バタンッ! と、扉の開く音が聴こえた。
「また挑戦者か、フィールドが壊れるなぁ……」
セキエイリーグ四天王が一柱、エスパー使いのイツキは今日何度目になるかわからない舌打ちをする。
数分前に現れた挑戦者を倒して早々、また新しい挑戦者がやって来る。その繰り返しが休む間もなく続いていき、しかもどいつもこいつもメタグロスやらバンギラスやら珍しく強いポケモンを従えてくるのだから本当に骨が折れる。
(……少しは休ませてくれよ……)
ポケモンリーグの四天王を務めていれば、一年ぐらいは挑戦者の多い年はあるものだ。しかし、それにしても今年の挑戦者の数は異常だった。
内心のうんざりした気持ちを隠しながら、イツキは本日56人目になる新たな挑戦者の元へと振り向く。
そこに居たのは――
遺伝子ポケモンミュウツー!
海の神ルギア!
虹の翼ホウオウ!
海の帝王カイオーガ!
陸の創者グラードン!
天空の覇者レックウザ!
時間の神ディアルガ&空間の神パルキア!
反物質の王ギラティナ!
ポケモンの使用制限無視しすぎだろとか何匹伝説居るねんとか色々とツッコミたくなったが、そんな気すら今のイツキにはどうでもよくなっていた。
真面目に相手をするのも馬鹿馬鹿しくなるような圧倒的なメンツを従えながら、挑戦者は笑う。
「レベル上げの時間じゃああああああああ!!」
試合開始の合図も待たずして、四天王のイツキと挑戦者の試合が始まった。
否、それはもはや試合などではなく、挑戦者による一方的な蹂躙であった。
手始めにミュウツーのサイコブレイクが効果今一つを無視する威力で先頭のネイティオをねじ伏せると、ホウオウの聖なる炎とルギアのエアロブラストがナッシーを灰塵と帰した。次にカイオーガの潮吹きがルージュラを容易く消し飛ばすと、グラードンの地割れがフィールドを崩壊させた。レックウザの破壊光線が次のフロアに居るキョウを狙い撃てば、ディアルガの時の咆哮とパルキアの亜空切断がヤドランをなんか色々と大変な目に合わせ、止めにはギラティナのシャドーダイブがイツキ最後のネイティオを粉砕した。
「やめたげてよぉ……」
もうわからない。
そのあまりのやりたい放題ぶりにしばらく茫然自失としていると、挑戦者は何を思ったのかイツキへのダイレクトアタックを仕掛けてきた。
それも、以上の全伝説ポケモンによるフルバーストである。
「ちょっ」
これそういうルールじゃねえから! と最後の力を振り絞って叫ぼうとした瞬間――鈍い衝撃がイツキを襲った。
「うぐっ……なんて夢だ……」
彼の職務上、滅多に居座ることのない自宅。その寝室に置かれているベッドの上から、薄緑色のネイティオ柄のパジャマを纏ったイツキが転落していた。
その腕にはベッドから落ちても尚手放さなかったネイティの抱き枕が抱えられており、有名なデザイナーが書き下ろしたネイティの真顔が彼の顔を見つめていた。この抱き枕、企画段階で需要が無いとして一般販売を取りやめにされた幻の品なのだが、イツキは様々なルートに手を回すことで確保に成功していた。どうでもいい話である。
「……あんな挑戦者が居てたまるか……」
一人暮らしをしているイツキには同棲する彼女も嫁も居ないが故に、この部屋を含めて家全体が静寂に包まれていた。
挑戦者による最強伝説軍団強襲という悪夢から未だ覚めやらぬまま、イツキは覚束ない足取りで起き上がり、ベッドの隣で寝かしつけていた赤子のネイティの姿に目を移した。
赤子のネイティはベビーポケモン用の小さなベッドの上で、鳴き声を上げている最中であった。
「てゅー! てゅー~!」
「うおっ? よーしよし、起こしちゃってごめんね~」
それは間違いなく、自分がベッドから転落した動騒で安眠を妨げてしまった為であろう。イツキはネイティを抱え上げると、再び寝かしつけるべくしばしの間奮闘した。
このネイティは三日前ばかりにタマゴから生まれたポケモンである。親は勿論、ネイティオとネイティオだ。父親の方はその「トゥートゥーヘアーッ!」という激しい鳴き声から何となく「アスラン」と名づけ、母親の方は「ジャスティ」と名付けている。最も四天王には勤務中、ポケモンをニックネームで呼んではならないという規則がある為、プライベートの時間でしかその名を呼ぶことはないが。
ともかくこのネイティはそんな二匹の下に生まれた赤子である。名前はまだ無い。中々良い名前が思いつかないのだ。
イツキ達四天王の仕事は何かと忙しい。
