圧倒的――とは、まさにこのことを言うのだろうとゴールドは思った。
焼けた塔地下で伝説のポケモンを起こしてしまった所為か、ゴールドは一人の少年の怒りを勝ってしまい、そのまま成り行きで戦うことになってしまった。
結果は、惨敗である。
これまでの旅の中でも、他のポケモントレーナーに敗北を喫した回数は少なくなかった。
だが、ゴールドはわかる。その中でも、この可笑しな格好をした少年のポケモンは最強の戦闘力を持っていると。
どうしてそんなに強く育てることが出来るのか……この戦いが終わったら、こちらから訊いてみたいと純粋に思った。
しかし、それは叶わなかった。何故ならば少年が自らのハピナスに対して、あろうことか「トレーナー自身への攻撃」を命じてきたからである。
クリスに向かって。
「へ……?」
ハピナスの「大文字」が、ポケモンを失ったクリスへと襲いかかっていく。その瞬間、ゴールドは走り出した。考えるより先に身体が動いたのである。
「うおおおおっ!!」
彼女の盾になるようにして大文字の射線上に立ち塞がり、ゴールドは咆哮を上げる。
例え自分が焼かれても、大切な彼女だけは守ってみせる――それは彼の、「漢」としての本能だった。
そして次の瞬間、彼の意識は途絶えた。
その時、途絶えかけの意識の中で、ふと誰かが語りかけてきた。
―― 天晴れであった ――
夢見心地に、ゴールドはその声を聞き取る。老練とした威厳のある、初老の男の声だった。
―― お前のような人間を失うのは実に心苦しい。故に、お前はまだ死んではならない。この世の平穏を守る騎士の一人として、生き延びてほしい…… ――
有無も言わせないまま、その声はこちらに一方的に語りかけてくる。しかし不思議なことに、ゴールドはそれを不愉快に感じることはなかった。寧ろ彼は、そうされることが当然だと受け入れていた。
何故だかわからないが、ゴールドはこの声の主が世界の何よりも偉大な存在であるように感じたのだ。
―― 余の元へ来い、ゴールド ――
煌びやかに着飾った大広間の中に、乾杯の声が響く。
ここはチョウジタウン地下、ロケット団アジトである。現在この場ではエンジュシティに趣いた団員達によって祝杯が上げられている最中だった。
首領スチールの指揮によって、予定通り伝説のポケモンの捕獲に成功した。スイクンだけはまだ行方が掴めていないが、ライコウとエンテイを捕まえれば十二分の戦果である。例えこの場に、下っ端団員数十名が居ないとしてもだ。
「力の弱い下っ端を囮にすることで塔内にポケモンカイザー一派を足止めし、塔から出てきた伝説のポケモンを屋外で待ち受け、捕獲する。お見事でした、ボス」
「君達と団員達のお陰だよ。皆よく働いてくれた」
「身に余るお言葉です。ボス、もう一杯どうぞ」
「ありがとう、アテナ」
ライコウとエンテイという強力な戦力が加わったことで、世界征服への一歩をまた踏み出すことが出来た。実に愉快な一日だったと、スチールは愉悦に浸った。
しかしこの組織はまだ、組織全体としての力が弱い。
彼自らがスカウトしてきた「転生者」の面々を含む「オリシュ十二幹部」の実力は、全員が申し分ないものを有している。だが、組織の縁の下で機能する筈の下っ端団員達の力はあまりにも脆弱だった。今回の作戦でポケモンカイザーと戦った団員全員が皆返り討ちに遭ったことで、スチールは改めてそのことを深く認識した。
近い内に行う「ラジオ塔占拠作戦」の為にも、この問題はそろそろ解決しておく必要がある。
「……明日シロガネ山に向かうのは、プロキオンとデネブ、それとベガとリゲルだったかな?」
シロガネ山に生息する野生ポケモンの乱獲――それが下っ端団員達の地力を強化する為に、スチールが考案した作戦だった。
認められたトレーナー以外が立ち入ることの出来ないシロガネ山という場所には、レベル40を超える強力な野生ポケモン達があちこちに生息している。それらを力のある幹部達で乱獲し、下っ端団員達全員に譲渡するという作戦だ。そうすれば下っ端団員達の戦力が大幅に底上げされ、それに連なって組織の実力が上がっていくという腹積もりである
「四人は先ほど準備を終え、山に向かったところです」
「スチール様が仰っていた「洞窟の奥や山頂には赴くな」という忠告も、数回言い聞かせておきました」
「そうか、それは良かった」
過酷なシロガネ山の環境で生き残れる団員は、オリシュ十二幹部の面々しか居ない。故に本作戦に赴く人数はたった四人という少数精鋭となっていた。
彼らに任せておけば、まず間違いなく作戦は成功するだろう。
ただ一つだけ、懸念事項はあるが……。
「……父サカキは、組織の中で抜きん出た実力を持つ強者だった。しかしその半面で配下の団員達の育成を怠り、自分がたった一人の実力者に敗れた途端、組織は呆気なく解散に追い込まれてしまった。真に強い組織とはリーダーだけが強者ではなく、組織を構成する全てが強く在らなければならない。私は父のように突出した力を持つリーダーを美しいと考えると共に、当時の配下の弱さに悲しみの意を表したい。
