ソレは、この世で最も恐ろしい破壊の神――ではない。
しかしこの世の最上位に君臨する創造神と同等か、もしくはそれ以上の力を持つ存在だった。
創造神はそこに在るだけで、万物を生み出すことが出来る。
ソレはそこに在るだけで、世の全てを消滅させることが出来る。
創造神はポケモンである。ソレは魔王である。
創造神は歴史上に存在する。ソレは歴史上には存在しない。
創造神は人々に崇められた。ソレは世界から除外された。
ソレはこの世にあってはならない者。ソレはこの世の全てを狂わせる者。
遥か昔、この世の創造の際に生まれたソレを、創造神はこの世から追放した。
ソレの名は反転世界のポケモン――ギラティナではない。
ソレは、ポケモンですらなかった。
ソレは、魔王だった。
ソレの名は――
「 ア ネ゛ デ パ ミ゛ 」
「ファッ!?」
イツキの脳に、電波が走る。
オサレなポエムを考えるような年齢はとっくに過ぎているというのに、これは一体どういうことか。
おそらくは目の前の現実を受け入れたくない自分が生み出した、現実逃避が成したものであろう。
「どうした? 四天王ともあろうものが止まって見えるぜ! ふーははははは!」
「ヒャッハー! なんて強いアニキなんだー!」
周囲に群がるギャラリー(全員暴走族だが)の声によって意識が現実に引っ張られると、イツキは目の前の出来事が夢や幻でないことを理解した。
いやはや本当に驚いたものである。チンピラのリーダーと思っていた相手が、あっさりとイツキのルージュラを倒してしまったのだ。
「やるね。暴走族にしておくのが惜しいぐらいだよ」
「ふん、リザードンがルージュラに勝つのは当たり前だろ。それよりもう終わりか? ならさっさと帰らせてくれ」
「そうはいかないよ。僕も君達を何とかしてくれと頼まれているからね」
「頼まれなきゃやらねぇところ、ホント無能だよな、あんたらは」
「はは、口の聞き方には気を付けなよ」
相性が悪かったとは言え、こうも簡単に倒されるとは思わなかったものだ。これほどの腕の持ち主なら四天王の権限で良い就職先でも紹介してやろうと思ったが、彼の発言によって目が覚めた。
性格に問題のある無法者など、企業からしてみれば実力があっても願い下げだろう。
「行け、ヤドラン」
「アンギャー!!」
二匹目のポケモンヤドランが姿を現し、ズシンと重い足音を立てて地に降り立つ。ルージュラの鳴き声が「ギャオース」なことと言い、イツキのポケモンは誰も彼も中々に愉快であった。
数千億年の時を経て、ソレがこの世に帰還してくることを知った創造神は、ソレを打倒する為にこの世が誇る最強のポケモン達を集めた。
ミュウツー。
ルギア。
ホウオウ。
カイオーガ。
グラードン。
レックウザ。
パルキア。
ディアルガ。
ギラティナ。
レシラム。
ゼクロム。
キュレム。
レジギガス(スロースタート解除済)。
メンバーは以上の13体。いずれもこの世に数多の伝説を遺してきたポケモン達である。彼らを集めた創造神は、この世の守護騎士団「レジェンドナイツ」を結成した。
それを某ゲームや某アニメに登場するネットワークセキュリティーの守護者のパクリだとか言ってはならない。創造神は娯楽が好きなのだ。丁度人数を13体にしてるのも無理矢理ではない。ギガス様は数合わせ要員ではないのだ。
……しかし、だ。
これほどのメンバーを揃えても、ソレの打倒は叶わないことは明白だった。
試さずとも断言出来る。ソレが持つ特性上、この世の者ではどう頑張っても、ソレを倒すことは出来ないと。
世界から除外された異分子であるソレに対抗する為には、同じく異分子である「別の世界の生き物」でなければならないのだと。
それが、彼ら「転生者」たちである。
