「お前ら…人間じゃあないな?」
武器…剣を構えた男は、全身から警戒心からの敵意を全開で彼女らに放ちつつ、睨みつける。
そこそこ整った顔立ち、黄緑の短髪、そして瞳の色は黄色という、やはり現実的には有り得ないような色合いの、20代半ばくらいの男だ。
その男を見た三人はといえば、驚いて目を見開いていた。
「えっ、あっ、人間?てか人!?誰!?」
「ゴブじゃないんだよな?人間?え?誰か状況説明プリーズ」
「うわー最低女の子見てまず剣を向けるとかないわーないない、男の風上にも置けないどころかこりゃクズだねクズ。ウチこーゆー男大っっっっっっ嫌いだわぁ」
「何なんだこいつら!?なんで俺こんな罵倒されてんの!?」
敵意が一瞬で霧散した。
3人のコミュ力のなさが露呈している。
いきなり黎々に罵倒を受けた可哀想な男は、仕方がないというように盛大なため息を吐いた後、剣を腰の鞘へと収めた。
「あのなぁ、どっから来たかはしんねーが、ここは人間国、グラウディアだぜ?見た所、獣人、魔人、竜人だろ、あんたら。今の俺の態度の方が異質だからな?分かってるか?」
男のその言葉に、3人はあぁ、と納得する。
ゲームの中での人間国グラウディアといえば、他種族のプレイヤーにとって不利なことばかりで、しっかりと設定通りだとはいえ酷すぎないかと話題になった国だ。
そこは他種族排他主義で、他種族のNPCはほぼ居らず、いても奴隷として登場することしかない。人間族のプレイヤーにとっては物が比較的安く、そこそこ領地も広いために便利な国であった。
しかし、他の種族にとっては違った。
人間至上主義という言葉の通り、人間とは違う種族を徹底的に排除しようとするその風潮を忠実に再現した設定のその国は、他種族に対してはアイテムが割高になったり、受けられるクエストが減っていたり等、とにかくいろいろ悲惨なのだ。
3人は、たまたま人間国で一緒にクエストを受けたことを思い出した。折角受けたクエストをクリアした時のNPCの言葉が、「亜人の癖に俺を待たせるとは何事だ!?全く、これだから亜人は嫌なんだよ…!報酬は払うから、とっととこの国から出てけ!」だった為に半分トラウマと化している思い出だ。
そんな感じの苦い思い出に顔を見合わせて苦笑した後、今度は目の前の男に向き直ると、改めて疑問をぶつけた。
「んで、あんたが人間国でも、差別意識をあまり持っていない奴だとは分かった」
「でも、名前知らないんだけど。何でここ来たの?」
「ちなみに、ウチらはあの銀色のが釧夜、こっちのピンクが和玖、ウチが黎々だよ!早く名乗らないと女の子に刃を向ける最底辺男って何処でも大声で呼び始めるよ?」
「何で絶対罵倒してくんのお前!?俺なんか悪いことしたか!?めっちゃくちゃ優しくしてると思ってんだけど!?後、俺はフレイルだ!!」
可哀想なフレイル。だが1度黎々に目をつけられれば、もう逃れることは出来ないだろう。ご愁傷さまである。
「俺は冒険者なんだ。最近この辺りでゴブリン被害が多くて、少し駆除に来たんだよ。そしたら、なんか声がしたからここへ来たんだ。もし駆け出しとかだとしたら、放置しとくのも俺的には…な。」
どうやら、フレイルという青年はとても心優しい男のようだ。
とりあえず敵意が無いことをお互いに確認し、ここで会ったのも何かの縁、とばかりに3人はフレイルに質問をぶつけた。
「ここから一番近い街って…どこ?」
