――その頃のシロガネ山――。
総勢三十人のポケモントレーナー達を「文字通り」鍛えているのは、現在ポケモンリーグで絶賛行方不明中の男、レッドであった。
彼は今、山道を疾走している三十人のトレーナーをリザードンに乗って追い駆け回している最中だった。
「ホラホラホラ~! しっかり走らないと火炎放射の餌食だよ~!」
「くそったれぇーーーっ!!」
「と、止まるもんか! 俺はまだ死にたくないんじゃああああ!!」
「ア、アメリアあああ!!」
「くっ、二人目がやられたか……仇は討つぞ、必ずな!」
走りを緩めた者にはリザードンによる容赦の無い火炎放射を浴びせられ、見事なまでにこんがりと焼かれてしまう。その訓練はもはや拷問だった。流石に死にはしない程度の威力には抑えられているのだが、逃げ回る者は誰もが死に物狂いで疾走していた。
この場では「お前らポケモンバトルの修行してんじゃねーのかよ!」というツッコミは野暮である。全ては「トレーナーの性能が悪くてポケモンの性能を引き出せるか!」というレッドさん理論に基づいてのことだった。
勿論、この訓練では逃げる者もレッドに対して反撃をして良いことになっている。しかし誰かがそうしても、
「ゲンガー! シャドーボールだ!」
「甘いわあっ!!」
「弾かれた!?」
彼らのポケモンの攻撃は、全てレッドに弾かれてしまうのだ。勿論、素手で。
そして攻撃したトレーナーに対しては、レッドは一切慈悲を掛けない。
「馬鹿め、シャドーボールとはこう使うんだ! はあああっ!!」
「ちょ……」
「それシャドーボールちゃう! 絶対ちがああばばばばばばば」
スーパーマサラ人、流派カントー不敗が奥義「
それから十五分ほど走り続けたところで、このわけのわからない訓練は終了した。
「よし、休憩っ。今日は十人か、思ったより残ったな!」
「ゼェー……! ゼェ……!」
「グホッ! ゲホゲホッ……!」
「スピー……フュー……!」
「……おかしいな……なんだかとっても眠いんだ……」
「……大きな星が、点いたり消えたりしている……彗星かな? ……違う……違うな……彗星は、もっとバァーって動くもんな……」
語るまでもなく、この訓練から「本当の意味で」生き残った者は誰も居なかった。肉体的な疲労は無論のこと、何よりも精神的なダメージが悲惨なのである。
完全にへばっている彼らの面々を見て、レッドはう~んと呻くように一人ごちる。
「これぐらいで参ってもらっちゃ、困るんだけどな~……魔王の復活は近いって言うのに……」
神のお告げにあった「魔王アネ゛デパミ゛」の復活――何を隠そうレッドがこうして彼らを虐めて、もとい鍛えているのはそれが理由だった。
存在するだけでこの世の全てを消滅させる力を持つ例の魔王には、この世の生き物ではどうあっても勝つことが出来ないと言われている。故に神は、異界の人間である彼ら「転生者」をこの世に生み出したのである。
「……む? お告げキター!」
その時、天より当の神様からのお告げが聴こえてきた。
―― レッドよ、魔王の復活は刻一刻と迫っている。だが、現状の戦力では心許ないだろう。そこでだ。私が魔王討伐の為に今世まで封印していた、四人の英雄を目覚めさせるのだ ――
「英雄……でありますか?」
―― 名をそれぞれ『全ての旗を立てた男』ニコーポ・ナデーポ、『万物に癒しを与えた女』イエロー・デ・トキワナンデス、『終わらぬ一年を戦い抜いた男』マサラタウンノ・サトシ、『地雷原と共に歩いた男』ジライシュ・ヘイタークと言う ――
「ワーオ!」
―― ニコーポはタマムシシティ、イエローはトキワの森、マサラタウンノはマサラタウン西の森、ジライシュはセキエイ高原に眠っている。ジライシュは特に癖の強い男だ。まずはマサラタウンノとイエローを先に目覚めさせると良い ――
「……その英雄、強いんですか?」
―― 無論だ。それぞれが皆、一時代を代表する最強の使い手だった ――
「ふふ、戦ってみたいな……」
―― 頼むぞ、レッド…… ――
「お任せください!」
そこで、今回のお告げは終わる。最初の頃ほどの感動は薄れていたが、どんな時でも神の声を聴くというのは彼にとって嬉しいことであり、レッドは感情を押し殺すことなく上機嫌に叫んだ。
「英雄だって! わくわくするな~! これは久しぶりに
興奮に弾んだ声を上げながら、彼にとっては運動の前の準備体操に過ぎない岩石割り、大木斬り、シャドーボクシングを行う。そこで放った数発の拳もここに居る者の目には到底見えないような速さで突き出されており、やはり彼は人間をやめちまっていた。
彼が突然そんな行動をした理由に心当たりがあった周りの「転生者」たちは、呼吸を整えた後で彼に質した。
「また例のアレっすかレッドさん?」
「おう。というわけで神様からお告げが来たから、しばらく出掛けてくるよ」