彼らはソレに対抗する為に残された最後の切り札であり、創造神によって宿命的に生み出された存在なのだ。
―― レッドよ ――
「……はい」
少年の脳内に、優しい響きを持った声が響いてくる。
それは最近彼の前に奇妙なトレーナーが訪れるようになってから、頻繁に聴こえてくるようになった声である。
この「シロガネ山」の山頂で修行を続けること二年、とうとう神のお告げが聴こえるようになった自分は、もう仙人と呼ばれて良いのではないか。少年――レッドはそんなことを考えていた。
―― 汝の手で彼らを鍛えてくれ。来るアネ゛デパミ゛との戦いの為に…… ――
「承りました。ああ、偉大なる神よ……」
今日も今日とて神からお告げを頂いたレッドは、これまで続けてきた苦しい修行の日々に大きな意味があったことを実感し、一人涙を流していた。
そこにはそんな彼のことを不審げに見つめる、六十もの目があった。
「なあ? またレッドの奴笑顔で泣いてるぞ?」
「さんを付けろよデコ野郎」
「レッド・サン! 今日はどのような修行をされるのですか?」
神よ、この出会いに感謝します。
両手を組んで天に言葉を捧げると、レッドは先日からこの場に滞在している30人ものポケモントレーナー達と向かい合った。
「よし、今日はゴローンを十体ぐらい倒すか。もちろん素手で」
「流石レッドさん! 人間やめちまってるぜ!」
「流派『カントー不敗』を修めればそのぐらい簡単さ。君達も一緒にやろう」
「俺、こんなとこ来るんじゃなかった……」
「誰だよみんなでレッドに挑戦しようなんて言ったのは」
それは原点にして頂点――世界最凶の男と絡んでしまった、不運な「転生者」たちの一コマだったりする。
場所は再びコガネシティに戻る。
暴走族のリーダーを相手取る四天王のイツキは、あろうことか苦戦を強いられていた。
ヤドランの奮闘によってリザードンを撃破することは出来たが、次に相手は水タイプに強い電気タイプのポケモン、デンリュウを繰り出してきたのだ。初撃から容赦無く放たれた「10万ボルト」の一撃によって、ヤドランは倒されてしまった。
(シバさーん! 毒タイプ全然使ってこないじゃないですかー! ……いや参ったな、これは)
この男のポケモンは非常に強く育てられている。レベルで言えば50前後と言ったところだろうか。対してイツキは手持ちポケモンに現在、ベストメンバーを揃えていなかった。
この劣勢に言い訳を考えるなら、戦う前から相手は所詮チンピラだと侮っていたことにあるだろう。それは強者故の失態だった。
しかし最強のトレーナー集団の一員であるイツキには、どのようなことがあっても負けは許されない。
(本気でやろう)
最近はポケモンリーグでも大した相手と試合をしていなかったということもあり、どうにも気が抜けていたらしい。イツキは心の内から慢心を捨て去り、今は相手を倒すことに全力を尽くすことにした。
「行け、ネイティオ!」
「トゥートゥーヘアーッ!」
解き放った三つ目のモンスターボールから、薄緑色の怪鳥が出現する。
その姿――ではなく鳴き声に反応したのか、暴走族のリーダーが呆れたような表情を浮かべた。
「あんたのポケモン、どこかおかしいだろ」
「気にするな、僕は気にしない」
ツッコミは上等である。このポケモン達のトレーナーとしてはスルーされた時の方がかえっていたたまれない気持ちになるのだ。そういう意味ではこの暴走族のリーダー、案外悪い奴ではないのだろうとイツキは思った。
だが今は容赦しない。戦いに手心を加えるなど論外である。
「ネイティオ、いつもの」
「フアアアアアアアアアア!!」
イツキの声を受けたネイティオは、翼をはためかせるとデンリュウに向かって物凄い勢いで突っ込んでいく。
