羨ましかった―――
「いつか日本に来る事があるなら会ってみるといい。ああ、だが一つ忠告しておくぞ。あいつに会う時は心を強く持て。油断していると惚れてしまうぞ? あれは未熟者のくせに、どうしてか妙に女を刺激するのだ」
そんな風に言う教官はひどく嬉しそうで、それでいてどこか照れくさそうで、なんだか見ているこちらがモヤモヤした。だから、―――つい、あんなことを訊いてしまった。
「教官も惚れているのですか?」
「姉が弟に惚れるものか、バカめ」
ニヤリとした顔で言われて、ラウラはますます落ち着かなくなる。教官にこんな顔をさせる、その男が―――正直羨ましかった。
お前はどうして強い? お前は知っているのか? 強さの意味を。なぜ強くあろうとする?
『強くねぇよ……俺は全く強くない。もし俺が強いっていうなら、それは……強くなりたいから強いのさ』
一夏は知っていた……
『強くなって、誰かを守ってみたい。自分の全てを使って、誰かのために戦ってみたい』
だれかを守るために強くあり続けた人を。
『だから……お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ』
ああ、そうか―――これが……そうなのか―――
これは確かに惚れてしまいそうだ―――
◇
「う……ここは?」
ぼやっとした光が天井から降りおりているのを感じて、ラウラは目を覚ました。
「気が付いたか?」
「教官……」
「全身に無理な負荷がかかった事で筋肉疲労と打撲がある……無理はするな」
千冬はそれとなくはぐらかしたつもりだったが、そこはさすがにかつての教え子。簡単に誘導されてはくれなかった。
「何が……起きたのですか」
無理をして上半身を起こすラウラ。
「一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」
しかし、そう言って引き下がる相手ではないこともわかっている千冬はゆっくりと言葉を紡いだ。
「VTシステムは知っているな?」
「ヴァルキリー・トレース・システムですか? 過去の世界大会の部門受賞者の動きをトレースするシステムで確か―――」
「そうだ。現在はIS条約で研究・開発・使用の全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の願望……それらが揃うと発動するようになっていたらしい」
「……私が望んだから……ですね……」
教官のようになりたいと―――
「……………」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!!」
いきなり名前を呼ばれ、ラウラは驚きも合わせて顔を上げる。
「お前は誰だ?」
「わ……私……私は……」
その言葉の続きが出てこない。自分がラウラであると、どうしても今の状態では言えなかった。
「誰でもないなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。お前は私にはなれないぞ。アイツの姉はこう見えて、心労が絶えないのさ。何、時間は死ぬまで山ほどある。たっぷり悩めよ、小娘」
「……………」
なんてズルい姉弟だ。
二人そろって、言いたい事を言ってくれて。
「自分で考えて、自分で行動しろ……か。ふふ……完敗だな。あははっ」
完膚無きまでの敗北。けれどそれが今はたまらなく心地いい。
そうラウラ・ボーデヴィッヒは、これから始まるのだから―――
◇
「結局、トーナメントは中止かぁ」
「生徒の現時点でのデータを取りたいから、一回戦だけは全部やるみたいだけどね」
食堂でコーヒーを啜りながら、一夏とシャルルは学年別トーナメントがどうなったのかを話していた。
結果、ラウラの一件で学年別トーナメントは中止となる。
「そう言えば、アイツは今何処にいるんだ?」
「近くにいるよ」
そう言って、シャルルはマグカップを持ち上げた。
その時、右手の甲に紅い三画の痣が見える。
「そうか……」
学年別トーナメントでデュノア社の本妻が死んだ事は報道されたが、死因は病死となっていた。
さすがに蛙のように死んだと報道されては不味いと、更識家、魔術協会が情報操作を行ったのだ。
そして、肝心のサーヴァントはシャルルが再契約した。
「しかし……一体誰が……」
本妻の死は不可解な謎があった。
まず、犯人がわからないことだ。
普通の人間がやるには不可能な死に方、サーヴァントですらあれは不可能……魔術を使用した痕跡はなし。
完全な不可能殺人なのだ。
「可能性として、肉体強化の魔術だけど……あれ程まで肉体強化ができる魔術師はまずいない。そもそも、魔術師は肉体強化はおろそかにしてしまうからね」
シャルルの言っていることは、ありがち間違いではなかった。
なんで、魔術師が肉対戦をしなくてはならない? 肉対戦はサーヴァントなどの従者だけで十分だ、っと言った感じで肉体強化の魔術を習得している魔術師は全くいないのだ。
結果、犯人がすぐにでも確定できると思ったが、先程言った通り巨大なクレーターを作れるほどの肉体強化を習得した魔術師はいない。
結果、完全に目星がなくなってしまったのだ。
「考えたところで、答えが出ない以上、この話は終わりだな」
「そうだね」
ちなみに、シャルルとは同盟を結んである。
キャスターの件がまだ残っているため、結んだのだ。
さらにこのことは、更識先輩にも伝えてある。
「織斑君、デュノア君、朗報ですよー!!」
「どうしたんですか?」
「あ、はい……今日は大浴場がボイラーの点検日で元々使用不可能なんですが、点検が予定より早く終わったので。それで男子の大浴場の使用が今日から解禁になります!」
