クリステル・ミナキングと名乗る全身青タイツの男は、登場と同時にマルマインに雷を乱発させた。
その攻撃をスイクンは無駄一つ無い軽快な動きでかわし続けるが、攻撃の度に命中に近付いてきているのはクリスの目にもはっきりとわかった。
(攻撃の度に精度が上がっている。それに、なんて威力だ! 変態だけど、あの人凄い。変態だけど!)
伝説のポケモンを相手に堂々たる戦いぶり披露する変態に、クリスは素直に賞賛の言葉を(心の中で)贈る。命令から行動までのタイムラグがあまりに少なく、マルマイン自身の高い素早さも相まって彼の攻撃は降り止まない豪雨のようだった。
さらにミナキングは、スイクンの動きを完全に予測しているようだった。彼の指示を受けたマルマインは雷を避けられながらも、確実にスイクンの退路を塞いでいた。
そしてマルマインの雷ラッシュがスイクンを逃げ場のない壁際まで追い込んだ瞬間、変態が叫んだ。
「隙有りイィィィィィーーーッッ!!」
それは、最強の技。
「 大 爆 発 ! ! 」
物凄いスピードで急迫しスイクンとの間合いを一気に詰めると、マルマインは内なる力の全てを解放した。
その技の名の通り、マルマインは自らを中心にして大爆発を起こす。
吹き荒れる爆風は力を持て余し、周辺一帯へと広がっていく。
周辺には突然の爆発に反応出来ず、巻き添えになって吹っ飛んでいった野生コラッタの姿が何匹か見えた。合掌。
「凄い攻撃だ……」
「なんだあの変態は」
大量に舞う砂埃から口元を守りながら、ゴールドが感嘆の声を漏らし、シルバーが尤もな疑問を述べる。彼とは良い友達になれそうだなとクリスは思った。
クリステル・ミナキング。変態の身でありながら自分の名に似ている彼の名前には、些か以上の不快感を禁じ得ない。だがクリスは、そんなことは後でゴールドとシルバーに愚痴っておけばいいやと柔軟に考えることにした。今更変態の一人や二人増えたところで騒ぐことはないのだ。
しかしこの変態、見た目はともかく半端ない強さである。超威力の大技「大爆発」であったが、今のは今まで見てきたどのポケモンよりも凄まじい一撃だったと思う。
気の毒なりスイクン……。流石の伝説のポケモンとは言え、あの一撃を受けてしまってはただでは済まないだろう。クリスがしばらく哀しみの帯びた視線を爆煙の元へ向けているとやがて砂埃が晴れ、そこに居る者の姿が完全に見えるようになった。
「無傷だと!?」
その姿を確認した瞬間、シルバーが驚愕の声を上げた。そこには水晶色の姿をしたオーロラポケモンが、
しかしただ一人、対峙している変態だけは違った。
「直撃の瞬間、「まもる」を使ったか。それでこそだスイクン!」
思い通りにならない戦いに苛立つわけでもなく、マルマインを犠牲にした一撃が無駄になったことを嘆くわけでもなく、変態は寧ろそうあることを望んでいたかのように悦んでいる。そうでなければつまらない――と、彼の表情は語っていた。
「私は純粋に戦いを望む!」
瀕死になったマルマインを置きっぱなしにしたまま、変態は二匹目のポケモンを繰り出す。
そのポケモンの名はロリーパ……もといスリーパー。催眠術やサイコキネシスなどと言った特殊技が得意な、エスパータイプのポケモンである。
「スイクンとの戦いを!」
スリーパーは登場と同時に地面を蹴り、物凄い勢いでスイクンへと突っ込んでいく。
「そしてスイクンを超える! それが私の……」
スイクンが接近させまいとオーロラビームの弾幕を張るが、スリーパーは変態的な軌道でそれらの攻撃を掻い潜っていく。そして両者の間合いが五メートルを切った時、スリーパーが跳んだ。
「生きる証だっ!!」
スリーパーがドロップキックの要領で突き出した右足を、スイクンの額に叩き込む。その技の名は、メガトンキック。まさかの物理型、まさかのブシ仮面――スイクンは驚愕の表情を浮かべながら塔の壁を突き破り、屋外へと吹っ飛んでいった。
「生きてきた……私はこの為だけに生きてきた。例えロケット団の傀儡となり果てようとも――このスイクン道だけはぁっ!!」
何やら武士道的なことを語りながら、変態は超人的なスピードでスイクンを追い掛けていった。
