「愛情」――それはポケモンを育成する上で欠かすことの出来ない、トレーナーにとって大切な心構えである。
いかにポケモンを強く鍛えようとトレーナーの技術があろうと、実力が拮抗していれば結局、最後に勝つのはこの「愛情」がより深い者となる。
だが、その表現の仕方は人によって異なるものだ。ただ甘やかすことだけが愛情でなければ、厳しく接することだけが愛情でもない。
何が正しい愛情の形なのか、明確な答えなどありはしないのだ。
ロケット団アジトの地下深くには、一室の研究室があった。その中心部の最も目立つ位置に、台座から天井まで届く大型のカプセルが設置されている。
透明な液体で満たされたそのカプセルの中には、一匹のポケモンが眠っていた。体長は約二十センチと小さく、全身の色は白に近いピンクで、細長い尾が時折左右に揺らめいている。
幻のポケモン――ミュウ。それが、青年がこの世で最も愛したポケモンの姿だった。
「ミウ……」
そのカプセルを哀愁の篭った目で見つめながら、青年は呟く。艶やかな銀色の長髪が特徴的な青年の容姿は、誰が見ても美しいと評するだろう。そんな超絶的美形の彼の容姿だが、表情に輝きは無かった。
「いつになれば、お前は目を開けるのだ……?」
青年はただ胸に思うがままの言葉を紡ぐ。しかし、カプセルのポケモンは答えない。彼に何も言ってはくれなかった。
「こんなところに居たのですか、シリウス」
一人その場に立ち竦む青年の後ろから、不意に女性の声が呼びかかる。
振り向くまでもなくわかる。これはロケット団幹部の一人、アテナの声だ。
「……出動要請か」
「ええ。今回の侵入者はあのポケモンカイザー一派よ」
「子供の相手は、いい加減疲れた」
「期待していますわ、シリウス」
「ふん……」
その身に纏う漆黒のマントを翻しながら、青年――シリウスがアテナの横を通り過ぎていく。
そんな彼の背中に、アテナが問うた。
「貴方、まさかよからぬ企みをしているのではありませんね?」
「出来るのなら、とっくにしている」
「ふーん」
「だが、勘違いするなよ。俺は
「どうぞご自由に。スチール様はそんな貴方をも肯定してくださります」
悪の組織であるロケット団に身を置いている理由が、他ならぬポケモンへの「愛情」だとすれば。
正義のポケモントレーナーは、それを否定出来るのだろうか?
シリウスは決して、誰かに肯定されたいと思っているわけではない。だがほんの少しだけ、そんなことを考えた。
(お前ならどうする、ワタル)
正義のポケモントレーナーと言って真っ先に脳裏に浮かんできたのは、彼と同じ漆黒のマントに身を包んだ、とある青年の姿だった。
同郷のドラゴン使いの一人で、自分と同じ「カイリュー」を主力にしているあの男。
仲はずっと悪かったが、彼の強さは他の誰よりも認めていたつもりである。
そんな彼の「ライバル」だからこそ、シリウスは思う。
(お前にはあるのだろう? 改造野郎の汚名を着てでも、成したいことが。それが、お前のポケモンへの愛情なのだろう?)
記憶にある「原作」の知識が正しければ、あの男はもうじきこの場所へと現れる筈だ。その時は彼に、面と向かってこう言いたい。
――なら、この俺を止めてみせろ! お前の愛情でっ!!
