「あぁもう、火の回りが速いな…!」
背後で燃え盛る森の熱気を感じながら、ノリタカは舌打ちする。
彼は元々、消防士であった。しかも結構田舎の。山火事やら何やらに多少は対応したこともあるこの四十のオッサンは、火の回りがあまりにも速いことに驚いていた。多少燃えやすい、燃えにくいの差はあれど、そして異世界であれど、木は水を吸って生きるものだ。それなのに、枯れ木同様に次々と燃え移っている。今は雪も降っておらず、普通に野営が出来ることから冬ではないと推測できる。それに、そこまで空気も乾燥はしていない。
「…もしかして、魔法かねぇ?」
暢気に声に出しては見たものの、つまりそれは人災であるということだろう。放火ということになる。誰が、何のために。
「ノリさん?何か言いました?」
ノリタカの隣を走っていた和玖が、ノリタカに声をかける。
「あぁいや、これ多分人災だと思ってね。資源のはずの木材燃やす意味が分からないけど、もしかしたら何かを殺すために、もしくは追い詰めるために燃やしてるんじゃないかと思って」
「追い詰めるため…?あー、そっか、なんか火の回りが速いですもんね。私らの走る速度と同じくらいって相当ですよ」
ちなみに、何故和玖がノリタカの隣を走っているのかと言えば、かの師範大好きわんこが先行して走って道を作っているから、というだけである。
「おらおらどけどけ植物共ォ!!退かねぇならたたっ斬るぞォォォォォ!!!!!」
わんこのテンションが異常に高い。自分で動くことのない植物に向かって退けと叫んでしまうくらいには。このテンションには特に意味は無い。
今の釧夜の得物はフレイルが持っていた剣だった。理由として、木のようなかたいものを切るという役目、槍には荷が重いことが挙げられる。突き刺すのを目的としている槍では、植物を断ち切るのには向いていなかったのだ。代わりと言ってはなんだが、フレイルには釧夜の槍を貸している。受け取った時のフレイルの反応はといえば…
「は?ちょおまこれっ、待て待て待てこれこれこれアーティファクトって呼ばれてるもんじゃねぇの普通の冒険者なんかじゃ手も出ないような奴だろお前みたいなやつが放り投げていい代物じゃないだろ!?」
釧夜の槍は、ゲーム時代のそれこそトレードすら不可能とされるような武器だ。他の者も概ねそんな感じの武器ばかりなのだが。この世界でもそれはかなりの価値を持っているらしく、フレイルは慌てつつも恐る恐るその槍を握りしめた後、驚いたような表情をしてから何回か振り回していた。危ないと突っ込む者も居なかった。
「すっげぇ、これがアーティファクトってやつかぁ…」
「何に感動してんだよ?すげー武器に決まってんだろ、俺がめっちゃ苦労してランキング1位になって手に入れたんだから…ゲームに夏休みほぼ全てを使って8月31日に宿題を全写ししたあの夏…忘れらんねぇ…」
「…ランキング?」
「…あー…なんかこう、強い奴から順位が決まってく感じ」
「闘技場とか、武闘大会みたいなもんか?」
「あぁ、そうそう、そんな感じ〜」
時折忘れるが、フレイルは元からこの世界にいた者である。当然ネトゲの知識などない。説明もめんどくさくなった釧夜が適当に相槌を打つと、フレイルは詮索されたくないのだろうと察し、それ以上は追求もしてこなかった。
そんな感じで、2人は武器を交換しているのだった。
「んん…」
走り出して、五分も経たない内にノリタカが担いでいた青年が目を覚ます。しかし、それに気付いた者は居なかった。全員、炎から逃げるのに必死である。
「っ…なん、えっ、ここはっ!?」
「あ、起きた!大丈夫?黎ち、回復魔法この子にお願い出来る?」
「ノリさんの頼みならいつでもやりますよ!ほらほらぐだってないで歩きなさい?あんた男でしょう!?」
気絶から覚めたばかりの男にも、黎々の容赦等存在しない。いやさすがに回復魔法は掛けているが。黎々がノリタカをきちんと敬ってるのは大人だからだ。同い年に近い青年を敬う義理などない。
「へっ、男?はい、そうですが…」
「ねぇ黎々?この子全く状況分かってないんだからさ、も少しお手柔らかに…ね?」
「おてやわらかに?」
「平仮名表記読みづらいし君背高くて可愛くないんだからやめよう?」
「ひらがな?」
