未来予知――発動から数秒後に念力の塊をぶつける、エスパータイプの「特殊攻撃」である。その威力はサイコキネシスをも上回る、非常に強力な技だ。
「……フェイク、だと……?」
その未来予知攻撃を受け力なく崩れ落ちたデンリュウの姿を、暴走族のリーダーは愕然と眺めていた。対照的に、イツキは「やったぜ」とでも言わんばかりのドヤ顔である。
「あの不意打ちと思念の頭突きの威力を見れば、少し頭の良い相手ならこのネイティオのことを物理型だと思う。だけどそれは、本命の未来予知に気づかせない為の――フェイク。上手く決まったね」
「両刀だった……ってことか」
自らが立てた策を自画自賛し、イツキは四天王という強者に相応しい余裕の笑みを浮かべる。
してやられた、と暴走族のリーダーは苦々しげに唾を吐く。
「随分回りくどいことをするんだな。四天王ともあろう者がよ」
「ポケモンバトルは騙し合いだよ。騙された方が負けるものさ」
この程度の芸当、他の四天王全員にも出来ることだ。因みにこういった策はカリン、キョウ、イツキ、シバの順に巧みである。ワイルドでタフな悪タイプのエキスパートだけのことはあり、騙し討ちをさせればカリンの右に立つ者は居ない。
「……ふん、違いねぇ」
瀕死になったデンリュウをボールに戻すと、暴走族のリーダーはすかさず次のポケモンを繰り出そうとする。その表情が楽しそうに見えたのは、決してイツキの見間違いではないだろう。
相手が強ければ強いほど、ポケモンバトルは楽しいものだ。その理屈は四天王もチンピラも、さして変わりはないのだろう。
――しかし、二人の好勝負は唐突に終わりを迎えた。
強引にその幕を下ろさせたのは、上空から閃いた黄色の雷撃だった。
「な……うあああっ!?」
それはポケモンの技、「雷」だった。それも、並大抵のポケモンが放った威力ではない。
雷はイツキの付近に落下し、地面に着弾したと同時に爆発の炎を上げた。
その爆発の煽りを諸に受けたイツキは吹き飛ばされ、地を転がっていった。
「かはッ……!」
全身に激痛が走り、肺中の空気が溢れる。その瞬間、先までの自分がいかに迂闊だったか思い知った。
これは公式の場でのポケモンバトルではない。ましてや周囲に居るのは無法者の暴走族だ。イツキのことを気に食わないと思った誰かが直接攻撃を仕掛けてくる可能性は、十分にあった。
(……警戒してなかったわけじゃ……ないけど……!)
彼らのリーダーを不利な状況に追い込めばアクションを起こすかもしれないと思っていたが、ここまで凄まじい攻撃が襲い掛かってくるとは思わなかった。要するに浅はかだったのだ。
しかしこれはもう事故では済まない。これを放ったポケモンのトレーナーは、法による重い刑罰は免れないだろう。アスファルトに仰向けになったイツキは薄れゆく意識の中、その重罪人の姿を認めた。
(子供……?)
背丈は暴走族の仲間とは思えないほど、小さく華奢だった。モヒカンかスキンヘッド、いずれかのマッスルを思い浮かべていたイツキの想像は、意外な形で裏切られた。
少なく見ても、歳は十代だろう。高くて十六、低くて十四歳程度に見える。
しかしこの子供、凄い格好である。同業者に忍者やら上半身裸のマッスルやら異様な格好をしている者が多々居るイツキはそこまでオーバーな反応をしなかったが、街中を歩けば周囲の視線を集めるのは必至である。少年にも少女にも見える中性的な顔立ちをしたその子供は、目元にゴーグル、背中にマント、そしてやたらに派手派手な衣装を纏っていた。
黒い髪はいくつのワックスを塗りたくればそうなるのかと気になるほどボッサボサに跳ね上がっており、全体的に誰に似ているのかと問われれば、セキエイチャンピオンのワタルを思い浮かべる。しかしこの子供は彼ほど華麗に衣装を着こなしているわけではなく――悪く言えば、全く似合っていなかった。
「……そんな虫けらと何を遊んでいるんだ、ジャック」
その言葉通り地を這いずり回る虫けらを見るような目で、子供はイツキの姿を見下ろす。
ジャックと呼ばれた男――先までイツキと戦っていた暴走族のリーダーが、少し苛立った声で言った。
「デジモンカイ……じゃねぇや、ポケモンカイザー様! コイツの相手は俺がしていたんだ!」
ポケモンカイザー……ポケモンの、皇帝。
それは、明らかに子供の名前ではなかった。彼が自称している、称号の名前だろう。
「それが? ボクは言った筈だ。君達はタマゴを持って走り回っていろと」
「これは俺達が走るのに邪魔だったから戦っていただけだ!」
「そ、そうだぜポケモンカイザー様! アニキは仕事放っぽって遊んでたわけじゃねぇ!」
「そうだそうだ! コイツが邪魔だったから!」
「……なら、こうすれば良かった話だろう?」
どうやら暴走族達ともめている様子だが、意識が薄れている今のイツキには詳しい話が聴こえてこなかった。
