暇つぶしと言って、真っ先に思い浮かんだのはテレビを観ることだった。
しかし平日の昼間では大して面白い番組はやっておらず、イツキとしてはあまり暇つぶしと呼べる時間にはならなかった。
そこで思い出したのが、まだ観ていないアニメが自宅に溜め込まれていたことである。
今までは折角録画しても仕事やネイティの子育てが忙しい為に観る時間が無かったのだが、これは溜め込んだアニメを一気に鑑賞する良い機会なのかもしれない。丁度良いことに病室のテレビの下には、是非使ってくださいと言わんばかりにDVDレコーダーが配置されていた。
思い立ったが吉日。早速イツキは自宅に戻って録画しておいたDVDを持ってくるようネイティオに命じた。その際、留守番中のジャスティとネイティも一緒に連れてくるようにとも。
傍目からは相棒たるポケモンをパシリにしているようにも見えようが、ネイティオのアスランは嬉々として「ウオオオオオッ!」と叫ぶと、イツキの自宅に向かって「テレポート」を発動した。
彼が息子のネイティと妻のジャスティを連れて病室に戻ってきたのは、それから二分後のことだった。
「流石、ありがとうアスラン。みんなも一緒に観る?」
アスランの嘴には数枚のディスクがくわえられていた。それは正しくイツキが録画したまま放置していたアニメのDVDだった。
そのアニメは「読書好きな友人」が一押しの、ライトノベルを原作にした深夜アニメである。イツキはネイティ系愛好家にして、アニオタ野郎だったのだ。
「いや~ずっと観たかったんだよね、「赤眼のファイア」。あと数話で最終回だったと思うから、この際全部観てしまおう」
形はどうであれ、四天王であるイツキにはこうしてのんびり出来る時間は多くない。他の三人には申し訳ないとは思うが、折角なので今はこの時間を有意義に過ごしていこうとイツキは決めた。
彼らの出現は突然だった。
先まで誰も居なかった筈の空間に何十人もの黒い軍勢が現れたその時、クリスは大きく溜息をついた。一人ひとりがケーシィを連れているところを見ると、どうやら彼らは「テレポート」を使って移動してきたらしい。
「なんてこったい……」
嫌な予感はもうずっとしていたが、ゴールドとシルバーを伴って焼けた塔を訪れてみれば案の定これである。またしても大変なことが起こると悟ったクリスは、虚ろな目でそう呟いた。
インフレバトルに自分が巻き込まれることを恐れ、クリスはこの焼けた塔だけには絶対に行きたくないと思っていたのだが、伝説のポケモンを捕まえたいというゴールドの意志を尊重してなんだかんだで彼女もここを訪れていた。口では嫌だ嫌だと言っているが、結局彼女もポケモントレーナーなのである。やはり伝説のポケモンには興味があったのだ。俗に言う非介入詐欺転生者だった。
「野郎共っ! であえー! であえェェェイッ!!」
黒い軍勢が彼女らの前に現れた瞬間、元から塔内に居たらしいお馴染みのモヒカン達が一斉にバイクを走らせながら飛び掛っていった。
「ヒャッハー!」
「犯罪者はDANZAIだぁーっ!」
重要文化財の中でバイクを走らせている彼らも立派な犯罪者だと思うのだが、それを指摘するのは野暮というものである。
彼らが黒い軍勢――ポケモンマフィア「ロケット団」の団員に向ける眼差しには、まるで親の仇に対するような憎しみが込められていた。その様子からクリスは、悪党同士何かと仲が悪いのだろうと投げやりに推測した。
「えー」
「なんだこれは……」
一方、自分達が塔に入ったと同時に始まったその光景に、ゴールドとシルバーは状況を飲み込めていないようだった。二人とも口をぽかんと開けながら、モヒカン軍団とロケット団員の闘争を眺めていた。
もちろんクリスにも、これがどういう状況なのか飲み込めていない。彼女がそれでも比較的落ち着いているのは、早々に考えることを放棄したからである。何故こんなことが起こっているのか考えるのではなく、目の前にあるものを見て何をするかが大事だと気付いたからだ。一々考えていたら身が持たない。それどころか、ここは自分も「ヒャッハー!」と叫んで彼らの戦いに介入するぐらいの気概が必要なのだ。もちろん、クリスはやらないが。
クリスは同年代の少年達なら思わずドキッと来るかもしれないほどのイイ笑顔を浮かべると、ゴールドとシルバーに向き合って言った。
「さあ、帰ろう!」
焼けた塔の中には伝説のポケモンが居ると思っていたが、そんなことはなかった。
伝説のポケモンの姿は、文字通り影も形も無かったのだ。その代わりモヒカン軍団とロケット団員が居たような気がしたが、クリスは何も見なかった。見なかったら見なかった。
「え、えっとちょっと……!?」
「さあ帰ろう! ジムはまだ開いてないみたいだから、開くまでポケモンセンターでUNOしようよ! 私強いんだよ? ほらシルバー君も!」
「お、おい!」
ゴールドとシルバーの腕を引っ張りながら、クリスは出口へと引き返していく。
「サンダース! 雷!」
「スターミー! ハイドロポンプ!」
「ブーバーン! オーバーヒート!」
「ドサイドン! ストーンエッジ!」
「ポリゴンZ! 破壊光線!」
「カイリュー! 逆鱗っ!」
後ろの方では何やらスゴいポケモン達がえげつない技をぶっ放し合っているようだが、クリスは振り返らない。振り返ればきっとアレに巻き込まれる。それだけはあってはならないのだ。