クリスとゴールド、シルバーと瀕死になったマルマインはその場に取り残される形となったわけだが、誰もが「わけがわからないよ」といった心境だった。塔内はマルマインの大爆発によって、古めかしい内装がさらにボロボロになってしまった。その有様は、まさに嵐が過ぎ去った後のようだった。
「……クリス、傷ついたポケモン達の治療、手伝ってくれないかな?」
しばしの沈黙を経て、ゴールドがそう頼んできた。マルマインの大爆発に巻き込まれてしまった野生コラッタ達の治療を、自分達で行おうと言うのだ。
クリスはこの子は本当に優しい人間だと思う。野生のポケモンとは捕まえたいポケモンを相手にする時や草むらで襲われた時ぐらいしか戦おうとはしないし、今のように道中で他のトレーナーに倒された野生ポケモン達を治療してあげることも多くあった。その結果治療したポケモンに懐かれてしまい、仲間がたくさん出来てしまったという余談があるが、とにかく彼は優しいのである。
好きになってしまいそうだ……とは内面が男である彼女は絶対に思わないが、やはりそういう少年は嫌いではなかった。
「もちろん!」
彼を手伝いたい。そう思うことにしたクリスは快く頷いたが、大半の理由は上の階が暴走族とロケット団が抗争している最中だからという理由である。おまけに外もモヒカンだらけだ。変態が去ったことでとりあえずこの場だけは静かなので、ほとぼりが冷めるまでは待機していようという魂胆である。
「くだらん。雑魚の治療なんてしてられるか、俺は外へ行く」
約一名死亡フラグを建築して外へ出て行った勇者が居たが、クリスは引き止めなかった。
(僕は四天王の一員だ。これでもそこそこ腕は立つ。修羅場もいくつか抜けてきた。……そういうものにだけ働く勘がある。その勘が言っている。僕は――ここで、死ぬ)
アニメ鑑賞を終え、しばらく余韻に浸って感涙していたイツキであったが、それはもはや過去の話になっていた。
今の彼の前には、三人の阿修羅が居る。いずれもイツキ以上の強者だ。その三人を同時に相手して勝利する確率は――ゼロ。ならば逃げるか? 不可能。退路である出口は、筋肉男によって封鎖されていた。
「おい」
「ハイ!」
長髪を金髪に染めた女性、四天王最強の女カリンが放った一声に、イツキは直立不動となる。
彼女は笑っていた。それはもうイイ笑顔であった。その顔を目にすれば、百人の男性が百人とも美しいと評するだろう。
ただし、目は全く笑っていない。
「ご機嫌じゃねぇか……イツキさんよォ」
「そ、そそそそそんなことナイデスヨ?」
彼女が普段のキャラではなくレディース口調になっていることに気付いたイツキは、即座に彼女の怒りのボルテージがMAXを超えていることを理解した。
「自分の尻拭いをアタシらに任せて自分は呑気にアニメ鑑賞とは……良い身分だなァ?」
「す、すみませんっしたァ!!」
いち早く手遅れと判断したイツキが移した行動は、驚く程に迅速だった。
身を屈め、両膝と両手を床に着けて頭を垂れる――「DOGEZA」である。とある業界の伝説に伝わる全能神「YOUJYO」が行う秘技、まさしく「DOGEZA」であった。
その哀れな姿を見た者は、情けを掛けずにはいられないという。
しかし残念ながら、カリンには通用しなかった。
「ざけんじゃねぇぞゴルァ!? こちとらズイ遠征で身体中がくたびれてんじゃあ! よーやく取れたと思った連休をぶち壊しておいて、アニメ鑑賞だぁ!? オラ! 四天王ナメんなよコンチキショウッ!!」
「うぼあ!」
カリンはイツキの頭を掴み上げると、内心の毒の全て吐き出す勢いで叫んだ。彼女に睨まれたイツキの姿は、もっぱらアーボックに睨まれたニョロモのようだった。
「フン! シバ兄貴、やっちまいな!」
「おう」
「Oh……」
彼女の指示を受けた四天王最古参の男シバが、出口付近から移動して前に出てくる。どうやら彼が死刑執行人に決まってしまったらしい。
この時、普段は糸目である筈の彼の眼は完全に開眼していた。激しい怒りの炎を灯した双眸に捉えられた瞬間、イツキは心の底から震え上がった。真の恐怖と決定的な挫折に、恐ろしさと絶望に涙すら流していた。
(助けて、キョウさん!)