彼らは時たま訪れる挑戦者との試合は勿論のこと、慈善活動やポケモンバトルの秩序を守る為に地方中を飛び回ったりと何かと多忙な身なのである。イツキが今こうして自宅で朝を迎えることが出来たのも、何を隠そうこのネイティの育児休暇を貰った為だった。
とは言っても、その休暇も本日で終わりである。ポケモンの赤子は人間と比べて成長が早いので、生後三日後にしてイツキが面倒を見る必要がほとんど無くなっていたのだ。
「ジャスティ、ネイティのことは任せたよ」
無事ネイティを寝かしつけたイツキはモンスターボールからネイティの母親であるジャスティを放ち、自分が留守中の子守を任せることにする。
イツキはネイティオ模様のクローゼットからスーツを取り出すと、早々とそれに着替えていく。
タンス(ネイティオカラー)から取り出した勤務用のマスクを目元に掛けると、イツキの四天王スタイルが完成した。
「育児休暇明けに招集なんてねぇ……タイミングが良いのか悪いのか」
部屋を出たイツキは洗面所の前に立つと、寝癖を直しながらそう独語する。右手には髪をとかすくしが、反対の左手には【招集! セキエイリーグへ来てください】と書かれた通信端末が握られていた。
今日はカントージムリーダーとジョウトジムリーダー、四天王が集まって行われる年に一度の会議の日であった。
会議の主な内容は各ジムの挑戦者事情や、町の近況報告と言ったものである。見直すべきことがあれば全員で対策を打ち出し、解決に当たっていく――というのが各地のジムリーダーを集めて行われる理由である。
イツキは現四天王の中で最も若く、会議に参加するのも今年で二年目である。故に今までジムリーダー達と顔を合わせたことはほとんどなく、こういった催しは楽しみなものではあった。
育児休暇明けの仕事と言われれば、少々気だるくはあるが。
だが自分だけの気分で職務を放棄するのは他の四天王、ひいてはチャンピオンに申し訳が立たない。欠席する、という考えは元より頭の中に存在していなかった。
軽く朝食を済ませたイツキは自宅を離れ、表へ出る。集合の時刻はあと数分後と迫っていた。
「トゥートゥーヘアーッ!」
「アスラン、テレポートよろしく」
「モウヤメルンダッ!」
最高のポケモンであり最速の移動手段でもあるネイティオのアスランを出すと、イツキはテレポートを指示し、その町から姿を消した。
次の瞬間イツキの目に飛び込んできたのは、円卓を囲んで座り並ぶ14人のジムリーダーと三人の四天王の姿だった。
テレポートという移動手段を持つイツキはこうして集合時刻ギリギリでも出勤することが出来るが、そうでない者は時間に余裕を持とうと早い時刻で家を離れていたのだろう。既に大半のジムリーダーがその場に集まっていた。
「おっと、みんなもう集まってたのか」
「あら、もう揃ってたの」
同じくテレポートを使えるポケモンを持っているトキワジムリーダーのグリーンと、ヤマブキジムリーダーのナツメがイツキの直後に現れる。二人はそれぞれ空席に着き、イツキもまた四天王用の席に腰を下ろした。
「イツキ殿、子供はどうであったか?」
「元気で可愛いですよ。目に入れても痛くないってぐらいですね」
「あれ? イツキさん子供生まれたんですか?」
「と言うか結婚してたんですか!?」
席に着いたと同時に隣に座っていたキョウから質問を受けると、それに反応したジムリーダー達が驚きの声を上げる。
何か勘違いしているようなので「ポケモンの子供ですよ」と説明すると、一同は納得の表情を浮かべた。
「キョウさん達もシンオウ遠征お疲れ様です。やはり大変でしたか? ズイタウンの様子は」
イツキも自分が休暇を取っていた期間の近況が気になっていたので、丁度良い機会だとキョウ達三人の四天王に訊いてみることにした。すると、三人が三人とも渋い顔を浮かべて答えた。
「大変なんてものじゃなかったわよ」
というのがまず最初、カリンの口から出た言葉である。
彼女らセキエイ四天王三人はイツキの居ない間、シンオウ四天王からの要請を受けてシンオウ地方へと遠征していた。と言うのも、シンオウのズイタウンという町で発生したある事件が理由である。
――事件の名は、ズイタウン魔境化事件。
何が原因かはわからないがズイタウンの周りにガバイドやメタング、ハクリューやサナギラスと言った強力な野生ポケモンが大量発生したという事件である。しかもそれらが一斉にガブリアスやメタグロス、カイリューやバンギラスへと進化してしまい、それぞれがズイタウンを中心に縄張り争いを始めてしまったのだと言う。