暴走族とロケット団のくせに強すぎだろアイツらとか、この塔ごと消す気かベジータ!とか言いたいことは色々あったが、考えることをやめたクリスはただ本能のまま「逃走」の二文字を選んだ。このまま何も見なかったことにしておけば、自分達だけはアレに巻き込まれなくて済む。伝説のポケモンなど、もうどうでも良かった。
――しかし、世界意志はそれを許さなかった。
彼女が出口へ向かって駆け抜けようとした瞬間、あまりにも不自然に、その足場が崩れたのだ。
「ぬわーーっっ!!」
作りこまれた落とし穴にまんまと引っ掛かる在りし日のリセットボーイのように、彼ら三人は塔の一階から地下深くへと落下していった。
アニメ鑑賞を始めてから、早くも二時間が過ぎようとしていた。
イツキが溜め込んでいたディスクもこれで残るは一枚となり、そのアニメの最終回を彼は正座しながら再生した。
「ごくり……」
息を飲みながら、イツキは無言で画面を直視する。同席している二匹のネイティオとその子のネイティも、全員が食入いるようにテレビ画面を眺めていた。
最終回故に放送時間ギリギリまで内容を詰め込んだ結果か、今回はオープニングソングは流れない。ただ静かに、そのアニメのタイトルが浮かび上がってくるだけだった。
これは己が掲げる一つの目的の為に全てを捨ててラスボスと化した主人公と、そんな主人公のことを必死で止めようとするヒロイン「ファイア」が正義と愛の下に相対する物語である。
遂にここまで来たか……と原作からこの作品を読み込んでいたイツキの心は、現在深い感慨に覆われていた。
《僕はチャンピオンを超える! モンスターボールの廃止を訴え、ポケモンの解放を呼びかけよう!》
《ポケモンを悪用する組織を滅ぼしただけじゃ不服なの!?》
《僕の望みはその戦いの先! 人間とポケモンの共存だ!》
互いに譲れぬ思いを抱えながら、二人は最終最後のポケモンバトルを繰り広げる。
作画や演出、どれを取っても凄まじいレベルの戦闘シーンに、イツキは瞬きすら出来ない。
《決して夢幻なんかじゃない、実現の可能性はポケモンが示してくれた! 何千年共に暮らす間に、彼らは人間を認め、素晴らしいと思うようになっていた。だから、アルセリスに同じ形の世界を願った! その創造の瞬間、彼らはそれでいいと思ってくれた!》
この作品はこのような戦闘はもちろんのこと、恋愛などの青春要素に加え、現実世界での問題に対するテーマも多く取り込んでいた。イツキは「読書好きな友人」に奨められてもあまりライトノベルを読む方ではないのだが、この作品だけはそう言った要素を好んで原作を読破したものである。
やはり、お互いの主張と主張をぶつけ合う作品は実に面白い。
この時イツキは完全にテレビ画面に釘付けになっており、仕事のこともすっかり頭から離れていた。
故に、気づけなかった。
その背後に、どす黒いオーラを纏った三人の同業者が仁王立ちしていたことに。
火山ポケモンエンテイ。雷ポケモンライコウ。そして、オーロラポケモンスイクン。その三匹は、焼けた塔で生まれた三聖獣と呼ばれる伝説のポケモンだった。
その呼び名に相応しく、三匹は三匹とも普通のポケモンには無いような、ただならぬ風格を漂わせていた。
「コイツらが、伝説のポケモン……」
「凄い……」
「何が凄いかってゴールドの主人公補正が凄いよね……」
不自然にも床が崩壊した時はもしやと思ったが、やはりどうあってもゴールドは主人公のようだ。
十年もの年月によって忘れかけていた「原作知識」を呼び起こしたクリスは、現地に来て初めてこの焼けた塔に地下があったことを思い出した。
そして、彼女らが落下したその地下にこそ、三匹の伝説のポケモンが居るのだということを。
高台の上で静かに鎮座していた三匹が、彼女らの存在に気づく。
その瞬間、咆哮を上げたエンテイが西へと、ライコウが東へとそれぞれ物凄いスピードで走り去っていった。
ただ一匹、スイクンだけがその場に残り、こちらを眺めていた。
「あー、やっぱりゴールドを見てるわ」
「えっ、僕!?」
「チッ、気に入らない奴だ」
スイクンは鋭利ながらも澄んだ眼差しでゴールドの目を見つめている。クリスは流石主人公だなと苦笑いを浮かべ、シルバーは自分ではなく彼に興味が向いていることをつまらなそうに吐いた。
それにしても、美しい姿である。
クリスは前世の知識から予め伝説のポケモンがどのような姿をしているのか知っていたのだが、そんな彼女すら言葉が見つからないほどにスイクンは美しい姿をしていた。
戦わずに、一秒でも長くこの姿を拝んでいたいものである。スイクンを前にしたクリスはそんな感想を抱いたが、突如乱入してきた部外者によってその希望は容易く打ち砕かれた。
――それは、弾丸のような速さだった。
どこからともなく「マルマイン」が出現し、鎮座していたスイクンに向かって突っ込んできたのである。
またしても目の前で起こった突然の出来事にいち早く反応したのは、今度はクリスではなくシルバーだった。
「誰だ!?」
マルマインなどというポケモンは、当然だが焼けた塔には生息していない。故にこのマルマインが野生のポケモンではなくポケモントレーナー所有のポケモンであることは、確定的に明らかだった。
どこかに居るであろう何者かのポケモントレーナーに向かって放ったシルバーの言葉に、若い男の声が返された。
「クリステル・ミナキング……」
穴の空いた天井――丁度クリス達が落ちてきたその場所から、全身青タイツの男が降臨する。
「スイクンの存在に心奪われた男だ!」
男が着地と同時にどこかで聞いたことがあるような名乗りを上げた瞬間、ゴールドとシルバーは身構え、クリスは頭痛を催した。