私は組織に必要な物は絶対的なリーダーではなく、配下の団員達が戦う姿、その姿勢と考えている」
「それはどういうことで?」
「私は……弱者になりたい」
ロケット団首領サカキの長男として生まれた転生者、スチール。
彼は組織の現首領にして、生粋のガノタだった。
――時刻は真夜中。
イツキの処刑を終えたポケモンセンターの病室内で、四天王全員のポケギアに一報のメールが届けられた。
一同がその画面に映し出された一文を読み上げると、彼らは揃って目を見開いた。
《ロケット団のアジトを発見した。至急、チョウジタウンに来てくれ。 ワタルより》
セキエイチャンピオンから受けたその報せは、非常に重大な内容だった。と言うかこんな話はメールじゃなくて電話で連絡しろよとは全員の談である。
しかし、これが本当なら大変なことだ。ロケット団と言えば三年前に解散し、近頃再び暗躍を始めたと噂のポケモンマフィアである。彼ら四天王にとっては淘汰すべき対象にして、この世の秩序を乱す巨悪と言っても過言ではないだろう。
「イツキに構ってる暇じゃないわ! 行くわよみんな!」
「ズイの次はロケット団とは、どちらにせよ拙者らに休息のひと時は無かったようだな」
「嘆いてばかりいられない。邪悪はこの拳で叩きのめすのみだ!」
疲労は溜まっているが、事態が事態の為にそんなことは言っていられない。それどころか彼らにとってその仕事は、日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会でもあった。
颯爽と病室を立ち去っていく彼ら三人の後ろに追従し、坊主頭の青年が続いていく。その顔面には本人いわく格好良いと、それ以外の者からは不気味と話題の黒いマスクを装着していた。
「……ククク……今宵のネイティオは血に飢えている……!」
盛大なキャラブレイクを起こしながら廊下を歩き進んでいる彼の両目は、この世の終わりを見てきた上で全てを受け入れたような、ある種の極みに到達した者の目だった。三人はその様子を見てほんの少しだけ良心の叱責を受けたが、元は彼の自業自得なので後悔は無かった。多少残忍さが無ければ、四天王など務まらないのである。
あっという間に日が昇り、清々しい朝がやって来た。
シロガネ山から見れる朝日は絶景の一言だが、こうして下界で見る朝日もまた悪くない。時間にして約三年ぶりにマサラタウンに帰ってきたレッドは、自宅の屋根上からその風景を見渡していた。
彼がシロガネ山を下り、神様から告げられた例の「英雄」を捜しにマサラタウンに帰ってきたのが昨夜のことである。移動方法は勿論その両足だけだ。リザードンが空を飛んでいる下で、走ってここまでやって来たのである。その光景に「いや、リザードンに乗ってけよ」とツッコむ者はとんだ甘ちゃん野郎である。真のポケモントレーナーとはポケモンに頼らない人間だということを、彼はこの三年間の修行で見出していた。
昨夜は本当に騒々しかった。
全く連絡を寄越さなかったこちらが悪いのだとは思うが、レッドがマサラタウンに帰ってくるとそれはもう街中がお祭り騒ぎになった。幼馴染のグリーンに関しては人のことを指差して「お前、ニセモノだ!」と断定し、ナナミさんには「幽霊……?」とシリアスに怯えられた始末である。街の皆がそのような反応をする中で、オーキド博士と母親だけは普通に歓迎してくれたのは嬉しく思ったものである。
お陰で色々とあり、昨日の内に「英雄」の捜索は出来なかったが、今朝の内に済ませておけば問題は無いだろう。
「さて、そろそろ行くか」
屋根上から地上へ平然と飛び降りると、レッドは西の方角に目を向ける。
思えばあそこにある森は、今まで一度も入ったことがなかった。オーキド博士の話によればマサラタウン西の森は「神の森」と呼ばれているらしく、決して人が立ち入ってはならない禁断の聖域らしい。無理にでも立ち入れば即刻天罰が下され、全身が動かなくなったところで「アメリカ村」という魔界へ飛ばされてしまうという話だった。
ポケモンが生息しているわけではないようなので、レッドは今までその場所に興味を抱くことは無かった。しかしそこに「四英雄」の一人、「マサラタウンノ・サトシ」が封印されているとなれば行かないわけにはいかなかった。天罰の話は不気味だが、彼に立ち入ることを指示した者が他ならぬ天の神様なので心配はないと思いたい。
―― 大丈夫だ、問題無い ――
「そんなポケモンで大丈夫か? 素手で戦うから大丈夫ですよ」
マサラタウンノ・サトシ――一体どんな男なのだろうか。未だ見ぬ英雄の名に多大な期待を寄せながら、レッドは相棒のピカチュウを肩に乗せて駆け出していった。
次回、【ポケモン使えよ! 伝説の超マサラ人vs超マサラ人4】 みんなもポケモンゲットじゃぞー!