強くなんて、ならなくても良かった。
始めはポケモントレーナーになんて、なる気は無かった。
ただそこに家族が居て、ポケモンが居て、静かに過ごすことが出来れば、彼女はそれだけで満足だったのだ。
彼女がこの世界に二度目の生を受けても他の「同類」のような感情を持たなかったのは、きっと「前世」で過ごしてきた人生からの影響が大きいのだろう。
前世の彼女は、生まれつき病弱だった。
故に自分の足で外に出ることも出来ず、生涯の大半を病室で過ごしてきたものである。
しかしそれでも、少女はそんな前世を不幸と考えたことはなかった。苦しい時はいつでも大好きな両親や兄が自分を励ましてくれたことは、この身体が五体満足な現世を含めても幸福な時間だったと思っている。
八歳にしてこの世を去ったことで、彼女はもう大好きな家族と会うことは出来ない。だが、ここには新しい両親と新しい家族が――ポケモン達が居た。そう、「あの」ポケットモンスターである。彼女が夢にまで見ていた憧れの存在が、現世では現実として当たり前に存在しているのだ。
そんな可愛くて可愛くて仕方がない、大切な彼らと共に楽しい人生を送っていきたいと……少女――テンプリエイト・オリーシュアは考えていた。
――あの時、家がロケット団に襲われることが無ければ――。
数多くあるクチバの街で、何故自分の家が襲われたのか。それは、団員の気まぐれだろう。
だが彼らの勝手な気まぐれのせいで、少女は現世より初めて不幸を感じた。深海よりも深い悲しみと共に。
ロケット団に襲われた時、幸いにも彼女自身に怪我は無かった。両親は負傷こそしたものの命に別状は無く、すぐに退院することが出来た。
人は助かったのだ。
しかし、帰ってこないものはあった。
彼女にとって最高のパートナーであるポケモン達が、カモネギの「おしょう」を除いて全て彼らに奪われてしまったのだ。
「……許さない……」
彼女はその時、前世を含めて初めて人間に対し激しい「憎悪」を抱いた。この身がどうなっても構わない。例え悪魔に魂を売り渡してでも、大切な家族を奪ったロケット団を滅ぼしてやると。
そしてそんな彼女の前に「あの男」が現れたのは、彼女が復讐を誓ってから二日後のことだった。
「良い目をしていますね。貴方は素晴らしい能力を持っている。うん、実に素晴らしい」
それは、彼女が現世で八歳になる頃のことだった。ロケット団打倒の為、両親に内緒でカモネギを鍛えていた時、彼女はディグダの穴で彼と出会った。
彼は水色の髪に端麗な顔立ちで、少年と青年の中間を行く容姿だった。
「あなたは……?」
「私の名前はジャッジと言います。最高の力を持っている、ポケモントレーナーです」
ジャッジと名乗った彼は、歳の離れている彼女に向かって丁寧な口調で話しかけてきた。
それを「胡散臭い」と思う感性を持っていなかった彼女は、そんな彼のことを素直に良い人だなと思った。
「ポケモンの育成にお困りのようでしたら、ここは一つ、私に手伝わせていただけませんか?」
その日彼と出会ったことは彼女にとって現世最大の幸運であり、同時に最大の不幸でもあった。
「焼けた塔」と言えば、元は「鐘の塔」と呼ばれていたエンジュシティの誇る文化遺産の一つである。
150年前、塔は落雷によって焼け落ちたことで名も無き三匹のポケモンが焼死した。するとその三匹のことを哀れに思った虹色のポケモンが空から舞い降り、「聖なる灰」によって復活させたという伝説が現代にまで伝えられている。
それは生命の神秘、ポケモンの可能性――。
まさにそこは、「神聖」の二文字が似合う場所だった。
……その筈なのだが。
「これはひどい」
開口一番に放たれた、エンジュジムリーダー・マツバの一言である。
この度は伝説の三聖獣が数十年ぶりに帰ってきたという噂を聞いて焼けた塔を訪れたのだが、大量に溢れている先客の人数に彼は出鼻を挫かれた気分だった。
……いや、それはいい。ポケモントレーナーならば伝説のポケモンという大きな存在に惹かれるのは当然の話であり、マツバとて最初から大勢の人々が集まってくることは予想していた。
彼が全てを諦めたような目で虚空を眺めているのは、集まっている人々の顔ぶれが原因だった。
右を向けばモヒカンモヒカン&モヒカン。左を向けばモヒカンスキンヘッドモヒカン。奥の方を覗いてみればリーゼント男と変なコスプレをした少年とその他モヒカンが、先日ジムに挑戦してきた数十人ものトレーナー達とバトルをしていた。
ここは一体、いつから不良の溜まり場になったのか。見ればこの塔の警備を担当していた青年が、数人ものモヒカンに絡まれていた。
「おい、この塔の地下室にはどうやって行くんだ?」
「ち、地下室? そんなもの、この塔にはありませんよっ」
「なにィ!? てめぇポケモンカイザー様が嘘をついてるって言うのかぁ!?」
「ひいぃぃぃ!?」
モヒカン達は無駄に体格が良い為、囲まれている警備の青年は完全に萎縮していた。ここは強者として――この町のジムリーダーとして、助けに行く必要があると見た。
その使命を全うすべく、マツバはモンスターボールを取り出しながら彼らに声を掛けようとする。
――すると、入口の方から「待てぃ!」とマツバではない何者かの声が響いてきた。
それに対しモヒカン一同は「誰だ!?」と口を揃えてノリの良い反応を寄越すが……彼らが視線を向けた瞬間、全員が口をポカンと開けて絶句した。
理由はマツバにもわかる。そこに佇んでいた男の姿が、あまりにも異様だったからだ。
