与えようとしていた事も事実だ。その為に茶番の下準備を整えていたからな。だが、それは本意ではない。この世全ての悪という性質に乗っ取った《正しい目的》の為だった。ヤツの本当の目的はーーーー」

「わたしと会う事……」

「そうだ。ヤツはこの世全ての悪と呼ばれた存在。だが、そうなる前はどこにでもいる普通の人間だった。人里離れた村で行われた因習。人間の持つ根源的な悪性を一人の人間に押し付ける事で自らを善であると肯定するもの。その生贄に選ばれてしまった不運な人間だ」

「……ひどいよ」

「タイガ」

 セイバーは何処からか取り出した小さな杯を大河に投げ渡した。

「うわっとと、なにこれ?」

「聖杯だ」

「……はえ?」

 戸惑う大河にセイバーは微笑みかける。

「此度の戦いの勝者は貴様だ。ならば、聖杯に祈りを捧げる権利も貴様にある」

「……勝者って、わたしはーーーー」

「我も……、ライダー(アンリ・マユ)も、コンカラーも誰も貴様に勝てなかった。紛れも無く、貴様が勝者だ」

「だって、わたしはゲームで勝っただけだよ!?」

 結局、聖杯戦争とは名ばかりのゲーム大会だった。ただただ楽しかっただけの時間。

 辛い事も、怖い事も、なにもなかった。

「タイガ。言っておくが、殺し合う事だけが聖杯戦争ではない。聖杯を求め、争う闘争全てが聖杯戦争なのだ。そして、貴様は聖杯を求める者達がこぞって参加した闘争に勝利した。……まあ、それでも要らないと言うのなら処分してしまうが?」

 大河は手の中に収まっている綺麗な杯に視線を落とした。

 どんな願いも叶えられる万能の杯。それが手の中にある。

 何を願ってもいい。億万長者にも、不老不死にも、何にでもなれる。

「ねえ、セイバーさん」

「なんだ?」

「これを使えば、どんな願いも叶うんだよね?」

「そうだ」

「……じゃあ、それならーーーー」

 大河は杯を掲げる。

 使い方なんて知らない。だから、ただ思いを篭めて呟いた。

「……師匠ともっと一緒にいたいよ。一人ぼっちは寂しいもの」

 他にも願うべき事は山程ある。だけど、大河は選ぶ事もしなかった。思うままに願いを口にした。

 聖杯が光を放つ。多くの人、多くの時間、多くの犠牲を支払い作り上げられた万能の願望機がその真価を発揮する。

 

 地下、崩壊し始めた空洞内に聖なる光が満ち溢れた。

 空間一面に張り巡らされた聖女の魔術回路が中心部に収束していく。

 本来、聖杯とはアインツベルンが第三魔法を再現する為に造り上げた装置だ。

 大河の託した祈りは偶然にも聖杯の真価を最大限引き出すものだった。

 魂の物質化。無形の呪詛であるアンリ・マユが実体化を開始する。

「もっと一緒に……、か」

 実体化した少女は苦笑する。そして、その身は崩壊する洞窟から柳洞寺の境内へ移動した。

「上手い言い回しね、ぜっちゃん」

 大河はその少女を見て大きく目を見開いた。

 姿形はイリヤスフィールと似ている。肌が褐色である事を除けば同一人物かと思う程似ている。

「師匠……?」

「非力な貴女と一緒にいる為には私自身も非力になるしかない。そして、善良である貴女と一緒にいる為には……」

 アンリ・マユは大河の頬を引っ張った。

「まんまと人間に戻してくれたわね、ぜっちゃん。この責任は取ってもらうからね」

 

 本来、アンリ・マユに自我などない。その全てを生前奪われてしまったからだ。

 それでも、確かに彼、あるいは彼女は存在していた。

 無形である魂は大河と共に過ごした時間の中で培ったものを主軸に再構築され、生まれ変わった。

 あるいは、それはアンリ・マユを悪に貶めた過去の人々と同じ事をしたのかもしれない。

 だが、根本にあるものは変わらない。悪性に身を窶しても、再構築されても……。

「おい、アンリ・マユ」

 体を光の粒に変えながら、セイバーは問う。

「不服はあるか?」

「……全部見透かしたようなアンタの目。それだけね」

 生意気な表情を浮かべるアンリ・マユにセイバーは苦笑する。

「最後まで可愛げのないヤツだ。だが、良い。それでこそ人間というものだ。精々、人として幸福に生きろ。それが我の裁定だ」

 彼は言った。

《この聖杯戦争(キセキ)に感謝する事だな、アンリ・マユよ。貴様の前には(オレ)がいる。我が人類の欲望を律してやる》

 今、この世全ての悪を背負わされた哀れな子羊は人類の欲望(あくい)から解放された。

 ここに王の裁定は成った。役目を終えた彼はもはや用は無いと言わんばかりに呆気なく、その姿を光に変えて消滅した。

「……セイバーさん」

 人類最古の英雄王。彼の行動は終始、この結末に至るためのものだった。

「あなたは凄い人だわ……」

「すご過ぎよ。本当に腹が立つわ」

 

 ◇

 