「トゥー! ヘアーッ!! ウワァァァァァァァ!! イヤァァァァァァァ! タァッ!! モウヤメルンダッ!!」
アジト内に侵入したセキエイ四天王とチャンピオンの五人は、イツキとネイティオを先頭に激しい無双を繰り広げていた。
侵入に気付いたロケット団員達をちぎっては投げ、日頃の鬱憤を晴らすかの勢いで団員達を圧倒していた。
「今だ! やれ! 潰せ! 殺せッ!! 近づく奴はみんな灰にしてやる! フーッハハハハハハハハァッ!!」
特にイツキは――これである。
他の四人が口を引きつらせてドン引きするほどに、大変はっちゃけていた。
「どうすんのよコレ……」
「しばらく暴れさせておけば治る……といいなぁ」
彼をこんなことにした張本人達が、あまりのえげつなさに口々に嘆く。彼の相手になった団員達には気の毒なものだと同情すらしていた。
アジトの攻略はここまで、順調に進んでいる。いや、順調過ぎるというのが一同の見解だ。
前首領サカキが行方不明になって、ロケット団はその力を大きく失った。今は彼の息子が後を継いでいるという噂だが、それが理由で前回よりも力が落ちていると言うのなら納得出来る。
しかし、それにしても団員の数が少な過ぎた。ロケット団の戦力がこの程度とは、彼らには思えなかった。
「やっぱり、ここに入っていったって言う暴走族のせいかしら」
「でしょうね。ここに来るまでに、気絶した団員達の姿を何十人も見かけた。全て彼らの仕業と考えるのが自然でしょう」
一同の誰もが思っているであろうカリンの疑問に、ワタルがこれまで見てきた光景に基づいて答える。ロケット団と暴走族なら一見同じ無法者同士仲が良いと思えるのだが、実際はどうも違うらしい。
「どうするワタル殿? 両方相手にするか?」
「……いえ、暴走族がロケット団と敵対しているのならこちらにも都合が良い。彼らと協力とは言いませんが、存分に利用させてもらうとしましょう」
「さっすが私達のチャンピオン、腹黒いわねぇ」
「つまり、暴走族を見かけてもこっちからは仕掛けるなってことだな?」
「そういうことです」
利用出来る物は全て利用する。戦いにおいて最も重視するのはその「効率」である。四天王もチャンピオンも、そうやって生きてきたからこそ今があるのだ。
故に、三人はワタルの指示に迷うことなく頷いた。
しかし、約一名――
「ロケット団め、鋼鉄ネイティオが相手だ! 死ねぇ!!」
「コノッ、バカヤロウ!!」
「「いやああああああああああああっっ!?」」
ある意味暴走族以上に暴走している赤紫色の坊主頭には、そんな言葉は通じそうになかった。
四天王よりも先にアジトに侵入していた暴走族達は、既に地下十階にまで到達していた。
前世の記憶を持つ「転生者」であるポケモンカイザーは、ここまでに見てきたアジト内の様子から、一つの確信を抱いた。
「このアジトもゲームとは違うな……」
「原作」で見たロケット団のアジトよりもこの施設は遥かに広く、深い。「原作」のアジトは地下十階も無かった筈だし、ここまで入り組んだ道ではなかった。
何故「原作」とは違うか、それはこの世界が「ゲームに似た世界」であって「ゲームの世界」ではないからだ。二つは全くの別物……自分達「転生者」の存在が、その良い例である。
故に、この世界では何が起こるかわからない。当然だがそこらを歩いている人間にも意思があり、ゲームのモブキャラクターなどではない。何もかもが自分の都合が良いように操ることは出来ないということだ。
「ポケモンカイザー様、あんなところにペルシアン像が!」
「破壊しろ。ペルシアン像だけじゃない。この施設にある物は全てだ。高そうな置き物があれば真っ先に潰しておけ、スチールの奴が悔しがるだろう」
「ヒャッハー!」
ここに居る暴走族にも、勿論意思はある。彼らは皆、己の意思でポケモンカイザーに服従しているのである。