ただ、その後ポケモンカイザーがイツキを指差し、足元に待機させていた黄色のポケモンに何か命令を送ったことだけは理解出来た。
次の瞬間、黄色のポケモンが電撃を放ってきた。それは雷ほどの威力は無かったが、イツキの意識を刈り取るには十分過ぎる威力だった。
(……ごめんよ、ネイティ……)
四天王などという仕事を行っている以上、何かの弾みでポケモンの攻撃を受けてしまうことは稀にある。しかし、今回のように悪意を持って襲われたのはこれが初めてのことだった。今朝の悪夢のように、伝説軍団のフルバーストを浴びるよりはマシだが。
――これでもし生きていたら、少しシバさんに鍛えてもらおうか。……いや、やめておこう。現在行方不明中の赤い名前の人みたいになったら凄く嫌だ。
そんなことを考えていると、いつの間にかイツキの意識は無くなっていた。
死後に別の存在となって生まれ変わる、「転生」という言葉がある。もしそれが本当だとしても、前世の記憶を完全に所持しているケースは極めて稀だろう。
無論、生まれ変わった先の世界が、前世ではゲームの世界として知られていた世界だというケースもだ。
世界中で大人気な育成ゲーム、「ポケットモンスター」。十代半ばで命を落とす不幸な前世を送ってきた「彼」は、「彼女」となってその世界に転生した。
自分がかつて男だったこと等、前世の記憶を取り戻したのは彼女が五歳の誕生日を迎えた時のことだった。
別人の記憶が自分の中に入ってくる感覚ではなく、ごく自然にそれが自分の記憶として溶け込むように、彼女は全てを思い出したのだ。
前世の幼児時代、将来の夢が「ポケモンマスター」だったのは懐かしい記憶である。それは決して叶う筈のない夢だったが、この世界ではポケモンが当たり前に住んでいる。
現世の故郷、ワカバタウンから新しいポケモントレーナーが旅立っていくのを見送る度に、彼女はかつて自分が抱いていた無垢な夢を思い出していた。
窓の外を覗いては、この世界ならその夢も幻じゃないんだよな~……と、遠い目をしながら呟いていた。
そんな彼女が再びその夢を叶えたいと思ったのは、現世の幼馴染「ヒビキ・ゴールド」の旅立ちがきっかけだった。
爆発した前髪や後ろ向きに被った帽子がトレードマークの彼は、名前からしてもおそらく「原作」の主人公で間違いないだろう。彼が「原作」通りウツギ博士からお使いを受け、オーキド博士と会い、そしてワニノコを盗んだ赤髪の少年との戦いを経てワカバタウンに帰ってきた時、彼女は決意した。
「私も一緒に行く」と――。
この世界は前世で両目が大変なことになるぐらい遊んだ「ポケットモンスター金銀」の世界だ。ゴールドと一緒に旅に出れば、あの時抱いた忘れられない感動を現実として体験することが出来る。その憧れは何よりも強かった。
「良いよ。じゃあ一緒に行こうか、クリス」
そんな身勝手な思いでゴールドに頼むと、彼はあっさりと二つ返事を寄越してくれた。その爽やかで優しい笑顔は、俗に言うニコポされそうになるほど素敵なものだった。
ゴー君が一緒なら、と両親からも無事に許可が下り、前世男の転生者クリスは晴れて旅立つことになった。
――しかし、そこから先は苦難の連続だった。
ヨシノシティ周辺の虫取り少年に勝負を挑めばレベル48のヘラクロスに蹂躙され、キキョウシティのジムに挑戦しようとすればジムリーダーが傷心中で中々試合することが出来なかったり、マダツボミの塔で赤髪の少年と鉢合わせた時は、なんか周囲から好奇の視線を浴びまくったり。
キキョウからエンジュシティに向かう道には、道を塞いでいる筈のウソッキーの姿が影も形も無かった。そのままエンジュシティへ向かいそうになったゴールドには、道順的に次はヒワダタウンに向かうべきだと促したが、道中のつながり洞窟では一匹のラプラスを巡って、二十五人ものポケモントレーナー達が戦争を行っている最中だった。どいつもこいつも使うのは最終進化形のポケモンばかりで、うっかり戦いに巻き込まれてしまった為にクリスとゴールドは何度手持ちポケモンを全滅させられたかわからない。
しかしその傍迷惑な戦争の原因であるラプラスは、ちゃっかりゴールドがゲットしてしまった。何でもラプラスは他のトレーナー達が怖かったようで、自分からゴールドの元へ捕まりに来たのだと。
「こ、これが……主人公スキル……!」
「クソッ! なんて奴だ! ヒロインまで連れているとは……」
「クリィーーッス! 俺だぁーー! 結婚してヒラメッ!?」
「黙れこの野郎! ゴークリこそ正義なんだよ!」
「そうだそうだ!」
「チクショウ! 僕は主人公を超える! 超えてやるぞォー!」
……その一部始終を見ていたトレーナー達がそんなことを話していたのは、聞かなかったことにした。