その四つ巴の争いはもはや野生ポケモン同士の縄張り争いという規模では収まらず、町全体が廃墟と化す始末であった。
そこで彼らの争いを止めるべくシンオウのチャンピオンや四天王が介入したのだが、「それでも人手が足りない!」とポケモンリーグ本部であるセキエイの四天王に要請が入ったというわけである。
「ほとんど戦争だったな、あれは」
「危うく拙者のポケモンも全滅するところであったわ。まあ、久方ぶりに良い戦いが出来たとも言えるがな」
「あたしはもうやりたくないね。それはもう命懸けだったさ」
「それは恐ろしい……」
事件は一応沈静化したようだが、三人の様子を見るとどれほど激しい戦いだったのか窺えるものだ。本当ならばこんな会議になど参加せず、のんびりと自宅で休みたかったのだろう。四天王一の体力を持つシバですら疲労を隠せない様子だった。
「全員集まりましたね。では、始めましょうか」
時計の針が会議の開始時刻を回ると、黒いマントを纏った赤髪の青年が入室してきた。
彼の名はワタル。このセキエイリーグの頂点に立つ、最強のチャンピオンである。
この会議では本来チャンピオンは参加しないことになっているのだが、四天王上がりである彼は四天王やジムリーダー達を纏める能力がある為、司会やリーダーという立場で参加していた。
彼の後ろにはテレビカメラを構えた男や報道陣と思われるマイクを持った者の姿がちらほら見えるが、ここには二地方からジムリーダーと四天王が集まっているのだ。この会議は彼らにとって美味しいネタだということだろう。
ワタルが司会の席に座ると一同の視線が集まり、会議が始まった。
最初は例年通り、ジムリーダーによるジムの挑戦者事情の発表だった。
まず最初に、ジョウトのキキョウジムリーダーから進められた。
「私のところは非常に多くの挑戦者が訪れました。挑戦者の数は268人、その内ウイングバッジを獲得した挑戦者は263人でした」
キキョウジムリーダー・ハヤトの発表に報道陣を含めた一同から驚きの声が上がる。
挑戦者の数が例年の二倍以上多いのもその理由だが、何よりバッジを獲得したトレーナーの人数である。
「挑戦者は五人しか負けなかったということかな?」
「はい、そうです」
「手を抜きすぎだろ……」
集まったジムリーダーの中でも強豪の二人であるグレンジムリーダー・カツラとトキワジムリーダー・グリーンが怪訝そうな顔をハヤトに向ける。
確かにバッジを獲得した挑戦者の数が多すぎる。ジムリーダーの手抜きを疑われても仕方がない成果だと言えた。
「……そうですか。ではヒワダジムリーダー、お願いします」
「はい、僕のジムも非常に優秀な挑戦者ばかりでした。……挑戦者は260人で、バッジ獲得者は258人です」
ヒワダジムリーダー・ツクシの発表に会議場がざわめく。
そして、続くジムリーダー達の発表がさらに不穏な空気を撒き散らすこととなった。
「あたしのとこは258人中251人やったわ。みんなツクシ君のとこを勝ってきた人達やと思うけど、もう何回泣かされたか……」
「僕のジムは120人中110人でした。皆さんより挑戦者は少なかったですが、妙に女性の数が多かったのが気になりますね」
エンジュジムリーダー・マツバの発表にイケメンは死ね、と思ったイツキはなんとか心の中でその言葉を押し殺すことに成功した。この場に集まった何人が同じことを思ったかは定かでない。
「アサギジムリーダー、どうぞ」
「は、はいっ! あ、あの……1962人中、58人です……」
『はっ?』
続くアサギジムリーダー・ミカンの発表に、一同の呆けた声が重なった。
間違いなく過去最高であろう桁違いの挑戦者の人数もそうだが、撃退した人数もそうである。
「あんた本気出しすぎやろ……」
両手を組んで円卓に顔を俯かせながら、コガネジムリーダー・アカネが呟く。誰もがその言葉に共感していた。
「だ、だって挑戦者の皆さん、強いとかそれとは別に、凄く怖かったんですから! 町を歩いてもずっと追いかけられてるような気がして……」
「まるでアイドルだな……わかった、俺からアサギ警察に言っておくよ」
「す、すみません……」
例年でも挑戦者の数が多いことで有名な彼女のジムだが、ここまで多くの挑戦者が訪れるとは大変な話である。言いたいことはイツキやそれ以外の者にも色々とあったが、とりあえず今は発表の進行を優先すべきと判断し、司会のワタルが次の発表を促した。