それだけの求心力が、ポケモンカイザーにはあった。いや、なんか知らないがあるらしい。一体自分のどこが彼らを引きつけたのか、正直言ってポケモンカイザー自身にもわからないのがここだけの話である。しかし、そうなのだから上手く利用させてもらうしかない。使えるものは使い、来るものは拒まない(ただし、ロケット団員は除いて)。それが、ポケモンカイザーの主義だった。
「このフロアは制圧しやしたぜ!」
「申し上げます! 北北西に階段を見つけましたぁっ!」
「ダニィ!? ……んん、コホンッ……よし、行くぞ」
ひょんなことから自身の配下になった暴走族の連中を、ポケモンカイザーは持ち前のポケモン育成知識を持って徹底的に鍛え上げた。当初こそこんな奴ら何の役にも立たないのではないかと思ったものだが思いの外強化は上手く行き、平均45レベルまで鍛え上げることに成功した。さらにこの激戦で3レベルぐらいは上がったことだろう。もはや彼らも見掛け倒しのチンピラは卒業し、今では立派な世紀末部隊である。……頼もしい筈なのに何故だか不安を感じる今日この頃。前にそのことを同じ「転生者」のジャックに話した時、「胸に七つの傷がある男には気をつけろ」とだけ言われたのが妙に頭に残っている。何のことだかわからない。わからないったらわからない。
そしてポケモンカイザーは数十人の暴走族を伴い、地下十一階の階段を下った。
すると視界に飛び込んできたのは、これまでのフロアとは明らかに異なる光景だった。
「これは……」
「バトルフィールド、か」
そこにあったのは、ポケモンバトルを行う為のバトルフィールドだった。
某からくりドーム一個分の広い面積に、中心にはモンスターボールのマークが描かれている。そして周辺には競技場の観客席のような物が無駄に多く設置されていた。
バトルフィールドと言うよりも、その規模はポケモンリーグのコロシアムである。ロケット団のアジトの中とは思えない光景に、ポケモンカイザー以外の一同はしばし呆気に取られた。
「ようこそ地下十一階、「ロケットコロシアム」へ。ここまでたどり着いたのは貴方達が二十番目ですわ」
フィールドの中心に立っていた赤毛の女性が、優雅に微笑みながら言った。彼女の両隣には銀髪の男と漆黒のローブに身を包んだ怪しげな男、さらに横には「原作」でも見知った顔の三人の男の姿があった。見事な逆ハーレムである。
「アテナ、シリウス、アルタイル……ラムダにランスにアポロか」
「十二幹部の内半分が登場か! 随分焦ってるみてぇだな、てめぇらのボスはよォ!」
この期にとうとう六人の幹部が出動したのだ。下っ端の姿が無いところを見ると、ポケモンカイザーが知らない間に全員倒してしまったのか、それとも彼らのボスがこれ以上雑魚をけしかけるのは無駄だと判断したのか――恐らくは後者だろう。
まさしくそれは、ポケモンカイザー達が待ち望んだ光景だった。
(コイツらを仕留めれば、組織の壊滅に一気に近づく)
故にポケモンカイザーは、彼らの頭と手足両方を潰す機会を求め続けていたのだ。
それこそが、今! まさに今ッ!!
復讐の完遂は、既に目の前まで迫っていた。
「行くぞ! アミオ隊はランスの相手を! ジャギタとユダーサマ隊はアテナとランスだ。他部隊は全総力を持ってアポロを殺せ! ガラガラの弔い合戦だっ!」
「見ろ! 天才の力をォ!!」
「美しい私に跪けぇ!!」
「俺の名を言ってみろォ!!」
「「ヒャッハー!! ここは通さねぇぜ!!」」
士気はもはや、最高潮に達している。今なら潰せる、奴らを倒せる。ポケモンカイザーと配下に命令を出すジャックの二人はそう確信していた。
「てめぇの相手はこの俺だ、時代遅れの中二病野郎」
「塵芥が我を倒そうとは愚かな……ならば望み通り、我が
「ほざけっ! 死ねよやああっっ!!」
ぶつかり合うのは、いずれも因縁深き強敵達。
だがポケモンカイザーは迷わない。全ての
「……来い、テンプリエイト・オリーシュア」
「その名で呼ぶな、虫けらが」
最高の知識を持って鍛え上げたポケモン達を繰り出し、ポケモンカイザーは単独で「オリシュ十二幹部」の一人、シリウスに挑んでいく。
――その先にある勝利を信じて――。