「ん?あぁ、それはだな、俺が拠点にしてる、カールライルっつー街だな。ちなみに、多少の地理はわかるか?」
「分かるはずがない」
「堂々としてんな!?あー、まあいい、カールライルはベネット辺境伯が治めてるベネット領の主要都市だ。…そう思うと、お前ら結構悲惨だな、亜人なのにこの領に迷い込むなんてよ」
「え?何で?」
「そりゃ、ベネット辺境伯は亜人を人として見てねーからな。俺からしちゃ、そういうのは分からんが、なんでも、昔亜人絡みでなんかあったらしい。だから、ベネット領では、奴隷でしか亜人が居ないんだよ。」
「「「ほー」」」
「お前ら聞いてた!?俺の話!!」
「うんうん、聞いてた聞いてた」
和玖が頷きながら返事をする。ちゃんと返事が来たのにフレイルは驚いた。しかし、それがほぼ聞いていないことを意味する適当な返事だということには気付けなかったようだ。
「半分くらい」
釧夜は真顔で、フレイルを見据えながら…と見せかけつつ、かなり遠い目をしながらも素直に答えていた。
「男にすら成れない奴の話を聞くとでも?」
黎々は…通常運転だ。フレイルを1度でも敵視してからは、相手が男というのも相まって扱いが雑になっている。
「なんで口を開きゃ毎回俺を罵倒してくんの!?ねえお前なんなの!?俺がそんなに嫌いか!?」
「いや別に?」
煽りに煽りまくっている黎々であった。本人はとても楽しそうに、サディスティックな笑みを浮かべている。
一方のフレイルはといえば、小声で、「落ち着け…落ち着け、俺…相手は俺より年下なんだ…」と、ぶつぶつ呟いていた。
頑張れフレイル、負けるな。
「んーとさ、フレイル」
「あ?なんだよ」
釧夜が口を開くと、フレイルは気だるさを隠しもしない態度で受け答える。そんなことで異世界人はキレなかった。ただ、1人には同じことをすると数十倍の嫌がらせで帰ってくるであろうが…
「この世界にある国ってさ、人間王国グラウディア、魔王国ネイシス、獣王国レッグルーク、龍神国ヴェルファ、妖精国フェルシード…で間違いないか?」
釧夜が言ったのは、元あったゲームでの、各種族が属する国の名前だ。
「当然だろ?どんな辺境から出てきたんだ?いやここ辺境だけど」
フレイルは、そんな釧夜の質問に即答で返す。
それによりほぼ置かれた状況を理解した3人は、これからどうしようか、と思考を巡らせ始めた。
選択肢がそうある訳でもないのだが。
彼女らには、現在戦う術がほとんど無いと言っていい。それは魔物が蔓延っているであろうこの世界で、実に不利な事実であった。ゲームのアバターの姿には成っているものの、ゲームで得た能力が使えないのだ。もし使えていれば、先程の戦闘ももっとスムーズに出来ただろう。それぞれ主要武器のスキルだって、魔法のスキルだって、持っているのだから。
「じゃあ、もう一つ。スキルとか、ステータスとかって、見れるものか?」
「それこそ何言ってんだよ?流石に本気じゃねぇよな?勿論見れるに決まってんだろ。ステータスオープンって言えば誰でも確認できるさ。スキルが無かったら、俺らは魔物と戦えてねぇぞ?」
「ん、そう。あざます」
頭おかしいのかお前、と目で訴えてくるフレイルから目を逸らした釧夜は、フレイルがさらっとこぼしたステータスの見方を2人にも話す。直ぐに3人で実践することにした。
フレイルは放置である。
「…ステータス、オープン」
言葉を呟いた直後、三人それぞれの目の前に現れたのは、ホログラムのような、半透明の深い緑色の画面。