「わしのところは挑戦者が62人、バッジはミカン嬢と同じで58人に持って行かれたわ。ミカン嬢の人気が羨ましいものよ」
「はは、まあミカンの後じゃあ誰もあんなむさっくるしいジムには行きたくないよな」
「それもそうじゃな! ……グリーン、後で稽古をつけてやろう。無論、実技でな」
「……遠慮しておきます」
「次、チョウジジムリーダー・ヤナギ氏、お願いします」
「私のジムもまた強者揃いだったな。思わず本気のメンバーで挑むところだったが、ジム用のポケモンで勝つことが出来た挑戦者は67人、挑戦者は全員で丁度100人だったかな?」
67%の挑戦者がチョウジジムを突破している。その事実から考えて、やはり今季のポケモントレーナーは非常に優秀だということがわかる。
イツキも武者震いしてきたところである。四天王として彼らに掛ける期待は、例年の比ではなかった。
「次、フスベジムリーダーどうぞ」
「私のジムを訪れたのは58人、バッジは56人に持って行かれたわ」
「お前ほどのジムリーダーが二人しか倒せなかったのか」
「……申し訳ありません」
「いい。とりあえずこれでミカン君以外の皆の成績不振は頷けたよ」
ジョウト最強のジムリーダーであるフスベジムリーダー・イブキからジムバッジを獲得したトレーナーは56人。つまりは最低でも56人のトレーナーがジョウトからチャンピオンロードを訪れるということだ。
それほどの使い手なら、全員がこのポケモンリーグにたどり着くだろうに違いない。
(ん……? デジャヴ?)
思い起こすのは今朝イツキが見た悪夢である。あの夢に出てきた挑戦者もそのぐらいの人数だったような気がする。
しかし流石に、56人目の挑戦者が各地方の最強伝説軍団を引き連れてくることはないだろうと思いたい。とにかく正夢には絶対にならないと信じるしかなかった。
その後はカントー地方のジムリーダーによる発表が行われたが、流石にレベルが高い地方ということもあり、例年よりは遥かに多いがジョウトほどジムバッジを獲得したトレーナーは居なかったようだ。
しかし挑戦者の数が異常に多く、中でもハナダジムやタマムシジム、ヤマブキジムやセキチクジムと言った女性がジムリーダーを務めているジムはいずれも挑戦者500人を上回るほどの人気ぶりだった。それだけで今季のポケモントレーナーの性格がわかるような気がしたのは、きっとイツキだけではないだろう。
「マサラタウンのオーキド博士が調査した結果によると、今季ポケモンリーグへの挑戦権を獲得したポケモントレーナーの人数は100人近くまで上るらしい」
全ジムリーダーが発表を終えたところで、チャンピオンであるワタルが今季のポケモントレーナー事情について総括する。
ジムリーダー達はその言葉に絶句する。四天王もまたしばらく言葉を失った。
ポケモンリーグへの挑戦権――両地方合わせて八つのジムバッジを集めたポケモントレーナーが、全員で100人近く。それはポケモンリーグ始まって以来過去最高の、実に優秀すぎる数字だった。
優秀すぎて、四天王の仕事に支障を来すほどの。
「勘弁してほしいわね……それだけの相手をする為にはあたしらも修行の量を増やさなきゃならないし、慈善活動をしている時間も無いじゃない」
最初に抗議の声を上げたのはカリンだった。彼女の言う通り、四天王の仕事は挑戦者と試合をすることだけではないのだ。ただでさえ多忙な身だというのに、現在判明しているだけで100人近くの挑戦者が現れると言う。それにはシバもキョウも、勿論イツキも唸るしかなかった。
しかしそんな時に頼りになるのが元四天王の将であり、現セキエイチャンピオンであるワタルの存在だった。
「そう、確かにこの人数では四天王としての活動が満足に出来ません。そこで、私は考えました。この場に報道陣の皆さんを招いたのも、その理由でもあります」
一同が顔を上げ、一斉にワタルの顔を凝視する。
一体何を考えたというのか、彼の顔は自信に満ちており、そして楽しげだった。
「その挑戦者達と我々で、このセキエイにてトーナメントを開催しましょう! 真に最強のチャンピオンが誰であるか、はっきりと決めようではありませんか!」
ワタルは座椅子から立ち上がるなりマントを翻しながらそう言い放った。
ある者は困惑し、ある者は不敵な笑みを溢す。
――今ここに、ポケモンリーグに新たな歴史が刻まれようとしていた――。
【最強! 転生者が多すぎて四天王がヤバイ】