まだ死にたくない。その一心で静観している忍者に懇願の眼差しを向けると、彼はニコッと爽やかに笑って応えた。
「シバ殿、拙者が殴る分は残してくれよ」
「承知」
キョウさんは、凶さんだった。
「ほ、ほら、僕怪我人だから! ね?」
「ウー! ハーッ!」
「アッー!」
コガネシティのポケモンセンターに、愚かな四天王の断末魔が響いた――。
焼けた塔一階では、ボロ雑巾と化した黒服集団の山が完成していた。
それを作り上げたのは無論、ポケモンカイザー率いる暴走族軍団である。少々時間は掛かったが、彼らはここに現れたロケット団員全員を叩きのめしたのだ。
「クソッ!」
またしても手持ちのポケモンを一匹も失うことなく完全勝利を収めたカイザーだが、戦いを終えた彼の顔に喜色は無かった。それもその筈、この塔に現れた団員達は全員が下っ端であり、彼の望んでいた幹部クラスも首領も居なかったのである。
苛立つ彼に、金髪リーゼントマッスルことジャックが苦々しげな表情で報告する。
「外を見張っていたアミオ達によると、どうやらコイツらは俺達を釘付けにしておく為の囮だったらしい。幹部のシリウスとアテナを、塔の外で発見したってよ。アイツらも一応戦ったが、やられちまったらしい」
「ボク達の動きが読まれていただと? やはり現れていたのか、オリシュ十二幹部ッ!」
「しかも、ライコウもエンなんとかさんも塔を出たところを狙われて、二匹とも待ち構えていた連中に捕まえられたって話だ。くそったれ!」
塔に眠るスイクンとライコウを狙い、ロケット団はこの場に現れるだろうと踏んでいたカイザーだったが、実際には彼らはスイクンとライコウが「目覚めた後」を狙っていたのだ。
何故二匹が目覚めたのか、その原因はすぐに思い当たった。
(そう言えば! 入口の方に主人公に似た奴が居たような……)
ゲーム「ポケットモンスター金銀」及び「クリスタル」の主人公に当たる少年である。おそらく何らかの拍子で地下に落ちた彼が、二匹を偶然目覚めさせてしまったのだろう。あの少年がもし主人公だとしても、取るに足らない虫けらの一匹に過ぎないと放置していたのだが――完全に誤算である。
「おのれぇぇぇぇっ!!」
何という失態だ。「転生者」である現首領スチールの指示によってロケット団は伝説のポケモンを狙い、ここへやって来るという予測は的中したと言うのに……。
連中をおびき寄せる餌になる二犬は、目覚めることなくこの塔に留まっていればそれで良かったのだ。さすればいつかは、アジトに引きこもっている新首領をこの場へ引きずり出せるかもしれなかった。
そうなれば悲願である復讐を、果たすことが出来たのだ。
「誰の許可を貰って目覚めさせている!? あの虫けら共はああああ!!」
今から外に出ても、目的を終えた連中は既にアジトへと帰還している頃だろう。ポケモンカイザーが企てた「ロケット団首領おびき寄せ大作戦」は、無関係な子供の手によってあえなく失敗に終わったのである。
「ジャック! 予定変更だ! 明日にでも奴らのアジトに乗り込むぞ!」
「だな。あの引きこもりをぶちのめすには、それしかねぇ! 行くぞ野郎共っ!」
『ヒャッハー!』
ロケット団首領は滅多なことでは表に姿を現さない。その為に企てた今回の作戦が失敗した今、彼らが取るべき道は一つだった。
アジトに乗り込み、最深部に潜んでいる首領を抹殺する。今まではその困難さ故に実行出来なかった計画だったが、こうなってはやるしかなかった。
だが、その前に。
「その前に、ボクの計画を邪魔した主人公を二度と旅出来ないようにしてやる!」
人、それを八つ当たりと言う――。