「…ごめんよ…」
異世界に平仮名があると思うな。
そんな声が聞こえてきそうな問答を繰り返した和玖と青年だったが、軍配は青年に上がったようだ。
「えっとね、君、誰?逃げてたようだけど、何かあった?あ、別に無理して話さなくても良いからね、とりあえず、君が誰かだけ教えて?」
ノリタカが優しげにそう言うと、青年は改めて自身の状況把握に務める。担がれていることにすらやっと気付いたようであった。なぜ起きた瞬間に気付けないのか問いたい。
「あ…ぇと、私は…って、なんで、担がれているのでしょうか…」
「炎から逃げるため。君が倒れたとこにある森が燃えてんのねー」
「も、燃えて…!?そ、そこまでして…私を殺したいのか…」
ノリタカは、担いでいる青年がなにか意味ありげなことを口にしたなとぼんやり考える。深く事情を察する訳では無いが、ある程度現状に行きつく答えを出してから釧夜に声をかけた。
「釧夜っちー!」
「何でしょうか、師範っ!」
当然、返事は秒で返ってくる。
「この炎の原因はこの世界の人間だ。そして俺が担いでるこの子の命を狙ってる。森を燃やすほど必死にね。さて、如何するかい?」
一瞬釧夜が後ろを振り向き、ノリタカを見て笑った。和玖と黎々は確実にこのクイズ形式要らんだろう。とか言っていた。この期に及んでふざけられるとかこいつらすげぇ…あ、レベルもあるからか…と、フレイルは諦めのため息をつこうとして失敗していた。息が上がっている時にやろうとしてはいけない。
「「死体偽装!」」
釧夜とノリタカが二人して叫ぶ。凄まじいことを言っているかもしれない。
それから、釧夜が速度を落とし、ノリタカと併走し始め、青年へと声をかけた。
「おいお前ー!」
「わ、私ですか!?」
釧夜は、青年の腰に差してある剣を指差して聞く。
「そ、お前!その腰の剣は要る物?要らない物?」
「こ、これですか…母の形見の装飾剣ですが…」
「もう戻ってこないかも知んないけど使ってもいーかって聞いてんだ!敵を欺くのに使いたい!!」
形見だっつってんのに手放させようとする釧夜。慈悲は命よりも軽いのなのだ、仕方が無い。
「…わかりました…私は、匿ってくれた者達のために、生きねばならないので」
「よっしゃよく言った!師範、ちょいと死体作りに行ってきます!!」
「うん、いってらっしゃい。焼ける前に戻ってきてね?」
何かと物騒な師弟だった。
そんなこんなで、釧夜は1人、炎渦巻く森の中へと逆走していく。
そのうちすぐに、他のメンバーは何とか森を抜け、少し離れたところで一旦休憩とした。流石に、フレイルが限界だったのである。
休憩となるや否や、倒れ込むフレイルやら、やっと降ろされ地面にぺたんと座り込んでしまった男にノリタカは苦笑を浮かべつつ、そちらに視線を向けた。
「皆、見付かる前に、もっと先に行くよ」
「ノリさん、アレはいいんですか?」
「釧夜っち?大丈夫だよー、あの子の敏捷なめちゃいけない」
「そうでした…」
ゲーム時代、アホみたいに敏捷特化でキャラを育てた結果、釧夜の敏捷はゲーム内最高峰になっていた。先に全力疾走した黎々たちにだって、そこまで時間をかけずに追いつける。ただし持久力を考えなければの話だ。そこはもう考えてはならない。追いつくと信じて、とりあえず先に青年を逃がすことを考えなければ釧夜を後ろにやった意味もなくなるのだ。
「和玖ち、黎ち、周りに身を隠せそうな場所はない?」
「んー、そうですねぇ…私は夜目があんまり効かないんですよね…黎々、なんか見える?」
「そうね…あ、すぐの所に、岩場があるわ。身を隠すなら多分良いと思います」
「じゃ、そこまでがんばれ、フレイル君と、君は…走れるかい?」
「う…うす…」
「あまり、長い距離で無ければ」
「じゃ、行こう。草原だって多少は燃える。離れた方が良い。あ、もし敵に見つかって、危害を加えてくるようであれば反撃するよ、良い?」
「も、もちろん、です!」
5人はまた、先程よりはゆっくりであるものの走り出す。
黎々が見つけたという岩場へとたどり着いた時、背後からの足音に気付いて、他のメンバーに岩陰に隠れるよう指示したノリタカが、後ろへと振り向いた。
「お、釧夜っちだったか。おかーえり」
「たっだいまですしはーぁんっ!!」