 戦いは終わりを告げた。

 大聖杯無き後、ウェイバー・ベルベットに大英雄の現界を維持するだけの魔力を用意する事は出来なかった。 

 それ故に……、

「マスター! フラットが言ってたんだけど、絶対領域マジシャン先生ってニックネームなんだって? 僕もこれからそう呼んでもーーーー」

「いいわけあるか!! さっさと次の講義の準備を始めるぞ!! それから、あの馬鹿を後で部屋に来るよう言っておけ!!」

「わー、マスター・Vが怒ったー」

 コンカラーは少年時代の姿に戻っていた。魔力の消費を極限まで抑える事でどうにか現界を維持し、受肉の方法を探っている。

 世界征服もいいが、それは彼の生涯を見届けた後にするつもりだ。既に少年時代とは比較にならない成長振り故に今後が楽しみで仕方がない。

「はっはっは、伝説の英雄を叱り飛ばすとは、さすがだな」

 水銀のメイドを従える少女は自らが兄と崇める男をからかう。

 大聖杯を停止させるという暴挙に出た彼に粛清の手が伸びかけたが、コンカラーの存在が彼の教え子達の尽力と合わさり事なきを得た。

 多くの者から尊敬を集めるようになった彼の日常はコンカラーの存在によって更に面白おかしいものになっていく。

 それはまた別のお話……。

 

 ◇

 

 大聖杯解体の事後処理が終わり、衛宮士郎が冬木に戻って来たのは一ヶ月後の事だった。

 彼にとって不安の種だったアンリ・マユと呼ばれた少女は相変わらず大河やイリヤスフィールと騒がしい日々を送っているようだ。

「イリヤちゃん! クロエちゃん! 士郎が帰って来たよー!」

 肌が黒いからクロエと安直に懐けられた少女は士郎を見ると嫌そうな表情を浮かべた。

「正義の味方はわたしの敵なんだけどなー」

 その在り方は確かに正義の味方の対極にある。

 危険な存在だ。いつ、大河に牙を剥き、全人類に宣戦布告をするか分からない。

 正義の味方として、殺すべき対象だ。

「ダメよ、クロエちゃん! 士郎はわたしの大切な弟分なんだから!」

「はーい」

 バカバカしい。士郎は起動しかけた魔術回路を静まらせた。

 彼女は人間だ。生物学上も魔術的な視点から見ても、それは間違いない。

 魔術回路もなく、肉体も脆弱で、十歳前後の少女並の運動能力しかない。

 それに、この一ヶ月の間、どうしても大河を護衛出来る人間が居なかった時期がある。その間、彼女が大河に危害を加えた事は一度もない。

「……藤ねえ」

 だけど、どうしても怖い。彼女の身に危険が及ぶ可能性が1%でも存在する事が恐ろしくてたまらない。

 これはきっと、アーチャーのせいだ。あの泡沫の夢の中で士郎はアーチャーになっていた。彼の経験や記憶を自分のものとして感じていた。

 大河と再開した時の感情。大河の身に危機が押し寄せた時の感情。

「相変わらず、元気だな」

 彼女と過ごす時間を英霊・エミヤは全身全霊で喜んでいた。

 それほど、彼女が彼にとって大切な存在なのだと自覚させられた。

「もちろん、お姉ちゃんはいつだって元気いっぱいだよ! それより、士郎! もう一段落ついたんだよね?」

「ああ」

「なら、久しぶりに士郎の御飯を食べさせてよ!」

「はいはい。まったく、仕方がないな」

 彼女の笑顔が曇らないか不安で堪らない。見ていない間に彼女の身に何か起きないか心配で堪らない。

 藤村邸から衛宮邸に移動して、キッチンに向かう。冷蔵庫には食材が詰まっていた。

 大河が用意したものだ。

「……バカだな、藤ねえ。こんなにいっぱい……」

 彼女の真意は分かっている。

「俺は……」

 材料を適当に見繕い、調理を進めていく。

 気付けば彼女の好物ばかり山のように作ってしまった。

「出来たよ、みんな」

 料理を並べ終えると、士郎は三人に声を掛けた。

「ねえ、士郎……」

 大河は振り向かずに彼の名を呼ぶ。

「なんだ?」

 彼女が言おうとしている言葉が脳裏に浮かぶ。

 行かないでくれ。ここにいてくれ。

 きっと、彼女もアーチャーの正体に気付いている。士郎が今後どのような道を歩んでいくのかも……。

 だからこそ、引き止める。だからこそ、士郎は唇を噛み締めた。

 

ーーーーごめん、藤ねえ。

 

「士郎……」

 大河は言った。

「結婚しない?」

「いいよ」

 この間、五秒。

 

 そして、一ヶ月後、藤村大河は衛宮大河になった。

 遠坂、間桐、アインツベルンの末裔が鬼の形相を浮かべて暴れまわる珍事などもあったが、衛宮士郎は妻を愛しながら彼女を支える為に消防署に就職し、世のため人のため、そして妻の為に頑張るのだった。

 ジャンジャン!! END




ご愛読、ありがとうございました!!
怒られるかもしれませんが、全てはこの五秒間の前振りでした。

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