彼が送った指示は一見ポケモントレーナーにあるまじき安直すぎる指示に見えるが、実際はその反対である。一々行動に指示を送られるというのは、人間がそうであるようにポケモンにとって動きにくくなるものなのだ。送る指示は少なければ少ないほどポケモンの動きはスピーディーになり、効率の良い戦いをすることが出来る。
尤も、それはトレーナーとポケモンとの間で十分な信頼関係が築かれていてこそ成り立つものであるが。
ネイティオは二枚の翼を交互に打ち付けると、怯んだデンリュウに対して続けざまに右足をぶつけた。
「っ! なんだコイツ!?」
デンリュウに接近したネイティオが取った行動に、暴走族のリーダーは驚きの表情を浮かべる。今繰り出した技は威力の低い「不意打ち」である。それにも関わらずデンリュウにダメージを与えたのが、彼の驚いた理由だろう。
「物理型か!」
「思念の頭突きだ」
「ヌオオオオオオオオオオオ!!」
ネイティオは本来、物理攻撃力の高いポケモンではない。故にサイコキネシスやサイコショックと言った特殊技を使う為の特殊攻撃力を鍛えていくのが、強いポケモントレーナーの間での一般的な認識である。
しかし、全てのネイティオが特殊技で圧してくるとは限らない。彼が迂闊だったのは、一般論に囚われていたことにあった。
彼が理解した頃にはネイティオによる「思念の頭突き」が突き刺さり、デンリュウは豪快に吹っ飛んでいた。
「……だけどな」
しかしデンリュウには見た目ほどのダメージは無かった模様で、攻撃を喰らってから二秒後には既に立ち上がっていた。やはり強い、とイツキはそのタフネスに賞賛の声を漏らす。
「意外性が役に立つのは最初だけだ。どうせネイティオの攻撃力じゃ大したダメージはねぇ」
数瞬だけ驚いた様子を見せた暴走族のリーダーだが、すぐに冷静さを取り戻す。
その言葉は、実に正論だった。
「俺のデンリュウのレベルは――53だ」
私の戦闘力は53万です――彼の言葉を聞いて、イツキは最近読書好きな友人に進められて読んでみた漫画の内容をふと思い出した。意味は無かった。
「やるね、もしかしてバッジも八つぐらい集まってるんじゃないかな?」
「けっ、あんなモン糞の役にも立ちゃしねーからな。ジム戦なんてバッジを三つ集めたところで飽きてやめちまったさ」
「それはもったいない」
このデンリュウのレベルは53。推測するに先のリザードンもそのぐらいの強さはあったと見て良いだろう。その気になればセキエイリーグに来ていてもおかしくない強さだけに、イツキはもったいなく思った。
しかしそれほどのレベルが相手ではこちらもレベル差に任せた力押しの戦いは出来ない。ますます厄介な相手である。
「今度はこっちから行くぞ。デンリュウ、10万ボルトだ!」
反撃に放たれたデンリュウの電撃が、ネイティオの身に襲い掛かってくる。相性が悪い上に耐久能力の低いネイティオでは、ヤドラン同様一撃で倒れてしまうのは明らかだった。
だが、赤い人は言っていた。
――当たらなければどうと言うことはない――と。
その言葉を体現するように、ネイティオは10万ボルトを華麗に避けてみせた。
「なに!?」
「アニキ、後ろだ!」
「っそうか、テレポートか!」
そう、「テレポート」によって回避したのである。
普通ならトレーナーの移動手段にしか使えないその技「テレポート」も、イツキほどのトレーナーのポケモンになればバトルにも応用出来る。それは彼らが何十万回と繰り返し練習したことで手に入れた、恐るべき技術であった。
ギャラリーの声を聞いてネイティオの居場所に気づいた暴走族のリーダーが、再びデンリュウに10万ボルトを命令する。
次の瞬間、
未来に予知されたネイティオの必殺技が、デンリュウに炸裂した。