泥で裾が汚れるのにも茨のトゲがズボンを切り裂いていくのも気にせず森の中を走り抜ける。
後ろ数百メートルには追っ手が複数。ぱっと数えたところ三十人程度だったかな。いや、もっと居たかもしれない。
手遅れになる前に城を抜け出せて良かった。疲れたから、そろそろ茂みか洞窟にでも隠れて休憩しよう。国境はまだ遠い。
◆◇◆◇◆◇
辺りはすっかり暗くなり空には満天の星が瞬き始めた頃。
「んで?お兄さんはこいつらの保護者ってことでいいのか?」
フレイルが不思議そうにノリタカを見る。初対面の人に戸惑いつつも頬を掻きながらノリタカが答える。
「ネトゲ時代に交流があったって感じかな。和玖ちは前にうちにいた子で黎ちはお店経営していた子だよね?」
「そうですそうです!ご無事…そうって感じじゃないですけどまあお元気でよかったです!」
「師範!俺にも構ってください!!」
「わかってるよ。ほらほら、おいで?」
「師範んんんん!」
完全に蚊帳の外になっていたフレイルが呆れた顔をしながら、和玖の服の裾を引っ張る。
「えっとさ…あの人、誰?」
「あぁ、ノリタカさん。通称ノリさんもしくは師範。ギルドのマスターやってたりしてる人。なんだかんだでお世話になってるんだよねー」
「それでなんであのバカはあんな風に……」
フレイルの視線の先には大型犬のようにノリタカに構ってもらおうと必死になっている釧夜。犬のフサフサとした尻尾が幻覚で見えるようなくらいにはしゃぎ、辺りにはハートが飛び交っている。
「昔から心酔してたからね。なんであそこまでなったのかは知らないけど」
「へぇ…」
ノリタカを苦笑させるほどのテンションで抱きつく釧夜に対して明らかにドン引きした視線を釧夜に向けるフレイル。その背中に黎々の膝蹴りが跳ぶ。
「いってえ!なんだよ…」
「そろそろ暗くなってきたし、ここら辺に街はないの?森の中で野宿は嫌なんだけど」
「ここから先はもう亜人国まで街はないぜ、しかも結構遠いしな。人間国の街にはさっきあんなに暴れておいて泊まれるとは思ってないだろ?…思ってないよな?」
「馬鹿にしないで?そのくらいの分別はついてる」
「じゃあ野宿で文句ないよな」
2人の間で火花が散り今にも黎々がフレイルに向かって銃を構えた時、二人の間に強引に入りながら和玖が困ったように手を上げた。
「野宿するんならテントとかあるの?さすがに葉っぱのベッドで眠るなんて嫌だよ」
「テントは2つあるからな、男女で分ければ平気だろ。あいつがちゃんと納得するかはわからないけど」
「そこは私達が引っ張ってくるから問題ないね。黎々はテントでも駄目?」
「それなら…まあ…」
しぶしぶ頷く黎々を和玖が慰める傍ら、ノリタカに頭を撫でられて興奮する釧夜。元々あまり居心地がさらに悪くなったフレイルは手持ち無沙汰だからと荷物を漁る。鞄の底に仕舞われた大量の宝石にため息を吐いた。
「これ盗人だよなぁ…」
◆◇◆◇◆◇
多少開けた場所にストレージから出したテントを張った後、夕飯として焚き火を囲んで近くにいたモンスターの肉を焼きはじめたフレイルに震えた声で尋ねる。
「それ…食べるの?正気?」
さも当然のように答えるフレイルに和玖が続けて聞く。目の前にならぶ10分ほど前までゴブリンとして動いていた肉塊数個は、緑色の血液と脂を滴らせながらこんがりと焼けていた。
「ゲテモノってレベルじゃないよね?」
「これくらいしか食べるものはないぞ」
「もっとほら…小動物の肉とか果物とかさ」
「そんなものこの森にはないな。人間の瘴気が溜まりやすいからゴブリンくらいしか居着かない」
確かに辺りを見渡しても生っている果物は虫喰いだらけか、明らかに色が毒だと主張しているものしかない。動いているものだって虫以外にはゴブリンしか見かけなかった。
「うえぇ…まじか…」