それは、見慣れたゲームの、メニュー画面だった。
「いやこれステータスちゃうし」
「お、落ち着いて黎々!!ステータスも見れるから良いんだよ!余計な項目多いけど!」
「すげぇ、思念操作?が出来る!おおお、インベントリとかも見れんぞ?何これ、使えんのか…?てか使えたらチートじゃね?俺らレベル1だけど」
どうやら、3人のステータスは全員レベル1、初期状態に戻っているらしい。名前の欄は、それぞれゲームアバターの名前、つまりは和玖、黎々、釧夜と言った具合だ。
だが、自分がレベル1と分かったところでどうしようもないこの現状。
そんな現状に、軽くため息を吐いた釧夜が、何かを見つけたらしかった。
「…ん?“完全適応化”?何だ、それ」
本来ならばログアウトの項目があるはずの場所に、完全適応化の文字を見つけたのだ。3人とも、ゲームはやり込んでいる。メニューのログアウトの場所など、見間違えるはずもない。
興味本位で、彼女はその項目を選択してしまった。
途端、
「っ!?う、ぐあぁぁぁっ!?あぁあっ、うぁぁぁぁああッ!!!」
地面に倒れ込み、頭を抑えて、苦しそうに叫び声を上げ始めた。
「釧夜!?」
「え、何こいつどうしたの!?」
「お、おいお前、大丈夫…じゃないよな!?何があった!?」
「「私らが知るか!!」」
この世界に、彼女らよりも精通しているであろうフレイルから見ても、釧夜の異常はよく分からないらしい。
和玖、黎々、フレイルの3人は、一応釧夜の心配もしつつ、雑談(フレイルが罵倒されるのが8割であったか)をして、釧夜が静かになるのを待った。
待つこと約5分ほど。
遂に釧夜が静かになり、自力で呼吸を整え始める。
「っ…はぁっ、はあっ、ふぅぅ…」
「ちょっと釧夜、大丈夫?」
「ん、あぁ、だいじょーぶ…あー、死ぬかと思ったわ…」
「何でいきなりああなったの?フレイルが何かしたの?」
「ちげぇよ!?待て待て、いくらお前らが気に食わなくとも、俺は年下にゃ手は出さねぇって決めてんだよ!!」
「あぁそう。じゃあ釧夜、何したの?」
「んーと…」
釧夜はそこで一呼吸を置いて、頭を掻きながら困ったように眉を下げて、笑った。
「通過儀礼、みたいな?」
「いや意味わかんない」
「俺も正直、良くわかんねーんだよ!でも、断片だけ流れてきた。適応化、だったか。多分、魂と体の、完全な適応化…んで、世界への適応化、向こうとこっちは何か、が完全に違って、それを適応化させたんなら、それは、もう、戻れない…?」
「痛い」
「ねぇ黎々さん!?俺が何したって!?」
釧夜が考えていることを駄々漏れにしていたのが煩かったのか、黎々がばっさりと一言で切り捨てていた。
地味に言葉のナイフが突き刺さり、項垂れる釧夜の背をさすりながら、流石に見ていられなくなったのであろう和玖が声をかける。
「大丈夫、お前の厨二病が重症なのは伝わったよ!」
「なんにも大丈夫じゃないだと!?」
ざっくりと止めを刺していた。
友達でも、するべき止めは刺してしまうのが彼女らのスタンスである。
と、ここで釧夜がなにやら落ち込んでいるのであろうということを察したフレイルが、釧夜の頭へと手を伸ばしていた。
「な、何かよく分からんが…大変だったな…?」
「ううぅ、フレイルぅぅ〜!!くそっ、現地の人はこうも優しいのに、黎々と和玖の鬼ー!」
「いやそれはお前の師範だろ」
「うるせぇぇ!!師範は鬼人だけどそういう意味じゃねぇ!