「どこのグリーンウェルですかあんたは……」
神のお告げのことを、レッドは既に彼ら「転生者」にも教えている。何せ神のお告げの内容は、どれも彼らがこの世に転生した理由に深く関わっているのである。
一口に「君達が転生したのは、魔王と戦う為だったんだよ!」と話した時は、一同みんなして「何言ってだコイツ」と白けた眼差しを送ってきたものだ。しかしいくら彼らにとって信じ難い話だろうが、これは紛れもない真実なのだ。彼らは未だ半信半疑な様子だが、それでも信じてもらうしかなかった。
「僕が居ない間、まあ無いと思うけど君達が修行をサボらないようにゴンさんを監視に置いていくよ」
「……なんですと……?」
「マジですか、フハハ! フハハ……」
「オー! マイ! ガー!!」
さて、これから面白くなってきた。
レッドはお告げにあった四人の英雄との出会いに期待を膨らませながら、風のような速さでシロガネ山を下山していった。
マルマインの大爆発に巻き込まれたコラッタ達の手当を終えたところで、クリスとゴールドは一息をつく。案の定と言うべきか治療したコラッタのほとんどがゴールドに懐き、みんなして彼の周囲に群がっていた。
少年と戯れる小動物の光景は、実に微笑ましい。良いポケモントレーナーはポケモンに好かれるものだというのは、まさしく真理である。ゴールドに関しては特に当てはまっており、その点に関してはクリスも彼のことを尊敬していた。ただ一つだけ、否応なく事件に巻き込まれる名探偵体質だけが問題なのだ。
――そしてそれは、今この時にすら発揮した。
「な、なんだ!?」
突如としてデデーンと天井が爆発し、静かになったこの場所に再び動騒が降りてきた。
やはり彼はどんな静かな場所に居ても、事件を呼び寄せてしまうらしい。
「やってくれたなお前達。よくもボクが考えたロケット団首領おびき寄せ計画を、見事に打ち砕いてくれた……」
爆発した天井の上から、一人の少年がカモネギと共にゆっくりと降りてくる。
耳当たりの良い爽やかな声質に、端正整った麗しい容貌。パッと見は少年に見えたが、よく見れば少女にも見える中性的な顔立ちだった。
年齢は十五歳程度だろうか。これまた大変な美形である。場所が場所なら黄色い歓声が上がるほどの美形である。ただし、格好が実にアレだった。
(デジモンカイザーだーー!)
ボッサボサな髪と言い、派手派手なコスプレ衣装と言い、どう見ても某ポケモンじゃない方のモンスターアニメ02のアレだった。
「やはり伝説のポケモンが居ないか……お前達が、目覚めさせたんだな?」
少年はカモネギを伴いながら一歩ずつ足を踏み出すと、コツコツと足音を鳴らし、クリス達の元へと迫ってくる。そのゴーグルの内に映る瞳は、燃え盛るような憤怒の炎を浮かべていた。
「初めてだよ、ここまでボクをコケにした馬鹿共は……」
そのただならぬ雰囲気を感じ取ったコラッタ達は一斉にゴールドの後ろへと隠れ、ゴールドはモンスターボールを構えて警戒体勢を取る。
そして。
「ゆ、許さん……! 絶対に許さんぞ虫けら共っ! じわじわと嬲り殺しにしてくれる! 一人たりとも逃がさんぞ覚悟しろ!!」
「やってみやがれ! 今の俺がそう簡単にやられると思ったら大間違いぞ!」
「ちょっ、クリス!?」
少年が吐いた宇宙の帝王めいた叫びに、クリスが反射的にそう啖呵を切ってみせる。恐るべきネタ根性だった。
その言葉を聞いてさらに機嫌を悪くしたらしい少年が、鬼を射抜くような眼光をクリスに向けながらモンスターボールを放った。
「フン! 雑魚の分際で何を言い出すかと思えば……どうやらボクの実力を知らないようだな。思い知らせてやるよ!」
「あれは……ハピナス!」
「なにィ!?」
放たれたピンクのポケモンの姿を目にした瞬間、クリスは一瞬にして敗北を悟った。ポケモン図鑑に搭載されているポケモンの「レベル計測機能」を使うまでもなく、気づいてしまったのだ。あまりに大きすぎる実力差を。
(また無理ゲーだわもうヤダこの地方……)
何故あんなことを言ってしまったのか。意味不明なネタ根性から特大の地雷を踏んでしまったことに、クリスは両手を着いて「もうダメだ、おしまいだぁ……」とヘタレた。
「フハハハハ! 忌々しい原作の主人公共め! このポケモンカイザーが、貴様らを新世界への手向けにしてやる!」
「クリス! 二人で戦おう!」
「くそっ! もうどうにでもなれぃ!!」
どこに居てもハチャメチャが押し寄せてくるというのなら、もう戦うしかないじゃないか! と迫真の表情を浮かべて立ち上がる。
このデジモンカイザーもどきが何が原因でブチギレているのかはよくわからないが、クリスとゴールドは身の安全の為にポケモンを繰り出し、応戦した。
――そして二十秒後、二人は敗北した。