抱き着こうと、飛んできた釧夜を軽く避けたノリタカ。苦笑と共に、釧夜にここにいる経緯を軽く説明し、そしてとりあえず重要なことを聞き出した。
「何でここが分かったの?」
「やだなぁ師範、俺が師範の居場所分からないなんてことありませんよー!ちゃんとにおいで判別も追跡も出来ますから!」
ただの阿呆であった。師範馬鹿とはまさにこの事である。とりあえずノリタカは、見つかりやすいわけでは無かったことに安堵し、釧夜を連れて皆が隠れている場所へと移動した。
「ノリさん、おかえりなさーい」
「うん、ただいま」
特にここを拠点とした訳では無いが、一応腰を落ち着けているということでそういう挨拶になったらしい。知らん。
全員が集まった、ということで、これから始まることはといえば。
「ところで、お前結局誰なの?」
結局のところ、ノリタカが担いでいた青年に皆の目が行くのであった。未だ正体が分からない、殺されかけた青年。
厄介事の臭いしかしない。
「は、はい。私は、ここグラウディアの第一王子だった、アルフレッド・フォン・クラウディアスと申します。助けていただいたみたいで、ありがとうございました」
丁寧な口調だが正しく厄介事が転がり込んできていた。捕りやすい真正面に豪速球で。
「は?アルフレッド王子っつったら確か、国家反逆罪で今逃亡中の…?なんか俺もうすっかり国に居られなくなってないかこれ?」
フレイルに合掌である。領主の城爆破に国家反逆罪の罪人を匿う等と、国にとって禄でもないことしかしていない。
お人好しにしても過ぎる気はするが、最初からほぼもう戻れないところまで来ているのでこれはもう一種の諦めからこうなっているのだろう。
ちなみに言うとフレイルが関与しているということは全くもって知られていない。他が印象的すぎるためである。
「…はい。私は確かに、国家反逆罪を掛けられました。父を暗殺しようとした、という風に市政には広まっています」
「その言い方怪しいわよ?やったの、やってないの?」
「やりません、そんなこと…そもそも、私は第一王子です。父上を暗殺などせずとも、父上が倒れれば私が王になります。さすがにやるにはリスクの高すぎる行為…だと、信じてくれる人が少なくて…」
青年…アルフレッドは、頭を抱える。単純な利害でいえば確かに、そんな危険を犯す必要は無いはずである。殺害できた所でそこまで利はない。もし利が出るとしたら、王が愚王だった場合だが…そうであるならばそれはむしろ誇るべきとして扱われるはずだ。
「災難だったなぁ」
「考える脳の無い連中とつるんでたのね」
「黎々ちょーい違うと思うんだけど、でもまあ、そんな感じかな?周り無能って大変だね。それが野心ある無能だったら更に…」
JK三人衆からすらも哀れみを投げられるアルフレッド。流石のフレイルも驚くが、こいつらもこれまでがどれほど大変だったのかとなんとなく察してしまったのだ。アルフレッドの体には、至るところに傷がある。交戦も数度はしてきたのだろうという切り傷に始まり、細かい擦り傷が多くあった。
「アルフレッド…王子って呼んだ方が良い?」
「いっ、いえ、お好きなようにお願いします!」
「じゃ、アルちだな。アルち、最初におれが見つけた時、目を抑えてたけど目は平気なの?」
「あっ…!」
アルフレッドが被っていたフードを、ノリタカがそっと降ろした。すると、これまで隠れていたアルフレッドの瞳が驚きで見開かれ、露わになった。
「お?」
「はい?」
「あっまじ?」
「あー…オッドアイかぁ…」
上から、ノリタカ、黎々、和玖、釧夜である。
そう、アルフレッドの瞳は左右で色の違う、オッドアイだったのだ。
左目が翡翠色、右目は妖しげなピンクがかった紫色だ。
「お、驚き、少ないですね…?」
「いやなんていうか」
「「萌えの対象…?」」
「ゲームにこういうキャラ居たしなあ…一時期、釧夜っちもオッドアイにしてたね」
「あれは若気の至りでしてっ…!!」
アバターをオッドアイにしていたことのある釧夜は、恥ずかしそうに言い訳をする。そもそも若いのに何を言ってるんだ。本人によるとその辺の時期は厨二病だったらしい。
「一時期?えと、センヤ…さん?も、《魔眼》を持っていたのですか?」