「なっなんだって―――?」
そして―――
「生き返る~~。こんな日に入れるなんてツイてるなぁ」
「失礼するよ~」
「あ、はい。どうぞ~~……!?」
半ば湯船に沈みかけていた顔を飛び上らせる。湯気の向こうから現れたのは、一糸まとわぬ姿のアーチャーだった。
「な、なな、何でアーチャーがここにいるんだ?!」
「マスターのお背中を流してあげようかと思いまして」
そのまま、一夏を後ろから抱きしめる。背中に華奢な身体が密着して、一夏の心臓は口から飛び出しそうなくらい跳ね上がった。
「遠慮なさなくてもいいのですよ。お疲れのマスターを癒す術は心得ていますから」
「ダメぇぇぇ!!」
一夏は思わず大声を出してしまった。
「うふふっ、冗談です。処置をしに来たのよ」
そう言って、アーチャーは子供のように笑いながら、少し離れる。
「しょ、処置!?」
「一夏くん……左腕が全く動かないでしょ」
「っ……」
一夏は目覚めてからずっと、左腕がうまく動かなかったのだ。
「本来使われることなかった力を使ったせいで、一夏くんの魔術回路がびっくりしちゃったのよ」
そう言って、アーチャーは一夏の背中を触りながら、魔術回路を調べる。
「だから、今からその処置をやろうと言う訳」
「はぁ……」
一夏が気を抜いた瞬間、アーチャーは一夏の魔術回路に魔力を通す。
「がっ!? あ、ああ……」
全身にかけて痛みが走る。
痛みはすぐに治まり、左腕も先程より動くようになっていた。
「数日もすれば元通りになるから」
そう言って、アーチャーは湯船から上がると同時に一夏はアーチャーの背中が目に映った。
そこにあったのは、無数の刺し傷。
「一夏くんのえっち……」
「! す、すまん!」
思わず一夏は謝ってしまう。
アーチャーも自身の背中にある刺し傷に目が止まったことはわかっていた。
「なあ……」
「何?」
アーチャーはもう一度湯船に浸かり、一夏の背中に背を預ける。
「アーチャーのいた世界って……何年後なんだ?」
「10年後よ……私なんってもう、29になっちゃたしね」
「10年後……」
10年で世界は変わってしまうと思うと考えると……一夏は複雑な気分になる。
アーチャーのいた世界では戦争が起きている。なら、もうあそこには俺が知っている世界はない。
「日本も戦場化しちゃったからね……というより、何処も戦場だったから」
アーチャーも数えるのを止めてしまうぐらいの戦場を体験していた。
一夏を失ったことにより、死に場所を求めて。
だけど……叶わなかった。全て生きてしまったのだ。
「セシリアちゃんも鈴ちゃんも……皆、敵。そんな世界に私は生きていたら……」
味方なんていない。全員が敵だったアーチャーにとっては……。
「明日から私が稽古つけてあげるから」
そう言って、アーチャーは話を終わらせ風呂場を出る。
一夏は無言のまま、アーチャーの言っていたことを考えていた。
◇
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします!」
朝のHR。スカート姿のシャルルがいた。
『ええええええ!?』
教室が一斉に喧噪に包まれ、それはあっという間に溢れかえる。
「え? デュノアくんって女?」
「おかしいと思った!」
「美少年じゃなくて美少女だったわけね!!」
一夏の背後に鬼が二人いた。
箒とセシリアだ。
「一夏……?」
「一夏……さん……っ」
さらに教室のドアが蹴破れたかのように勢いで開く。
烈火の如く怒り一色の凰 鈴音。
「一夏ああああああ、死ね―――ッ!!」
ISアーマーが展開、それと同時に両肩の衝撃砲がフルパワーで解放させる。
ズドドドオンッ!
しかし、一夏に一ミリも届かなかった。
「ラウラ―――」
間一髪、だったかはわからないが、一夏と鈴の間に割って入って来たのは、ラウラだった。
お得意のAICで衝撃砲を相殺したのだろう。
「助かったぜ……サンキュ! お前のISもう直ったのか?」
「コアは辛うじて無事だったからな。予備のパーツで組み直した」
「へぇ、そうなん……」
いきなりのことだった。一夏はぐいっと胸ぐらを掴まれ、ラウラに引き寄せられた。
しかし、一夏とラウラのキスは扇子が阻んだ。
「な!? 誰だぁ! 邪魔をした者はぁ!!」
「一夏くんは私の物よ……黒兎ちゃん♪」
一夏を背中から誰かが抱きつく。
「き、貴様は!?」
そこにはいたのは誰もが知る―――更識楯無がいた。
しかし、一夏は気付いてしまった。今この場にいる更識先輩はあの更識先輩……ではなかったのだ。なぜなら、彼女の頭に狐の面がある。紛れもない……彼女はアーチャーだ。
「一夏くんは私の物よ。誰にも渡すつもりはないから」
と言って、アーチャーはクラスの女子全員に大人のキスを見せつけた。
『ええええええっ!?』
「一夏……貴様どういうつもりか、説明してもらおうか」
聞く耳を持たん! とばかりのオーラを放つ箒。
「あっあっアンタねぇぇぇ、何してんのよ!!」
再び衝撃砲を開く鈴。
「一夏さん? わたくし、お話がありますの。できれば早急に二人だけで」
血管マークが少なくとも五つついているセシリアが、ゆらりと立ち上がった。
「一夏って公衆の面前でキスとかしちゃうんだね。僕びっくりしたな」
天使の笑顔お見せるシャルロット。しかし、心が笑顔ではない。
「あ、あの……皆さん……? 俺はどちらかというと被害者サイドで……」
一夏は弁解しようとするが、全く聞く耳を持ってくれなかった。
「一夏くんの仇を成す敵は私がお相手しますわ♪」
やる気満々のアーチャー。
その日のHRは轟音と爆音、そして絶え間のない衝撃でクラスが文字通り揺れた。