――全身青タイツ。
ピチピチと隙間なく、肌に張り着いているソレ。
上半身からは鍛え上げられた筋肉が、下半身からは男のロマンと言うべき逞しい息子がモッコリと浮き上がっている。白いブーツと手袋こそ着けているが、ボディは全て青タイツである。あまりに目に毒な、特に女子供には絶対に見せたくない格好をしていた。
さらに変質者の名に磨きをかけているのは、その顔。
口元だけは地肌が露出しているが、鼻から上に掛けては異様に異様を重ねた不気味な仮面が装着されている。
両眼の部分は赤く、額の部分にはひし形の装飾――伝説のポケモン、「スイクン」の額を模した装飾が施されていた。
そして頭部には見るからにかつらだとわかる紫色の長髪が、何故か室内でありながら靡いていた。
「………………………」
「………………………」
言葉も出ない。マツバも出ない。本人は真面目にこんな格好をしているつもりなのだろうから、彼らには笑う気すら起きなかった。
しばらく放心状態に陥っていたモヒカンの肩に、マツバはポンと手を添える。
モヒカンと目が合う。その瞳に映っていたのは、「この変態どうすればいいのよ?」という困惑。何だかマツバには、彼とは友達になれそうな気がした。
「ふっ、私の美しき姿を目にすれば言葉も失うか。仕方あるまい」
青タイツは何を勘違いしたのかそんなことをほざくと、何をしに来たのかわからないまま颯爽と立ち去っていった。
そのドヤ顔には少しイラッと来たが、アレとは関わりたくなかったのでマツバはあえて声を掛けなかった。
しかし何か――マツバには、頭の中に引っ掛かる部分があった。
「……ミナキ……いや、そんなわけないか」
自身が呟いた言葉を、マツバは即座に否定する。僕の友人があんなにキモいわけがない。脳裏に浮かんできたスイクンハンターの姿を払拭すると、マツバは何も見なかったことにしてその場を後にした。
何か忘れているような気がするが、多分気のせいだろう。
覇気と闘気を混在させた好戦的な笑みを浮かべ、ポケモンカイザーが命じる。
「タネマシンガン!」
テクニシャンの恩恵を受けて放たれるキノガッサの攻撃が、「キノコの胞子」を受けて眠っているサワムラーの身体を容赦無く痛めつけていく。
それは、圧倒的な蹂躙だった。
決して敵のトレーナーが弱いわけではない。名も知らぬ雑魚だと思っていたがレベル50前後のポケモンを六匹も持っており、レベルだけならカイザーにとっても強敵と言わしめるほどの実力を持っているだろう。
しかし、それだけだった。その程度の強さは、厳選と育成を極めたカイザーからしてみれば「小学生にも到れる領域」に過ぎなかったのだ。
「ふん、虫けらが」
四発のマシンガンを受け、敵の最後のポケモンが崩れ落ちる。カイザーのキノガッサに掠り傷すら付けることなく終わった、呆気ない幕切れだった。
「サワムラー!? くっ、汚いぞお前! キノガッサなんか使いやがって!」
「ならお前も強いポケモンを使えよ。種族の差をひっくり返すと息を巻いて、その結果がこのザマか」
「うっ……」
「お前に伝説のポケモンを捕まえる資格は無い。さっさと消えろ」
「……クソッ!」
瀕死になったサワムラーをボールに戻すと、彼は表情に悔しさを滲ませながら敗走していった。
無様だ。実に無様だ。そして、非常に不愉快だとカイザーは思った。
「アイツも転生者か?」
「そのようだけど、マイナーポケモンを使う自分に酔っているような奴に用は無い。こっちに引き入れても、どうせ足でまといになるだけだ」
「そりゃそうだ」
別の場所で他のポケモントレーナー達と戦っていた暴走族一同が、カイザーの元に合流してくる。カイザーが先の少年を追い出したことによって、塔内に居る人物はほとんど彼らだけとなった。
「ジャック、街はどうだ?」
「ロケット団員の姿は無いってよ。あんたを疑うわけじゃないが、本当に奴らが来ると思うか?」
「当たり前だ。ロケット団のボスは転生者だ。この塔にスイクンとライコウが居ると知っていながら、狙ってこないわけがない」
「……一匹、意図的にスルーしてねぇか?」
「気のせいだ」
「気のせいだな」
伝説のポケモン目当てに集まってきた雑魚共をほぼ一掃した今、この塔は彼らが支配したと言っても良いだろう。
これで心置きなく伝説のポケモン二匹と対峙出来るというわけだが、カイザーの本当の目的は伝説ポケモンの捕獲ではなかった。
伝説のポケモンを狙って現れるであろう彼ら――怨敵「ロケット団」の打倒である。
「奴らとやりあう前の良い準備運動にはなったな」
「元気の欠片を三つも消費しておいて良く言う」
「だがこれでわかった。俺達は、同じ転生者の中でも強い方だってことがな」
「ボクを誰だと思っているんだ? ポケモントレーナー如きがポケモンカイザーに勝てるわけないだろう」
後は彼らを待つのみだ。首領自ら趣いてくれるのなら最高、幹部クラスでも上等である。アジトから出てきた彼らに「復讐」を果たし、二度と生き返らないように息の根を止める。それで彼の、「ポケモンカイザー」としての戦いは終わりだ。
……やっと、終わるのだ。
「クエーッ!」
「お前も嬉しいかおしょう。今まであまり構ってやれなくて済まなかったな。だけど、それもこれまでだ」
肩に乗りかかってきた幼馴染のポケモン――「おしょう」と名付けたカモネギの頭を撫でながら、カイザーは柔和に微笑む。
――そして、時は来た。
一応言っておきますが、この作品にアンチなどという難しい要素はありません。