「ほら、ハイ状態だった釧夜まで戻るくらいにひどいじゃん!どうにかしないと!」
「料理スキル持ちでもこれは無理だな」
平然とした顔で焼けた肉を頬張るフレイルを見ながら渋々口に運ぶ。苦さと酸っぱさが強く、とても不味い。脂はギトギトしていて普通に食べれるようなものではない。
「あんた…味覚障害なんじゃないの…」
「慣れればそれなりに美味いぞ」
言葉の通りフレイルの表情はとても不味いものを食べているようなものではなく、至極当たり前だと言いたげなものだった。
◆◇◆◇◆◇
焚き火も消し、そろそろ寝ようかといった頃合いで、ノリタカが立ち上がった。
「ちょっとそこら辺散歩してくるね」
「師範!俺もお供します!」
飛びかかりそうな勢いで釧夜も立ち上がったが、ノリタカに優しく宥められる。
「ちょっと一人で歩きたいからさ、ごめんね?」
「そういうことなら…でも危ないのですぐ帰ってきてくださいね」
背を向けて手を振りながら森の奥へ消えていくノリタカをじっと見つめて息を吐いた。奴隷にされて凌辱なんてされたんだ。一人で色々考えたいことがあるに違いないけれど、もしまた師範に何かあったら…。嫌なことばかり浮かんでくる頭を振って、黎々と和玖が眠っているテントに戻った。
「にしても…どうしてこんなことになったんだろうな」
一人でぽつんと呟いた言葉は夜の闇に消えていった。他よりも高い位置にあるこの崖からは星空と森が一望できる。ここは深い森の中、本来ならば魔法を使わない限り闇に包まれている。それなのに視認できるほどの森の一部が赤く染まっていた。一部だと思った光はどんどん辺りを侵食していき、やがては森を囲み始めた。森が燃えている。
「うそだろ…なんで…」
呆然とするノリタカの頭を過ぎったのは問題ばかり起こす3人娘だった。あの子達が寝ている方までは今は炎が廻っていないが、それも時間の問題だろう。急いで戻ろうと振り返ったノリタカの近くで、小さく呻き声が聞こえた。
「うぅ…」
近くの大木の陰で目を抑えながら蹲っていたのは金髪の青年だった。ぼろのローブを着ており、腕や脚には少し出血した跡が残っている。
「君はだれ?」
「え…城の追っ手…?嫌だ、嫌だ、来ないで…!」
しゃがんで青年の顔を覗き込んだノリタカを見ると同時に身体を引きづって遠ざかる青年。だが疲れが限界だったのだろうか数センチ身体を引きづった後、意識を失ってしまった。困惑したノリタカの鼻に飛び込むのは焦げ臭い煙。炎がすぐそこまでやってきている。
「仕方ないなあ…っと」
気を失った青年を肩に担いで来た道を駆けて戻る。この子が誰か分からないけれど、困っているようだし助けようと呟いたノリタカの後ろでは炎を纏った木が崩れ落ちていた。
◆◇◆◇◆◇
「みんな無事かな!?」
息を切らせて駆け戻ってきた師範に驚いた表情をした釧夜が近付く。肩に担がれている長身の男を受け取り、慌てながら聞いた。
「師範!どうなさったんですか!?あとこの男は
誰ですか!?」
「この森さ、燃えてるんだ!はやく逃げて!その子は拾った!」
「燃えて…!?あと拾ったってなんですか!?」
「その話はあとで!はやく!」
ノリタカに急かされた釧夜はテントを引き上げ黎々と和玖をたたき起こす。その間にノリタカはフレイルを起こし、状況を軽く説明した後に青年を担ぎ直した。
「お前ら起きろ!森が燃えてるって!」
「あと30分寝かせて…」
「30分経ったらお前は灰だ!早く起きろ!」
たたき起こされた2人は不機嫌そうに釧夜を睨む。しかし必死な表情の釧夜を見て理解したのか顔色を変えた。
「わかった、テントをストレージにしまって」
「武器は持ってるよね?早く行こう」
ストレージに収納したテントが消え、周回の明るさに驚く。真夜中のはずなのにまるで昼間のように明るい。すぐそこまで炎が迫っていることを察知した一行はまだ無事な亜人国側に向かって走り出した。