ようやく到着したヒワダタウンでは、「原作」通り町のヤドンの尻尾が切られるという事件が発生していた。ただ「原作」と違うのは、一緒にヤドンの井戸に行く人物がガンテツじいさんに加え、旅のトレーナー十一人が居たことである。クリスはその何人かに口説かれたものだが、前世が男である彼女にその気は無かった。
ヤドンの井戸ではやはり、ロケット団員達がヤドンの尻尾を切っていた。
それを確認するなりまずガンテツが「波動弾ッ!!」と両手からかめはめ波みたいなものを飛ばし、大半の団員を薙ぎ倒していった。クリスは「お前人間じゃねぇ!」とツッコみたかったが、その間に他の団員達が襲いかかってきた為、ツッコんでいる余裕も無かった。
ロケット団員達のポケモンは平均のレベルが30前後もあり、意外なことに一人ひとりが手強い相手だった。しかし、十一人の旅のトレーナー達はさらに強かった。それぞれ自慢のポケモン達で団員達を撃破していくと、どさくさに紛れてクリスとゴールドのポケモンも経験値を獲得し、ゴールドのマグマラシはレベル34に、クリスのベイリーフは早くもメガニウムへと進化した。
――しかし、井戸の奥で待ち構えていた二人の男は圧倒的な強さだった。
一人は浅緑色の髪の男――ランスと名乗り、もう一人は銀色の長髪の青年――シリウスと名乗っていた。ランスの方は旅のトレーナー四人がかりでどうにか撃退することが出来たが、シリウスの方はクリス達を含む九人のトレーナーで掛かっても倒すことが出来なかった。それでもガンテツの放った渾身の「気合パンチ」によって辛くも撃退することが出来たが、全員が満身創痍であった。
その翌日、旅のトレーナー達と別れ、ガンテツからお礼に特製のモンスターボールを貰った二人は、即刻ジム戦を行った。
無事勝利を収めた二人は次の町へ向かおうとする――と、赤髪の少年「シルバー」と出会し、ゴールドが戦うことになった。
結果はゴールドの圧勝。ロケット団との戦いで手持ちポケモンのレベルが上がるに上がった今のゴールドにとって、シルバーは大した相手ではなかった。シルバーのポケモンはレベル30前後もあったのだが、傍目ながら主人公の才能は凄まじく見える。
ウバメの森では木に向かって頭突きしまくるトレーナーや暴走族、大量のタマゴを並べてはニヤニヤ笑っている賢ちゃんっぽい格好をした少年の姿を見かけたが、クリスはいずれにも関わろうとせず、ゴールドには必死で見せないようにして森を抜けることに成功した。
そして、コガネシティである。
「これはもうわかんねぇな」
これまでの道のりを振り返って、クリスは投げやりに呟いた。その男らしい口調に隣を歩いていたゴールドがビクッと肩を震わせたが、クリスは笑って誤魔化す。
本当に、どうしてこうなった。いや、どうしてこうなっている。
前世でプレイしていた冒険を現実世界として体験したいと思って旅に出たと言うのに、これは何だ。このインフレっぷりは何だ!
冒険が始まったばかりで出会った虫取り少年が、何故レベル48のヘラクロスを使ってくるのか? 何故出会うトレーナー皆が皆こうも強い? 大体ランスとシリウスって何だよ。金銀にはそんな奴居なかったぞとこれまでの出来事に、クリスは完全に参っていた。
勿論、この世界がれっきとした現実の世界だという自覚はある。
現実として存在するこの世界は、ポケモンの世界であってゲームの世界ではない。不測な事態が起こるのは当然のことなのだ。
それは理解しているのだが、ポケモンバトルの旅がここまで鬼畜な難度だとは思わなかったものである。それともゴールドの周りには、強いトレーナーしか寄ってこないのだろうか。
「あ、ポケモンセンターだ。クリス、休む?」
「うん……」
気疲れが顔に出ていたのか、ポケモンセンターを見つけたゴールドが心配そうな目でクリスの顔色を窺ってくる。
その優しさに乙女心がドキッとはしないが、彼女は深く感謝した。ポケモン達も精神的に休ませる必要があるので、断る理由は何一つ無い。ゴールドに手を引かれながら、クリスはコガネのポケモンセンターへと向かっていく。
だがその視界を、薄緑色の物体が遮った。
「うわっ……ポケモン?」
「ネイティオだ」
足を止めて見てみると、クリスはすぐにその正体を特定した。
エスパーと飛行タイプのポケモンで、四天王イツキの使うポケモンの一匹。あまり強くはないがここらでは珍しく、見かけないポケモンである。
「オ……オレヴァ……」
そのポケモン、ネイティオは苦しそうな鳴き声を上げながらゴールドの目を見つめてきた。すると二人は、ネイティオの背に乗っている傷だらけの「人間」の姿に気づいた。
「――!!」
「た、大変だっ! 早く中に入って治療しないと!」
その人間は目を閉じており、気絶していた。額からは多量の血が垂れ流れており、ゴールドは慌て、二人はネイティオと共に急いでポケモンセンター内へと駆け込んでいった。