」
「「うん知ってた」」
「遂に俺まで煽ってくるようになりやがった!!」
師範とは、釧夜と仲の良い、ゲーム内でのある男の話だ。今ここでの説明は割愛させていただく。
「…まあ、それは置いといてな、いいから二人共、メニュー出して、ログアウトがあったはずのとこにある完全適応化っつー項目選べ。めっちゃくちゃ頭痛くなるけど、死なない程度にはなってるみたいだから」
「安心できないねその言葉」
「頭痛いんでしょー?うわ、嫌だなぁ…叫ぶだろうし、モンスターとかも寄ってくるだろうし」
「安心しろ。今の俺と、多分フレイルが居りゃ、そこいらの雑魚にゃ負けねーよ」
少しだけ不安に思いつつ、和玖と黎々も完全適応化を行った。結果的にやるところが、彼女らが友達であり、互いに信頼しているということなのだろう。
2人分の甲高い絶叫が響き渡り、すぐにゴブリン十匹が近い数茂みからその姿を現す。
「チッ、やっぱ来やがったか!おい、えーと、センヤ。あの数、やれるか?」
1人四匹は相手にしなければならないこの状況で、フレイルは釧夜に問いかける。もし出来なさそうなら、できそうな数だけそちらにやり、残りは自分で始末しようという心積りからの言葉だ。優しくお節介な彼の、後輩指導のつもりだった。
しかし釧夜は、ふん、と鼻を鳴らす。
「何を言うかフレイル。さっきまでの俺たぁ違うんだ、余裕だな」
言うなり、駆け出す釧夜。
「あっこら、アホ!先走るな!」
等と注意を促すフレイルには一切振り向かず、釧夜はゴブリンの群れの中心に躍り出た。
「行くぜぇ、砕け散れ、《ゾーンスラッシュ》!」
叫びながら、釧夜は素早く槍を下の方、石突きに近い部分に持ち替え、そのまま1歩踏み出して、槍を横薙に、力まかせに振り抜いた。
「どっ、せぇぇぇぇいっ!!!」
その一撃で一気に数匹のゴブリンを消失させると、釧夜はまだ残っていた三匹と距離を詰め、先程の戦闘よりも素早く、そして躊躇なく、ゴブリンを貫いていく。
「ラストぉっ、《三段突き》っ!」
釧夜が、最後の一匹のゴブリンに高速でオーバーキル気味な三段の攻撃を仕掛け、その戦闘は終わった。丁度、和玖と黎々も痛みから開放されたようで、なんとか地面に座り込んでいる。
「…そーゆーことね。何が言いたかったかは分かったよ、釧夜」
「おお、良かったわ」
「まさか本当の意味で、このアバターに魂を合わせるって…どこの神様の所業?そりゃあ、頭も痛くなるよ。だって中身のウチらには培ってきたスキルの知識は何一つとして入ってないんだもん、辻褄合わせが大変なことになるってのも頷けるわー…」
完全適応化と言うのは、彼女らの現在の体であるアバターに、魂…つまり、時空とかその他諸々を越えてこの世界に来て、未だ馴染んでいないその魂を、定着させるためのものだったようだ。
彼女らアバターのステータスとしては、大量のスキルがあり、それはゲームであった頃から引き継がれているものだ。しかし、彼女ら自身にそのスキルの知識など無かった。それを、強引に魂を体と合わせた結果、足りない知識の部分を体から魂へと移行させ、完全にスキルを使える状態へと一気に引き上げたのだった。
1度に大量の情報が脳に流れ込んできた為に、痛みを伴ったのである。
「何言ってるか分かんねぇが…もう大丈夫ってことか?」
「うん、そうだね、大丈夫。突然苦しみ出す事はないかなー」
「てことでフレイル、俺らをカールライルまで案内ヨロシク!」
「か弱い女の子3人をまさかこんな所に放置したり…しないよね?」
そこまで言ったところで、フレイルが、ん?と首を傾げる。
「…女?センヤって女なのか?」
釧夜の見た目は、ほぼ男だった。胸はなく、目付きも柔らかいとは到底言えないようなもので、中々女だとは気付かないだろう。
「悪いか、女だ!!」
間違えられる事は向こうから慣れてるとはいえ、やはり訂正する時は腹いせにか叫ぶ釧夜。
「ふーん、そっか、悪かったな」
「許してしんぜよう」
「何だその態度!?」
やはり真面目な方向には行かない話を遮るように、フレイルが1度咳払いをする。
喧嘩腰に彼を見た3人だが、その表情は、今回ばかりは真剣そのものだったために、とりあえず静かに話を聞くことにした。
「お前らさ、分かってんのか?カールライルはベネット辺境伯の領地、それも辺境伯直々に治めている都市だ…つまり」
一度言葉を区切り、一呼吸を置いてからフレイルはまた口を開いた。
「お前ら亜人が入れるわけ、ねーだろーが」