「「「「《魔眼》?」」」」
何か、スキル名のようなものがアルフレッドの口から漏れた。しかし、そのようなスキル、ゲーム時代には聴いたことがない彼ら。同時に聞き返してアルフレッドを怯えさせてしまうのも無理はないだろう。多分。
「あ…えっと。私のこの右目が、生まれつき《魔眼》で…じ、実は、貴方がたの言葉に嘘がないか、先程から視ていました…」
申しわけなさそうにアルフレッドは言う。が、周りはキョトンとして、思わず声に出た、と言うように釧夜かぽつりと呟いた。
「あ、そうなの?そんで、俺ら嘘ついてた?」
「い、いえ!あなた方の言葉に、嘘はありませんでした」
「「「よ、良かった」」」
まさか安堵の言葉が出ると思っていなかった大人+王子の3人組は思わずえ?と聞き返す。すぐにノリタカが、少し恐る恐る三人に声をかけた。
「えっ何、君ら自分が嘘ついたかどうか分かんないの?」
「あー、いえ、なんか…」
「気にしない、的な?」
「そのへん考えることすら面倒臭いです」
釧夜、黎々、和玖が少々バツが悪そうに言った。
「あぁ…」
ノリとテンションとその他諸々でどうにかしてるなこれ。
男性陣はちょっと呆れの入った目でJKたちを見る。
「まっ、まあ、そんなのいいじゃないですかっ!で、アルフレッド、《魔眼》って何が出来るんだ?あ、教えなくても良いぞ!知られたくないこともあるだろうしな!!」
釧夜がその哀れまれるような呆れられるような微妙な空気を壊そうと、《魔眼》への追求を始める。
そういえば、と言ったようにアルフレッドに視線が集められた。
「あ…その、私も良くは分かってないのですが、相手の心を読んだりとか、その応用で嘘をついていないかが分かるようです。ただ、使いすぎると目が痛くなったり、体調不良に陥ります…」
「あー、眼精疲労かな…?あれ意外と大変なんだよね」
「師範、なったことあるので?」
「むしろあんだけゲームやっててならない君の方が凄いと思うよ?」
どうやら、ノリタカにとって大変だった思い出のようだ。目だけじゃなく、ほかの場所の調子も悪くなるのだからやってられない。
「んで、あんたこの後どうすんのよ」
誰もがとりあえず突っ込まなかった問題を、黎々が少しキツめにアルフレッドへと投げかけた。
「え、と…国外に、とりあえず逃げようかと…」
オドオドしながら、アルフレッドは言う。しかしながら、それは具体性に遥かに欠けていた答えだ。。
「1人で?」
「それは…」
はぁ、と黎々はため息を吐く。勿論他はそんなことはしない。黎々だけだ、異性に厳しいのは。
「なら、あたしらと一緒に来なさいな。野垂れ死にするよりはマシでしょ、下男扱いなら」
「よ、良いのですか?」
アルフレッドは目を輝かせて黎々を見た。その光景を見ていたフレイルは、慌てて黎々に向かって叫んだ。
「なぁレイレイ、この人が俺の国の王子って分かって言ってるのか?むしろそうじゃないと言ってくれ!!」
フレイルの叫びも何のその。けろりとした表情で黎々はフレイルに言う。
「当然でしょ?」
「アッハイ」
当然のことらしかった。
もう突っ込むのやめよう、本人が嬉しそうならナニヨリデス。そんなフレイルの心の声が聞こえてきそうだ。
「じゃ、アルち、よろしくね。おれはノリタカ。ノリさんって呼んで?」
「おー、よろしくイケメン!俺ぁ釧夜!師範は俺のだからお前にゃやんねぇよ!!」
「私和玖。多分…きっと、そんな奴隷みたいに扱うわけじゃないと思うから安心してね」
「そしてあたしが黎々。ま、せいぜい下男らしく振る舞いなさい?」
「あー、一応俺も挨拶しとくか。王子、元カールライルの冒険者、フレイルと申します。現在進行形で罪が重なっている者です」
「はいっ!皆さん、元クラウディア第一王子、アルフレッドと申します!お邪魔にならないように致しますので、どうかよろしくお願い致します!」
((((あ、なんか犬っぽい))))
トリップ勢はそう思ったとかなんとか。
…ともかく、また一人仲間を増やした彼女らだった。
その日は結局、岩場で仮の休息を取ることにしたらしい。と言っても、既に朝日は出かかっている。日が昇り切る前には出発しようとしていたので、仮眠すら取れないらしかった。
勿論嘆いたのはフレイルオンリーであったという。